<国内編>
□「清瀬の自然フィールドガイド」編集委員会:清瀬の自然フィールドガイド春
212pp.1986.清瀬市、東京.¥1,500.
最近地方自治体が独自の自然案内や図鑑を出版するようになった。市町村の文化活動がこういう面にも向けられるようになったのは結構なことである。本書もそのひとつで、山崎敬氏の監修になる植物の部は128頁にわたり、もっとも多くの部分を占める。内容は原色写真に簡単な解説をつけたもので、雑木林、道端などといくつかの生育地別にわけてある。動物では昆虫と鳥が同様に解説されている。こういう図鑑の生命はなんといっても写真のきれいさにあるが、この点では十分満足のゆくものである。
[植物研究雑誌61(7):224(1986)]
□牧野晩成:東京西郊野外植物の観察
219pp.1986.私費出版.¥2,000.
50年にわたる著者の観察記録で、同好会誌「野草」に発表したものからまとめられたものが多い。内容はⅠ.私の野外植物の観察と考察、Ⅱ.武蔵野の植生の変遷と西三鷹の植物、Ⅲ.私の庭の植物の記録というぐあいに、広い地域からせまい地域へと、さまざまな形態的、生態的研究や記録がのべられている。なおⅣには著者が永年たずさわってきた野外植物研究会とその会誌「野草」の略史が再録されている。自然研究は特別な地域や対象でなくても、身近のなんでもない植物やそこらの草むらでも、こんなにいろいろなことができることがわかる。同好者や理科の先生ばかりでなく、子供の自由研究に何をさせたらよいかと心配している親にもすすめたい。博物館には自由研究の参考書についての問い合わせがしばしばあり、すすめるべき適当な本がなかなかないのである。
[植物研究雑誌61(11):352(1986)]
□GPS全日本ロードマップ
A4版.353pp.1991.徳間書店.¥6,500.
産地の記録には文字による地名が用いられてきたが、最近はいろいろなメッシュコードを付記することが流行している。メッシュコードは分布図の作成やデータベースの構築には便利であるが、どのメッシュ系を用いたかが他人にはわからないことが多いので、混乱しかねない。地球上の位置の記録には経緯度を用いるのが一番無難なように思う。とはいっても地図から経緯度を読み取るには、補助線を引いたり目盛りを切ったりせねばならず、楽ではないし読み損ないも多い。本書は20万分の1のロードマップであるが、5分ごとの経緯線が記入されており、付属の方眼を用いれば10秒刻みで位置を読むことができる。経度の幅は北と南では異なるため、緯度に応じて6通りの方眼が用意されている。近頃は採集や調査に自動車を使う人が多いし、そうでなくても一冊あれば国内のどこでも経緯度をすぐに調べられて便利である。この地図はロードマップとしては、縮尺がちょっと小さくて使いにくいと思うが、こういう地図を利用して、産地の経緯度記録が普及することを期待する。とくに、調査用メッシュと記録用メッシュが混同されている現状では、記録用としての経緯度を理解するのに役立つだろう。ただし綴じ代がとってないので、綴じ目の部分は役にたたない。どの頁も平に開けるような製本にしてもらいたい。県別のシート物もほしい。ついでにロードマップへの注文を記すと、国道ばかりでなく地方道の番号があるとよい。高圧送電線はよい目標となるので、これも記入されているとよい。この地図は本来は人工衛星を利用して現在位置を知る、Global Positioning System(GPS)の受信機であるPYXIS(ソニー社)の販促用斡旋品であるが、別売もするとのことである。なおGPSによるナビゲーションシステムは、陸上海上を問わず既に実用化され、車内の画面に地図を表示して現在位置を示すことができるばかりでなく、これから行く先の案内までできるそうである。ポータブル受信機は14-15万円とまだ少々高価だが、弁当箱(女性用)程度に小型化されており、操作はごく簡単なので、野外調査に使ってももて余すことはない。とくに海外調査では威力を発揮するだろう。位置決めはきわめて正確で、秒以下(距離にして30-100m)の精度を持っている。ただし衛星3個を捕捉する必要があるので、谷間や林下では役に立たないことがある。
[植物研究雑誌67(6):369-370(1992)]
□横浜植物会編:ヨコハマ植物散歩
169pp.1995.かなしん出版.¥1,800.
横浜市内の市民の森、公園をはじめ、身近な自然観察の適地を一覧するのに便利な本である。それぞれの地域の見取り図に並木の樹種、主要な樹木の名前と位置、付近で見られる主な植物名(作物も含む)、施設や地物が書き込まれており、これに一頁程度の解説が伴う。解説はコース案内も兼ね、植物についてはむしろアッサリと流した感じで、初心者にはかえってとりつき易いと思う。本書を手にして歩けば、自然観察自習の手引きとして役立つように作られている。大人数が行列して解説者がマイクでがなるような「自然観察会」は、そろそろ卒業してもよかろうと考えているので、このような自習手引き書の出現は歓迎である。1人でも少人数のグループでも、あまり自信のないリーダーでも、とにかくこれを頼りに歩けば自然観察にとりつくことができ、その経験から次第に観察を深めるようになるだろう。学校や博物館の野外観察のために、こういう自然観察地図が作られているのを見たことがあるが、それが更に一般化されたもので、各地でこういうものが出現するとよい。
[植物研究雑誌71(4):234(1996)]
□岩槻邦男:東京樹木めぐり
209pp.海鳴社.¥1,600.
都区内の社寺、庭園32箇所の訪問記である。随筆的なものだが、植物研究者の目に東大植物園長として運営に苦労した体験が加味されて、いわゆるナチュラリストの作品とは一味ちがう雰囲気がある。同じ植物園でも東大植物園と新宿御苑や国立科学博物館植物園の予算規模や設備をくらべてため息をついたりしている。東大植物園の章だけで全体の1/4を占め、在職中の様々なできごとが語られている。ニュートンのリンゴやメンデルのブドウにまつわるはなしなどは、学術交流からクローン生物、標本の歴史的意義にまでおよんでいる。本書を読んでからこれらの施設を訪れれば、これ迄と違った見え方をすることだろう。目次が場所別、施設別、植物名別と3通りあるのは、読者の関心に応じて情報提供をしようという著者の配慮である。
[植物研究雑誌74(1):62(1999)]
□渡辺典博:巨樹・巨木
451pp.1999年.山と渓谷社.¥3,200.
全国にある674本の巨樹巨木を県別に配置した、写真を主体とする案内である。巨樹巡礼は最近の風潮で、これも自然観察の1つの行き方だろう。所在地や由緒に加えて、アクセスのための略地図が添えられている。環境庁の巨樹巨木調査(1991)では、最も多い樹種はスギとなっているが、12位のサクラ(複数種を含む)が本書では1番多く掲載されている。やはり花の見栄えというものが、人を引きつけるポイントなのだろう。
[投稿中]
□菱山忠三郎:ぐるっと日本列島野の花の旅
B5版.383pp.2007.山と渓谷社.¥2,000.
図鑑やカルチャースクールで名のある著者が、「自然の花が好きで見に行きたいが、どこへ行けばよいか」と思案する人へのガイドとして、北海道から沖縄県まで全国107箇所を、自身の体験に基づいて紹介している。紹介と言っても行ったときの出来事に沿った随筆のような柔らかい文章で、教えようとする堅苦しさは感じられない。植物名はたくさん出てくるが、それらの解説はほどほどで、RD種にだけその記号がついているのが、唯一の学的要素である。「この花を見るには」という人は、巻末の索引をたどればよい。小さな白黒写真がついているがいずれも景色で、植物やコース図は菱山夫人の手になる線画である。寝ころがって拾い読みするのに適した、楽しい本である。
[植物研究雑誌82(4):249(2007)]
□渡辺典博:続巨樹・巨木
18×21cm.487pp.2005.山と渓谷社.¥3,600.
本誌74巻2号で紹介されているものの続編である。前編では674本が紹介されていたが、ここでは846本が追加され、北から南へ県別にまとめられている。また前編では抜けていた沖縄県が補われている。形式は前編を踏襲し、簡潔な描写と由来、案内図を伴っている。冒頭に巨木の定義が記されているが、それに当てはまらない「名木」も含まれており、これはこれで著者の見解を尊重してよいだろう。巨樹・巨木はわが国では古来尊崇の念をもって見られるものが多いが、上古賀の一本杉の異形さは、信仰の対象としてむべなるかなと思わせる。巻末に種類別にまとめた索引がついている。著者は撮影のために、夫人と共に車で寝泊まりしながら全国を廻ったそうで、本書の刊行直前に亡くなった夫人への哀惜があとがきに述べられており、ひとつの仕事をなし終えるための陰の努力が察せられる。
[投稿中]
□東京地図研究社:地べたで再発見「東京」の凸凹地図
B5版 128pp.2007.技術評論社.¥1,764.
地図は地形を読んでコースを案じたり、植生を想定したりと、誰でも使っている。しかし都会地では地表の構造物が多くて、等高線をたどることはむずかしい。本書の21-76頁では、2枚の空中写真を重ねて1枚に合成した写真(アナグリフ)を、付属の赤・青フィルタを通して見ることにより、立体視できるようにしてある。都心部、多摩ニュータウン、石神井川、青梅インターなど、25枚のアナグリフが、それに対応する略地図を伴って地形学的な解説がつけられている。これはときどき類書でもお目にかかるものである。77-127頁には、地表の余計な物を取り払って高度だけで描いた陰影図(陰影段彩図)を用いて、22地域(2-15km四方ほどの範囲)の地形の詳細を解説していて、たいへんおもしろい。たとえば渋谷は地形探索に絶好の場所で、西武百貨店の並立する2つのビルの間に地下連絡通路がない理由だとか、横浜が港湾として優れているのは後背地が狭いためで、ランドマークタワーのような高層ビルが、埋め立て地に杭も打たずに建てられているわけ、府中の浅間山が、多摩川でなく相模川の河岸段丘の名残りだとか、不忍池に流れ込んでいた石神井川が、飛鳥山で隅田川へと流路を変えた原因が不明だとか、言われてはじめて「そうか」と知るトピックが並んでいる。地形と関連ある地名も、ところどころ解説されている。118-127頁では、中央線(東京-新宿)と小田急線(新宿-喜多見)の車窓風景が、地形と関連づけながら解説されている。また8-13頁は「山の手台地縦断ウォーク」と題して、同じ趣向で国会議事堂前の日本水準原点から多摩川二子橋までの解説がある。なにも知らなければ、ビルの谷間の坂を上がったり下がったりする退屈なコースだろうが、地形学的に見る目があれば、違った自然観察ができるものなのだということがよくわかる。ふつうの地図で見かける段彩図は、等高線間を色分けしたものだが、陰影段彩図は等高線を使わず、高度別の色ドットに、斜光線の方向に応じた明暗付けをしたもので、傾斜がゆるくて等高線が間遠になる平野部の起伏の表現に適している。これによって地面の微妙な凸凹が、意外なほどはっきり感じとれる。数値地図の整備と処理ソフトの発達のおかげである。こういう地形は最終間氷期の堆積物が最終氷期に陸化して浸食され、後氷期の現在までの間に形作られたもので、人類を含めた生物の生活や分布に大きな影響を与えているはずなので、調査や研究のヒントを与えられるだろう。他の地域についてもほしい読み物である。
[投稿中]
□木下直之・岸田省吾・大場秀章:東京大学本郷キャンパス案内
東京大学出版会.¥1,800.
会報を見たら、東大構内で観察会が開かれていた。次回はこの本を持参したらよかろう。三四郎池をはじめ要所要所の見どころや、観察対象となる樹木などが説明されている。構内はいろんな建物が勝手に造られているのかと思ったら、実は壮大な全体構想で設計されたプランが、時代の経過で次々と重なり合って、今のようになったことが説明されている。建物の様式や窓のデザイン、道路との関係、煉瓦やタイル、敷石からマンホールの蓋まで、植物観察会では目がとどかない点が記されている。構内に散在する銅像などは、普通ならチラと見るだけだが、この本でその経歴や設立の由来を知ることができる。
[投稿中]
<海外編>
□森 和男:雷竜の花園
190pp.1987.東アジア野生植物研究会.¥3,000.
副題はブータン花紀行。植物愛好家のブータン旅行の一部始終をコミカルに綴ったもの。インドの袖の下地獄と旅行社のデタラメぶりが印象的。カラー8頁のほかたくさんの写真やスケッチを含む。ブータン植物の解説、研究史、文献紹介、人名、植物名索引まで、盛沢山の内容である。
[植物研究雑誌62(11):352(1987)]
□大場秀章:秘境・崑崙を行く
194pp.1989.岩波書店.東京.¥490.
水があるのに植物が生えていないという環境は想像がむずかしい。本書は旅行記であるが、新しい状況に直面した著者のつぶやきがちりばめられており、触発される多くのものを含んでいる。大勢の中国人研究者の中に1人まじっての行動も、いわゆる海外調査とは様子の違うもので、今後の研究協力のあり方の参考となる。[植物研究雑誌64(11):351(1989)]
□森 和男:中国秘境に咲く花
144pp.1990.新企画出版社.東京.¥6,800.
山草家で最近は中国やヒマラヤ、北米に熱中している著者の、四川省の花のアルバム。草本とシャクナゲ類200種類ほどの春から初夏の花がカラー写真で示され、簡単な解説がついている。同定は大部分著者によるものなので、植物名に疑問のものもある。113頁からは峨眉山と松播高原の旅行記。あまり他人を意識しない独り言のような文章である。
[植物研究雑誌66(1):62(1991)]
□千葉盈子:青いケシの咲くところⅡ
91pp.光村印刷.定価表示なし.
著者はヒマラヤの高山植物に魅せられて、ほとんど毎年のように旅に出ているオフィスレディーだが、写真の花の同定のためにキュー植物園までも出掛けるという熱心さである。本書では四川、雲南省奥地の花たちの見事なカラー写真が、一頁一枚というぜいたくな配置で記録されている。旅行記と共に小さな写真を並べられるより、この方がずっとよいと思うが、末尾の撮影リストに山地や日付の情報があれば、記録としていっそう有用だろう。1990年に刊行した同名の書には、日付と国名を伴う索引があったが、本当はそれに地名や高度を付けたものがほしかった。
[植物研究雑誌73(2):118(1998)]
□岩槻邦男:シルクロードに生きる植物たち
157pp.1998.研成社.¥1,500.
国際植物園連合のエクスカーションで、タクラマカン砂漠一周5,000kmのバス旅行に参加したときの旅行記で、肩の力の抜けた読み物である。とはいうものの、やはり植物学的観察に終始するのは商売柄で、10日余の毎日をバスの最前席に陣取り、居眠りもせずに目を見張っていたというのだから、タフネスぶりも相当なものである。最もしばしば言及されるのは水で、特に砂漠開発の実験園で、成果を急ぐあまり長長期的な結果として予測される塩分析出の害に目を向けようとせず、さしあたりの収穫を上げようとする姿勢に疑問を呈する場面が幾度も記されている。日本ならば水は流れ去るのが当然で、何も注意の対象とならないが、降水はほとんどなく、給水量に対して蒸発量が大きく、寒暖の差の大きい内陸砂漠での体験は、著者に新しい発想のヒントを与えたものと思われる。読者には経験することの少ない砂漠の実態と、オアシスの豊かな文化を垣間見させる本である。
[投稿中]
□大場秀章:ヒマラヤを越えた花々
139pp.1999年.岩波書店.¥1,900.
1960年にはじまった東京大学のヒマラヤ植物調査は、標本を採りまくる初期の段階を経て、最近では特定のテーマを追ったきめ細かい研究に進化し、調査対象地域も周辺に拡大してきた。その中心に位置する著者が、ヒマラヤの自然誌に関心をもつ読者を対象に、成果の一端を披露したものである。乾燥・低温・島がキーワードである。前半はヒメレンゲをまくらとして、高山帯に舞台を持って行く。ヒマラヤ高地は低温という点では常識的だが、それに加えて乾燥という条件が、多くの植物の生活に影響して分化をもたらしていることが、ベンケイソウ科、ユキノシタ属などを例として述べられている。ヒマラヤと対比するためのチベット、アフリカなどにおける調査も、随時引用されている。それから一転して、ヒマラヤに特有な温室植物・セーター植物の話となる。レウム・ノビレの半透明化した苞葉がどんな役割を果たしているかは、これ迄漠然とした認識しかなかったが、実験的な現場研究や、生材料を現地から3日間で日本に持ち帰って分析するような手数をかけた結果、多くの新事実が明らかにされている。大場氏を中心とするヒマラヤ植物研究会の成果を要領よくまとめた、小冊ながらスケールの大きい読み物である。ヒマラヤが好きだからというだけで気軽に取りつける本ではないが、ある程度の植物学的素養があれば、これから解明すべき無数の課題があることに、自ずと気づくことだろう。
[植物研究雑誌74(6):370(1999)]
□荻巣樹徳:幻の植物を追って
237pp.2000.講談社.¥3,200.
中国奥地でのさまざまな植物の発見、とくに園芸植物の原種自生地の再発見や新植物の導入の貢献により、王立園芸協会のヴィーチ賞を受賞された著者の、70篇より成る短編集である。新聞掲載の記事を集成したもので、どこから読んでもよい。それぞれが自分の足を使った探索による、植物との出会いを物語る。過去のコレクターの足跡をたどり、蓄えた予備知識を動員して、不明だった原産地を再発見する苦心談もある。植物の性質にかかわる、導入や栽培の将来性についての意見も述べられている。それより驚いたのは、そういう原産地の花のスライドを見て、興奮のあまり卒倒する人がいるという、イギリス人の熱の入れ様である。日本の園芸ブームとは、大いに異なる底辺がうかがわれる。現役のプラントハンターの熱気が感じられ、「俺もやってやろう」(実際には真似ができなくても)という気をおこさせる本である。113枚の見事なカラー写真が、文章と同じくらいの雄弁さを持っている。
[植物研究雑誌76(3):182(2001)]
□清水晶子:ロンドンの小さな博物館
254pp.2003.集英社新書.¥720.
別に紹介した「絵でわかる植物の世界」の著者とは同名異人である。ロンドンには大英博物館など大型なものの他に、200あまりの中小博物館があるそうで、その中からグリニッジ天文台、フリーメイソン博物館、インク博物館、シャーロックホームズ博物館など16施設が紹介されている。植物関係としては庭園史博物館、トワイニング紅茶博物館が出ている。前者は17世紀の採集家Tradescant父子にちなむもので、設立の由来が面白い。1976年になって、忘れ去られていた彼らの墓が発見され、それをきっかけに篤志家によってイングリッシュガーデンの元祖ともいうべき父子を記念するこの博物館が出来たのだそうだ。つぶれた会社の散逸した作品を収集家が買い集め、トラストを作って運営しているところがあるかと思うと、原稿を書いているうちに潰れてしまった博物館もあるという。紅茶博物館は、もちろん今も続く会社の本店にある、たった2室の展示である。単なる観光案内ではなく、著者のイギリス文化史の素養に裏付けられた、随筆風の読みでのある文章である。日本でもこういう案内書があると、教育目的一点張りの博物館のイメージが変わるだろうに。
[植物研究雑誌80(1):62(2005)]
□大場秀章・五百川裕:ヒマラヤに花を追う
B5版.254pp.2005.八坂書房.¥1,800.
中部ネパール北端のムスタン地域は、これ迄立入禁止だったが、近年ようやく入域が認められるようになった。もっとも、最近は政情不安のため、いつ閉鎖されるかわからない。本書は1999年から5年にわたって行われたムスタン地域植物調査の記録である。大部分は五百川氏の手になる、日程に沿った調査旅行・植物観察記である。二昔以前のことしか知らない私には、ずいぶん便利になったものだと思う。日本から直行便が飛び、むこうへ着けば数日で旅行許可がとれ、トレッキングの装備やシェルパは難なく調達される。それに5年間、毎年顔ぶれを変えて調査に出かけられる人材がいる。大場氏をはじめヒマラヤ植物研究会の積み上げた実績である。スポンサーとなった緑育成財団の援助も見逃せない。一財団の援助で5年間も調査を続けられることは、そうはないだろう。
ポカラの西北、ジョモソンから出発して、次第に足をのばして行くが、途中の景観と植生の関係が、丹念な観察によって記述されていて、景色が目に浮かぶようだ。これに加えて、植物名がたくさん記されている。この調査は「ネバール・ムスタン地域花卉資源調査発掘事業」と銘打つものだから当然だろう。ただヒマラヤの植物には和名のないものが多いから、学名の片仮名読みが並んでいて、知らない人にはちょっとうっとうしいかも知れない。もっとも最近はガーデンブームだから、属名で大体の見当をつけられる人も多くなったことだろう。巻末に学名つきの索引が用意されている。最後に大場氏が「ヒマラヤ・ムスタンの花にかける夢」と題して、ヒマラヤ植物調査の歴史と意義、それにムスタン植物誌の展望を述べている。グレート・ヒマラヤの北側、チベットへ続く乾燥地端の調査が、更に発展することを期待したい。
[植物研究雑誌80(3):196(2005)]
□大場秀章(著)・冨山稔(写真):ヒマラヤの青いケシ
A5版.223pp.2006.山と渓谷社.¥3,400.
Meconopsisの全種を網羅した和文のモノグラフである。前半はメコノプシスの生育環境、発見の歴史と、それを演じたプラントハンターの物語で、著者の得意とする人間関係の描写で読ませる。後半は分類体系と検索表および種ごとの記述に当てられている。大部分の種類について生品か押し葉標本の写真を伴っており、こういう話題性の高い植物群について、一般向きにも歓迎される本だと思う。生品の写真は、いずれも見事な出来ばえである。
[植物研究雑誌81(4):253(2006)]
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
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