Coriaria terminalis Hemsleyとその西限産地
Coriaria terminalis Hemsley in N. Myanmar and W. Nepal
1997年2月8日のNHK-BS7で「幻の山カカボラジに挑む」が放映された、登山家の尾崎隆氏による、ミャンマーヒマラヤの最高峰、カカボラジ(5881m)初登頂の記録である。東南アジアでミャンマーほど調査がやりにくい国はない。入国制限が厳しく、協力者を得にくいため、いろいろな人が調査を計画したが、うまくゆかなかった。そんな中で最奥地に2度も、おまけに子供づれで入った尾崎氏夫妻の情熱に敬意を表したい。尾崎氏はこの成果により、植村直己冒険賞を受賞された。
映像の方はTV放映用、それも登山がテーマなので動植物は副次的だが、目につきやすい花はいくつか撮影されていた。高山帯ではボンボリトウヒレン、トリカブト属、シオガマ属などが見られた。その中で同氏が、コホという赤い小果実を食べるショットがあった。葉の形からみて、それはドクウツギ属だった。そこで尾崎氏に、この植物について情報提供をお願いしたところ、写真とともにつぎのデータを下さった。
産地:Lasangdon(Mt. Hkakaboraziの東麓)、2900~3200m、1995年8月8日、1996年8月20日。産状:日当りのよい所に集中して生え、岩がゴロゴロしているわずかな土の間に根をおろしている。コホは現地のチベット名。(Fig.1)
提供されたカラー写真(Fig.1)は、主軸の先端が花序になっていて、側枝には広楕円形の葉が対生している。葉脈のパタン、葉の縁の細かな鋸歯、それに5枚の花弁が多肉化した偽果が穂状に着いている点など、まぎれもなくCoriaria terminalisである。しかしこの写真では、偽果がやや橙色がかった鮮やかな赤色をしていることが気にかかった。世界には約16種のドクウツギ属植物があるが(大場 1993)、そのほとんどは黒紫色に熟する。C. terminalisは中国の四川省からネパール中部まで分布する。Hemsley(1892)の原記載では、果実については “… figured and described from an Indian specimen” と付記されており、果実の色は不明である。Rehder&Wilson(1916)は、中国のものは果実が “black” であると記している。陳(1937)には “果実紅色変為黒色” とあり、この “紅色” は未熟果の色を示している。郑ら(1980)、陳(1988)には “紫紅色或黒色” とある。これらのことから中国のものの果実は紫紅色または黒色であることがわかる。これに対してSprague(1913)には、橙黄色の立派な果実が描かれ、“Fr. embedded in the orange yellow, freshy, enlarged triangular convex petals. ” と記されている。この図はイギリスでの栽培品から描かれたものである。Rehder and Wilson(1916)は、本種の分布域の西部にあたるシッキムのものの果実が “yellow” であることから、var. xanthocarpaを区別し、その際Sprague(1913)を引用している。Hara(1966)は東ネパールのZongi - Walunchung Golaの標本について “The fruits are rather dry and yellowish brown” とし、var. xanthocarpaに当てられるとしている。この標本は1963年11月10・11日に採集されたもので、すでに霜に何度か曝されており、生時の色を保ってはいなかったが、おし葉からは比較的淡色な印象を得たものと思われる。Grierson and Long(1991)によると、ブータンのものは “orange or?black” と書いてあり、彼らは確実な色を知らないらしい。著者らはまだ熟果期のものを見たことがなかった。
一方金沢大学の御影雅幸氏らは、1996年秋、西ネパール、ダウラギリ主峰の西南、ダウラギリⅣ峰およびⅤ峰の南側、標高3000mの地で、黄色い実の本種を採集している(Fig.2)。Fig.2に見るように、主茎の先端が穂状花序に終わり、花序の下に対生する葉腋から羽状に見える側枝が出ていることから、本種にまちがいない。果実の色はやや橙色がかった黄色で、これぞまさにvar. xanthocarpaである。これまでに知られている本種の分布の西限はカリガンダキ河沿い、すなわちダウラギリ山塊の東側までであったので、御影らの採集地は、本種の分布域がダウラギリを超えて更に西へ約30kmひろがっていることを示している。
Fig.1では、偽果は少なくともyellowやorangeといえる色ではなく、普通に表現すればredあるいはvermilionである。尾崎氏はこれを食べて「甘酸っぱい」とコメントされているし、写真で見る限り偽果の花弁が透明になっているので、これでほぼ完熟したものといえる。そうするとミャンマーのC. terminalisは黒色でも紫紅色でも黄色でも橙色でもなく、赤色あるいは朱色ということになり、本種の果実の色は分布域の東から西へ、黒-赤-黄と変わっているようである。
尾崎氏はこの植物がドクウツギの仲間とは意識せず、二度とも子供と一緒になってかなり食べたが、なにも異常はおこらなかったという。食べ方も、歯で噛みつぶしたこともあれば、噛まずに飲み下したこともあるそうだ。未編集の部分を見せていただいたが、キイチゴでもつむようにモリモリと食べていて、呆然とさせられた。「ちょっと苦味がある」とも言っておられたが、これはおそらく痩果をかみつぶしたためだろう。映像中では述べられていないが、現地の人達が食べているからこそ、気軽に口にする気になれたのだと思う。われわれでは「食べられる」と言われてもこうはできそうにない。
著者の1人鈴木は、東ネパールのWalunchung Golaで本種をみつけ、さく葉標本を作った残りを捨てたところ、村人から、これは毒で家畜が食べるといけないから、そこらに捨てるな、と注意された。ひとつの植物が有毒かそうでないかを知ることは、そんなに簡単ではないようだ。中国で出版された文献には毒性について記述したものは少なく、ただ陳(1988)には “有大毒” とあった。とすると本種の分布域の中頃のミャンマーのものだけが無毒ということになり、果実の色とともに、成分的にたいへん興味ある地域分化の問題が発掘されたことになる。ついでながら、Sprague(1913)は「本種は栽培し易く、庭園植物に適当である」と記している。毒性の有無について認識があったのだろうか?
貴重な資料を下さった尾崎隆氏、および連絡先についてご教示いただき、またビデオテープ分与でお世話になった株式会社トムスコに謝意を表する。西ネパールの産地の情報と写真を提供していただいた御影雅幸氏、文献関係でお世話になった大場秀章氏、天野誠氏、山崎敬氏に御礼申し上げる。
追記-1997年9月に国立科学博物館の門田裕一氏が西ブータンで観察したところでは、偽果は透きとおるような淡いオレンジ色であった。同氏の情報提供に感謝する。
▼ ドクウツギ属
参考文献
- Grierson, A.J.C. and Long, D.G. 1991. Flora of Bhutan Vol.2, Part1, Roy. Bot. Gard., Edinburg.
- Hara,H. 1966. The Flora of Eastern Himalaya p.186.
- Hemsley W.B. 1892. in Hook. Icon. Pl. t. 2220.
- 大場秀章 1993. ドクウツギの分類と生物地理. 遺伝(裳華房)47(9):39-43.
- Rehder A. and Wilson E.H. 1916. Pl. Wilson. 2 : 171.
- Sprague T. A. 1913. in Curtis’s Bot. Mag. t. 8525.
- 陳 嶸 1937. 中国樹木分類学:64.
- 陳 泽映 1988四川植物誌4:114.
- 郑勉、閔 天祿 1980. 中国植物誌45(1):65-66.
[植物研究雑誌72(5):310-313(1997)]
注:本稿は鈴木三男氏との共著である。
注:本書収載にあたり原文のSummaryは割愛した。
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
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