<環境>
□環境庁自然保護局:屋久島原生自然環境保全地域調査報告書
714pp.1984.同局.非売品.
日本自然保護協会が調査を担当し、植物分類学関係では光田重幸・永益英敏氏(京大)による維管束植物の全既知種の目録(文献調査)と調査地域での採集植物目録、平野 実・光田重幸氏による淡水珪藻・鼓藻の採集品目録、土永浩史氏(奈良教育大)の蘚苔類目録がある。植物生態学閑係では6篇の調査報告がある。このほか気侯・地質・地形・土壌、動物関係の調査報告が含まれている。
[植物研究雑誌60(1):23(1985)]
□金属鉱業事業団:昭和63年度レアメタル賦存状祝調査報告書
218pp.1989.同事業団.非売品.
地下の特定の鉱物の存在を示す植物のことは開いていたが、日本でもこれを真面目に調査する動きがある。鹿児島県で、既知の金鉱床を横切る約1kmの帯状区間でいろいろな植物を採り、葉の分析値を主成分分析した結果、鉱床上とその前後では金の含量にかなりの差があることが報告されている。とくにヤブムラサキでは顕著であった。土壌の分析値よりも葉の方が指標としての有効さが高いという。こういう手法が確立されれば、過去と現在の標本を比較して、環境中の物質(とくに重金属)の変遷を論ずることが可能となるので、ハーバリウムの存在意義が再認識されるにちがいない。専門機関なので、分析を海外に依存しない方がよいと思う。
[植物研究雑誌64(11):351(1989)]
□浅井康宏:縁の侵入者たち 帰化植物のはなし
1993.294pp.朝日選書.¥1,300.
帰化植物の調査研究で知られる著者が、これまでに発表したものに新たに書き加えた入門書としているが、内容はかなり密度が高い。とくに外国に帰化した日本植物の振舞いは、これまであまり認識されていないので、帰化植物の理解を深めるのに役立つ。この項には約80ページが当てられており、著者の気の入れようが察せられる。もう1つ大きい項目は約100ページ30種類におよぶ帰化植物の銘々伝で、永年の調査にもとづく知識が披露されている。このほか環境問題と関連して、水生帰化植物の影響について注意が喚起されている。植物の予備知識を持つ者には大変有用な1冊で、これからの観察眼を豊かにするだろう。ただ、表題は帰化植物をおしなべて悪者扱いした印象があり、工夫してほしかった。表題の決定は販売政策からの要求が大きい。帰化植物にはもちろん始末におえない悪者もいるが、多くは人工的環境を黙って緑化することによって、環境悪化の緩和に役立っているはずである。マスメディアが認識を改めてもらいたいものだ。なお最近の大村敏朗氏の私信によれば、本書277ページにあるオオブタクサの和名が久内清孝氏の命名によるとするくだりは、事実とは異なるとのことである。和名の命名や選択については規則があるわけではないが、われわれは情報交換を和名で行なう場合がはるかに多く、どれがより広く使われるかは、それぞれの和名を与えた者にとっては由々しい問題だろう。こういうことは研究者の人間関係を知る資料となり得るので、分からなくならないうちに、いきさつを知る人が公表して記録にとどめてもらいたい。
[植物研究雑誌68(4):251-252(1993)]
□岩槻邦男(監):レッドデータプランツ
208pp.宝島社.¥2,980.
別名は「日本絶滅危惧植物図鑑」である。いわゆるレッドデータブックとして知られる、「我が国における保護上重要な植物種の現状」(1989年)およびその後の調査に基づき、日本植物の危機的現状を広く一般に知ってもらうために刊行された。はじめ24頁にごく簡単な解説と用語説明がある。岩槻氏の序文は、こういう図鑑やリストの刊行が、かえって危機に拍車をかけるという一部の根強い反対に対して、現状を率直に知らせることで意識の改善をはかりたい、という意気込みを感じさせる。またこういう全国的調査に必ず動員される、地域在住研究者の協力に対する思いやりがこめられている。88頁にわたるカラー図鑑では、各頁2-4種が種名、撮影地、危機度と共に掲げられる。産地は保護の観点から県名のみである。危機度は絶滅寸前、危惧、稀少と、カテゴリーに応じたマークがついている。後半約100頁には、それぞれの種についての簡単な解説がある。とくに危機の状況や推定される原因については、くわしく述べている。開発と盗掘がいちばん目につくが、本書刊行の理念が理解されることを期待したい。とくに、保護すればよいという大方の意識が改革されるためには、より一層の努力が必要だろう。
[植物研究雑誌69(4):243-244(1994)]
□岩槻邦男:植物からの警告・生物多様性の自然史
252pp.1994.日本放送出版協会.¥890.
生物学の基本は分類学である、と言ったり言われたりしながらも、分類学を学問や生活の中にどう位置づけるかについては自己主張の感が強く、万人を納得させる明快さが薄かった。近年自然保護にはじまって絶滅危惧種調査、野生生物調査などで分類学研究者の出番がふえており、キーワードとしての「種多様性」という言葉が、にわかに脚光を浴びるようになった。日本においてその演出をしたのが、著者の岩槻氏である。本書は生物多様性の探求・地球の生物はどれほど多様か、「種」とはどのようなものか、植物の類縁と系統・生態系を構成する種多様度・滅失する種多様性の6章より成る。分類学の役割を、地球生態系における種多様性の解明と意義づけ、野外調査の体験を引用しながら、種の生活の場と多様性の関係を説く。とくに、人類も植物と同等の種の1つに過ぎず、他の種との「共生」をはかることによって、快適な地球環境の維持をはかるべきだという主張は、これ迄の「分類学」にはみられなかった立場で、分類学を「名前の学問」という誤解から脱却させる一助となる。専門用語がかなり多く、一般向きには少しむずかしそうだが、理系文系を問わず、ゼミの材料として豊富な話題を提供するだろう。
[植物研究雑誌69(4):244(1994)]
□角野康郎・遊磨正秀:エコロジーガイド・ウェットランドの自然
198pp.1995.保育社.¥2,300.
自然環境保全の立場から、最近とくに水環境の重要さや湿原生態系の微妙なバランスが話題にのぼる。本書は動・植物生態学の研究者がその解説をめざしたものであるが、尾瀬や釧路のような特別な湿地だけでなく、水たまり、田圃の畦道やため池、川そのもの、さらに海岸のタイドプールまで、水とつながりの大きい環境についての理解を、一般の人々に深めてもらうことを目標にしている。全巻のおよそ半分の頁を、さまざまな水景観とそこに生活する生物の写真に割き、図鑑としてではなく、観察や理解の資料となるような文章で満たしている。見開き2頁が写真、次の2頁が読み切り解説となっているが、そういう工夫のわりには読みづらい。トピックにかかわらず字数が一定に制限されているためだろうか?知らない間に進んできた、海岸の護岸工事による環境多様性の喪失や、最近もてはやされている河川の「多自然型川つくり」への警鐘は、あらためて考えさせられるものがある。筆者の近所でもその例がみられるが、「自然型」という公園を造成したようなもので、予算が余ったので名目のよい仕事に使ってしまったような印象である。観察会や授業の参考に広くおすすめする。
[植物研究雑誌71(3):180(1996)]
□我が国における保護上重要な植物種および植物群落研究委員会植物群落分科会:植物群落レッドデータブック
106+1,344+17pp.1996.日本植物保護協会.世界自然保護基金日本委員会. ¥20,500.
厚さ7.5cmある。1989年に発表された植物種のRDBに続いて、植物群落についての調査がまとめられた。何らかの保護を必要とする群落が7,492件あり、そのうち緊急な対策を必要とするものは310件である。既に壊滅してしまった群落は152件に達している。調査と解析の章と群落レッドデータの章に分けられ、後の章が最も大きく、保護について何らかのコメントをつけられた群落がすべて記録されている。県別の集計表が付いているので、関係する地域の問題点を見出すことができるようになっている。資料には問題群落とインパクトの関係表がある。最後に植物種のレッドリストもついている。
[植物研究雑誌71(4):237(1996)]
□大場秀章:日本森林紀行
199pp.1997.八坂書房.¥1,800.
著者が日本各地の森林を訪れた随想集である。斜里、新庄、裏磐梯、鎌倉、伊勢、熊野、京都、祖谷、福山、長崎、西表島の、植物というより森を題材とし、自然と人とのかかわりについて、著者の文才をうかがわせる読み物である。植物学の基礎知識と世界各地での検分が内容を豊かにしている。自然愛好者の好まれる本であろう。
[植物研究雑誌72(4):253(1997)]
□堂本暁子・岩槻邦男(編):温暖化に追われる生き物たち 生物多様性からの視点
410pp.1997.築地書館.¥3,000.
1997年の地球温暖化防止京都会議に合わせて、急遽編集された論叢である。その理由は、会議の論点が規制ガスの種類とCO₂規制の数値数順設定の駆け引きにのみに偏り、最も深刻な生物多様性への影響については、何ら話題にされる気配がないためだった。約20名の研究者がそれぞれの立場から見解を述べているが、これらはわずか2ヵ月の間に執筆編集刊行されたもので彼らに代表される有識者の危機感の深刻さを象徴している。生物学者が単純に自然保護を唱えているだけでは足らず、社会的政治的発言をせねばならぬ時代となったこと、そしてそういう発言をするに足りる情報蓄積がなされたことを示している。表題だけを要約して並べると次のとおり。気候変動と生物多様性の未来(座談会)、温暖化と生物多様性、生物多様性の危機、CO₂排出の長期見通し、生態系と炭素循環、温暖化に伴う気候変化予測、縄文海進、高山植物群落はどのように変化するか、危機的状況にある水草の世界、海の生物たちはどうなる、魚類にとっての温暖化、ウミガメへの影響、昆虫へのインパクト、高層湿原の高山蛾、森林害虫、鳥に何が起きるか、ナキウサギは温暖化に耐えられるか、人獣共通感染症の恐怖(対談)、感染症の増加と温暖化、生物多様性を視点に地球温暖化を考える。
[植物研究雑誌73(1):54-55(1998)]
□白岩卓巳:絶滅危惧植物、水生シダは生きる
254pp.2000.自費出版.¥4,000.
サンショウモ、オオアカウキクサ、デンジソウ、ミズニラ、ミズワラビと章を分けて、理科教員の勤務のかたわら積み重ねた、著者の永年にわたる観察、研究をまとめたものである。それぞれの章の先頭には、15-19頁にわたってカラー写真による生態、部分、解剖、顕微鏡写真などが提示され、本文中にもたくさんの図が用いられている。内容はそれぞれの種の生活史を主軸としたもので、確認された結果ばかりでなく、それ以上に疑問点、今後究明されるべき問題点がたくさん述べられている。
表題には「絶滅危惧種」という文字が使われており、これはもちろん読者を引きつける要素ではあるが、私はそんな文字はなくても、生活史の記録あるいは研究法として、十分おすすめする価値があると思う。動物とくに昆虫では、その生活史が詳細に研究され、それが主流の一つとなっているが、高等植物ではどういうわけか種の記述のみでよしとされる傾向があり、一種々々の生活をねばり強く追いかける風潮は希薄である。ひと頃盛んになりかけたフェノロジーも、今は目立たなくなってしまった。しかしながら植物の生き方はそれ一種だけで成り立つものではなく、ライフサイクルのどこでどんなことが起こっているかを知ることは、他の生物を含めた自然の仕組みを明らかにする上で大切なことである。
たとえばミズニラの幼体が浮遊しているのを見ただけでは、つい見過ごしてしまうが、経験深い目からは、それが繁殖行動の1つであり得ると考えたり、デンジソウの胞子嚢果の発芽の仕方が、文献の記述と合致しないというようなことは、実際にモノをたくさん観察していないと気づかない。観察の必要性を大いに認識させる。観察記というと、何があったとか花が咲いたとか、利用とか保護とかに偏りがちだが、ある植物の器官や部分の形や行動を丹念に記録して行くという行き方が、もっとあってほしい。これにはアマチュアの人達の活躍が期待される。専門研究者は、流行のトピックを追わないと、研究費がとりにくいとか周囲からの評価が下がるとかいうジレンマをかかえている。各地の同好会誌に発表されるそういう断片的な報文が集積されれば、いつかは種族誌を編む大事な要素になるだろう。そのためには「こんなことは判っている」とボツにしないで、同じような結果でも繰り返し発表させる方がよい。同じと思っていた植物の行動にも、地域による差があったり、中には同じ種と思っていたのが複合種で、その違いが現れたりしないとは限らないのだ。そういう観察眼をもつ人が増えれば、日本の植物自然誌の内容は、一層豊かになるだろう。
本書が出版社の企画にのらなかったことはもったいないはなしである。もっとも、出版社の仕事だったら、こんなにふんだんにプレートを使うことはできなかったろう。でも原色図鑑を続々と刊行するのだから、この次は種族誌にも目を向けてほしいものだ。
[植物研究雑誌76(2):123(2001)]
□神奈川県立生命の星・地球博物館:侵略とかく乱のはてに―移入生物問題を考える―
141pp.2003.同館.¥900.
特別展の図録である。帰化植物の問題はかねてから議論されているが、帰化にかぎらず、本来の生態系外から持ち込まれた生物がどんな問題を引き起こすかということについて、身近な帰化植物、固有の地域生態系の変革と破壊、自然の復元と創造、ペット問題、在来種との競合、遺伝子汚染、有害移入生物、などの見出しの下に、生々しい実例が述べられている。
ブラックバスの意図的放流は一時話題になったが、殖産目的の大規模移入によって相模湾からハマグリが消えてしまったばかりか、わずかに残ったハマグリも、移入種との交雑によって本来の種の特徴が失われつつあるという。また「自然復元」をうたって流行しているトンボ池やホタルの養殖も、生態系の撹乱を招きかねないことが警告されている。
植物でも、緑化を目的とした移入種子の散布で、同種でありながら在来種とは異なるタイプの植物が広がりつつあることは、われわれも日常見聞している。これらの問題を概観するのに有用である。
[植物研究雑誌78(6):359(2003)]
□植物地理・分類研究会:各都道府県別の植物自然史研究の現状
植物地理・分類研究50(2):143-262.2002.
北陸の植物が発行されて50周年の記念号が出版された。当初からこの雑誌の出版の中心となった里見信生氏が2002年6月2日に亡くなられたため、前半は里見氏の追悼号に当てられている。後半は50年記念の企画として、都道府県ごとの植物自然史研究の現状を展望するものとなっている。植物誌、研究機関、標本庫、レッドデータブック、植物群落の見出しの下に、すべての都道府県から執筆者の寄稿を求めたものである。こうして一覧できるようになると、各地の現状がよくわかる。一度も植物誌が出版されていないところ(東京都)があったり、標本庫が確保されていなかったり機能していていない県(これは結構多い)があったり、自然ブームの中で基盤整備が国として立ち遅れている現状が記録されている。反面、レッドデータブックは刊行済みかここ数年内の予定がすべて立てられていて、順序が逆だったらよかったのにと思わせる。
[植物研究雑誌78(2):116-117(2003)]
□日本植物画倶楽部(著)・大場秀章(監)・大槻葉子(英訳):日本の絶滅危惧植物図譜
A4版.384pp.2004. アボック社.¥9,800.
絶滅危惧植物182図が収められており、簡単な記述とその英訳文を伴う。植物名の由来を記したものが多い。同倶楽部創立10周年記念行事として、75人の会員の分担になるものなので、画の出来ばえにはいま一息というものも混ざっている。絵画なので、ある程度表現を工夫して特徴を見せる工夫が欲しかったと思うものもある。部分図を伴わない図もいくらかあるが、貴重な栽植品を解剖することに遠慮もあったことと思う。写真は「ありのまま」を記録すると言われるが、人間がそれが「ありのまま」であることを認識しなければ知識にはならないので、人がそれを認識した上で描いてくれる植物画というものには、一層の価値が出るだろう。この本にはないと思うが、数ある植物画展入選作品の中には、制作者が「ありのまま」に描いたつもりなのに、重大な特徴を見落としてして、審査者も気づかないという例がある。将来は貴重種ばかりでなく、そこらの普通な植物も対象にしてもらいたい。貴重種ばかりに価値があるのではないからである。
部分図には説明がほしい、さもないとどの部分を描いたのか、迷うことがある。倍率がすべて付けてあるのは行き届いているが、これはスケールバーの方がよい。この頃はコピーばかりだから、画の原寸で利用するとは限らない、私も整理には他の資料とサイズを合わせるため、縮小コピーを用いることがある。この画を画像データベースに組み込むことを想定すれば、その得失はすぐにわかるだろう。366-378頁に原画制作者・所感・制作メモという見出しがあり、制作者による感想や取材源が記されている。こういう性格の植物では、取材源の表示は微妙な問題を含むことは十分理解できるが、少なくとも栽植品については、ある程度遡及できるような情報が必要ではないだろうか?そうでないと同定に疑問が出たとき、折角の作品を再検討しようがなく、反故になってしまうおそれがある。たとえばオニカンアオイの図を矢原(監)レッドデータプランツ(山と渓谷社)の写真や平凡社・日本の野生植物の記事とくらべると、花がどうも違うような感じなので確かめたいとする。山渓本のは現場写真だし平凡社のは記述だけだから再検はむずかしい。しかし本書では元の材料をたどることは多くの場合可能のはずだから、再確認の手段はあるだろう。
[植物研究雑誌79(5):342(2004)]
□矢原徹一(監)・永田芳男(写真):絶滅危惧植物図鑑レッドデータプランツ
719pp.2003.山と渓谷社.¥4,200.
各頁1種類または2種類が、全形、花や要点のアップのカラー写真で示される。記事としては危惧ランクと47都道府県での存在状況一覧表、植物解説のほかに、撮影記という見出しがあり、撮影者だからこそ知っている激減状態や生態など、いろいろ興味あることがのべられている。従来の図鑑にはなかったもので、ユニークな企画である。
587頁に「その他のレッドデータプランツ」という見出しがあり、601頁まではカラー図鑑(学名なし)が続き、以降679頁までは植物名(学名つき)と都道府県存在状況一覧表の組み合わせ、679-680頁は植物名だけのリストとなっている。この587-680頁の部分は頁下欄に「その他のレッドデータプランツ」という見出しが続いているので一連のものと思うのだが、図鑑の主体部分との関連がよくわからない。はじめのうち、「その他」というのは国のRD指定に漏れた、地域の危惧種のことかと思ったが、内容はそうではないらしい。そういえばこの本には「凡例」がないので、このような全体の構成についての情報が不足しているのは残念である。出版社に問い合わせたところ「その他のレッドデータプランツ」とは、締切りまでに写真が入手できなかった種類だそうだ。ところが刊行が遅れたために、その間に写真取材できたものがあり、601頁まではとりあえずそれらを収容したとのことである。この部分の植物名は602頁以降のリストに学名と共に収容されている。
686頁以降に学名と和名の索引(いずれも危惧ランクつき)があるが、学名索引を見ているうちに妙なことに気がついた。たとえばMelastoma tetramerumのランクはCRで、M. t. var. pentapetalumはVUである。M. tetramerumにはすべての種内群が含まれるのだから、母種の評価がCRであるのにその一種内群であるvar. pentapetalumの評価がそれより緩いVUであるのは矛盾していると思う。このCRと評価されたタクソンはvar. tetramerumではあるまいか?Primula tosaensisやTropidia nipponicaでも同様なことが見られる。このautonymはLimonium wrightiiやOrostachys malacophyllaでは使い分けられているケースがあるので、学名の採用に配慮が必要だったと思う。
Autonymはsensu latoやs. str.のあいまいさを避ける手段として作られたものと理解しているが、その定義が同じランクの他のタクソンに依存しているため、常に同じとは限らない。つまりautonymは本家を意味し、他の同ランクの名前は分家を意味する。したがって分家が増減すれば本家の持分も変わる。おまけに、少なくともわが国では、autonym が本家なのか「一家」なのか、明確な意識のないまま使われている。これは命名規約の問題である。だから上の例でも、autonym を使えば片づく問題ではないと思う。したがって評価の際に、あとで矛盾がおこらないような配慮が必要である。
われわれは日本産植物を扱うときには和名を用い、学名は意識しない。そして「最後の手続き」として学名を割り付ける。その結果としてこういう矛盾が生じるのだろう。他の文献でも同じ事例が見られるのだが、本書であらためて問題にするのは、評価基準に確率論が用いられているからである。こういうことをやるための基本的条件は、母集団の厳密な定義と標本抽出の方法である。母集団があいまいなまま処理すれば、ミリとメートルの数字を混ぜこぜにして計算したようなものになるのではないか?
自然環境調査にかかわる人達の文を読んでいると、「植物名は細かいほど正確だ」という認識が行き渡りつつあるように思われる。とくに「貴重種」ではその傾向が強い。植物は動物と違い、無融合繁殖で維持される「種類」が多いし、「細かい種類」を無視すれば地域研究者の協力を得られないだろう。自分でもフロラデータベースを扱っている関係でイヤというほど感じることなのだが、和名というものは本家と一家を区別できないうえ、データベースというものは分類学的見解を表明する手段としては不適当で、細かい名前まで保存せざるを得ない。指導的立場の人達が慎重に舵をとらないと、近い将来わが国のフロラはsplitterの修羅場になりはしないか?
[植物研究雑誌79(2):143-144(2004)]
<種類>
□石戸 忠:新しい植物検索法 離弁花類編
151pp.1977.ニューサイエンス社.グリーンブックス26.¥900.
本書は読むためのものでなく使うための本である。その主部は著者の工夫になる38頁にわたる検索図表で、他はこれを使うための解説といってよい。この検索表は葉や茎や花のもつ簡単な形質の組合せによって誰でも容易に資料の属する科の名前を見出せるようになっている。図鑑や植物誌は既に多くの出版がなされ、選択に迷うほどであるが、そのいずれをとっても、植物の名前を調べるという目的から見て満足できるものとは云えない。その理由は従来用いられている検索表は、同定を目的とするより、分類系の表現ということを主目的としているからである。本書のような同定のみを目的とした本は、これまであまり無かったようであるが、この方式は今後研究されるべき点をたくさん持っている。今のところ科のレベルにとどまっているが、同様な手法は種の同定にも十分応用できるもので、近い将来計算機にセットしたプログラムによって自動的な同定を可能にするものである。著者は、我が国に於て唯一人このような手法の開発にとり組んで来ておられるが、既に電算機による同定にも先鞭をつけており、その努力は高く評価したい。この方式は検索形質が多くなるほど記号化が進み、論理式が複雑になって利用者にとりつき難くなるおそれがあり、何かうまい解決策が欲しいものだ。10頁のOR記号に誤植があるが、これは使用法の解説であるだけに全体に影響があるので次の機会に正してもらいたい。また34-35頁の検索図表は、見出しがつけ違っているように思う。本書は草本を対象にしたものであるが、そのことは「まえがき」をよく読まないとわからない。表題に「草本篇」とでもしてある方が利用者に親切である。9頁に記された、花の情報と葉の情報を混ぜてはならない、という注意は私には理由がわからない。異質な情報の組合せでも同定ができる方がよいと考える。いずれにせよ続刊を期待すると共に、一層洗練された検索法の開発をのぞむ。
[植物研究雑誌52(8):234(1977)]
□鈴木貞雄:日本タケ科植物総目録
384pp.1978年.学習研究社.¥19,000.
タケ・ササ類は栄養繁殖をするうえ、安心できる分類形質に欠けているため、多くの研究者によっておびただしい種が作られ、分類至難とされており、誰もがもっと整理されて当然と考えていながら敢て手をつける者がいなかった。本書は著者の永年の研究成果をまとめたもので、我国のタケ・ササ類をはじめて分類学的にまとめて扱ったものである。著者はこの類をタケ科としてイネ科から離し、13属95種を認めている。簡単な解説に続いて検索表が和文、英文で示されている。図譜は本書の主体をなすもので264頁にわたり、見開き2頁の片側に和英文による記相と分布図、生態写真、片側に図がのせられている。図は全形及び拡大図で、タケ・ササにふさわしい硬質な筆使いである。これに続いて著者の分類学的見解を示す、異名を含む学名一覧がある。種の大幅な統合を行なったにしては品種がかなり残されているが、園芸関係の利用に対する配慮であろう。高価な本なので広く誰でも利用するというわけには行かないが、今後のタケ・ササ顆の研究の土台となるものである。
[植物研究雑誌53(10):299(1978)]
□石戸 忠:新しい植物検索法 合弁花類篇
120pp.1979.ニューサイエンス社.東京.¥750.
1977年に出版された離弁花類篇の続篇で、5-49頁が検索表、50-120頁が用語解説となっている。前篇にくらべて記号の使用をひかえて言葉による表現を多くとり入れたことと、検索論理がよりスッキリしてきたことによって、使い易さの点で大幅な進歩がみられる。この種の検索法の開発は今後次第に必要性が高まるものと考えるので、更に便利な続篇を期待したい。草本篇であることを表示すること、検索記号の説明を巻頭にまとめてつけることを希望する。
[植物研究雑誌54(8):256(1979)]
□森 邦彦:北日本産樹木図集
B6版.463pp.1979年7月.エビスヤ書店.¥5,000.
鶴岡市在住の主婦、故原直子氏が永年にわたって描きためられた植物図400点を、著者が簡単な記述を付して図鑑にまとめたものである。主婦の余技と云ってもいわゆる趣味植物画ではなく、画工顔まけの細密な線図で、観察眼の鋭さは驚くほどである。クマシデの果穂が直立しているといったほんのわずかな欠点はあるにしても、図鑑として十分有用なものである。アマチュアのすぐれた仕事を埋もれさせることなく、顕彰された著者の努力を多としたい。巻末に著者の回想録と論文目録がある。
[植物研究雑誌55(1):28(1980)]
□国立科学博物館附属自然教育園:動植物目録
118pp.1984.同園発行.非売品.
東京目黒にある同園の目録で、植物については1954年に発行されたリストに次ぐものである。1949年以降記録されたものはすべてのせてあり、今回確認されなかったものには印がつけてある。ミズニラ、ツルカノコソウ、レンリソウ、マツグミ、ヨグソミネバリ、コケリンドウなどがそれである。前回と今回の比較のために、本リストで新しく記録されたものにも印があるとよかった。予算区分の関係で非売品なので一般には入手できないが、主要な機関には配布される。
[植物研究雑誌60(2):48(1985)]
□日外アソシエーツ:日本件名図書目録⑨ 動・植物関係77/84
598pp.1985.日外アソシエーツ.東京.¥19,000.
1977年から1984年6月までに日本国内で刊行された動植物関係図書19,000点を、動植物名および関連項目名から検出できるようにしたもので、典拠はJAPAN/MARC、NIPPON MARK、日本全国書誌週刊版、同索引、出版年鑑である。9-38頁に項目名が50音順に並べられ、出現頁が示されている。職業別電話帳と同じと考えればよい。たとえば日本(植物)では、ほぼ県別に仕分けされて315点が並んでいる。いくつもの検索項目をもつ文献はそれぞれの項目見出しの下に重複して採録されている、たとえば宮城県の植物関係文献は日本(植物-宮城県)と宮城県(植物)の両方の見出しの下に見いだされ、検索者の手間を省くようにされている。和文の単行本のみで、雑誌収載論文や英文図書は採録されていないようで、Hara et al.(ed.):OZEGAHRAR(1982)は見当たらない。最近VANやCAPTENの公開で、データベース検索はオンラインで行なうのが常識のような風潮があるが、検索はこのようなハードコピーのほうがずっとやりやすい。研究機関のみならず、少しでも専門的な仕事をする者には必要な資料となるだろう。
[植物研究雑誌61(7):224(1986)]
□菱山忠三郎:山野草植物図鑑
455pp.1987.主婦の友社.東京.¥1,200.
84×148mmという小型で、著者の手によるカラー写真が430頁にわたる。新たに手頃な値段のきれいな図鑑がほしいという人にはおすすめする。その一方、カラー図鑑はもはや無数に出版されているので、一般論として注文もつけたい。説明を思い切って方向転換できないだろうか。環境庁の「身近な生き物調査」で、紋切り型の解説が素人には何の役にも立たないことがわかった。もっと直観的に「コレダ」とわからせるような説明を工夫してほしい。学名を自分の判断で入れてもらいたい。小型な割に17mmの厚みがあるにしては紙が厚いので、本を開いて置けないから使いにくい。出版社が使い方を知らないためだろう。著者は使う身になって、出版社の「きれいなものを出せばよい」という偏見を正してほしい。
[植物研究雑誌62(7):214(1987)]
□国立衛生試験場薬用植物栽培試験場:植物目録
360pp.1987.同試験場.茨城.非売品.
国立衛生試験場の北海道、筑波、伊豆、和歌山、種子島の薬用植物栽培試験場が保有する植物の総合リストで、エングラー系分類順、学名abc順、和名五十音順の3リストより成る。各地で独自に持っていた目録を、薬用植物戸籍管理プログラム(MPA)を開発して処理し、整理出力したものである。1983年に東京薬科大学薬用植物園の目録が電算機を利用して作製されたが、本目録も基本的には同じソフトウェアであるGREEN ADDRESS(アボック社製)を発展させたものによっていることが、奥付からうかがえる。このソフトは応用範囲の広いものになりつつあるようで、植物園ばかりでなく、標本室の標本管理システムとして将来を期待したい。
[植物研究雑誌63(9):321(1988)]
□豊国秀夫:日本の高山植物
719pp.1988.山と渓谷社.東京.¥4,500.
まえに紹介した「日本の樹木」「日本の野草」のシリーズである。ところどころにワンポイントリサーチとして、種や属の検索表や小文が挿入されている。
[植物研究雑誌63(10):350(1988)]
□杉本願一:世界の針葉樹
302pp.1987.井上書店.東京.¥5,800.
針葉樹専門の邦書に推薦すべき手頃な良書がないことが本書執筆の動機であるという。全世界に知られたる針葉樹の全部について、それぞれ大要をまとめた前半(約170頁)と、著者の考察になる種類の検索表(約50頁)とより成る。新学名はないが新和名は非常にたくさん作られている。誤植がかなり目につくのが気になる。こういう本は便利なので広く使わるから、できるだけ急いで正誤表を出してほしい。
[植物研究雑誌63(4):142(1988)]
□尼川大録・長田武正:検索入門樹木①
207pp.1988.保育社.大阪.¥1,500.
従来の図鑑や植物誌の検索表では同定の手段として不満足なため、10年ほど前から同定法にさまざまな工夫をこらした本が出されるようになった。著者の一人長田氏も早くからそれに取り組んでいる。本書は樹木の葉のみから同定をしようとするもので、切れ込みや分裂のない互生葉をもつ高木、低木を対象としている。それ以外のものは続刊②で扱う。葉1枚のカラー写真が主体で、ときに芽や葉身の拡大写真がついている。同定の特徴としては従来用いられてきた諸形質のほかに、葉をすかしてみると細脈がどの程度見えるかとか、deathringが出やすいかとかいう点も取り上げられている。熟練者は目をつぶって幹にさわるだけでも同定できるそうだから、こういう新しい観点を示すことは、植物の理解に役立つだろう。
[植物研究雑誌63(11):392(1988)]
□阿部正敏:葉による野生植物の検索図鑑
502pp.1988.誠文堂新光社.東京.¥2200.
従来の検索表による同定法に限界を感じ、他の方法を模索する「検索図鑑」が最近いろいろ刊行されるようになった。本書は葉の形質に重点をおいた同定のための図鑑である。全体を「つる」、「樹木」、「草」に大別し、石戸忠氏の手法による選択枝をたどるようになっている。私も同定のいろいろな方法が開発されることに賛成だが、いきなり種に到達するやり方には限界がありそうに思う。本書では高山植物、針葉樹、イネ科、スゲ料などは避けて、ポピュラーなものに限っているが、索引でみる限りシュンラン、ヤマユリ、シロツメクサ、フキなどが落ちている。いずれ追加されるであろうが、網羅することはむずかしく、そうなると検索でたどりついた植物名がどの程度安心できるのか不安がのこる。科や属レベルで段階的にしぼるやり方も必要だろう。Copyright欄にMashatoshi Abeとあるが、誤植だろうか?
[植物研究雑誌64(2):147(1989)]
□中内正夫 ほか(編):英語表現べからず辞典
260pp.1986.南雲堂.東京.¥1,500.
英語を使ったり書いたりするとき、何度調べてもどれが正しいかわからなくなるごく普通の記述法や、何の気なしに使ってしまうあたりまえの単語を、「こういうのはいけない、こういうふうに書きなさい」と、560の単語や例文が各頁に2・3例ずつ示されている。冠詞や前置詞などは同じ単語の異なる用例がいくつも出ていて、論文を書くとき有用である。各例にはかなり詳しい文法上の説明や類例が記されており、ソフトカバーの小型本なので、通勤時の読物としてもたいへんためになる。
[植物研究雑誌64(6):192(1989)]
□長田武正:日本イネ科植物図譜
759pp.1989.平凡社.東京.¥17,510.
日本に自生する約330種(外来品を含み、タケ類は除く)がそれぞれ1頁の図に示され、対面頁に和文、英文の解説がある。図の出来ばえはこれまでの著者の実績どおり、精緻なものである。イネ科の同定は面倒でなかなかとりつけないものだが、それを考慮して38頁にわたる著者独自の工夫になる図解検索表がつけられており、こういう形式は今後他の植物群についても見習われるだろう。7つの新学名(組合せ)が作られている。
[植物研究雑誌65(3):94(1990)]
□牧野富太郎:改訂増補 牧野日本植物図鑑
1,453pp.1989.北隆館.東京.¥20,600.
今回の改訂増補は、小野幹堆、大場秀章、西田誠の監修による。前版より約1,200図ふえ、5,056図となった。小笠原や沖縄の植物もとりこまれている。配列は前版と異なり、EnglerのSyllabus12版に準拠している。牧野図鑑は多種多様な図鑑類が氾濫している今日でも、なお基本参考図書としての地位を失っていないので、このような増補は望ましい。しかし今回の版ではかなり改善する点が残されているようで、大村敏朗氏による正誤のリストが別に配付されている。これをなるべく早く取り込んで、信頼性を一層高めるようにしてもらいたい。
[植物研究雑誌65(10):319(1990)]
□正宗厳敬:日本の自生蘭 写真と図 第六集
91pp.1990.自費出版.¥15,000.
この巻で一応完結であるが、日本の自生ランの過半数を記述したとのことで、シャープなカラーの拡大写真は見事である。早春落葉広葉樹林という名称が、春咲きの地生ランの生育地として、新たに採用されている。全6集の和名・学名の索引が巻末にある。
[植物研究雑誌65(7):209(1990)]
□上野雄規(編):北本州産高等植物チェックリスト
東北植物研究会.¥6,000.
東北6県と隣接の新潟、茨城、栃木、群馬の4県に産する、シダ以上の高等植物のリストで、合計4,228種があげられている。チェックリストなので植物名以外の記述はなく、産地はきわめて簡単な略地図に、県単位でマークがつけられている。県ごとの標準的な文献と、それを補う多数の地域記録から得たデータが、別なマークで表示されている。植物自然史の探求の上からも、環境問題や自然保護問題に対応する必要からも、これまでのフロラの知識を性格に見直す必要がたかまっている昨今、こういうチェックリストは、その出発点としてどうしても必要である。
環境庁では1984年から、日本の高等植物の全リストと分布表を作る企画を立て、1987年に「植物目録」が刊行されたが、これと平行して意図された県単位の分布表は、不完全なまま日の目をみていない。その理由の1つは、多くの植物関係委員が主張した「我が国では県ごとに有力な植物研究会や同好会が活動しているので、これら地域集団に費用と活動の場を提供すれば、こういうチェックリスト作製の機運が盛り上がるので、自他ともに益することになり、地域の環境研究活動の振興にもつながる」というアドバイスが当局の認識するところとならず、経費が中央にのみ握られていることにある。「レッドデータブック」にせよ「植物目録」にせよ、各地の方々にはその都度大変なお世話になっているのだが、それらはほとんどただ働きで、地元の方々はそれ以外にも頻々とやってくる、いろいろなリクエストの相手に疲れておられるのが現状である。
本書は企画から4年の努力を経て完成したもので、その内容は、正に環境庁が意図した分布表そのものである。編集者と各県の校閲者をはじめ、参画された多数の方々のボランティア精神に敬意を表する一方、環境庁の委員の1人として名を連ねながら、何の手助けもできなかった自分としては慙愧にたえない。この人達は、国がやらねばならぬことを、自腹を切ってやったのである。基礎科学の振興が国の方針として打ち出されながら、こういう例がなんと多いことだろう。
[植物研究雑誌67(3):183(1992)]
□角野康郎:日本水草図鑑
179pp.1994.文一総合出版.¥15,450.
シダ以上の淡水産水草約200種を扱っており、日本の水草のほとんどを網羅する。海産種およびホシクサ科、イグサ科、スゲ属は含まない。環境の最も端的な指標の1つとして水質があるが、それを反映する水草は、最近脚光を浴びている。水草研究会もずい分会員がふえたようだ。水草図鑑の需要は、保護や調査の現場でより切実である現状に鑑み、そういう人達にわかり易いことを心掛けたとある。本文150頁のうち74頁はカラーで、2頁ずつ交互に現れる。カラー頁は生態、全形、アップを揃え、花や果実の部分拡大や標本写真を示す。どれも見事な出来である。説明頁は各種の記述と、すべての種の分布図がある。分布図は著者自身が全国の標本を再検討したうえで作成したもので、文献情報はよほどの例外でなければ採用していない。再検討できない文献による分布図は、誤解を蓄積するおそれがあるからである。私もこの態度には賛成である。一旦地図に記された分布点は、無批判に受け継がれるからである。この立場からすれば、分布図の証拠標本のリストがないのは不満である。前記の理由の他、とくに水草の分布様態は、流動的だと考えるからである。今後のために、年代のわかる資料と分布図がのぞましい。こうは言っても、産地を明らかにすることでいらざる採集者に狙われる心配と、頁数がふえて採算が合わなくなる心配とがあるので、簡単には実現できないだろう。巻末に検索表、文献表、索引がある。水草図鑑は線画による大滝・石戸(1980)があったが、あいまっていっそう充実したものとなった。
[植物研究雑誌69(4):244(1994)]
□清水建美(著)・梅林正芳(図):日本草本植物根系図説
262pp.1995.平凡社.¥15,000.
植物の地下部を描いたまとまった図鑑としては、樹木根系図説(苅住)がわが国唯一のもので、外国にも例は少ないという。日本植物生態図鑑(沼田・浅野)では、地下部も図鑑の対象にとり込む試みがなされている。分類学は植物のあらゆる形質を対象としてタクソンを論ずるはずであるが、花や葉に注意が集中し、地下部はおろそかにされがちである。そのわけは、直接に目をひかないこと、採集が困難なこと、構成が複雑でつかみどころがないこと、研究の困難さに対して成果のあがりにくさが予測されて敬遠されることなどだろう。頁を開けば、あきれるばかりの描画の几帳面さに、ため息がでる。もっとも、ハンゴンソウのように、もう少し間引いて描く方がわかり易いだろうにと思うものもある。これらの図は表記の梅林氏の他に、川窪伸光氏の作品が多数含まれているとのことである。それより前に、描画の元となった資料の掘り出しに、どんなに多くの労力が費やされたかは、想像の外である。採集のとき「根も大切だから…」とひっこ抜くのとは異なり、細根の端まですべてを掘り出さねばならないからである。地面を掘る前に、根がどこまで拡がっているかを予測するには、かなりの修練を要するだろう。こういう作業を学生に課した清水氏の執念と、それに応えた学生諸氏の熱意に、敬意を表する。本書には213種類の草本植物の根系がほぼ実大で図示され、それぞれに解説が付され、各部分の名称が和・英文で示されている。試料の採集地、採集年月日も付記されている。英文名称についてはKew植物園の分類学者らに意見を求めたが、人により一致しない場合もあったという。冒頭20頁にわたって、根系の形態論と分類群による特徴、さらに同定学や系統学への適用の可能性が述べられている。地下部にも種特異性があるというのが、著者の見解である。その一例として、スズムシバナと近年識別されるようになったユキミバナがある。巻末には根系による種の検索表、用語解説、索引がある。最も目立たぬ分野で新しい地平を開拓した著者らと、それを支援した多くの人たちに声援を送りたい。
[植物研究雑誌71(3):178(1996)]
□いがりまさし(写真・解説)、高橋秀男(監修):日本のスミレ
247pp.1996.山と渓谷社.¥2,000.
スミレに魅せられた植物写真家が、いくつかの外来品を含む150種類をカラー写真でまとめたものである。花の正面と側面および中心部の拡大写真を主体に、葉や花の変異まで含めて記録している。ほとんどの種類についている超拡大によるめしべの上・側・下面の映像は、おし葉ではもちろん見えず、生品ではおしべに囲まれて見落としてしまう大事な特徴をよく見せてくれ、たいへん啓発される。私もパンジーを学生に観察させたとき、柱頭の断面を作ったら、中が空洞でそこが本当の柱頭であることを知って驚いたことがある。ところどころに観察記事、文学、紀行文などが挿入され、読物としても役立つよう配慮されている。
[植物研究雑誌71(4):234-235(1996)]
□坂嵜信之ほか:日本で育つ熱帯花木植栽事典
1,211pp.1998.アボック社.¥59,000.
公園や花屋の店先の色どりが増したのは、花の万博以来のことだろうか。種苗の入手が以前より容易になり、折からのガーデニングブームも手伝って、植栽についての新しい知識の普及が望まれるときに、時宜をえた刊行物である。扱われている花木は294属2,236種類に及ぶ。まず700頁(厚さにして半分)にわたるカラー写真と植物画で、それらが学名順に紹介される。つづく300頁が事典編で、同じ順序で特性や栽培について簡単な記述があり、品種についてはくわしく取り上げられている。とりわけわが国における植栽可能地域(後出)について、日本地図上に図示すると共に、各地での越冬の実績や花期についての記述がある。概設編では花木の故郷である熱帯各地の環境と、植栽上の留意点が簡単に記されたうえ、植栽可能地域についてのくわしい説明がある。植栽可能地域(Hardiness Zone)は、米国農務省が年最低気温を基準にして植栽適温地域を定義したもので、本書では各2区分を持つ3地帯がランタナ・ゾーン、デイゴ・ゾーンなど、それらに代表的な植物名で名付けられている。わが国のHardiness Zoneの設定はこれが初めてのことではない。林弥栄・小形研三(1990)樹木アートブックⅠ(アボック社)で、本書の著者坂嵜と輿水肇によって、日本全国の気温記録、高度、経緯度のデータを処理して、8地帯12地区のクライメイトゾーンが定義されている。これらのゾーンは植栽を目的として定義されたものであるが、自然分布を論ずる際にも参考とする価値は十分認められる。巻末に花木の導入年表、熱帯花木のみられる世界各地の植物園の紹介、各種の索引がついている。
[植物研究雑誌73(5):299(1998)]
□田村道夫:植物の系統
222pp.1999年.文一総合出版.¥3,800.
著者は1974年に「被子植物の系統」を発表しているほか、系統や進化についての多くの論述がある。近頃は「生物多様性」が陽の目を浴びており、系統の方はDNA系統樹乱発のおかげでお手軽な扱いになり勝ちである。しかしながらブームにまどわされることなく、積み上げられた多方面の業績を冷静に評価して、その時々の世界観を描くことは、自然誌の本筋だと思う。
本書では綱や目単位で、発生や構造を中心とした群の特徴や問題点が述べられており、その間に生活史、陸上植物、維管束、花などを主題にした章立てがなされている。分子系統学の成果については、今後の問題として敢えて触れられていない。著者が解釈しかねているのは、ラカンドニアの花、ボタンの胚発生、ネジバナの受精の3問題であるという。
専門書でも教科書でも参考書でもなく、誰にも読めることを目指して気ままに書いたと前書きにある。本文には見出しを除いて植物の学名が1つも使われておらず、すべて和名か、学名のカナ読みが用いられているのも、そういう配慮に基づくものなのだろう。学名は巻末の植物名索引で知ることができる。そうは言っても読むにはかなりの下地が必要であるが、多くの示唆を得られる参考書というところだろう。とくに形態や分類の基礎なしに分子系統学を目指す人達には、せめてこれくらいの「系統」の知識は、外群として持ってほしいと思う。白黒の写真の出がちょっと悪いのがもったいない。
[植物研究雑誌74(6):369(1999)]
□鈴木貞雄:日本タケ科植物図譜
271pp.1996.自費出版.¥12,000.
著者が1978年に刊行した日本タケ科植物総目録の改訂増補版だが、元の出版社に再版の意思がなく、やむなく自費出版となったとのことである。
前とほとんど同じ体裁だが、前著はA4版なのに対して本書はB5版となっており、したがって図版はやや縮小、種類ごとの分布図、写真、英文は割愛されている。扱われた種類は和名索引によると836、前書にない名前が60件ふえ、前書にみられた名前が34件減っている。栄養繁殖でおまけに栽培品や園芸品種が多く、誰もが敬遠し勝ちなタケ・サケ類を、永年かけてこうしてまとめられた著者の努力を多としたい。総目録のタクソンの見出しに各論の図版番号があると便利だと思った。新学名の提示はみられないが、種内での離合がかなり行なわれている。しかし品種レベルではまだ整理の余地がありそうだ。アズマネザサを例にとると次のとおり。
[植物研究雑誌72(2):129-130(1997)]
□岩月善之助(編):日本の野生植物 コケ
355pp. + 192pl. 2001.平凡社.¥19,500.
963種の見事なカラー写真に加えて、線画による説明も加えて約1,700種類という、日本産コケ植物のほとんどすべてをカバーする図鑑である。これ迄の「日本の野生植物」シリーズと構成が異なるのは、カラー写真頁が一まとめになって先頭に置かれていることと、植物体が小さいために、説明のための細部の線画が多数示されていることである。カラー写真の大部分は、伊沢正名氏が現場で専門家の指導を受けながら、3年余をかけて撮影したものという。ほとんどすべてが拡大撮影のため、大変苦労されたようだ。おかげで専門外の人間の鑑賞にも耐える、美しいコケの映像を見ることができ、あらためてコケ好きの人が増えるのではないだろうか。日本の図鑑に不可欠な和名も、本書の制作にともなって従来は学名しかなかった100以上もの種に新たに与えられている。これもコケ学の普及に寄与することだろう。環境問題や自然保全の意識が進む中で、植生を下支えするコケを認識理解する上で、歓迎すべき一書である。巻物にコケ植物の見方、用語解説、巻末に学名、和名索引があるが、新和名、新学名の表示があるとよかったと思う。
[植物研究雑誌76(3):179(2001)]
□安藤敏夫・小笠原亮(監)・森 弦一(編):日本花名鑑(1)2001-2002
304pp.2001.アボック社.¥2,980.
市場に流通している植物のすべてを、整理して記録にとどめようという、壮大な試みである。まず高木・低木、コニファー、ヤシ・ソテツ、観葉植物、サボテン・多肉植物、つる植物、果樹、野菜、ハーブ、水生植物、シダ・コケ、球根植物、1-2・多年草と13区分したうえ、その中は学名の属の順に見出しがつけられ、その中は栽培植物の学名順に品種が並べられ、流通名などもできる限り記録されている。個々の植物については、性状、用途、流通時期、花期、適地、耐寒性など、盛り沢山の情報が多種多様なコードやマークで記述されている。さらに、農水省登録品種番号、日本花き取引コードを持つ品種はそれが付記され、将来は何か一貫した体系のコードで、全流通植物を整理把握する意図がうかがわれる。というのは、本書の目的の1つが、栽培植物の発注台帳としての利用にあるので、そのための整理コードが必要になると思われるからである。各地の園芸店、種苗店のリストもついている。産業のIT化に適応するために、そういうことは必要だし、そうなれば植物学的な分類体系との関係も、必然的に出てくるだろう。本書で扱われた植物は5,000品種を超えるとのことで、1頁約20品種が掲載されていることになるが、各頁に最多14枚のカラー写真で、その頁内の主な品種の姿がわかるようにしてある。
わが国で流通する膨大な数の植物品種は、年々新しいものが出ては消えてゆく。著者らはこれを文化現象としてとらえ、その記録を残そうと意図している。江戸時代に発展したサクラソウやイワヒバやアサガオの多様な品種は、今では幻となってしまったものも多い。あとになって「あれは貴重だったのに」と悔やまないためには、今貴重であるかないかにかかわらず、記録したり保存したりしておかねばならない。本書はその1つの試みと位置づけられるだろう。
けれども市場の全品種をこのように整理するには、さまざまな困難や矛盾がある。ランは重要な花きであるが、本書では手をつけられなかった。その理由は、高度に複雑な交配が行なわれているため、学名の整理が困難だったためで、いずれは解説されねばならない。植物分類学の面からみれば、前記のような13区分のどれかにあてはめてからのリスト化では、見当がはずれることがある。たとえばイチゴが野菜でキイチゴは果樹とか、ブドウが果樹でアケビがつる植物とか、バナナが観葉植物等であるが、こういうことは流通市場の観点が優先する本書では、異とするに足りない。野菜や果物を本格的に扱うようになれば、もっと複雑になるだろう。図鑑的に見たければ、巻末の索引を利用すればよい。そこで図鑑としての利用面からみれば、以前の同社の「樹の本」シリーズにくらべて、カラー写真(28㎜角)の鮮明さが今一息というところがもったいない。今後はそういう面での見直しも期待したい。
耐乾性については、世界共通の「ハーディネスゾーンナンバー」を用いている。これは主として最低気温から割り出した数値で、表紙裏に図示された色分け地図と各植物のゾーンナンバーを比べて、その地での露地栽培の可否を判断するものである。この地図は野生生物の分布域の理解にも役立つだろうし、更に耐暑性や耐湿性についても同様な地図を作れる可能性がある。2 号以下が引き続いて刊行されることを期待する。
[植物研究雑誌76(4):244(2001)]
□茂木透(写真)・高橋秀男ほか(監修)・石井秀美ほか(解説):樹に咲く花 合弁花・単子葉・裸子植物
719pp.2001.山と渓谷社.¥3,600.
離弁花1と2はすでに、本誌75巻4号と76巻2号の紹介で高く評価されている。それぞれの種類の特徴となるような細部、たとえば花の内部、芽、葉痕、葉のパタン、毛、種子、樹皮などが丹念に示され、それらを用いて科における属の見分け方、属内の種の見分け方が、一覧比較してわかるように工夫されている。とかく敬遠され勝ちなササ属についても、画像を使って同定のポイントを説明する試みがなされている。とくに種子の撮影は、被写体を準備するまでの作業が容易ではなかったことが、茂木氏のあとがきからうかがえる。本書によって、「樹に咲く花」の3分冊が揃ったことになるが、同様に「草に咲く花」という企画もほしいものだ。樹だけでも20年近くの歳月を要したのだから、草となったら世代を越えた努力が必要になるだろう。一方、これだけ豊富な映像資料を、単なる「植物図鑑」としてのみに終わらせるのはたいへんもったいない気がする。つまり、種子だけの図鑑、芽だけの図鑑、毛だけの図鑑というものができないだろうかと考えた。植物の同定という作業は、いわゆるおしば標本的なものを対象とするばかりではない。鑑識(これもidentificationと呼ばれる)という立場からすると、考古、古生物、捜査、材料などの分野では、一片の破片からでも原植物の見当をつける必要に迫られる。今のところ日本の植物について、そういうとき頼りにすべき図鑑はない。葉痕や冬芽については、関心が高まった時期があったが、一時のブームに終わってしまった。監修に当たった高橋秀男氏があとがきで、「美しい写真におされて、形態の記述はアクセサリー的な存在になってしまった」と嘆息しておられるが、こういう部分図鑑を作るとなれば、解説者が存分に腕をふるう場が提供されるだろうし、それをやるためには新たな勉強が必要になるので、分類学にとっても新知識の蓄積に貢献することだろう。たとえば同じく監修の勝山輝男氏は、あとがきで検索表の問題点にふれておられる。鑑識用図鑑となれば、図の配列を含めて、検索を有効に行なえるための一層の工夫が必要になるだろう。もっとも、そういう図鑑に十分な販路があるかどうかわからないが、近頃はCDなどいろいろな表現媒体があるので、選択の余地があるだろう。
[植物研究雑誌77(4):249(2002)]
□清水建美・木原 均(写真):高山に咲く花
495pp.2002.山と渓谷社.¥3,000.
高山帯の植物をその場で調べることができるよう、ハンディサイズになっている。属ごとにその花式が掲げられ、その読み方が巻頭に説明されているが、これはどこ迄理解されるだろうか。私などは花式図の方が具体的で分かりやすいと思うのだが、具体的なだけに1つの図で代表できないという問題がある。また染色体数もわかっているものは種類ごとに記されている。葉緑体DNAの研究による分子系統地理学についても、分類学へのこの手法の導入についての著者の取り組みが解説されている。著者が一般向けの図鑑から、さらに高度な内容をもつものにしようとする意図が察せられる。
[植物研究雑誌77(6):361(2002)]
□安藤敏夫・小笠原亮(監)・森 弦一(編):日本花名鑑 2
386pp.2002.日本花名鑑刊行会.¥2,980.
先に紹介したものの第2号である。2000年の市場流通品の中から第1号と重複しない約400種類を収容した。本書のグループ分けは市場での取扱いに合わせてあるが、前号とはその順序が変わり、掲載種類数の少ないグループを先に示してある。本号では前回手をつけられなかったランが、1つのグループとして加わった。ただしオリジンの探索が大変なようで、店頭で見覚えのある花が「詳細調査中」として属名だけ示されている種類もある。前号で問題になったカラー写真の不鮮明は、図の数をへらしてサイズを大きくした結果かなり改善されているが、ものによっていま一息というのもある。索引は1・2号合わせて作られていて便利だが、これは先行き無理になるので、一工夫せねばなるまい。新しい試みなのでいろいろ手直しが必要だろうが、創意工夫で切り抜けてもらいたいものだ。
[植物研究雑誌77(6):360(2002)]
□清水建美(編):日本の帰化植物
337pp.+160p.2003.平凡社 ¥14,000.
帰化植物は一頃のセイタカアワダチソウ騒ぎをはじめ、いろいろな意味で話題になり研究する人も多い。図鑑、目録、解説など、多くの刊行物もある。本書は一連の「日本の野生植物」の1冊である。屋久島以北に自生し、中世以降に移住したとみられる植物901種類の見出しの下に扱う。史前帰化植物は含まず、園芸種の逸出品は除外して、実質1,000を超える植物が言及されている。冒頭28頁にわたる「帰化植物とは」の中の「帰化植物と人間との関わり」では、緑化事業や農林事業や修景美化事業における導入種が、その地域の種多様性を阻害する結果をもたらす多くの事例を紹介しており、参考になる。私も野外調査の際、道端のコマツナギが、本来の自生なのか最近持ち込まれたものなのか、判断に苦しむことがある。まして多人数による視認調査では、区別がつかない。また最近製作された長野県植物誌資料集CD-ROMを利用した、県内帰化植物の分布変遷図が紹介されている。写真図版はときにアップを交えて1頁5枚程度を配し、鮮明で見やすい。
42頁以降の種の解説は、分類学研究者20名の分担執筆による。帰化植物のようにこれからどんどん種類が増加すると、うっかり同じ名前を与えてしまうということがおこりやすい。本書でもタンポポモドキとかツメクサとか、同名異種の例があるが、見出しとなる植物名としては避けられていて、それぞれ別名として引用されている。われわれは植物を原則として和名で扱っているが、データベースを作ってゆくとき、この同名異種が大変厄介な問題を起こす。とくに今後多くのデータベースが交流する時代になると、その結果としていつの間にか異なった植物の情報が混ざってしまうおそれがある。カワリミタンポポモドキのところで、神奈川県植物誌でその名が新たにつけられたいきさつが述べられているが、図鑑や植物誌を作る際にはこういう心配のある名前は別名として引用せず、解説文中でその理由を説明して、使わないように勧告したらどうだろうか。カラスノエンドウ、ヒモカズラ、バラモンジンなど、始末がわるくなっている例は少なくない。
[植物研究雑誌78(3):181-182(2003)]
□大場秀章・秋山 忍:ツバキとサクラ
171pp.2003.岩波書店.¥2,100.
「海外に進出する植物たち」という副題がついている。二部に分けてこの2つの植物の自然誌にはじまり、その栽培、園芸植物としての海外進出、それが海外の文化に与えた影響などが述べられている。ツバキは海外でブームをおこしたが、サクラは日本人の思い込みほどには行き渡っていないという。最後は著者らと編集企画者の林 良博・武内和彦両氏による座談会で、本文の内容を敷衍している。本書は現代日本生物誌12巻の1つで、毎巻2つの生物(たとえばカラスとネズミ)をとり上げ、彼らの生きざまを副題の観点から見直すものである。植物関係では「タンポポとカワラノギク」、「マツとシイ」、「イネとスギ」、「ネコとタケ」、「サンゴとマングローブ」、「メダカとヨシ」、「マングースとハルジオン」がある。
[植物研究雑誌79(1):77-78(2004)]
□矢野正善:カエデの本
400pp.2003.私版.¥6,000.
著者はカエデの栽培家である。16-77頁は日本の野生種で、A4版見開き2頁に1種類、80-346頁は栽培品種で、1頁に2品種が、美しいカラー写真で示されている。野生種の部では、地域変異や生育時期による違いが、栽培家ならではの目で記述されている。野生種の部の末尾に「カエデを観察していて感じたこと」と題する短文があるが、図鑑に出てくる平均的寸法や形を割り出すことのむずかしさが、実感をこめて述べられている。葉形のいろいろな形が種ごとに示されているのもこのためだろう。またヤマモミジの変異性(地域的・生育期的)が大きいこと、その一方イタヤカエデ類は種の形質が安定しているのに、一般には分類がむずかしいとされていることなど、長年の栽培・観察から得られた知識が語られている。この本の主体をなす園芸品種の部は、ふだん注意を払っていないために、こんなにいろいろな変化があるのかと感嘆するばかりである。品種名、学名、発表(登録)年、特徴、栽培上の注意などが簡潔に記されている。巻末にはカエデに関する文献約700件(年代順配列)、月ごとの栽培管理法、園芸品種名索引、カエデの名所リストがついている。すべての文章に英文の対訳が伴っており、わが国のカエデを国外へ紹介する有用な資料である。
[植物研究雑誌79(4):270(2004)]
□木原 浩(写真)・大場秀章・川崎哲也・田中秀明(解説):新日本の桜
B5版.263pp.2007.山と渓谷社.¥4,200.
1993年に川崎哲也氏の解説で刊行された「日本の桜」が好評品切れとなり、その後を受けて、写真のほとんどを更新して新たに企画されたものだが、川崎氏が途上で亡くなられたため、大場氏が解説を担当した。もともと川崎氏も、林弥栄氏の死去によって前版を解説することになったいきさつがあり、一連の本書は出版社のむずかしい綱渡りの産物である。とくに今回は、大場氏はサクラ類の属名としてPrunusではなくCerasusを用いる見解なので、前書とは学名が一新され、「使いにくい」と感じる人もいるだろう。またこれに伴って多くの新学名、新組み合わせが使われている。内容は前著が分類群ごとにまとめてあったのに対して、今回は野生のサクラの部と栽培のサクラの部に分かれており、前者を大場氏が解説し、後者は川崎氏の解説を田中氏が補ったものとなっている。前著にあった「桜の名所・名木」の項はなく、代わりに「日本のサクラの歴史」(1.5頁)、「サクラの主な収集家・研究家」(3.5頁)が加えられた。木原氏の見事な写真も総入れ替えということもあり、2冊手元に置いても損はしないだろう。
[植物研究雑誌82(3):178(2007)]
□勝山輝男:日本のスゲ
375pp.2005.文一総合出版.¥4,800.
日本のスゲ類の図鑑はいくつもあるけれど、写真によるものはこれが初めてだそうだ。「長ものは苦手」とする私にも、カラーで写した花穂のアップは説得力がある。写真のほとんどは著者の手になり、説明文はすべて著者自身の標本や実物からの観察結果に基づく。日本産スゲ属252種のすべてを扱い、加えてそれらの変種も扱われている。はじめに分類形質の詳細な説明が接写画像を伴って行なわれ、続いてそれによる節への検索表が示され、さらに節ごとに特徴となる形質がまとめられている。この「節の特徴」の項は、従来の二分式検索表では見落とされがちなもので、これを一覧表に組んだら有用だろう。植物は検索表の順序に配列され、1頁1種の割りつけで、全形、花穂のアップのほか、特徴を示す部分の画像がついている。記述は果期、生育環境、国内分布、国外分布、環境省レッドリストについて簡潔に記され、形状の記述の他に「分類」という見出しで種内群を説明している。広くお勧めしたい。デジタルカメラの発達で、接写が楽に行なえるようになり、画像処理の技法も自由度が増したので、今後は追随した企画がふえるだろうと期待される。
[植物研究雑誌82(1):55(2007)]
□いがり まさし:日本の野菊
12.5×20cm.278pp.2007.山と渓谷社.¥2,800.
1996年に「日本のスミレ」を刊行した著者が、その後10年を費やした作品だが、「スタート時点である程度知識のあったスミレと違って、野菊についてはノコンギクとヨメナの区別がやっとだった」と述回している。たくさんの専門家の助力があったとは言え、著者のチャレンジ精神は見上げたものだ。吉田外司夫氏のヒマラヤ植物大図鑑もそうだが、いわゆる「専門家」でない人たちが、昔なら専門家の縄張りを犯すようなことができるのは、本人の努力が1番だが、それをサポートする「専門家」がたくさんいる世の中になったことを意味するのだろう。卒論の学生にこういう課題を与えたい指導教官がいても、周囲の先生方に「それがどうした」という態度をとられることは目に見えているから、とてもやれるものではない。
Chrysanthemum、Aster、Nipponanthemum、Leucanthemella、Matricaria、Erigeronが取り上げられている。目次は頁順ではなく、まず属と節の検索表が示され、検索チャート、見分け方コラム、野菊紀行と、トピックでまとめられている。この他に読み物コラムとして12篇の短文が挿入されているが、いわゆる穴埋め記事とは限らず、「野菊の学名はなぜ変遷するのか」、「亜種と変種と命名規約」、「野菊の種とは何か」、「野菊と染色体」など、硬い記事が並んでおり、著者の勉強ぶりが察せられる。
本文では生態、全形、花序のアップ、などのほか、識別点として重要な総苞の接写が必ず添えられており、種類によっては花序の断面や小花や果実の形態、ときには葉縁の形や葉形の変異なども、すべてカラー写真で示されている。説明は種類の記述には重点を置かず、生態や撮影の際の観察記やその種類の研究の現状などが記されている。各節のはじめに種類識別のための検索チャートが示され、ときには分類的に離れているが類似している種類の識別用チャートもある。種類ごとの分布図を伴っており、著者が実見したもの(赤)、標本で確かめたもの(緑)、文献に出ているもの(黒)と色分けされているが、その赤点がとても多いことが、著者のフィールドワークぶりを物語っている。識別のむずかしいこの仲間を「野菊」としてまとめた著者の努力を多としたい。
[植物研究雑誌82(6):363(2007)]
□安藤敏夫・小笠原亮・長岡 求 (監)・森 弦一 (編) :日本花名鑑4
B5版.551pp.2007.日本花名鑑刊行会・アボック社 (発売).¥4,800.
本書の第2巻は2002年刊行で、当時紹介した。その後2003年に第3巻が出たのち、しばらく間をおいて今回の刊行である。前巻では野菜や果物にまで範囲を拡げる意図が見られ、先行き手が廻らなくなるのではと心配した。本巻でも多少そういう種類が入っているが、どうやら花卉・緑化植物市場の流通品にひとまず絞っているように思える。前巻までは植物の配列は植栽用途別で、各頁の袖にそれぞれ10種類のカラー写真が示され、ごく簡潔な名称情報、栽培情報、流通コードが記されているだけだったが、本書では配列は学名順、産地や形態についての文章体の記述がふえ、図鑑的に読める内容となっている。1994年に豪州で発見された中生代の遺存的裸子植物Wollemiaについては、希少な野生集団を人間による絶滅から守るために、苗木の販売が始まったとの記事が見られる。文章が増えた分頁あたりの種類数は減り、ざっと数えて6,000件を超える栽培品が、流通名と共に示されている。カラー写真は各頁4・5枚となり、前巻より大きくなったが、発色については多少霞がかかったようで、もう一息というところ。収容する種類数が減った分を増頁で補っているが、値段とのかねあいもあり、当初の「流通市場の整理」という方針からブレが見られる。あまり欲張ると収拾がむずかしくなるので、ここらで編集方針の整理が必要だろう。次の巻はどのような形になるのか、続刊を期待したい。
[植物研究雑誌82(4):248(2007)]
□大場達之・宮田昌彦:日本海草図譜
A3版.114pp.2007.北海道大学出版会.¥24,000.
見開き2頁に1種ずつ、日本産のすべての海草30種のA3版カラー図譜は圧倒的である。「生けるがごとく」という言葉がそのまま当てはまる。花序、果実、種子、葉の先端、葉縁の拡大カラー、葉や茎の断面の顕微鏡写真、生態写真、分布図を伴っている。おしば標本と同じサイズなので、製本したものばかりでなく、シートタイプにして標本と一緒にしまっておけば、同定作業などに便利ではなかろうか。
この図譜は、大型フラットベッドスキャナによる、時期やサイズの異なる電子画像データをソフトウェアによって加工、合成し、デジタルカメラによる顕微鏡写真なども取り込んだもので、その手法と歴史的位置づけについて1頁を割いて解説されている。海草は写真が撮りにくく、標本にすれば見るかげもなくなってしまうが、生品では平面に収めやすく、スキャナによる画像化に向いている。とはいうものの前例のない技法で、「スキャノグラフィ」と名付けられた。開発した大場・宮田両氏の工夫と努力に、絶大な敬意を払うものである。今後の図鑑類の製作に、大きな一石を投じるものだろう。さしあたり思いつくのは水草や海藻図鑑だが、海草と似た形態なので、同じ手法でできるのではないかと思う。しかし陸上植物となると3次元的にひろがっているので、更なる工夫が必要になるものと考えられる。また画像データを計測に利用する面でも将来性が見込まれる。スキャノグラフィの更なる発展を期待したい。
日本海草概説では、著者らの未発表の予備的分子系統解析による系統樹と、それに基づくいくつかの示唆がなされている。科、属、種および栄養体による検索表が示されている。海草の群落体系の章では、わが国ではまだ十分な研究が行なわれていない中、著者らの判断による群落の記述がなされており、これも先駆的な仕事である。Seagrasses of Japanの章では、検索表を主体とし、いくつかの新名も見られるが、これらは別途正式発表を行なう予定とのことである。文献として134件が挙げられており、海草研究に役立つだろう。環境指標として注目されながら、同定が厄介な植物群を認識するのに、有力な武器が出現したことになる。
[植物研究雑誌82(3):178(2007)]
<観察>
□田中 肇:花と昆虫 カラー自然ガイド15
1974.保育社.¥380.
花の形態や構造が送粉のしくみ、特に昆虫を媒介としたそれとどんな関係にあるかを解説したものである。見開き2頁にそれぞれ異なる送粉様式をもつ花と虫のカラー写真をおき、次の2頁でそれを解説している。動きまわる昆虫と花を相手に、シャッターチャンスをとらえて鮮明な接写を撮る苦心は想像のほかであろう。現象の多くは誰もが漠然と知っているつもりになっていることではあろうが、このようにくわしく解説され、その実際を見せられると、自分の認識がいかに浅いものであり、かつこのような現象に未知の分野がいかに多いかを思い知らされる。例えば見なれたホタルブクロのおしべとめしべが、送粉という作業においてどのような行動をとるかということを観察し、認識している人は少ないのではなかろうか。ミヤマハハソの弾発おしべの写真なども得難いものである。花粉媒介者としてはハチ、アブ、ハエなどの役割が大であるがチョウの役割の具体例はほとんど見られなかったという著者の言は意外であった。わが国の分類的研究は本書のような分野の仕事はほとんどなされていない。しかしながら種というものは植物の体とその生活のあらゆる角度からの検討によってその認識が深められるものと信ずる。従って花ばかりでなく葉、茎、根などのあらゆる部分についてその形態、機能、行動の根気よい観察、研究が拡げられることがのぞましく、そこには特にアマチュアが活躍する無限の領域が残されている。本書が専攻研究者でなく、アマチュアによって著されたことは象徴的である。
[植物研究雑誌49(11):336(1974)]
□出原栄一:樹木
93+8pp.1983.築地書館.東京.¥2,000.
コンピュータで描かれた樹枝状図形のデザイン集である。二又分枝を節間長の減率、分枝角、X-Y軸上の偏位量という条件で規定して計算機プログラムを作り、これらパラメータにいろいろな値を入れてXYプロッタで作図したものだが、たったこれだけの因子の組合せでさまざまなパタンができることは驚くほどである。しかし何といっても条件が簡単なので、植物としてのイメージに該当するものは多くはない。このあたりはデザイナーとしての著者の「植物」感覚と植物屋としての評者の先入観の差であろう。私がまっ先に感じたのは、全形としてのケヤキの樹形、部分としてのハコベやコシダの枝振りとの相似である。どういうわけか、ヒカゲノカズラの連想は得られなかった。そのほかにはツノマタやミルのような海藻を思わせるパタンが多い。本書は二又分枝で条件の簡単なものを集めたもので、著者はこのほかに多くの樹木パタンを作り出しておられるから、続編が期待される。植物学の分野でも近頃分枝型の数値解析やシミュレーションが研究されはじめたが、わが国ではまだごく僅かの人がかかわっているだけである。しかしこのような方法で植物の形態的特徴や生長過程をとらえる研究はなかなか面白そうである。示されたプログラムはきわめて簡単なものだから、パソコンをいじる人なら誰でも取りつけるだろう。こういう手段をアートからサイエンスに育てる人が出ることを期待したい。
[植物研究雑誌58(9):286(1983)]
□レオ・レオーニ(著)・宮本 淳(訳):平行植物(La Planta Parallela)
307pp.1980.工作舎.東京.¥1,800.
私のところは博物館だからいろいろな質問がくるが、慶応大学経済学部の学生が「平行植物について知りたい」と本を持ってやって来たのには少々驚いた。同校の一般教養物理で指定図書になっているとのことである。本書は一見学術書のような体裁をもっているが、植物学の本ではない。すべてが著者(イタリアのグラフィック・デザイナー)の空想、と言って悪ければ思索の産物である。それにしても発見のいきさつ(たとえば、1970年大阪大学の上高地清正は奈良の久茂山でフシギネAnacleaを発見した)、研究の経過、進化の径路、植物の学名、土名(たとえば、Artisia magistreマネモネ科マイヒメマネモネ、学名のリストがついているが、現行の属名と同じ綴りのものは1つもなかった)、学会の模様(たとえば、1982年に東京で国際平行植物学会議が開催される)、引用文献、年表といった具合に、植物を知らない人が読んだら本当にこういう植物があると思い込みそうである。非ユークリッド植物学とでも言おうか。翻訳者は大変だったことだろう。非ユークリッド幾何学は思考の産物から実在となったが、平行植物は植物学では認知されることはないだろう。芸術的な認識論として頭の体操のつもりで読めばよいのだろうが、私の頭はそれほど柔軟ではなかった。
[植物研究雑誌59(9):281(1984)]
□石戸 忠:描く・植物スケッチ
155pp.1985.講談社ブルーバックス.東京.¥850.
自らの画による検索図鑑など独創的な作品を発表している著者が、植物を知る手段としての植物画の描き方を、多くの実例について解説したもので、これほど懇切なものはまだ無かったと思う。描く順序や注意点が番号つき矢印で一々示され、これから画を描いてみようという人ばかりでなく、分類学専攻者にとっても着限点の開発や整理に役立つだろう。
[植物研究雑誌60(6):171(1985)]
□原 襄・福田泰二・西野栄正:植物観察入門
179pp.1986.培風館.東京.¥1,600.
植物の形態をわかりやすく書いたテキストはすくない。植物図鑑の用語解説のような便宜的なものか、いかにも「形態学」という風の堅い記述のものである。本書は大部のものではないが、植物の主要な形態について、分類学や形態学の知識の少ない人にもわかるようにていねいな解説がなされている。実物を手にして本書の記述を追いながら実習をすることもできる。とくに最近の学校教育ではこういう知識のとぼしい教師が多いようだから、ぜひ利用してほしい。分類学専攻者にも有用な参考書である。繊細な写真を効果的に使っているが、説明のための線画がもっとあってほしかった。
[植物研究雑誌61(6):192(1986)]
□野外植物研究会:野草1-15巻(昭和10-42年)+別巻(復刻版)
4,500pp.1985.出版科学研究所.東京.¥54,000.
檜山庫三氏らの創立になる野外植物研究会は、東京を中心とする小規模なアマチュア団体であるが、有能な指導者と熟心な幹事の運営で50余年にわたる活動を続けてきた。その会報の「野草」、「花の木」は単なる野外観察記録としてばかりでなく、分類学上の資料として参考にする研究者が少なくない。しかし何分部数が少なくてバックナンバーの入手は難しく、また謄写印刷のため印字が不鮮明な号もあり、とくに第二次大戦前後のものは紙質がわるくて判読に苦しむものが多かった。このたび復刻されたものをみると、あんなにきたない紙面からどうやって製版したのか、みちがえるようなできばえである。別巻には総目次と索引があるが、植物名索引はまだ増補の必要がありそうだ。フロラの変遷をたどるには過去の資料が必要であり、「野草」のような有力な資料が十分に利用されるようになったことは、うれしいことである。
[植物研究雑誌61(2):64(1986)]
□里見信夫:折々草
175pp.私費出版.¥3,500.
著者の金沢大学定年退官を記念して、学術論文以外の著述のほとんどを再録したものである。長年にわたる「北陸の植物」の運営の必要に加えて多才な著者のことだから、植物関係の雑学はもとより、紋章学や落語にまでわたり、はじめて目にする文も多く、あらためていろいろ参考になる。こういう本は自叙伝のようなものだから、ついでに履歴や系図くらいつけてもよかったのではあるまいか。
[植物研究雑誌63(7):235(1988)]
□畑中顕和:みどりの香り 青葉アルコールの秘密
230pp.1988.中央公論社.東京.¥600.
博物館にいると、近頃は森林浴とかフィトンチッドについての質問がよくある。私はこれらについては、どちらかというと懐疑的な受け応えをしてきたのだが、この本で少しは実のある返事ができるようになった気がする。青葉やキュウリの青臭さは、炭素6個から成るアルコールやアルデヒドに基づく。著者が永年この物質の抽出、同定、合成にたずさわった成果の回顧と展望である。リノール酸から種々の代謝過程を経てこの物質が生成する機作の研究、それが植物の害虫防御や個体間のコミュニケーションに使われる話、さらに動物では作れないこの物質が、昆虫の摂食活動に重要な役割をするばかりか、体内に蓄積されて社会生活で通信手段に使われたりするという話は、あらためて興味をそそられる。植物名には少々首をかしげるものがあるが、気にしなくてもよいだろう。フィトンチッドでよく言われるテルペン類については触れられていない。
[植物研究雑誌65(7):203(1990)]
□大場秀章:誰がために花は咲く
220pp.1991.光文社カッパサイエンス.¥790.
講義をかみ砕いた短編集というところ。生物の発生から高等植物の適応戦略まで、堅苦しい理屈を著者の文才で適当にとばしたりほぐしたりしながら物語る。トピックスは21あるが「カサノリの異常ながんばり」、「わが道をゆくコケ」、「ユキノシタのちゃっかり保険」、「手ごわいイチゴ」などという見出しをみれば、雰囲気は察せられるだろう。近頃の大学生は分子レベルの生物学は習ってくるけれど、形態や分類については高校や中学で何も仕込んでくれないので、こういう本を読んでもらうことは有益と思う。学術用語がたくさん入っているので、一般向けにはかなり基礎知識がないと読みづらいのではないか?もっと思い切ってやさしくして、中学生向けの物語に翻案したならば、身近な植物で実習できる話もあるので、学校の副読本として使われたり、生徒を分類や形態へ関心をもたせるさそい水になるのではないかと思う。なお「イチゴは多花果」と書かれているが、この和文用語は文字面からでは誤解をまねきやすく、「集合果」の方が無難と思う。岩波生物学辞典(1960)では「2個以上の花から由来した果実の集合体があたかも1個の果実のように見える器官の総称」とあり、例としてモクレン、イチジク、クワ、キイチゴがあげられ、図としてはイチゴが描かれている。このうちモクレン、キイチゴ、イチゴは1個の花に由来するものだから、文頭の定義からすると誤りとなる。同書ではこの用語の原語としてsyncarp、polyanthocarpium、multiple fruitが挙げられており、「2個以上の花から由来した」というくだりがこの3つのどれにあてはまるのか疑問である。したがって「多花果」という用語を、この三原語にあてはめてよいものか、再考を要する。最新植物用語辞典(広川書店1965年)では多花果→集合果で、multiple fruitに当てられているが、説明は「穂状花序の密集した各花の子房が成熟して、全体があたかも1個の果実のようにみえるもの。例クワ」とあり、「穂状花序の」というところが引っかかる。学術用語集植物学編(増訂版)では多花果はpolyanthocarpに当てられているが、説明はないので追求のしようがない。学術用語集の目的は、1つの原語に対して1つの和文用語を選定することが最大の目的だが、これは原語の方の定義が厳密に決まっていることを前提としなければ成り立たない。原語の方にもいろいろな解釈があるのに、そんなに単純に割り切れるものか、前々から疑問に思っていた。明治時代の欧語崇拝の思想の尻尾が、いまだに尾を引いている感じがする。
[植物研究雑誌67(6):370(1992)]
□東京書籍:草花の観察「すみれ」
1992.東京書籍.ニューCALソフト.¥24,720.
スミレの観察図鑑ではなく、中学校理科教育用の植物同定ソフトである。身近に自生する草本植物約270種を対象としている。最近、学校教育の場にコンピュータが導入されているが、実際にこれを利用して授業を行なうための適当なソフトウェアがないため、宝の持ち腐れになったり、単に動く黒板のような使い方が大部分と聞いている。これを打開するために、いろいろな教育用ソフト(CAL)が市販され、あるいは学会で発表されている。植物同定ソフトに関する限り、いずれも図鑑の二又式検索表を基礎にしたものである。二又式検索表はその過程のすべての分岐点の形質を持つ「完全な」標本しか同定できず、実際の役には立たない。にもかかわらずそういうソフトが横行するのは、植物同定の本質を知らないきわめてエンジニア的発想である。要するに結論を知っている者がそれを再確認する手段にしかならない。
通常手にする「不完全な」標本を用いて、植物を知らない者がなんとか名前にたどりつけるような同定ソフトを作るには、まず対象となる植物すべてについて、同定に用いられるすべての形質の有無が、一覧表として用意されている必要がある。この一覧表データベースには原則として空白は許されない。したがってもし「葉につやがある」という形質がどこかで同定の目安となっているならば、ソフトの対象となるすべての種について「つや」の有無を調べておかねばならない。あらゆる本を通覧してもそういうことは書いてないから、作者の経験と標本に基づいて、そういうデータを作るという、おそろしく時間のかかる虚しい努力が必要である。
一方、用いられる述語、たとえば花、の定義を植物学的な厳密さで用いると、かえって同定の進路を誤らせるので、利用者や対象種によって解釈に融通性をもたせる必要がある。また種類によって同じ形質でも変異の大きさが違うから、形質を細かくとり過ぎるとわかりにくくなるので、ここでも定義の厳密さを調整せねばならない。ここらの匙加減は非常に微妙で、緩めすぎても厳しすぎても順調な同定ができない。「すみれ」の監修者である大川ち津る氏(元・十文字学園女子短期大学)は高校教師であった15年ほど前から、こういう一覧表式データベースの制作を手がけ、パンチカードによる同定からはじまって、自己開発による同定ソフトを実際の理科教育に取り込む努力を重ねて来ており、多くの公開授業や講習会で実践済みである。したがってこのソフトは従来の検索表を元にしたものとは一味も二味も違った有用さをもっている。
本ソフトは5枚のフロッピーディスクから成り、1枚がシステムで、これだけで同定が行なえる。他の3枚は図鑑、1枚が応用のためのものである。ソフトは使用機種に応じてそれぞれ用意されている。同定に用いる形質は160ほどで、茎、葉、花期、花、果実と大分けした中を細分し、カラーの図解で示される。手にした標本と較べながら該当する形質を選ぶ。選ぶ順序や数は任意であり、途中で訂正もできる。選びおわるとそれらの形質をかね具えた植物名のリストが表示される。その中のどれかを指定すると、その植物の含まれる図鑑フロッピーの番号が示されるので、該当フロッピーを装着して絵を出させ、確認する。ハードディスクがあれば、図鑑の差し替えはしなくてよい。応用ディスクは自分でデータベースに新たな形質を追加したり、対象種をふやしたりするために用いる。
学校用とはいうものの、一般の方にももちろん使えるし、植物観察の勉強にもなる。教科書との対応上、植物名が必要以上に細かいものがあるが、私は学校教育であまり細かい植物名を教えるのは不賛成である。これは教科書の方を考え直してもらうほかはない。本ソフトは自生草本に限られているが、木本についても発展を期待する。木本は花や実の形質を同定形質とする機会が草本より少なく、葉の形質が主体となりがちなので、データベース作製には一層むずかしい問題があるだろうが、解決してもらいたい。ついでに、植物名でなく、科の同定を目標としたソフトも必要と思う。
[植物研究雑誌68(1):61-62(1993)]
□森 茂弥・城川四郎・勝山輝男・高橋秀男:スミレもタンボポもなぜこんなにたくましいのか 人に踏まれて強くなる雑草学入門
213pp.1993.PHP研究所.¥1,200.
神奈川県植物誌(1988)は新たに収集した膨大な標本に基づき、県のアマチュアと専門家を総動員した詳細な記述と分布図を含む、県植物誌の傑作として後世に残る作品であるが、その作者の1人であり1991年に病没された森氏の遺稿を元に、3人が補筆編集したものである。雑草というと帰化植物がほとんどだから、その入門書といってもよい。雑草とはどんな植物:超高層ビル街に生える雑草:家の近くが好きな人里植物:有用植物も多いイネ科の雑草:旺盛な生命力の帰化植物:食べられる雑草の6章より成る。植物誌成作の体験で養われた鋭い観察眼が、植物の微妙な特性を記述している。キキョウソウの閉鎖花のこと、ハキダメメギクの舌状花の3つの切れ込みのこと、ジュズダマとハトムギの葉のにおいの違いのこと等々、雑草の入門書と言うよりは植物観察のヒント集と言ってよかろう。読む人がこれをまねて、観察というと名前を知れば終わりという通弊から抜けだしてほしいものだ。
[植物研究雑誌68(5):313(1993)]
□田中 肇:花生態学入門・花にひめられたなぞを解くために
174pp.1993.農村文化社.¥3,000.
花粉がおしべからめしべへ運ばれる送粉機構についてのわが国はじめての教科書である。べつに堅苦しいものではなく、独学の著者の30余年にわたる観察を整理し、見事なカラー写真を豊富に使ってわかり易く書かれている。写真にはすベて撮影年月が記されており、旧いものは1973年にさかのぼる。第一章動物媒花、第二章風媒花・水媒花、第三章同花受粉花、第四草花の性、より成り、第一章が全体の約半分を占める。材料はすべてそこらに見られる植物ばかりだが、その花の形、色、姿勢、行動などがどんな役割を持ち、どんな目的を持つかが、執拗な観察に基づいて解き明かされている。オオイヌノフグリの花柄の細さが送粉昆虫の選別に役立つ、などということは、永い観察の積み重ねがなければ思い至らないだろう。こういう観察はただよく見るだけでは足りず、1箇所に夜明けから日暮れまで座り込んで虫のくるのを待つというような、おそろしく根気のいる作業が必要である。写真にしてもこれだけ鮮明な一コマを得るには、何巻もの失敗作があるに違いない。それでも植物の生活史の重要な一面である送粉機構については、本書に記されたことはまだほんの一部に過ぎず、今後の多くの人の目によって解明されるべき問題が隠されている。専門家愛好家を問わず、植物に関心のある方には是非とも読んでもらいたい。それによってこれ迄と違った植物の見方や考え方があることに気付くだろう。種子の散布機構や芽生えの行動などにも同様な問題があるのだが、集中し取り組む人がいない。短期にまとまった業績を要求される昨今の研究環境では、こういう仕事は割りが合わない。だから学界の趨勢などを気にせずにやれる、アマチュアの活躍の場が広い。本書によってこういう観察に取り組む人がふえることを期待する。
[植物研究雑誌68(5):313(1993)]
□千葉県立中央博物館:ブナ林の自然誌
136pp. +32pls.1992.同館発行.¥1,200.
特別展示の解説書とはいうものの、見事な図版と16章にわたる堂々たる論説集である。ブナの仲間:世界のブナ科、世界のブナとブナ林、日本のブナとブナ林、以下すべて頭に「ブナの」か「ブナ林」がつくので省略して、起源と進化、地史的成立過程、植物季節、一生、樹木、草木、蘇苔植物、藻類、地衣類、キノコ、哺乳類、音、保護と、新鮮多彩な陣容をほこる同館の作品らしい。大抵の章には参考文献が示されている。「音」という章は、この種の本では見慣れない項目だが、植物の生活環境の1要素として、今後の展開を期待したい。「藻」についても、常識的には樹皮にもついていることはわかるが、これも1つの環境として研究できると思う。ヒマラヤでは樹皮に着生したコケの間に、ミミカキグサ類がたくさんみられるが、これは捕捉の対象となるプランクトンがいることを意味するのだろう。このような研究主体の展示や解説は、長期的にみて拡大再生産性が高いが、準備もまた大変だったことだろう。客寄せ目当ての特別展とカラー写真ばかりきれいに並べた図録が多い昨今、敬意を表したい。
[植物研究雑誌68(2):128(1993)]
□吉山 寛著・石川美枝子画:原寸イラストによる落葉図鑑
21×11cm.372pp.1992年12月初版、1993年2月22版.文一総合出版.¥2,500.
本州で見られる樹木のうち、高山植物や分布の特に狭い種を除いた528種の画と、それに関係のある72種、合計600種を分類順に紹介したもので、野生種を主としているが、街路樹や庭木も含まれている。落葉と銘打っているが、落葉樹とは限らず常緑樹も入っている。各ページには大きな葉が1枚か、時には2・3枚が載っていて、複葉には小さく示した全形と大きい小葉片といった具合。ここで特徴的なことは、ほとんどの葉が原寸大(ホオノキのような特大のものはやや縮小して)で出ていて、葉形・葉脈・毛などの様子が植物画家石川氏の線画によって実によく描かれていることである。着色はないが読者には実物と「絵合わせ」することによって「あっ、これだ」とすぐ木の名がわかるという寸法である。ページを繰っていると原色図鑑よりはるかに瞬間的な印象が強く、葉形が脳裏に焼き付けられる。この点最近流行のカラー写真図鑑などは足元にも及ばない。画で現せられない葉の厚みや光沢・色、さらに樹皮・樹形そのほかの特徴、分布など簡明に画の傍らに記載されている。一般に樹木は草本に比べて花の時季を失することが多いが、葉の方は落葉を含めて年中簡単に見られるので具合がよい。しかも葉の特徴は案外はっきりしているものなので、本書と絵合わせすることによって訳なく種類を当てること請合いである。細長い変形版だが、手に持ってパラパラめくるには手頃な形である。良い本である。
[植物研究雑誌68(3):192(1993)]
□芹沢俊介:人里の自然
196pp.1995.保育社.¥2,300.
自然環境保全にあたって、これ迄のように「貴重な」自然ばかりが貴重なのではなく、「あたり前」の自然も同じくらい貴重なのだという認識が、ようやく市民権を得はじめてきた。先に紹介した「ウェットランドの自然」もそうだが、本書ではもっと身近な道端や田畑や雑木林の自然の再認識をうながそうというものである。こういうところは既に人為の産物であり、「貴重な生物」がいないものだから、簡単に開発の手が加えられ、それがアメニティーの向上に貢献するものと歓迎されやすい、けれどもその陰で多くの「貴重でない生物」が減少し、生物相の単調化をもたらしていることを、タンポポやカエル、耕地整理や公園化を例として理解させようとしている。そういうことをより身近に感じるために、著者が永年行ってきたタンポポ調査の手法も紹介されている。調査や観察のために集団で野外に出ること自体に問題がある、という著者の考えに私も賛成である。何十人もが連なって、スピーカーで解説をガナるような「自然に親しむ会」は、そろそろ卒業にしてほしいものだ。
[植物研究雑誌71(4):234(1996)]
□薄葉 重:虫こぶ入門
251pp.八坂書房.¥2,400.
採集していれば、虫こぶや菌こぶに出会うことは少なくない。ヌルデやイスノキのゴールは、むしろその種類の特徴としてとりあげられるが、標本を作るときには虫こぶのような余計なものがついていると敬遠し勝ちである。菌こぶは植物関係者の研究対象となるが、虫こぶの方は植物の人間からはどちらかというと疎遠である。ヌルデの虫こぶを作るアブラムシが、チョウチンゴケの仲間を中間宿主にしていることを、おぼろげに知っている程度である。しかし、生物界の現象がたくさんの種類の相互関係で成立していることを思えば、植物の研究だから植物だけ見ていればよいとは言っていられなくなってきた。花と花粉媒介生物との関係は、近来研究者が増加しており、共進化という単語もゆきわたってきた。虫こぶを作る動物はアブラムシ、タマバエ、タマバチ、キジラミなど、昆虫を主体に多様であり、その複雑な生活史や集団生活における社会構造などが鋭意研究されている。本書はまとめにくい「虫こぶ学」を通覧し、興味を起こさせようと書かれたもので、自然観察の予備知識として知っておいたら有用なことがらがたくさん含まれている。第一章は「虫こぶの文化誌」で、古来から知られた虫こぶに関するトピックや利用のはなしが紹介される。第二章は「虫こぶの生物学」で、こぶの形成の仕組み、それにかかわる生物などが紹介されている。第三章は「虫こぶ観察ノートから」の表題で、著者の数々の体験や観察が披露されており、この章が一番生き生きしている。最後に観察の手引きと、日本で普通にみられるゴールのリストがあり、45科98種類の植物があげられている。この数は寄主が研究されたものに限られているので、実際にはもっと多いだろう。本書の知識を身につけておけば、野外で「虫こぶだ…。」でおしまいにする前に、いくばくかの観察をつけ加えることができるので、自然に対する理解をより深めることができるだろう。野外でよく出会う食痕についても、こういう解説書がほしい。巻末に用語解説、参考文献、索引がついている。
[植物研究雑誌71(4):235(1996)]
□西口親堆:森のシナリオ、写真物語・森の生態系
148pp.1996.八坂書房.¥2,500.
森林動物を専攻した著者が、永年の演習林勤務の間にものした写真、スケッチ、観察記、エッセイである。図鑑や解説書ではなく、どの頁を開いてもよい。なにげなく目にする自然現象について、著者の薀蓄を分けてもらえる。自然はそういう予備知識の有無で、たいそう違ったものに見えるものだ。書名よりずっとくだけた内容で、一般読者にも十分すすめられる本である。
[植物研究雑誌71(4):235(1996)]
□岩槻邦晃:シダ植物の自然史
259pp.1996.東京大学出版会.¥3,502.
定年をむかえた著者の研究回顧の書であるが、そこらの回顧録とはかなり様子がちがう。誰もが自分の足跡を肯定的に書くのは当然だが、そのときどきの自分や他人の業績が、ささいなことまで実に有機的に関連づけられ、強く言い切る口調で一貫しているので、まるでこれ以外にとる道は無かったと思わせるほどだ。著者がかかわったシダ植物について、フロラ、形態、生活史の研究からはじまって、最近のDNAによる系統解析にいたるまで、世界の情勢も取り入れながら、「生きているとはどういうことか」(このことばは繰り返し登場する)を追求した過程がいきいきと描かれている。現役の人の名前もどんどん出てくる。というより、そういう人達の業績を積極的に評価紹介するものとなっている。著者が意識的にこういう書き方を選んだことが、序文やあとがきにうかがわれる。これからどういう姿勢で研究を進めるかを決めようとする人達におすすめしたい。そして同年代の私にとっては、我が計画性のなさをあらためて認識させる本である。
[植物研究雑誌71(4):235-236(1996)]
□田中 肇:花と昆虫がつくる自然
197pp.1977.保育社エコロジーガイド.¥2,400.
前著「花生態学入門」(1993)に続くもので、この分野の研究者としてだれもがその実績を認める著者の、新しい知見をとりこんだ記述が各所に披露されている。見開き2頁がカラー写真(そのほとんどが見事な接写)、次の見開き2頁がそれをテーマにした解説である。尾瀬ヶ原での調査結果などは得難いものである。前著では花の送紛機構に重点があったが、本書はそれに加えて、表題のとおり、昆虫と花の重なり合った相互関係、さらにそれを保障するための多様な環境の重要性がしばしば言及されおり、アメニティー優先の「自然型環境開発」の問題点を指摘するものとなっている。海水浴場の開発で減少するグンバイヒルガオと、固有種オガサワラクマバチの保護が関係するなどということは、辛抱強い観察の末でなければ発想できないものだろう。同じく小笠原のムニンネズミモチがほとんど結実しない原因は、訪れる昆虫がいないこと、その理由は導入されたセイヨウミツバチの強力な集蜜能力に対抗できず、島に本来いたハナバチ類が減少したため、というような推理も、訪花昆虫0という、一見むなしい観察結果からもたらされたものである。東京白金の自然教育園に、距のない奇形のツリフネソウが増えているというはなしも、たいへん暗示的である。1種類の植物の健全な種族維持は、その周辺にある花期を異にする多くの種類と、それらを訪れる多種の昆虫、それらを育てる食草や動物の糞や死骸、その元になるいろいろな動物たち、それらに食べられるいろいろな植物や動物、それらを生活させる広い多様な自然あってこそ全うされるのだということが、具体的に理解される。巻末に日本の野生植物の受粉方法の一覧表がある。食物連鎖ばかりでない自然の多様なネットワークを知るために必要な本である。そして環境保全に係わる者ばかりでなく、だれが手にしても、自然への理解の目を一層深くさせる本である。
[植物研究雑誌72(6):359-360(1997)]
□岩槻邦男:文明が育てた植物たち
194pp.1977.東京大学出版会.¥2,400.
著者はまさに「シダ植物自然史」を著し、自身の研究活動を跡付けながら、それを人為環境下での無融合生殖型植物の進化として総括した。本書はそれを拡張して、無融合生殖型植物の未来が地球環境、ひいては人間生活におよぼす環境を予測し、人と自然の付き合いかたについて、なにかのヒントを与えようとするものである。具体的にこうせよと言えるようなことからではない。有性生殖が生物多様性の維持に果たす役割を認識させることによって、人為による環境変化に慎みをもつことを自覚させたいという意図がうかがわれる、スケールの大きい著作である。「植物たち」の見出しは、植物に興味を持つ人のための本と思われかねないが、そうではない。大学レベルの理解度を必要とする書だが、環境問題の輪読書として話題にするにふさわしい。
[植物研究雑誌73(1):54(1998)]
□山口裕文(編著):雑草の自然史
234pp.1997.北海道大学図書刊行会.¥3,000.
雑草や帰化植物のような、どこにでも生え駆除の厄介な植物についての、専門研究者16名による研究成果の紹介である。雑草フロラの成立、適応力を解明する、生活史戦略をさぐるの3部より成り、副題にあるように ‘たくましさの生態学’ を解説する。とりあげられた植物はタカサブロウ、タイヌビエ、ハマスゲ、ナズナ、チガヤ、ヤエムグラ、ヨメナ、オオバコ、セイヨウタンポポ、セイタカアワダチソウ。トピックとしては雑草の起源、薬剤耐性、生育型、発芽生理、散布法、他感作用、遺伝性とさまざまである。一般むきにはちょっとむずかしいが、一応の下地のある読者には、とくに生理的な面からの説明に得るところが多いだろう。巻末に各種文献から抽出した、わが国の帰化植物105科1,273種類の一覧表がある。
[植物研究雑誌73(1):55(1998)]
□ジョンストンV.R. ・西口親雄(訳):セコイアの森
295pp.八坂書房.¥2,800.
原著名はCalifornia Forests and Woodlandsである。目次を見ると、針葉樹の見分け方と下部アルプス帯の森林とか、アカモミ林とロッジポールマツ林とか、生態系の名前が並んでいるが、植物生態学の本ではない。それらの生態系に生活する生き物すべてにわたる、自然観察の書である。だから植物はもとより、哺乳動物、鳥、昆虫、きのことなんでも登場し、お互いの生活のかかわり合いが述べられている。そしてかれらの生活を守るための法律や規制の方法まで記されている。カリフォルニアトチノキの生活から種子の毒性におよび、インデアンによって魚毒に利用されたのち食用となること、この木の下には生育する植物は少ないが、カリフォルニアツタウルシはよく見られること。ツタウルシのかぶれの元はウルシオールだが、シカ、ウシ、ウマは食用とすること、果実は多くの鳥の食料となるが、キツツキ類もその中に入ること。キツツキの主な食料は昆虫で、どんな姿勢から採食するか…という具合に、あとからあとから話がひろがっていく。ともすると混沌としてしまうストーリーが、要領よくまとめられている。口絵のカラー写真以外は、サイモンC.J.による線画で、親しみ易い印象を与える。原著者はカレッジの教師を永く勤めた人で、森林昆虫専攻の訳者は著者の観察眼の正確さにひかれたという。日本でもこういう広い実地の経験と知識のある人による、案内書がほしいものだ。
[植物研究雑誌73(1):55(1998)]
□デービット・アッテンボロー(門田裕一監訳・手塚 薫・小堀民恵訳):植物の私生活(David Attenborough:The Private Life of Plants)
320pp.1998.山と渓谷社.¥3,200.
テレビで見たことのある映像がたくさん出てくるが、一過性のものよりも、じっくり詳しく見られるという点では、こういう本になっている方がずっとよい。テーマは旅する植物たち、植物の養分調達システム、花たちの花粉輸送大作戦、植物たちの生き残り戦術、植物たちの多彩な交遊録、極限の世界を生き抜く植物たちで、それぞれ魅力的な物語が組まれている。植物たちといっても、それと付き合いのある動物たちや環境とのかかわりに大きな部分が割かれていて、自然を植物とか動物とかで割り切って見ることはできないということを理解させる。教育現場の教材つくりに絶好である。一部、擬人的なところや目的論的なところが気にならないではないが、これは利用者の素養次第だろう。
[植物研究雑誌73(1):178(1998)]
□八田洋章:木の見方、楽しみ方 ツリーウォッチング入門
294pp.1998.朝日新書.朝日新聞社.¥1,500.
季節を追って、樹木を相手にした自然観察の着眼点を物語る本である。自然観察は盛んであるが、「名前を覚える」ということが目的になり勝ちで、その先は名前の由来とか有用性とか自然保護とか環境問題とかへ高飛びしてしまって、植物自体をじっくり知るという方向へはなかなか行かない。人と付き合うにしても、住んでいる町や家の造作をながめるより、その人の目鼻立ちや能力を知る方が、より良く知る助けになるだろう。植物ではどのように見たらよいかということをわかり易く書いた本がないことが一因だと思う。芽鱗のはがれ方、枝の伸び方、葉のひろがり方、樹皮のはがれ方、葉の落ち方と、言われなければ見過ごしてしまうことがらが取り上げられている。花を見て名前を調べるだけが観察ではないことを、理解してもらうのによい本である。
[植物研究雑誌73(5):298-299(1998)]
□岩槻邦男:根も葉もある植物談義
254pp.1998.平凡社.¥2,000.
盆栽協会の会誌に連載したもので、35種類の植物、主にポピュラーな樹木、について一種一話にまとめてある。植物学ばかりでなく、古典や文学からの引用、著者の実地体験に基づく見聞も加わり、進化や環境保全のことまでさりげなく織り込まれている。読んでおくとずい分話のタネを仕入れることになるだろう。
[植物研究雑誌73(6):338(1998)]
□岡崎恵視・橋本健一・瀬戸口浩彰:花の観察学入門
134pp.1999.培風館.¥1,900.
3章に分かれていて、1. 葉から花への進化、2. 花の形と適応、3. 葉・花・果実の観察となっている。「花は葉から進化した」という命題を基礎にして、それを裏付ける証拠や考え方がいたる所で提示されている。私も観察を指導するとき、「漠然と見るよりは、何か自分で『こうなっている筈だ』という規則を仮定し、それに合っているか否かを見る、という態度の方が発見が多い。」と言うことにしているので、この方針には賛成である。本書は大学の一般課程の学生や、小中学校の理科教師を対象として書かれたもので、材料も入手し易いものが選ばれている。植物の観察というと、名前を覚えることに集中しがちで、いきおい珍しい植物だの区別点だのに関心が行ってしまう。しかし教室に限らず、野外でもこういう観点から見ると、どんな普通な植物にも発見があり、自然を見る目がはるかに豊かになるので、一般の人も図鑑と共にこういう本を手にしてほしいものである。とくに観察会の指導者に望みたい。
[植物研究雑誌74(6):369(1999)]
□日本植物友の会:野の花山の花
335pp.1999.山と渓谷社.¥2,000.
1953 年に発足した同会が行なった千回を超える観察会の中から東日本の128箇所を選び、観察できる植物がコースにしたがって述べられている。奥山春季氏の日本植物ハンドブックの現地案内版と思えばよい。アクセスの便、見学施設、コースについての注意事項など、懇切を極める。観察会を企画する手引きとして絶好である。会員の手になる植物のスケッチが各頁を満たしている。
[植物研究雑誌74(6):370(1999)]
□浜島繁隆・土山ふみ・近藤繁生・益田芳樹 (編著):ため池の自然
231pp.2001年.信山社サイテック.¥2,500.
環境保全の一環として、身近な水環境の見直しの空気が高まっているが、本書はその1つであるため池の調査・観察について、一般向けの参考書を目的としている。はじめ65頁を物質環境要素の説明、残りはそこに生活する植物に30頁、動物に残りの頁を用いて概説されている。なにせ非常に多様なことがらをこれだけの頁に詰め込むのだから、総花的で物足りない面はあるが、専門書に当たる前に一通りの知識を得るのに役立つだろう。
[未発表]
□田中 肇:花と昆虫、不思議なだましあい発見記
262pp.2001年.講談社.¥1,600.
花生態学で多くの業績をもつ著者が、少し見方を変えた80編の短編読み切りを提供している。その基本姿勢は、虫と花は共存共栄というのではなく、食料獲得と送粉をめざしただまし合いの関係にあるということだ。著者得意の写真は使わず、正者章子氏のマンガ的イラストがほとんどの頁に用いられている。気楽な書き方で想像を走らせた感じのところもあり、イラストと相まって中学生程度でも興味をもってもらえそうに思う。とはいうものの、いずれも根気よく花を観察し続けた成果であり、高度な内容である。オオイヌノフグリは一日花で最後に自花受粉するというよく知られたことがらは、著者自身の報告によるものだが、丹念な観察によってそれが否定されている。ミズバショウが風媒花でもあるという、最新の観察結果ものせられている。多くは身近な植物を材料としており、見慣れた花の中に思わぬ秘密がかくされていることを知らせてくれる。
[投稿中]
□大場秀章:道端植物園
240pp.2002.平凡社.¥760.
いわゆる路傍雑草についての随筆集である。こういう本はいくらでもある。簡単な記相にはじまって近似植物の見分け方、名前の由来、古典の引用、民族的利用…と、書いてある項目だけならべれば月並みなメニューなのだが、読み進めていくと類書とはなんだか違っているという気がしてくる。古い文献をよくこなしているということと、帰化植物が多いので外国の文献にも目を配っているのが、その理由だろう。これに加えて著者自身の経験や最近の研究成果もあちこちに取り込まれている。植物観察会の指導者に、新しい台本が提供されたと言ってよかろう。
[植物研究雑誌77(5):314(2002)]
□小川 潔・倉本 宣:タンポポとカワラノギク
146+7pp.2001.¥1,900.岩波書店.
環境保全や自然保護問題でよく話題にあがるこの2種を長らく研究している著者らが、第一部、第二部でそれぞれの種類の研究の経過と展望を語る。第三部は林 良博、武内和彦両氏をまじえた討論で、市民運動を含めた環境問題との取り組みが議論されている。保全生物学の一面を知るには良い読み物である。ただ一つ引っかかったのは、先年行なわれた環境庁の「身近な生きもの調査」の結果は「きちんとした統計処理をすれば、誤った情報を排除できるとの確証を得た」ので「このデータは使える」と結論されていることで、「エッ?」と思ってしまった。あのデータはそういう検討の対象にされたのだろうか?
[植物研究雑誌77(6):362(2002)]
□伊藤ふくお(北川尚史 監):どんぐりの図鑑
79pp.2001.とんぼ出版.¥2,800.
著者は昆虫写真家。ゾウムシの食餌となるドングリについて、一粒からでも同定できるように、その各部を詳細に写真に収めたとのこと。だから説明も、ドングリについてだけ書いてある。その上で、実生、花、葉、冬芽、木肌を取り込んで見開き2頁に1種を収め、Quercus、Lithocarpus、Castanopsis、Castanea、Fagusと、日本産22種が同じ形式で示されている。すべての種類を同じ形式で見られることは、見る方から言えば大変ありがたいことだが、作る方にすれば大変な苦労があったに違いない。巻末にはドングリばかりすべて比較できるように、前の図鑑の部分とは異なるアップの影像が並び、その上冬芽と落ち葉の比較影像も続いている。この本は好評だったようで、初版が12月なのに、翌年の3月には第3刷が発行されている。総合的な植物図鑑は山ほど刊行されているが、そろそろこういうモノグラフ的な図鑑(たとえばモミジ)が作られてもよい時期に来ているのではないだろうか。
[植物研究雑誌77(6):362(2002)]
□酒井聡樹:植物のかたち
258pp.2002.京都大学学術出版会.¥2,300.
植物の形の数理モデルを、進化的意義にからめて研究している著者が、研究者としての自己が形成されてゆく過程を物語っている。序文にあるように、研究の学問的解説をしようというのではない。大学院への入学から、研究テーマの模索、修士論文、研究誌への投稿、博士論文と時間を追って、周囲の仲間の批判をうけながら成長して行くあり様が記されるのだが、その書きぶりがなんだか楽しそうで、つい読まされてしまう。あちこちに数式が出てくるが、これは読み飛ばしても筋を追うのに差し支えないし、律儀に理解しようとすれば、もちろん勉強になる。かつて故井上 浩氏が、若くして「コケに魅せられて」という本を出版し、これが後のコケ学徒のさそいこみに大きな影響があったことを思い出す。著者の研究テーマとは関係なく、「何かをしたい」と思っている学生さんにすすめたい。
[植物研究雑誌77(6):362(2002)]
□広松由希子(文)・大森雄治・ヴィジュアルフォークロア(写真): せいたかだいおう―ヒマラヤのふしぎなはな
28pp.2002.¥410.
福音館書店月刊かがくのとも8号(通刊401号)と奥付にあり、子供むけの「はじめてであう科学絵本」のシリーズである。Rheum nobileの迫力あるカラー写真、その芽生えから次第に大きくなって花が咲いて枯れるまでを、言葉少なく物語っている。かわった形の古生物や動物の写真は見飽きるほど出回っているが、植物のはなかなかない。あったとしても「きれいな花、珍しい花」としてしか提示されず、本書のように生活史をふまえた見せ方はどうもしてもらえない。ヒマラヤでの植物調査の成果が、こうして子供向けにまで披露されるのは歓迎される。日本の植物でも、こういう見せ方をする余地が、大いに残っているだろうと思う。
[植物研究雑誌77(6):362(2002)]
□日本蘚苔類学会:コケ類研究の手引き
124pp.2003.同学会.
学会創立30周年記念の出版物である。1. コケ類の採集、2. 標本作製と管理、3. 形態観察法、4. 図版作製法、5. 写真撮影法、6. 染色体観察法、7. デンプンゲル電気泳動テクニック、8. 分子系統解析法、9. 化学分析法、10. コケ類の教材化、11. 生態観察法、12. コケに関係した文献、の12章から成る。
コケの採集や標本作りは維管束植物とは少々異なるが、それに用いられる道具や使い方は大いに参考になる。まして3章以下の内容は、既刊の類書に同じ見出しがあるにしても、新しい機材や執筆者自身の工夫が各所に折り込まれていて、他分野の人達にも有用な情報を与えてくれるから、入手しても損はしないだろう。タングステン微細針の作り方などは知らなかった(かなり荒っぽいが)。
本書は非売品で、日本蘇苔類学会員および今後の新入会員には無料配付をするとのことである。
[植物研究雑誌78(3):182(2003)]
□薄葉 重:虫こぶハンドブック
82pp.2003.文一総合出版.¥1,200.
野外へ出れば虫こぶや菌こぶに出会うことは珍しくない。標本にするときにはそういうものは避けてしまうが、観察対象としては逃げられない。でもほとんどの場合「虫こぶ」とか「菌こぶ」で済ませてしまう。これ迄に記録された虫こぶは約1,400種あり、まだ多数が未記録であるという。本書はその中から126種類のカラー写真に、簡単な説明が付けられている。
虫こぶと言っても、その形成生物はハチ、ハエ、ガ、アブラムシ、ダニ、キジラミと多様で、それぞれ独特の虫こぶを作る。写真は寄主植物の分類順(牧野新日本植物図鑑準拠)に並べられており、サイズは B6版と手頃なので、われわれ植物屋にとって使い易い。植物をやる側がこういうものの知識を持てば、虫屋さんとは違う発見があるのではないかと思う。たとえばヤドリギの種類と寄主との関係のように…。あるいは形態形成刺激物質の探究とか…。虫こぶ命名の原則は「植物名+形成部位+形+フシ」だそうで、たとえばブナハマルタマフシの形成者はブナマルタマバエである。虫こぶで名高いイスノキでは、5種類もの異なった虫こぶが示されている。同じ著者の「虫こぶ入門」(八坂書房)は、本誌71巻235頁に紹介した。
[植物研究雑誌78(5):313-314(2003)]
□薄葉 重:虫こぶハンドブック、虫こぶ入門
82pp.文一総合出版.¥1,200.、251pp.八坂書房.¥2,400.
植物観察をしていれば虫こぶには頻繁に出会うし、参加者が「これ何ですか」と持ってくる。「虫こぶです」と片づけてしまうが、もうちょっと気のきいた説明ができないものかと思っていた。前者はたくさんのカラー写真を使って、その場で同定できるようになっている。後者は文章主体で、虫こぶの種類、寄生者、その生活様式などがくわしく述べられ、参考文献までついている。これを勉強すれば、もう少しましな説明ができそうな気がする。
[野草72(528):28(2006)]
□北川尚史(監)・伊藤ふくお(写真)・丸山健一郎(文):ひっつきむしの図鑑
95pp.2003.トンボ出版.¥2,800.
「ひっつきむし」という単語は、最近の環境省の調査によって全国的に定着した。本書はその図鑑である。まず「ひっつきむし」を、堅いフック型、柔らかいフック型、逆さトゲ型、いかり状のトゲ型、ヘアピン型、粘液型、の6タイプに分け、代表的な種についてその散布体の形が、見開き頁で一覧できるようになっている。
本文は見開き2頁に1種類を当て、植物体全形、葉、散布体のアップ、ひっつき機構の詳細などが、鮮明なカラー写真で示されている。近似種の区別点なども記述されている。ヤブタバコの痩果の先端部分なども、こうして見せられると、今までよく観察していなかったことを知る。最後に「ひっつきむしに認定しなかった植物」のはなしがある。シュウブンソウはひっつきむしだと思っていたのだが、実験の結果衣服に付着しなかったそうだ。散布体はひっつくだけでは駄目で、いつかは落ちないと目的を達しない。この点にも目配りをしたら面白かったのではあるまいか。
こういうトピック別の図鑑は一時の流行のように思われ勝ちだが、実は犯罪捜査や食品混入物の鑑定、あるいは発掘資料の特定などに非常に役に立つ。分類学や形態学の人達が、もっとカを入れてもよいのではないだろうか。
[植物研究雑誌78(6):359-360(2003)]
□畦上能力・菱山忠三郎:西田尚道 (監修):樹木見分けのポイント図鑑、野草見分けのポイント図鑑
各333pp.2003.講談社.¥1,900.
観察会で最も頻繁に口にされるのは「これはA(植物名)です。Bとの違いはこれこれ…」だろう。ところがそのBにあたる植物は、たいていはその場には登場しない。だから聞いている方にイメージがあればよいが、そういうベースがない人には馬の耳に念仏みたいになる。図鑑で検索表を使っても同様である。この図鑑ではそういうAとBを(多くの場合Cも)その場に登場させて、比較観察させようというものである。だから必ずしも近縁種とは限らない。ナズナとイヌナズナとグンバイナズナがセットになっていたり、ダンコウバイとアブラチャンとサンシュユが見比べられたりする。見比べる部位もまちまちで、花だったり果実だったり葉だったりする。比較すべきポイントは、写真よりもイラストで強調されている。私も学生の野外実習では、説明にデッサンを多用するので、こういう説明をやりたくなる気持ちは理解できる。立派な図鑑類はすでにイヤというほど出回っているので、こういう工夫をしたものがいろいろ出現すればよいと思う。観察会というと植物の名前をたくさん教える(おぼえる)のが目的のように考えられているが、それよりはなるべくジックリ見つめるという方向になって行ってほしいと思う。本書はそういう方向の一つの現れだろう。
[投稿中]
□河野昭一(監):植物生活史図鑑Ⅰ、Ⅱ
Ⅰ 112pp.、Ⅱ 110pp.2004.北海道大学図書刊行会.各¥3,000.
植物観察というと種類の区別点に注意が集中し、植物誌でも産地や花期の記述と名前の異同の記事が付け加わるのがせいぜいである。日本のフロラの調査は一応片づいたと言われるけれど、昆虫のように一つ一つの種の生活史の観察・記録に、みんなが興味をもつ風潮が見られないことを嘆いてきた。河野氏は昔からフェノロジーの調査研究に精力的に取り組んできた。本書はその成果で、全10巻を予定している。フェノロジーというと「生物季節」という訳語があり、植物では花暦とか、動物ではツバメがいつ来たとか赤トンボの初見日というような農事暦に近い感覚があるが、生活史(life history)として捉える方が、これからの植物観察の発展に有用で、本書はその指導書として、新しい視点を提供するものである。
Ⅰ、Ⅱ巻は春の植物にあてられており、Ⅰにはカタクリ、ヒメニラ、コシノコバイモ、チゴユリ、ホウチャクソウ、キバナノアマナ、ウバユリ、オオバナノエンレイソウ、ミヤマエンレイソウ、ショウジョウバカマの10種類が記述されている。Ⅱ巻もフクジュソウはじめ10種類で、河野氏はじめ何人かの分担、共同執筆である。
記述は1種類に8頁が割り当てられており、内容は先頭のカタクリの見出しを挙げると次のようになる。地理的・生態的分布、フェノロジーと野外集団の構造、地下での挙動、生活史の特徴、経年成長の過程、栄養繁殖の役割、有性繁殖の仕組み・交配システムと送粉システム、種子散布の仕組み、染色体と核型、カタクリ属の仲間とその分布、自然保護上留意すべき点。他の種類でもほぼこのような内容が、それぞれの生活様式に応じて適宜組み合わされている。本文の横には5cmも余白がとってあり、そこに本文に現れる術語や生物名が書き出してあって、巻末の用語解説や事項索引に結びつくようにしてある。英文による記述が1頁ずつ付けられている。生活の各段階を示すカラー写真と植物画および日本全域の分布図が1頁ずつ挿入されており、とくに地下部や幼体はそこらの図鑑には見られないものなので、参考になる。分布図は河野氏はじめ協力者の調査結果に加えて、これ迄発表されたものからスキャナで読み取って集成したとのことである(河野氏私信による)。分布図を異なる基図上に転写することは難事だったが、工夫のしようはあるものだと思った。巻末には共通の参考文献と種類ごとの参考文献のリストがある。
本書がわが国の植物の観察や調査に、新たな展望をもたらすことは疑いない。ただし内容はかなり高度なものなので、一般の人々に「こういう見方があるのだ」と普及させるには、もっとくだいた内容のものも期待したい。とくにこういう現象の共通で簡単な記録法があると、たくさんの人の参加が得られるだろう。千葉県植物誌で大場達之氏が提示したような手法が紹介されていたら、と考えた。分布図は多くの人の協力によるものが多いので、そういう場合には謝辞には仲介者よりも出典を記した方が、みんなのはげみになるだろう。
[植物研究雑誌79(4):269-270(2004)]
□清水晶子(著)・大場秀章(監):絵でわかる植物の世界
A5版.168pp.2004.講談社.¥2,000.
自然観察の際最も目に触れる機会の多い顕花植物について、分類学的・形態学的な事柄を教えようとするとき、どうもうまい教科書がない。「植物学」の教科書では系統学的観点から顕花植物はほんの片隅に押しやられ、おまけに生命に共通な物質生物学的な話題ばかりが強調されている。高校出の学生はいかに自然が好きであっても、花や葉を手にとって観察する授業を受けていないから、どこに目をつければ観察できるのか知らない。植物観察は名前がわかれば終わり、という認識である。本書は、そういう人達がそこらの野外で出会う植物をどう見るかについて、参考にしてもらうのに適当だと思う。1. 植物のかたち、2. 植物の生活、3. 植物の生殖、4. 植物の分類の4章より成り、です・ます調の文章と85の模式的な絵と16枚の図鑑的植物画が挿入されている。一見したところ文より絵の方が多いくらいに感じる。写真は1枚もないが、これはこれで一つの行き方と思う。というのは、写真は細大もらさず写っている反面、予備知識がない者が見ると、どこが見るべき対象か気がつかないことがあるのだ。絵だと見せたいところを強調したりデフォルムしたりすることができる。
形態的なことが主題となっているが、2章では光合成や運動の仕組みが説明されると共に、他のところでも形態や構造と生理生化学的な仕組みとの関連が述べられている。4章ではいくつかの大きな科をとりあげて、特徴をわかりやすく解説する一方、最近のDNA研究による分類体系の見直しについても一言されている。一般向きの他書にはあまり見かけない「タイプ標本とハーバリウム」という見出しもある。記述はすべてアッサリしたもので、教科書的な精細さには欠けるけれど、自然観察に興味を持ちはじめた人達の目を肥えさせるための参考書として有用と思う。
巻末の事項索引を見ていて、もっと説明してほしいいくつかのことがらに気づいた。たとえば散布体と散布の仕組み、花粉の形と送粉、つると巻きひげと付着根とつる植物、八重咲き、裸芽と鱗芽などである。植物が好きだという学生でも、花粉は花粉症のもとになる粉としか認識していない人が少なくない。カキの種子は写生図がほしい。カキの果実の中に種子があることを知らない者がいるほどだから(果物屋で買うので)、その種子の中がどうなっているかを知っている人はほとんどいないのである。
[植物研究雑誌80(1):61(2005)]
植物学の教科書や参考書は、生理や遺伝の話ばかりが多く、われわれの観察で目に触れる、形についての説明はほとんどない。この本は文章より絵が多いくらいで、写真は1枚もない。内部構造や生理学的説明もほどほどに入っているが、観察のとき大事になる形の見方について、多くのヒントを与えてくれる。清水さんは東京大学総合研究博物館植物部門にお勤めの方である。
[野草72(527):14(2006)]
□加藤僖重:「野草」総索引
A4版.291pp.2005.野外植物研究会.¥4,000.
東京を中心として70年の歴史をもつ同好会誌の、著者別総索引である。著者別索引といえば、表題を著者別にまとめれば出来そうに思えるが、そう簡単ではない。たとえば檜山庫三氏の「ボタニカルノート」は、後ろに連番がついているだけで延々154回に達しており、これだけでは内容がサッパリわからず、索引としての利用価値が少ない。それぞれの報文の副題にまで立ち入った表示が必要になり、たいへん厄介である。檜山氏に限らず、アクティブな発表者の報文にはこの種のものが多いから、各号の目次を写すだけでは済まないのである。加藤氏はそれらを丹念に拾って、索引を利用価値の高いものに仕上げてある。座談会での話題まで拾ってある。「野草」は有用な内容を含むことで知られているが、この索引によって、より有効な利用ができるようになった。
索引は時系列的に7つの期間に分け、それぞれについて著者の50音順に配列されている。この分け方は、会の発展の各エポックで区切られたもので、発表者や話題の変遷をたどるのに有用であると思うが、総索引としては、こういう区切りなしの方が私には使い易い感じがする。現在「種類別索引」を準備中とのことなので、検討してほしい。
[植物研究雑誌80(5):321(2005)]
□加藤僖重:「野草」植物名総索引 第1巻~第70巻
A5版.128pp.2006.野外植物研究会.¥3,000.
80巻5号で紹介した「野草」総索引は、表題を年代順に並べたものだったのに対して、これは表題中に現れる植物名を拾って、和名の50音順に配列し、著者、年、巻号頁を示したものである。野草には新名、新産地の報告のほか、普通の本には載っていないタクソンの形態的特徴、奇形などの観察記録がたくさん出ている。私が同誌に「名前を考える」を書くきっかけになったクニタチカタバミについても、檜山氏がすでに記録しておられたことをあらためて知り、もっとしっかり読んでおけばよかったと思った。前回にも記したが、加藤氏は表題や副題のみでなく、文中の「見出し」に相当する文字列まで拾っているので、自分の知りたいトピックについて検索するのは、これ迄よりはるかに楽になった。こういう観点からすれば、植物名ばかりでなく、それがどんなトピックの下に書かれているかも表示されていれば、さらに便利だと思うが、これは隴を得て蜀を望むというたぐいだろう。謄写版刷りの野草の利用価値を、更に高めるものである。残るは採集・観察記に現れる植物名で、過去の産状を知る上で重要だが、これは本文中の植物名を拾えば済むというわけには行かない。というのは、Aを得て「Bとの違いは」とか「B、C、Dはなかった」というような記述が少なくないから、一々取捨選択せねばならないのである。私も過去に試みたことがあるが、あまりの面倒くささに挫折した。ともあれ、加藤氏のご苦労に対し、絶大な敬意を表する。つけ加えれば、この仕事は2件とも、加藤氏の私費による産物である。
[植物研究雑誌81(3):192(2006)]
□豊橋市自然史博物館:標本をつくろう 植物・菌類編
A5版.61pp.2005.同館.¥400.
豊橋市自然史博物館ガイドブックとした標本作りの手引き書である。各地の博物館や標本関係者の協力を得たもので、説明はイラストや写真を多用したわかり易い記述で、初級、中級、上級とレベルに応じて選択できるようになっている。押し葉ばかりでなく、種子、果実、葉脈、原色押し花、ラミネート標本などについても触れられている。採集番号を付ける必要性が重複標本や台帳との関係で述べられているが、もう少し突っ込んで、押し葉では表現できない形や性質の記録を勧めたらよかったと思う。ラベルの記述が標本の価値を左右すること、植物名は必須条件ではないこと、年月日の記述を誤解の余地のないようにすること、産地のローマ字書き併用、マウントする必要はないことなど、大事な指導である。また産地の位置記録に経緯度を「ぜひ書くようにするとよい」と勧めている一方、流行の国土基準メッシュには触れていないのは一つの見識と思う。水草、海藻、きのこ、変形菌類、コケ、地衣の標本製作にも記述されている。
[植物研究雑誌81(4):253(2006)]
□高柳芳恵(文)・つだ かつみ(絵):わたしの研究・どんぐりの穴のひみつ
A5版.142pp.2006.偕成社.¥1200.
ドングリやクリを拾ってきて放っておくと、ムシが穴をあけて出てくることは誰でも経験しているだろう。私も雑木林を歩きながら、夏になるとコナラの枝が若い実をつけたままたくさん落ちていて、しばらくするとクヌギもそうなることに気付いていた。割ってみると果皮の内側に小さな卵が産みつけられていて、物知りに尋ねたところ、ハイイロチョッキリゾウムシが産卵してから枝を切り落とすことを教えられた。ところがある日、卵でなくてトンネルがあり、芋虫型の幼虫がいるドングリを拾った。これはクリミガの幼虫と教えられ、自然は複雑なものだと感心していた。しかしガには枝を切り落とす能力はないのにと、ちょっと不審に思った。本書はドングリに穴をあける虫について、拾ったドングリを保存し、出てきた幼虫を土に埋め、発生した成虫を確かめるという観察を、実に8年にわたって続けた記録である。その結果、穴は開く位置や大きさによって13種類もあり、そこから出てきた虫は16種類(ゾウムシ、ガ、キクイムシ、タマバチ、寄生バチ、正体不明 )に達した。著者は専門家ではなく、子育て中の主婦と言ってよい。単なる名前調べに終わらせず、根気のよい観察の結果、成書にはない発見がたくさんあるようだ。名前を専門家に尋ね、あとは本を読んで知ったつもりになるだけでは、自分の知識を増やすことはできても、共通の知識のmassを増やすことには貢献しない。それで終わらせずに、独自の観察を行なうことの重要性を教えてくれる。文章は子供でもわかるような書き方で、マンガ的なイラストと共に気楽に読めるが、内容は豊富である。植物分野でも、こういう人材が出てきてほしいものだ。
[植物研究雑誌81(6):368(2006)]
□いわさゆうこ:どんぐり見聞録
A5版.255pp.2006.山と渓谷社.¥1600.
月刊誌に連載した記事を主体にまとめたもので、ナラやカシのほか、ブナ、シイ、クリを含むブナ科にかかわるいろいろな話題を網羅している。43の小文が、「見る」(生活のいろいろな時期の様子)、「歩く」(その種類を観察できる場所)、「食べる」(各地のドングリの食べ方)、「遊ぶ」(遊び道具としてのほかどんぐり炭や染め物)、「あれやこれや」の5章にまとめられており、わが国で見られるドングリの種類を網羅し、どこから読んでもよい。最後に「どんぐり本」10点と「参考文献」25点が挙げられ、巻末に「どんぐり絵巻」として、24種類のカラーイラストの折り込みがついている。読んで物知りになれる本である。
[植物研究雑誌81(6):368(2006)]
□室井 綽ほか:ほんとの植物観察、続ほんとの植物観察
地人書館.¥1,600.、¥1,650.
前者は昭和58年以来三版を重ねている。植物観察というと、名前と区別点を教わって「今日は名前をいくつ覚えた」と、写真を撮って満足するのが常道だが、この本はもっと違った観察の仕方があることを主張している。全編クイズ形式で、見開き2頁で1問である。たとえばドクダミの絵が3つ描いてあり、どれが正しいかという設問である。ちょっと見ただけではわからない。仕方がないから説明を読むと「仮軸分枝」をしているのが正解とある。そこで仮軸分枝とはなんだ、と勉強せねばならなくなる。ドクダミ程度の「下らない」植物でも、いろんな観察ができるのである。私は授業に花のないドクダミを使うが、一時限ではとても足りない。もちろん、それ以外の説明もいろいろあり、有用な知識を得ることができる。
[野草72(527):15-17、31(2006)]
□中西 収・小林禧樹・黒崎史平:キヨスミウツボの生活
A4版.108pp.2006.兵庫県植物誌研究会.¥2000.
わが国の高等植物は「戸籍調べ」という点ではあらかたわかってきた。だからそういう観点からは、外来植物や稀産植物の発見記録に注意が集中し勝ちのように思う。一方、「生活誌」という面では、観察者が多いにもかかわらず、あまり広がりを見せていない。この点、昆虫などの分野とは雲泥の差がある。
1987年、六甲山地の西端に位置する新池地区に、わが国屈指のキヨスミウツボの群生地が発見されたが、その周辺はすでに産業団地の開発の予定地で、1988年の環境影響評価書では「影響は軽微」という報告がなされた。有志団体の要望により開発は一時中断され、調査と保全の事業が行なわれたが、計画変更はむずかしく、2001年には群生地は消滅した。本書はその間に行なわれた調査の結果を記録したものである。1つの種類について、それも寄生植物という観察のむずかしい植物について、これほど多方面から調査研究した記録は少ないだろう。
まず発生状況の経年変化が追跡されている。花には香りのあるものとないものがあり、それがめしべとおしべの相対位置と対応するうえ、染色体数(2倍体と4倍体) とも関連し、花粉数、そのサイズ、胚珠数、受粉型にも反映されている。DNAによる分析でも、香りのある群とない群では差が認められる。果実は液果で、従来の成書にあるさく果とは異なる知見を得ている。散布は小動物による被食とみられるが、成熟前に受ける食害が大きいとのこと。寄主との関係も詳細に調べられているが、栽培下と自然での場合では、かなりの違いがあるようだ。
そのほか、付近の注目すべき植物、土壌動物、菌類の記述、個体群保存への種々の試み、既存資料から集成した植物目録がある。開発計画に追いかけられながらの調査とはいえ、1つの植物種の生活誌として、今後の他種の調査研究の参考になると思う。
[植物研究雑誌81(5):318(2006)]
□小山鐵夫(監):発見!植物の力1~10
A4.48+40+40+40+40pp.2006.¥13,650.;40+40+40+40+40pp.2007.¥14,175.小峰書店.
ややこしい表記になったが、要するに第一期として1-5分冊、第二期として6-10分冊がまとめて函入りになっている。第1分冊の末尾には全分冊をカバーする植物名と用語の索引があり、また本シリーズ全体についての解説と監修者の標榜する資源植物学について述べられている。分冊の書名は1. 人間と植物、2. 穀物、3. 野菜、4. 布と紙、5. ゴムとウルシ、6. 木と木材、7. 花、8. くだもの、9. お茶・砂糖・油、10. スパイス・ハーブ・薬である。1-3、9-10は小山氏、4-8は藤川和美氏が担当している。
本書は函の背文字に「小学校中学年以上」と表示されているように、子供の自由研究のヒントを提供しようと意図したものと思われる。はじめの30頁ほどはイラストと美しいカラー写真を軸に、さまざまなトピックを提供しているが、資源利用の歴史的背景だとか、伝播を示す世界地図だとか、自然保護の問題や生態系についてまで、子ども向けということで質を落とすことなく、数多くの話題が提示されているが、説明文はごく短く、スペース的には写真やイラストが主体である。第2分冊以降のどの分冊も、33頁以降に「指導者・保護者の皆さんへ」と題する詳しい解説が5頁あり、参考文献表まで伴う高度なものである。子供の興味を喚起したうえ、大人がこれらの文献に誘導することを意図したものと推察される。これに加えて「植物の分類について」と題する1頁が必ずついていて、分冊で扱った植物を例として、その分類上の位置づけが示されている。全体として、従来なかった行き方である。
本書は学校図書館での利用を意図したものと思われるが、内容の有意義さを認めても、現在の教師の忙しさからみて、分冊に示されたような話題を授業で扱うことは、むずかしいのではあるまいか。そういう本を敢えて購入するには、値段の点で問題があるように思う。単冊での購入も可能なようだが、上質紙使用と図書館用堅牢製本のため、40頁ほどの1冊が2,600円前後だから、子供の本としてはためらう値段ではなかろうか。むしろ博物館や植物園なら、来場者の興味喚起のタネとなり、行事のヒントを拾うのに役立つだろう。教育熱心な家庭むきとも言える。5冊をまとめて収容している蓋つきブックケースは、分冊の背文字を見えなくしていて、無用と思う。大学の植物教室でも、近頃は植物自体を知らない学生がほとんどだから、こういう本を置いておけば、分類学に限らず、彼らの将来の方向の選択に役立つだろう。
[植物研究雑誌82(6):364(2007)]
□近田文弘・清水建美・濱崎恭美(編):帰化植物を楽しむ
239pp.2006.トンボ出版 ¥1,890.
清水、近田両氏は、さきに「日本の帰化植物」(平凡社2003年)を刊行したが、本書はその副産物に当たるものだろう。冒頭に「帰化植物あれこれ」と題して、近田氏がいくつかの種類をとり上げて話題提供をしている。本書の主部は、帰化植物に関心を持っている各地の人たち10人が、それぞれの調査研究について自由に書いていて、一地域だけではわからない帰化植物のふるまいを知ることができる。165頁以降は清水、濱崎氏による都道府県別帰化植物分布表で、1,316種類の分布が一覧できるようになっており、前述の「日本の帰化植物」で扱われた種類については、そのことがマークされている。この分布表は、小さくても分布図にした方が、具体的イメージがつかめてよかったのではないかと思うが、頁数がふえるので考えものである。別途発表の手段を工夫したら面白いだろう。
[植物研究雑誌82(1):55(2007)]
□小林正明:花からたねへ
A5版.247pp.2007.全国農村教育協会.¥2,500+税.
種子散布について分かりやすく書いた本がなかったが、本書は散布体とくに散布の方法について網羅、解説している。第Ⅱ節の散布の方法についての記述が主体だが、風散布、動物散布、水散布、自力散布のほか、栄養体散布についても章が設けられている。それぞれの章はさらに細分した項目に分けられ、実例とされた植物の花の断面や散布体のカラー写真が、理解を助けている。本書のもう1つの特色は、花のどの部分が散布体のどの部分に対応しているかに注意を払って説明している点で、第I節35頁にわたって花から種子への変化の様相が解説されているうえ、目次の最後に「もうひとつの目次」として、花器官のどれが散布体のどの器官に対応するか、および散布法との関係が表として示されている。写真は接写が主体で、ふだんあまり注目しない花や果実や種子の細部を、あらためてよく観察理解する助けになる。授業にも自然観察にも役に立つ本である。
[植物研究雑誌83(2):126(2008)]
□岩槻邦男:植物と菌類30講
B5版.161pp.2005.朝倉書店.¥2,900.
図説生物学30講のシリーズもので、動物編、植物編、環境編それぞれ5-6巻が企画されており、本書は植物編の第1号である。従来の仕分けなら系統学の本と言えよう。30講の表題にも、多様性、系統、進化、分類という単語が目につく。原核生物に始まってDNAの進化と細胞内共生によって新しい生物が作られた結果、大気の成分の変化に伴って生物が水中から陸上に広がりながら、さらに進化して行く過程を、古生物学の業績も踏まえて要領よく物語っている。系統学の本というとすごく堅苦しい予感がするが、そういう印象は全くない。著者は「どこから読んでもよいが、とにかくみんな読んでくれ」とまえがきで述べているが、一講が平均5-6頁でおまけに図がかなりのスペースをとっているので、投げ出さないで読み終えることができる。非常に読み易い文章なので、なにか特徴があるだろうと、句読点や段落の数や配置をかぞえて、自分の文章とくらべてみたりしたが、これというものはわからなかった。一つだけ気づいたのは、外国文字がないことで、学名でも人名でも、すべてカナ文字で記されている。著者が放送大学で、目には見えない、しかもレベルがまちまちな聴講者に対して、マイクを相手にしゃべることからくる工夫の結果だと思った。一方各講の末尾にあるTea Timeと称する脱線記事(と言っても路線は外していない)では、原語が遠慮なく使われている。系統という言葉を口にする者が、植物世界全体をつかむために、目を通しておくとよい本である。
[投稿中]
<標本>
□大学所蔵自然史関係標本調査会:自然史関係大学所蔵標本総覧
452pp.1981.日本学術振興会.¥3,400.
昭和53年に文部省が実施した、大学所蔵標本等実態調査(自然史関係)の結果については、その数字的要点は「大学所蔵標本〈自然史関係〉の実態調査報告」として昭和55年に文部省学術国際局情報図書館課から出版されている。この調査では各標本室の特色あるコレクションについて、あわせて報告を求めたのだが、このたびこれが表記出版物として刊行された。内容は動物、植物、人類、古生物、岩石・鉱物に分けられ、各機関の報告が写真を含めてそのまま掲載されており、わが国の自然史関係標本を大観するうえできわめて有用である。系統を異にする学部の標本はとかく疎遠になり勝ちだが、本書によって身近なものとなるだろう。世界各地のコレクションや、材幹や種子などはこういう文献が無ければ広汎な利用は期待できない。自然史関係標本の重要性の再認識が求められているとき、これを裏付ける根拠を与えてくれる本書は大変貴重である。値段も上質紙にカラー写真まで使ってあるにしては安価である。なお本書に記載された機関の購入については、多少の割引を考慮中であり、近く案内が行く予定とのことである。学振および丸善で扱っている。
[植物研究雑誌57(7):216(1982)]
□国立科学博物館:国立科学博物舘蔵書目録和文編1984年版
684pp.1984.同館発行.非売品.
科学博物館の図書はカードやリストが不備で文献の探索に不便であったが、このたび同館図書課の努力で和文文献の目録が作成された。植物学の部には48頁1,394件がリストされている。図書館的センスの分類のため、たとえば、中井:朝鮮森林植物編、その他農林・園芸関係とされた多くの文献は植物学でなく、産業の部に収容されていたりするので、利用には注意を要する。同館の雑誌については逐次刊行物目録が1979年に刊行されており、残るは欧文編のみとなったが、これも現在進行中である。非売品であるが、主な大学図書館、博物館には配布される。
[植物研究雑誌60(4):105(1985)]
□坂村 健(編):デジタルミューゼアム
95pp.1997.東京大学総合研究博物館.
東京大学総合研究資料館は、1996年に東京大学総合研究博物館に改組された。これに伴う大きな変化は、資料のデータベース化で、とくに画像情報に重点を置き、このネットワークサービスに取り組む方針である。本書はこれを記念する特別展の図録で、電脳博物館–博物館の未来と副題がついて、電脳化の様々な手法と、その対象となる様々な分野の資料について、解説されている。CD-ROMが付録としてあり、図録の内容のほかにも多くのトピックにアクセスできる。電脳化はこれからの標本・資料の利用公開に欠かせない手段であり、どの標本室でもとりかかることになるが、その実現には標本・資料のデータ化という金も時間も人手(それも資料についての十分な知識をもつ人手)もかかる作業が待ち構えており、しかもそれを行なうためには、標本資料の整理という基本作業が優先することを忘れないでほしい。肝心なのは標本室の拡張ではなかろうか。
[植物研究雑誌72(4):254(1997)]
□俵 浩三:牧野植物図鑑の謎
182pp.1999.平凡社新書.¥660.
牧野富太郎と村越三千男の、植物図鑑をめぐる関係を推理したもので、現在では行きわたってしまった牧野の英雄像を、より人間的に見直す資料である。村越三千男の植物図鑑は、私の年代までの人なら憶えている筈である。私の子供の頃、家には牧野図鑑はなかったが、村越のポケット版の植物図鑑があった。しかし村越は研究者としては名を残しておらず、今ではその図鑑のことを知る人は少ない。檜山庫三氏は「野草」(1950年)誌上で「図鑑業者の村越氏の名は一部では牧野博士以上に知られているが両者を比較するだけの勇気は私にはない…村越氏の図鑑についてよく質問を受けるが…絵はむしろ誤りが目立ち説明は形態学を無視した乱暴なものが少なくなく、且つ種類の同定を誤ったものがある…」と断じていて、まだ世の中を知らなかった私はびっくりした記憶がある。本書でははじめは協調していた村越と牧野が次第に離反してゆき、牧野が牧野日本植物図鑑の末尾に激烈な「警告」を出すに至る経過を、出版物の綿密な探索検討を軸にして綴っている。それと共に牧野の伝記作者が、原典を見ないまま先行記事の孫引きで著作したため、このような探索の障害になったことが述べられている。その他当時の教育事情や大学内の人間関係など、なかなか興味のある記事が盛られている。
[投稿中]
□大場秀章(編):Systema Naturae標本は語る
B5版.250pp.2004.東京大学総合研究博物館.
2004年10月から2005年5月にかけて行なわれた、東京大学の自然史関係コレクション展示の図録である。「自然の体系」、「展示解説」、「展示」の3部に分かれ、「展示解説」が190頁を占め、その中は鉱物界(40頁)、動物界(116頁)、植物界(33頁)にわたってそれぞれの分野の人が専門的な解説を行なっている。
解説は系統・進化・多様性に重心を置いたもので、展示解説によく見られる、標本個々の記述や由来を物語る記述はほとんどない。本の表題から察せられるように、LinneのSystema Naturaeを下敷きにした編集方針で統一されている。植物界のところでは、ユキノシタ科、トウヒレン属、水生植物が重点的に示され、従来の分類上の観点と、最近の分子系統研究の成果が比較されている。「展示」の部では、多様性を系統・進化に裏付けてどのように表現しようとしたかが、準備段階から完成配置までを映像やスケッチによって、言葉少なに語られている。大学博物館だからこそできる毛色の変わった展示で、一度や二度見るだけではとても消化できず、本書を読んでからあらためて見学に出かけるのが正解だったと思われる。
第一部の「自然の体系」は大場氏の筆になるもので、プレ・リンネから最近の3ドメイン説に至るまでの自然観の変遷を分かり易く要約している。また大学博物館が自然史研究に占める役割、とくに長年にわたって蓄積した標本の意義が強調されている。
[植物研究雑誌80(5):321(2005)]
□加藤僖重:牧野標本館所蔵のシーボルトコレクション
A5版.288pp.2003.思文閣.¥5,400.
シーボルトが日本で収集した標本は、彼の死後マキシモヴィッチが購入し、後にコマロフ研究所の所蔵となっていたが、牧野標本館の水島正美氏の努力により、タカジャン博士からその一部約2,500点が標本館に寄贈された。しかし水島氏はこれを十分研究する間もなく亡くなられ、このコレクションはほとんど知られることなく時が過ぎていた。水島氏の学生であった著者は同氏の志を継ぎ、10年ほど前から調査を開始。ヨーロッパにある関係標本も参照しながら、植物名の同定とメモの解読、地名や関係者の特定に努めてきた。本書はこれ迄の成果をまとめたもので、作成者が特定された標本について記している。人物としては、シーボルト、ビュルガー、ピェロー、小野蘭山、水谷助六、伊藤圭介、大河内存真、平井海蔵、桂川甫賢、美馬順三、中山作三郎、熊吉、マキシモヴィッチで、標本1枚ずつについて記録の詳細を挙げ、判定の根拠を示している。また伊藤圭介、平井海蔵の標本帖については、合計1,331点におよぶ標本ラベルが、その植物名と著者の見解を併わせてリストされている。中には、切り離されて外国の標本室で発見されたものも含まれている。「シーボルトが残した資料整理紙」という見出しの下には、彼が標本1点ずつの情報を整理するために作った、いわばデータシートが紹介されている。この整理紙は1点につき72項目あり、略字や記号が用いられており、それについての暗号表に当たるものが別な方面から見つかっているという、当時の欧州人の記録・整理の手法を知る手がかりになるだろう。
分子系統解析が流行の今日、こういう地道な調査研究にかかわる者は少ないが、変貌しつつある自然の唯一の代表であり、かつ今日の情報交換の元になる植物名の基礎となる標本資料の検討は、枚挙生物学を軽蔑する人たちでも結局はそれを頼りにするほかはない。著者の地道な努力に敬意を表すると共に、一層の進展を期待する。
[植物研究雑誌80(5):322(2005)]
□加藤僖重・加藤英寿・木原章・若林三千男(編):牧野標本館所蔵シーボルトコレクションデータベースCD-ROM版
14×13.5cm.14pp.2005.東京都立大学出版会.¥1,500.
前に紹介した同名の本にかかわる標本資料2,675点について、画像とデータを収録し、検索機能をつけたものである。最初6頁は前記書籍の簡単な紹介で、残りは使い方の記事である。CD-ROMはハードカバーの中に納まっている。ウィンドウズ、マッキントッシュ、UNIXのいずれにも対応できる。少なくともWindowsXPでは問題なく閲覧できる。標本箱、科名、和名、学名、標本番号などについての基本的検索のほか、人名、地名などでも関係標本を呼び出せるようになっている。普通なら容易に見ることのできない貴重標本を自由に検索・閲覧でき、かつ転送も可能にしてあるので、たいへん利用価値の高い情報源である。都立大学は最近の組織変えで変貌したと聞いているが、こういう貴重資料を含む標本室の運営に、十分な配慮がなされることを期待したい。
[植物研究雑誌80(5):322(2005)]
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
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