表題の本を壊してみた。理由は言わないが、「壊れた」のではなく「壊した」ので、とても頑丈な造りで手こずった。「著者が苦労して作った神聖な本を壊すとはなにごとか」と怒られるだろうが、私は本を大事にしない人間である。手元にある本でも、壊さないまでも書き込みがあったり記号や色がつけてあったり、古本としては売れないものばかりである。若いころ、植物の分布図を作る資料として、各地のフロラから植物名を抜き書きしていた。当時はコピー機がなかったので、手書きかタイプライタということになり、たいへん手数がかかった。カナ文字タイプライタを買ったこともあるし、後になったらメモリー付きの電動タイプライタも使った。それより楽な方法として、同じ本を2冊買って、偶数頁用奇数頁用と切り分けたこともある。そうすると本としては残らないから、もう1冊買うことになった。水島正美氏が木曽御嶽の調査報告を作っていたので、そのゲラをもらったこともある。これは本と違って片面が白いので始末がよかったが、最終ゲラでないと安心できない。これらを植物名ごとに切り離してファイル(現在の感覚ではなく、白紙を綴じたもの)に貼りつけてゆけば、しまいに種類ごとの全国分布資料ができるはずだった。カメラで写して引き伸ばすということもやったが、これまた手間がかかるうえ、印画紙というものはクセが悪く、ファイルに貼りつかない。そこで接着法の開発までやって、ラミントン(押し葉標本貼付器)につながった。コピー機が使えるようになるともちろん利用したが、初期のコピーは画像の保存性が悪く、今では消えてしまったものも多い。
ところが種類ごとに切り離すと、出典がわからなくなる。そこで切り離す前に特製の機械にかけて、出典をプリントした。「特製」と言っても、大学の金工室で自分で旋盤を操作してロールやカムを作ったものだ。そのうちにコピー機の機能が良くなり、さらにパソコンというものが発達して、大学から移るころには書棚3本ほどに溜まった分布資料は整理がつかず、今でも家の一隅を占拠したままになっている。つまり10年ほどをかけて、膨大なゴミを作ったことになる。これらについては国立科学博物館ニュース264号(1991年)に書いてある。
Index Kewensisも壊した。属単位で切り貼りするためである。こうすれば、目的の植物名がどの分冊にあるかと、いちいちひっくり返さなくてもよい。外国のハーバリウムには、全冊を机上に開いたまま置いてある部屋があった。日本にはそんなスペースはないから、バインダに綴じた。コピーをとるのは遠慮して2セット購入した。これも、出来上がったころにはIKのCD-ROM版が刊行され、無駄働きに終わった。このファイルは東北大津田記念標本館に引き取ってもらった。Index Kewensisの表紙がどんなに硬いかを知っている者は、そうはいないだろう。
はなしがそれてしまったが、保育社の図鑑を壊していて妙なことに気付いたので記しておく。図版の入り方が不規則なのである。通常の糸綴じでは8枚16頁を単位(折丁というらしい)として綴じ糸が入る。図版は紙質が違うけれど、これに合わせたリズムで入っているのかと思ったら、そうではない。たとえば草本Ⅰで、図版の間に入る本文の枚数をみると、3, 2, 3, 4, 3, 4, 2, 2, 5, 4, 3, 3, 4, 3, 3, 3という具合、木本Ⅰでは 4, 5, 5, 7, 6, 7, 11, 8, 6, 6, 8, 3という調子なのだ。こういう不規則なことをやるためには、たとえ本文の折丁がオーソドックスに16頁ずつまとまっていたとしても、図版は1枚ずつ切り離して所定の位置に貼り込まねばならない。壊してみて初めて知ったのだが、実際にわずか3mmほどの幅で貼りつけられていた。折丁も一単位16頁とは限らず、本文頁もそのように貼り足された所が少なくない。こういう複雑な製本をするためには、印刷のときの頁配置をよほど慎重に設計せねばならないし、それを間違いなく組み合わせるのに、ものすごく神経を使わねばならないだろう。本になってしまえば、そういう手間や工夫やコスト削減の苦労は全く気付かれることがない。全頁アート紙を使えば苦労は減るが、値段が高くなるし本が厚くなって使い勝手が悪くなる。我々が手軽に使う図鑑に、こういう苦労が隠されているとは知らなかった。ちなみに、平凡社・日本の野生植物草本Ⅰでは、本文の枚数は4, 4, 4, 4, 8, 4, 4, 4, 4と規則的で、間に入る図版は4枚ずつである。こういうのも「植物観察」のうちだろうか。
[野草73(531):10-11(2007)]
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
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