□中尾佐助:現代文明ふたつの源流
228pp.1978.朝日選書110.
著者がかねて主張している照葉樹林文化と、西欧文化の元となった硬葉樹林文化の比較論で、オリーブとムギ、イネと金魚、歌垣と盆栽、家と垣根、カーストと網目社会等々が、アジア、アフリカ、ヨーロッパにわたる見聞をもとに縦横に論じられ、東亜の照葉樹林を源とする独特の文化を強調しており、多くの示唆に富む意見が盛られている。
カシ類の散布様式について新しい意見が出されているのが注目される。この類の鳥による散布は従来否定的であったが、著者はハトやキジのような中型鳥類によって、一旦、そ嚢にとり込まれた堅果が、その鳥がタカやハヤブサのような肉食鳥によって捕殺されることにより、地表にもどされることを偶然の観察から推定している。これら中型の鳥類はその行動半径が大きいので、ドングリの散布距離も、これまで考えられていたものよりはるかに大きいだろうという考察はうなずけるものがある。また先史時代といえども、人類の森林破壊は、食料獲得のために盛んであっただろうから、照葉樹林が日本を完全におおっていたような状態は無かっただろうという。
もう1つ、植物名を扱う者にとって見のがせないのは、外国産植物につける和名の一般的な命名法を考え出して用いていることである。これは属の和名の前に示種名のよみをそのままつけたもので、イレックスガシとかチャイネンシスバラとかいう呼び名である。こういう呼び方は合理的であるが、誰かがやり出さないとなかなかふみ切れないもので、最初にそれに踏み切ったことに敬意を表したい。近ごろ外来植物に新和名をやたらにつけることがはやっているが、このシステムが一般化すればそういう流行はなくなるだろう。属の和名をうまく協定できさえすればすぐれた方式であると思う。
[植物研究雑誌53(6):171(1978)]
□星川清親:栽培植物の起床と伝播
295pp.1978.二宮書店.¥1,800.
日本で用いられている栽培植物153種について、その原産地と世界各地への伝播経路と年代を解説し、見開き2頁を用いて世界地図の上にそれが図示されており、それぞれの種の簡単な図がそえてある。作物の原産地や経歴については話題になることが多いので、便利な参考書である。ただ配列が作物学的分類にもとづいているので、我々には目的の植物を見つけにくい。
[植物研究雑誌53(7):224(1978)]
□盛永俊太郎・安田 健(編):江戸時代中期における諸藩の農作物―享保・元文諸国産物帳から―
272pp.1986.自費出版.¥1,000.
徳川幕府は1735年から1739年にかけて諸国の天産物の一斉調査をおこなった。このような組織的調査は日本はおろか世界的にも稀な事業であったのだが、幕府に集められた諸国からの報告はまとめられることなく、今ではその所在もわからない。しかしながら、提出された報告の控えは諸藩に保存され、現在でも目にすることができるものも少なくない。本書は全国に散在するこの産物帳の控えを丹念に発掘し、農作物の部分を抜粋、とりまとめたもので、大日本農会会誌「農業」に72回にわたって発表されたものの集成である。内容はⅠまえがき、Ⅱ諸国「産物帳」(1735年)に記載された農作物の種類とその品種、Ⅲ 参考資料、Ⅳ 集計と考察、より成る。Ⅱは諸国の「産物帳」の記述を陸奥南部領から日向諸縣領まで42ヶ国を列記したもので227頁にわたり、本書の主要部をなす。Ⅲは「産物帳」控えが発見されていない地域をおぎなうため、松前、越後、伊豆七島、淡路の農作物について同時代の記録を収録してある。Ⅳはこれら諸記録から作物の種類数を国別に集計比較した一覧表で、当時の農業文化を知り、今日の状況と比較するうえでたいへん役立つものである。現代のように農作物の品種が画一化されていない時代なので、全国における品種数は膨大なものだったろう。作物の総種類数は佐渡が203種類で最も多いというのはおもしろい。また、いも類ではさといもの品種が多いのに対して、さつまいもは渡来して問もないために、西日本にはあるが東日本ではやっと普及しはじめたところであることがわかる。一方、じゃがいもの記録が全くないのはたいへん奇妙に思える。利用のしかたによって多くの情報をとりだせる労作である。こういう資料が自費出版というのは、出版界に目のある人がいないのかと嘆かわしい。
[植物研究雑誌61(7):198(1986)]
□日本植物園協会(坂嵜信之主編):日本の植物園
327pp.1987.日本植物園協会(東大植物園内).非売品.
日本植物園協会創立20周年記念の出版物である。前半は関係者の記念論文集で、単なる祝辞や回顧談よりは、将来の展望を積極的に述べた文章が多く、参考となる点が少なくない。著者名にふりがなをつけてあるのは非常に有り難く、他誌も見ならってほしい。後半は文献目録と年表である。文献目録は協会の会誌や調査報告目録と20項目にわたる索引である。論文の内容に立ち入って、解説や研究の行なわれた植物の和名、学名がリストされている。年表は日本植物園協会史年表と日本植物園年表の2つがあり。人事や社会情勢にまで触れたたいへん凝ったものである。非売品ではあるが、一見をおすすめする。
[植物研究雑誌63(7):235(1988)]
□近田文弘・斐 盛基(編):アジアの花食文化
163pp.1990.誠文堂新光社.東京.¥3,900.
シャクナゲの花を食べる民族のことを軸にして、シンポジウムを開くという話を聞いていたが、そのまとめである。日本、中国、韓国、タイなどの花を利用した料理や食物、およびそれらの増殖や分類についての講演が英和両文で記録されている。分類学の研究者の企画としてはちょっと風変わりだが、これをきっかけに花の利用について新風がおこりかけているとのことで、主催者の意欲に敬意を表したい。
[植物研究雑誌65(8):256(1990)]
□豊岡東江(画):いのちある野の花(2巻)
131+131pp.1990.青菁社.京都.¥4,000 (各巻).
豊岡東江は明治29年東京美術学校卒業、大正10年加賀市山代温泉に没した。目立たない人だったようで、その経歴はよくわかっていない。本書は石川県立工業高校に保存されていた彼の写生帳から、1巻は春・夏、2巻は秋・冬と、植物のスケッチ362点を日付順に並べたものである。庭や山野の草花、野菜などで特筆すべきものはないが、狩野派の筆法による写実的な描写である。巻末に広江美之助氏による植物の解説がある。
[植物研究雑誌65(10):319(1990)]
□高橋 文(訳)・C. P. ツュンベリー:江戸参府随行記
406pp.1994.平凡社東洋文摩.¥2,987.
ツュンベリーは日本植物の研究者であり、ヨーロッパヘの紹介者であることはもちろんだが、日本そのものの紹介者でもある。本書は彼の旅行記の中から日本に関する部分を、スウェーデン語から直接訳したものである。前半の約 200頁が日本到着、出島滞在、江戸への往復の旅行記にあてられている。植物の記述もさることながら、道中や滞在地の景観、風俗がこと細かに描写され、日本人ではかえって見過ごしてしまう当時の貴重な記録となっている。次の 120頁は日本と日本人をいろいろの観点から紹介記述している。これはもとよりヨーロッパの極東政策に利するためのものではあるが、自然ばかりでなく、統治、法律と警察、日本語、商業、宗教など、多くの視点から論じたものである。日本語の項では、自分で日本語を覚える努力はしたものの、それまでの 200年にわたってたくさんのオランダ人が滞在したのに、役にたつ日本語語彙集がつくられていないことに不満をのべている。もっとも、日本語を習うのは国禁だったようだ。飲物はお茶と酒しかなく、葡萄酒や蒸留酒は決して飲まず、コーヒーの味のわかる通詞などおらず、火酒が日本人の必需品となることは決してないとしている。無理もないが、焼酎は試みなかったようだ。暦の比較、1日4回はかささず行なった気温観測の記録、日本の道具類のスケッチが、資料としてついている。最後に木村陽二郎氏、片桐一男氏が、それぞれの立場からまとめの文を添えている。植物の面ばかりでなく、自然誌、文化史、民俗資料としても有用な翻訳をされた高橋氏の努力を多としたい。
[植物研究雑誌70(1):60(1995)]
□コーナー E. H. J.(大場秀章訳):ポタニカルモンキー
227pp.1996.八坂書房.¥2,400.
植物採集をする猿がいたということは、先輩から聞いていた。国際生物学賞を受けた著者は太平洋戦争の最中、日本に占領されたシンガポール植物園に止まり、敵側である日本の科学者と協力して、植物園と博物館の文化財の荒廃を防ぐ努力をしたことで知られる。植物採集猿も彼の発明だった。ブタオザルはもともとヤシの実の採取にマレー人が使っていたが、これを熱帯の高木の花や実の採集に仕込むことを思いつき、そのいきさつと猿たちとの交流を記したのが本書である。着想というものは何の脈絡もなしに浮かんだり消えたりするものだが、それを捉えて実行してしまうのはただごとではない。採集猿は今でも使っているところがあるという。専門家によるブタオザルの解説と、訳者による著者のくわしい紹介がついている。
[植物研究雑誌71(4):236-237(1996)]
□三浦宏一郎 : 菌類認識史資料(壱)
185pp.1996.自費出版.非売品.
我が国の古典に出現する菌類関係の単語や記述を網羅しようという試みである。参照された文献は、基本文献として常陸国風土記、古事記など9篇、説話集として宇治拾遺物語など19篇、狂言として合柿など10篇、その他2篇、合計40篇におよぶ.これらすべてを通読して、菌類に関係ある単語ばかりでなく、菌類と思われる記述、そのうえ菌類を連想させる言い回しまで発掘しようというのだから、おそろしいほどの根気と、和漢の文化についての下地を必要とする。たとえば「…母にあい竹の、涙に…」という狂言の台詞の「竹の涙」のくだりを、史記にある斑竹の伝説からの引用と考え、その成因が菌の感染によるため、と連想するのだから、著者の打ち込み方が想像できる。小学校時代の教科書に、清少納言の「香爐峰の雪」のエピソードがあったことを思い出した。古典から思いのままにトピックをとりあげる安直なやり方は、語言論をはじめとして文章を書かねばならないときに良く行なわれるが、それを拾いつくそうという大変な仕事、ぜひ続けていただきたい。古い絵画や道具に描かれた植物についても、その同定と移入や認知の時代考証を文科系の人がやっていたことがあるが、発展していない。目立たないが日本文化の理解には大事な仕事である。索引がないと折角拾いだした用語や現象を読者がたどることができないので、是非心掛けてもらいたい。
[植物研究雑誌71(4):239(1996)]
□大場秀章:植物学と植物画
298pp.1996.八坂書房.¥5,768.
趣味の植物画は広く浸透している。本書は植物学に貢献した植物画について、その生いたちや社会的背景、作者の人物像などがのべられている。とくに、植物学者と植物画家のかかわり方について、著者の薀蓄が披露されている。見出しはⅠ私の植物画論にはじまり、Ⅱリンネとエイレット、Ⅲバンクス植物図譜とシドニー・パーキンソン、Ⅳキュー植物園の植物画家と植物学者、Ⅴ花の画家ルドゥテと植物図譜、Ⅵバラとバラ図譜、Ⅶ日本の植物図譜で終わる。日本の画家としては岩崎灌園、川原慶賀、清水東谷、五百城文哉が挙げられている。32頁のカラープレートのほか多数の単色図が挿入され、値段のわりに贅沢な中身である。それと、トピックごとにつけられた多数の頭注は、これだけをたどっても多くの知識を得られるだろう。索引は植物名、地名、人名、書名、事項名と、なんでも出てくるおもしろいものである。
[植物研究雑誌72(4):253(1997)]
□小山鐵夫:黒船が持ち帰った植物たち
98pp.1996.アボック社.¥1,500.
ペリー来航140年を記念して、日本大学生物資源学部資料館が行なった特別展示と講演会の記録。黒船艦隊が採集した資料が、東亜・北米の植物相の類似性を明らかにするきっかけになったところはよく知られている。永年ニューヨーク植物園に勤務した著者が主体となって、米国にある標本を借り出し、日本側の資料と共に解説しており、充実した内容となっている。本文はまず黒船艦隊の採集の経過を述べ、次に東亜と北米の植物の隔離分布についての和英両文による解説がある。後半は57頁にわたって、採集標本112点の鮮明なカラー写真が、解説を共に示されており、小山氏による再検討の結果やコメントが記されている。標本の保存状態は驚くほどよい。東亜植物の研究にはたいへん有用な資料である。
[植物研究雑誌72(4):253(1997)]
□大場秀章(編):日本植物研究の歴史
1996.東京大学総合研究博物館.¥2,800.
小石川植物園300年の歩みを副題として行なわれた特別展の図録である。東京大学理学部付属植物園は徳川期の御薬園にはじまり、近代日本の自然科学の発足当時、イチョウ・ソテツの精子発見の舞台となり、植物学教室は1934年に移転するまで、ここで研究教育を行なっていた。どちらかというと歴史的面に重点を置き、一部は現在や今後の研究・運営の展開につき、11人の執筆者による14篇の文章がある。歴史的資料となる人物や光景の写真も数多い。気づいた誤りとしては、53頁の藤井健次郎は中野治房であり、106頁で服部静夫とされた人物は武田久吉である(服部は後部中央)。明治14年の植物園日誌と植物園所蔵の本草図書目録が付録にある。
[植物研究雑誌72(4):253(1997)]
□小山鐵夫:植物園の話
205pp.1997.アボック社.¥1,286.
植物園というと観光行楽施設というのがわが国の一般的な印象で、マスコミに登場するのはきれいな、珍しい植物ばかり、その真の役割はよく理解されていない。単なる教員ローテーションのポストとしてしか利用していないような人員配置の植物園もみられる。30年近くをニューヨーク植物園で研究・教育・運営にかかわり、世界各地の植物園になじみのある著者が、自然保護、遺伝子資源、植物情報などの今日的な植物園の役割について語ったものである。まず、総合植物園、特殊植物園、植物公園の区別から始まり、ニューヨーク植物園を例として、実際の運営のとくに裏方の仕事が紹介される。次に植物園の本質的な仕事である。植物資料収集活動の目的と実質が語られ、収集資料の標本化、生植物の栽培保存管理について、具体的に記されている。栽培部門、標本部門、研究教育部門、事務部門と分化した植物園が、互いに連携して事業を行なうスケールの大きさには、わが国の現状を引き比べてため息が出る。本書の中頃ではそういう基礎に立った植物園の様々な活動が紹介され、そして後の1/3では、世界の植物園、とくにそのコレクションや活動の特色が、実際に目にした印象をもとにいきいきと綴られている。本書は朝日園芸百科の連載記事をまとめ直したものだが、植物園というハコ物は比較的容易に造れても、その運用の理念の確立とそれを支える確固とした財政基盤がなければ、自然と人間の共存に役立つ植物園は成り立たないという、著者の主張を裏付けるものとなっている。
[植物研究雑誌73(1):55-56(1998)]
□大場秀章:バラの誕生
249pp.1997.中公新書.¥760.
古来、バラは園芸植物の筆頭の地位を占めて来た。そういう園芸バラ作出の背景にある、科学と芸術のかかわり合いを探ろうというのが、著者のもくろみである。まず、園芸バラの発達は1867年を境として二期に分かれるという定説にもとづき、オールドガーデンローズの歴史が古典と最近の研究成果を元に語られる。そして東洋からのコウシンバラの導入をきっかけとする、モダーンガーデンローズの爆発的発展を要約する。後半はたくさんのバラ花譜について、著者の鑑識眼を通した紹介に始まり、ヨーロッパへ導入されたバラの原種の再発見のはなし、著者が訪れた中国やヒマラヤのバラのはなしから、世界各地のバラ、日本のバラと話題が移ってゆく。園芸家の著書とは一味違ったバラの本である。
[植物研究雑誌73(1):56(1998)]
□柏岡精三・荻巣樹徳(監):絵で見る伝統園芸植物と文化
16+278pp.発行者:柏岡精三.非売品.
電気事業を社業とする(株)関西テックの創業者が、兵庫県山崎に荻巣樹徳氏(王立園芸協会ヴイーチ賞受賞者)の協力で、日本の伝統園芸品種一千余点を集めた花菖蒲園を造った。園内に伝統植物研究所を設立し、わが国独特の園芸植物の品種の収集維持につとめるという。本書はその中から60種類を選び、今に残る品種の写真、図譜、絵巻、絵画、絵草子、道具類の絵、衣服の文様などをカラーで記録し、解説をつけた豪華本である。解説は主に由来、鑑賞、その後の3つの見出しから成る。由来ではその植物の原産、野生に始まり、江戸時代におよぶ品種の変遷を記す。時代ごとの品種数の表がついている。鑑賞ではその植物の着眼点、評価法についてのべる。その後では明治以降の盛衰が記述されているが、戦前はともかく、敗戦後の経過は盛衰よりは絶滅の記述の方が専らなのは気が滅入る。再評価の機運が興っても、新たに野生品から昔の変化を見出そうとするのでは、賽の河原さながらである。歴史のある植物園が保持してきた筈の品種群で、最近は話題にのぼらなくなったものも少なくない。私立の機関のこのような努力を、国公立植物園などはどう見ているのだろうか。種類ごとの参考文献が巻末に、学名を付した品種名のリストが別冊としてある。
[植物研究雑誌73(1):56(1998)]
□大場秀章:江戸の植物学
217+5pp.1997.東京大学出版会.¥2,600.
東大総合研究博物館で行なわれた公開講座の内容である。貝原益軒に始まり、稲尾若水、松尾恕庵、小野蘭山、岩崎灌園、宇田川榕庵、水谷豊文、飯沼慾齊、伊藤圭介に至る本草家と、川原慶賀、賀来飛霞らの絵師の作品群、それにからむケンペル、ツュンベルグ、シーボルトら外国人学者の交流と欧和相互の影響を軸に、日本の近代植物学を生む基となった江戸時代の博物学の再評価を、読みやすい文体で述べる。これだけの話をするには文献について通覧するだけでも大した努力だが、欧州におけるこの視点からの意識的な調査がおこなわれたことも見逃せない。生物多様性という立場から博物学が見直されようとしているとき、その理解の普及に役立つ本である。
[植物研究雑誌73(1):57(1998)]
□勅使河原 宏・大場秀章(監修):現代いけばな花材事典
852pp.1999年.草月出版.¥6,000.
植物の名前が50音順に並べられ、花材としての解説と植物学的解説が併記されている。植物解説は清水晶子氏による。それぞれに生花品例と、ときに植物写真がカラーでついている。こういう雑学的植物事典はそれなりに重宝で、1974年に出た、文学作品に現れる花を扱った大橋・福田・大後:原色季節の花大事典を、今でも参照することがある。巻末にいけばな基本用語、植物学基本用語、植物の分類と学名についての解説があり、植物和名と学名の索引がついている。
[植物研究雑誌74(6):370(1999)]
□大場秀章:花の男シーボルト
198pp.2001.文芸春秋社.¥690.
日本植物研究におけるシーボルトの業績については、すでに語り尽くされているように思われるが、著者は更に別の方向から光を当ててみせる。まずドイツ人であるシーボルトが、オランダ人として日本にやってきたことについて、当時の植民地争奪戦を背景とする欧州情勢、これにからめたシーボルトの生い立ちと性格の描写が、多くの資料を引用しながら、オランダが特別の思い入れの下に、彼に単なる医師としてではなく、日本についての特定研究とも言える任務を与えて派遣したことが語られる。シーボルトの日本における活動はその任務に応えるためのもので、オランダ商館が作り上げた人脈を活用して、ツュンベリーやケンペルにまさる広範な成果を収めたことが、あらためて強調されている。そしてこれ迄あまり認識されていない貢献として、日本産生植物の導入によって欧州の園芸界に大きな変革をもたらし、現在の隆盛に導く一つのきっかけを作ったことが述べられている。シーボルトの没後、その将来品はイギリス、オランダ、ロシアなどに分散されたが、最近それらの再評価にかかわった著者が、あらためてシーボルトの別な見方を提示したものである。大学博物館の職にあり、また音楽の素養のある著者が、いわゆる「枚挙生物学」に対する周囲の無理解をチクリとやったり、彼の作曲の腕前を評したりしているのも、逃さない方がよい。
[植物研究雑誌77(5):313-314(2002)]
□大場秀章:サラダ野菜の植物史
232pp.2004.新潮社.¥1,100.
知らぬ間に最後まで読んでしまった。サラダに使われる野菜について、キク科、セリ科、アブラナ科、ウリ科、ユリ科、ナス科とまとめてあり、生植物ならなんでもサラダになるのではなく、大分部はいくつかの科に限定されるという、植物分類学的見地から入ってゆく。ここらが用途別に記述される通常の料理本とは異なる。巻末の植物名リストによると、学名を付されたものだけで180種類におよぶ。サラダの発祥は、古代の人類が、苦みや辛みがあるために草食動物が嫌って食べ残した結果、大繁殖した草原の植物を利用したのが元だという考察は面白い。中身は広範な古典の知識と著者自身の海外体験を踏まえて、種類の発見、導入、伝播、利用法の変遷からソースの種類にいたるまで、様々な話題が語られる。とくに学名や、欧州語に由来する和名については、その語源にまで遡って蘊蓄が披露されていて、得るところが多い。最後のその他のサラダ植物では、今後発展しそうなサラダ植物まで言及されている。講義のタネ本としても有用だろう。
[植物研究雑誌79(4):270(2004)]
□大場秀章・望月賢二・坂本一男・武田正倫・佐々木猛智:東大講座 すしネタの自然史
84pp.2003.日本放送出版協会.¥1,500.
独立行政法人となった大学では、社会一般へのアッピールのために、以前にくらべていろいろな行事を行なうようになった。学術講座は以前からあったが、本書ではもっとくだけた内容を目ざしている。
5章に分かれていて、1. はすしの歴史と植物関係のネタ、2. が淡水魚と赤身のネタ、3. がその他の魚ネタ、4. が甲殻類とウニやホヤ、5. が貝類など軟体動物に当てられ、それぞれの専門家が薀蓄を披露している。時節がら、環境や移入生物の問題も各所にちりばめられている。くだけたはなしを目ざしていてもそこは専門家揃いなので、内容はかなり高度なものがあるが、別に通読せねばならないたちの本ではないので、好きなところを拾い読みすれば語のネタをいろいろと仕込むことができるだろう。
一通り見て気付いたのは、ササやハランまで話題にされているのに海苔がとり上げられていないことである。続編として海苔、シャリ、醤油、茶、割り箸はどうだろうか。
[植物研究雑誌79(1):78(2004)]
□大場秀章 (監修・解説):シーボルト日本植物誌 文庫版
350pp.2007.ちくま学芸文庫.¥1,400.
シーボルトのFlora Japonicaの図版をカラー縮刷して見開きに配し、その裏面に解説を記したものである。大場氏はシーボルトを従来の「近代日本植物学の父」という立場に加えて、オランダの海外政策の先兵、そしてヨーロッパ園芸への日本植物の導入者という解釈を強調しており、本書の前書きや解説にもそれが述べられている。本書では150図版のすべてについて、原本の記述の翻訳ではなく、シーボルトの学識の評価や、特に日本人絵師(主に川原慶賀)の下絵が、欧州の製版画家によってアチラ風に描き改められたために、写実性が損なわれたことについての批判が各所に見られる。植物画流行のご時世に、大いに参考になることだろう。縮刷なので部分図は見にくいが、これだけ有名な図版を一挙に解説つきで目にすることができるのだから、文句は言えまい。ただし、紙質が厚いので頁を開きにくいうえ、電車の中で読みかけで中断するときに、ちょっと頁の端を折るということはやれない。栞紐が2・3本あるとよかった。
[植物研究雑誌83(1):66(2008)]
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
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