Botanical Terms Common to Botany, Zoology and Agronomy. Materials for Their Standardization
『学術用語集植物学編(増訂版)』は1990年に刊行された。これに先立って『学術用語集農学編』(1986)、『学術用語集動物学編(増訂版)』(1988)が刊行されている。これら3つの用語集は、生物学にかかわるものであるため、互いに多くの共通な英文用語を含んでいる。しかしながらそれらに対する和文用語は、必ずしも一致していない。これには、分野独自の解釈や適用対象の違いに由来するやむを得ない事情の場合と、同じ現象に対する同じ解釈であるにもかかわらず異なる和文を用いる場合がある。あとの場合は学術用語集の目的にてらして、一致させることがのぞましい。共通用語の和文統一については、前回(1956年)の刊行の際、分野間の話し合いで合意されたものもある。今回の増訂に際しては、農学用語集は既に刊行済みであったため、協議の余地がなく、同時進行した動物用語集についてのみ調整がおこなわれた。しかしながら前回とくらべて件数が非常にふえていることもあって、調整が十分とはいえず、共通であるのに気付かれないで残されている用語も少なくない。用語集刊行ののち、この点についての指摘がいくつかなされているが、いずれも偶発的にみつかった用語についてのもので、全体をカバーするものではない。用語集の問題点はこれら分野間の用語の関係ばかりでなく、それぞれの分野内における不統一や和文選択の可否など、多くのことがらを含んでいる。植物学分野内の問題については、すでに別途公表をはじめているので(金井1991)、本報では前記3分野にわたる植物学用語で、英文が共通でかつ和文を異にするものについて、統一のための資料を作製した。以下の文で、『学術用語集植物学編(増訂版)』(1990)を新用語集、『学術用語集植物学編』(1956)を旧用語集、『学術用語集動物学編(増訂版)』(1988)を動物学用語集、『学術用語集農学編』(1986)を農学用語集と呼ぶ。このほか、遺伝学用語集(案)(黒田1989)及び生物教育用語(越田1991)からも同様に取り込んだが、これらはまだ正式に確定したものではないので、ここでは言及しない。
新用語集の英文見出し単語は約11,000件、動物学用語集は約16,000件、農学用語集は約15,000件である。このように多量なレコードの中から問題となる単語をまんべんなく抽出することは、人力では手がまわりかねるので、その処理はパソコンによるデータベースを作製して行った。学術用語集の形式はこういうデータ処理を前提としたものではないので、まずデータ仕様から検討する必要があった。とくに、和文項目に現れるいろいろな括弧類は、データベースの整理や検索の障害となるのでこれを別項目とし、これに伴って英文、和文項目の表現も工夫した。これらの形式変更は、用語集の本来の用途を損なわぬよう留意した。
データベース仕様
以下のとおりである。用語集と異なる主な点は、括弧記号を綴りの中から取り外すために、項目M2を設けたこと、同じく形容詞を示す項目Aを設けたこと、よみの綴りを訓令式ローマ字に代わり片仮名を用いたことである。以下のうち、項目X以下は、用語の比較検討のために設けたオプションの項目である。用語集のデータベースとしては、前半の5項目で十分である。
項目名 幅 内容 TERNE 24 用語英文 M2 2 記号類。括弧記号、 単複数記号、略号の元の綴り、長い綴りの継続記号、
および和文が複数ある場合の数字など。説明は1).TERMJ 24 用語和文。 片仮名および英字は半角。 単語の中に空白を含めない。 A 1 形容詞記号。 英文とよみの…および和文の形を削除し、この項に@をつける。
説明は2).YOMI 24 和文のよみ。 半角の片仮名。 X 1 旧用語集に出現する単語にXを付ける。 Y 1 新用語集に出現する単語にYを付ける。 D 1 動物学用語集に出現する単語に1,2,3をつける。説明は3). N 1 農学用語集に出現する単語に1,2,3をつける。説明は3). 説明1) 新用語集では6種類の括弧、〔、(、⦅、《、〔、[、が使われている。このうち【 以外は、和文綴りの中に出現するものが多く、データ処理の障害となりやすいので、これらの括弧によって作り出される和文単語を、同じ英文単語に対する独立な和文と考え、以下のように別レコードとして扱った。このために項目M2を設けて、括弧の性格を示す記号を付した。また、複数形や略号の元綴りの表示もこの項を利用した。記号の付加は原則として右寄せ、数字は左寄せである。これはソーティングの際、この項目を利用する必要があるためである。
○〔 〕内は省略してよいもの。M2に〔 を付け、〔 〕内を省略した結果を示す。
- acclimatization 〔環境〕順化 〔kankyô - 〕zyunka は以下のようになる。
右の項目名は以下省略。
TERME M2 TERMJ A YOMI acclimatization 環境順化 カンキョウジュンカ acclimatization 〔順化 ジュンカ ○( )内は使ってもよいものを示す。これを M2 に( をつけて示す。
- actinotropism 向日性 kôzitusei
(日光屈性)(nikkô - kussei)は以下のようになる。
actinotropism 向日性 コウジツセイ actinotropism (日光屈性 ニッコウクッセイ ○⦅ ⦆内は、その前の語と適宜置き換えて使うもの。置き換えた結果を示す。この場合、2つの語は同等なので、括弧記号は示さない。
- acervulus 分生子盤⦅層⦆bunseisiban⦅sô⦆は以下のようになる。
acervulus 分生子盤 ブンセイシバン acervulus 分生子層 ブンセイシソウ ○《 》内は、当分の間使ってよいもの。M2に《をつけて示す。
- nucleolus 核小体 kakusyôtai
《仁》《zin》は以下のようになる。
nucleolus 核小体 カクショウタイ nucleolus 《仁 ジン ○{ }内は、常用漢字表にない漢字を仮名書きあるいは常用漢字に書き換えると分かりにくい場合に、その漢字を示すもの。M2に{をつけて、その漢字を用いた和文を示す。{を用いない理由は、このパタンがシステムに用意されていなかったためである。
- abortive infection 不ねん{稔}感染 hunen - kansen
phloem 師{篩}部 sibu は以下のようになる。
abortive infection 不ねん感染 フネンカンセン abortive infection {不稔感染 フネンカンセン phloem 師部 シブ phloem {篩部 シブ ○[ ]内は、説明ないし注記。これは常に語尾に現れ、ソートや検索への影響がないので、和文項目にそのまま残した。
- antherozoid 精子[運動性の] seisi は以下のようになる。
antherozoid 精子[運動性の] セイシ ○ 複数形は単数形の見出しの中で(pl. ~)で示されており、複数形の見出しからは→で単数形を示してあるが、これをM2に、<,>の記号を付け、双方を見出しとした。語尾にsがつく複数形以外は、なるべく取り込んだ。
- stoma(pl. stomata) 気孔 kikô
stomata→stoma は以下のようになる。
stoma 気孔 キコウ stoma <stomata stomata >stoma ○ 略号は→で元の綴りを示し、元の綴りの見出しでは( )内に示されている。これをM2に→、←の記号を付け、双方を見出しとした。
- LAR → leaf area ratio
leaf area ratio(LAR) 葉面積比 yômenseki - hi は以下のようになる。
leaf area ratio 葉面積比 ヨウメンセキヒ leaf area ratio ←LAR LAR →leaf area ratio ○ 1つの英文に対して意味または用法の異なる二つ以上の用語がある場合は、それぞれ(1)、(2)、(3)などを冠して示してあるが、これをM2に1,2,3を入れて示す。この数字は左づめとする。
- action(1)作用 sayô
action(2)環境作用 kankyô - sayôは以下のようになる。
action 1 作用 サヨウ action 2 環境作用 カンキョウサヨウ ○ 英文、和文の綴りが長くて項目幅に納まりきれない場合、用語の見出しとしては後部を切り捨て、別に全綴りを英文、和文、必要ならばよみの項目にまたがって記す。このとき綴りが続く印として、M2およびAの項目に$を付ける。
- ectoxylar concentric bundle 外木包囲維菅束 は以下のようになる。
ectoxylar concentric bun 外木包囲維菅束 ectoxylar concentric bun $ dle 説明2) 形容詞は英文とよみの語尾には…を、和文の語尾には@形をつけてあるがこれを削除し、項目Aを設け、そこに記号@をつけて示す。
- aciular… 針形 - 形 shinkei… は以下のようになる。
acicular 針形 @ シンケイ 説明3) 植物、動物、農学において、同じ英文に由来する用語を比較するため、Y、D、Nの項目を設け、該当する項目に次の記号をつけた。
新用語集の用語には項目YにYを付けた。
植動物用語集の用語には項目Dに、農学用語集の用語には項目Nに1、2、3 のいずれかの記号を付けた。数字の意味は次のとおり。
- 1は和文用語およびよみが新用語集のそれと同じ場合。
- 2は和文用語またはよみが新用語集のそれと異なる場合。
- 3は英文が新用語集にはないが、追加する方がよいと思われるもの。
新用語集以外の用語集の単語を取り込むときには、項目M2に入るべき記号類は削除した。
データベース作製の方法
植物学用語については、新用語集編集の途上で作製したワープロデータおよび刊行された新用語集を参照しつつ、前記の仕様に従ってデータベースを作製し、これを新用語集と対比しながら正誤を行った。さらに旧用語集と比較し、データベースにない用語を追加した。旧用語集のデータであることを示すため、項目Xを設け、そこに記号Xを付した。このデータベースのプリントを動物学、農学用語集と比較し、共通な英文単語をもつ用語を追加し、記号を付した。この際、明らかに植物学と無関係な和文用語は無視した。データ入力は主としてOASYS系ワープロにより、データ処理は富士通FMR-70HX1および東芝J-3100GTを用い、dBASE・PLUSによって行った。データベースの大きさは1,192KB、レコード数は14,525件である。このフロッピーデータは希望者に提供する。
調整を要する用語の選択の方針と方法
それぞれのレコードの項目Y、D、Nのいずれかあるいはいくつかには、1、2、3(項目YではY)の記号がついている。このうち3のつくレコードは本報の対象ではない。またY=Y、D=1、N=1ならば、三分野とも英文和文およびよみが同じことになるので調整の必要はなく、これも対象とする必要はない。問題となるのは、Y=空白でD or N=2あるいはY= 空白でD=空白、N=2 などの場合である。この場合、その前後のレコードにはY=Yのレコードがあるはずである。こういうレコード群をプログラムにより抽出した。なお英文和文におけるスペースの有無、単複数のちがい、大小文字のちがい、ハイフンの有無などは原則として無視した。また、Y=Y、D=1、N=1の用語が1つでもあれば、それ以外に2を含む同源の用語があっても抽出の対象としなかった。用語の比較はTERMEとTERMJのデータに限り、M2のデータすなわちどの括弧によって作られた文字列であるかおよびよみについては問題としなかった。一方、本来同じ綴りではあるが、文字の微細な違いやハイフンの有無などのために、プログラムでは抽出できなかった単語、たとえばrunoffとrun-off、-discと-disk、をデータベースの中から拾いだして追加した。
本報末尾に示す表は、こういう処理の結果抽出された用語群で、今後の分野間調整あるいは他分野の用語集作製の際、検討資料となることを期待している。またここに記したデータ仕様は、学術用語集のデータベース化の際生ずる問題の解決を目指したものである。項目はTERME(英文)、M2(記号類)、TERMJ(和文)、A(形容詞記号)、Y(新用語集)、D(動物学用語集)、N(農学用語集)で、YOMI(和文よみ)は示していない。
参考文献
文部省 1956. 学術用語集植物学編 文部省・日本造園学界 1986. 学術用語集農学編 文部省・日本動物学界 1988. 学術用語集動物学編(増訂版) 黒田行昭 1989. 学術用語集遺伝学編(最終案)(文部省科学研究補助金成果報告書) 文部省・日本植物学界 1990. 学術用語集植物学編(増訂版) 越田 豊 1991. 高校生物教育に必要な生物用語集の選定に関する調査研究(文部省科学研究補助金成果報告書) 金井弘夫 1991. 学術用語集植物学編の問題点 生物科学ニュース(235):11-17 [科博研報B17(4):151-181(1991);本報のデータは日本植物学会に寄贈した]
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
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