〇住吉小学校の「住吉」研究
2000年10月20日の朝日新聞で、福岡市立住吉小学校の住吉研究の記事を読んだ。自校と同じ「住吉小学校」を全国的に探して交流をはかったり、更に進んで「住吉」という地名がどういう場所につけられているかを調べようという勉強である。生徒がたまたま同じ「住吉」という地名がよそにもあることに気づいたのがきっかけだそうで、社会科学習の1つの行き方としておもしろいと思った。同じようなやり方として、自分の姓と同じ人や同じ地名を探したり、さらには自治体名が同じ市町村が全国にどれほど存在するかを調べて交流するという動きは、しばしば話題になるし個人的にやっている人もいる。
こういうことをやるとき、どんな資料を根拠にするかが最も大事なことだろう。住吉小学校の場合、旅行先で地名に注意したり、電話帳を調べたりしてデータを集めているとのことである。「住吉」を全国的にいっぺんに検索できるような文献はない。あるレベルの範囲で全国を一様に調べられれば1番よい。しかしどこ迄やればそのレベルに達するのか、まだ大事な資料を見落としていないか、全国を一様に調べたかと心配しなければならない。探究というものは、一方ではそういう心配に裏打ちされながら進むものではあるけれど…。
私は植物分布研究の必要上、国土地理院の地図に現れる地名(注記)のデータベースと、それを日本地図上に作図するソフトを作ってある(『CD-ROM地図で見る日本地名索引』アボック社 1998年)。地名についての話題を目にしたときには、ときどきそれの分布図を作図してみて、独り合点して楽しんでいる。ときにはその分布図を、お節介にも話題の主にさしあげたりする。こういうことをされて喜んで下さる寛容な方もあれば、どうも楽しんでもらえなかったような気配のときもある。人様々だから仕方がない。住吉小学校には「住吉」地名の分布図を、「他に検索したいものがあればお手伝いする」というメモをつけてさしあげた。
住吉小学校の酒井隆先生は寛容派だった。礼状と共に、次のような検索をしてもらえないかという注文をいただいた。
- 住吉神社は全国にどのくらいあるか?
- 住吉小学校はこれ迄の調べでは20校ほどだが、この程度なのか?
〇住吉小学校はいくつあるか
先に2の方から話を進める。実をいうと私のデータベースでは、この質問には答えられない。地図には学校記号はあるけれど、学校名は大学は別として、よほど特殊なものしか注記されていない。だから私のデータベースには含まれていないのだ。
幸いなことに、最近国土地理院から、2万5千分の一図を元にした「数値地図25000(地名・公共施設)2000年」が刊行された。これには注記のほか、図上では記号でしか示されていない公共施設名が収容されている。小学校はレッキとした公共施設だから、もちろんこれで検索できる。やってみたら、お役所名だから、ただ「住吉小学校」ではヒットがなく、後方一致検索をしたら「町立住吉小学校」だの「区立住吉小学校」だのが25件得られた。酒井先生の調べはもう一息というところだったのだ。
数値地図25000は、検索結果を外部のファイルに取り出すことができる。位置情報を取り出して、私の分布図作図ソフトに取り込んだものが、図1である。
〇住吉神社はどのくらいあるか
これも難問である。地図の注記に出てくる住吉神社は、かなり目立ったものに限られるに違いない。おまけに公共施設とは言いがたい。数値地図25000 で中間一致検索をしたら26件、私のデータベースでは28件だった。私のデータベースには1940年代の20万図や、戦前の5万図の注記も入っているので、多いのはそのためだろう。いずれにせよ、住吉神社がこれっぱかりしかないとは思えない。手元にあった『全国神社名鑒 上・下』(1977年)に当たってみた。これには県別に神社のリストが載っているが、こういう検索のためのものではないので少々見つけにくい。なんとかかぞえたら479件あった。この数は神社本庁が把握している数で、1つの目安となるだろう。県ごとの数の違いがなかなか意味がありそうで、分布図にしたら面白いと思うが、このリストからは作図できるような位置情報は得られないのであきらめた。その代わりに私のデータベースから得た住吉神社の分布図を、図2に示す。
〇住吉という地名はどうだろう
住吉小学校の名前の由来は、住吉という場所にあるためで、近くに住吉神社があるので地名がついたのである。だから、少ししかヒットのない全国の住吉神社を探すよりは、住吉という地名を探す方が収穫が大きいだろう。これだと 117件あった。さらに、東住吉とか住吉橋とか、前後に文字のついた住吉も検索対象にすれば、もっといろいろな住吉がみつかるに違いない。こういう中間一致検索をやったら、360件が検出された。それを図3に示す。さきの住吉神社479件よりずっと少ない、ということは、『全国神社名鑒』レベルの調べをやるためには、国土地理院地図の注記くらいでは間に合わないことを意味する。
これらの住吉がどういう立地にあるかということは、生徒さんたちがこれから調べることである。住吉神社は航海の守護神なので、海辺や岸辺近くに多いことは予想され、過去の流通体系の考察に役立つだろう。その一方、沿海の千葉県に住吉地名がない(少なくとも地図の注記としては)のは何故か、という疑問も生ずるに違いない。『全国神社名鑒』では、千葉県の住吉神社の数は他県にヒケをとらないのにである。こういうことはどなたかが既に調べておられるのかも知れない。実際、鏡味完二『日本地名学』(新装版1981年)には、約60地点の住吉の分布図が示されている。これはたくさんの地図を目で追いながら調べた大変な努力の産物で、今日のようなデータベース時代の結果とは、同日には論ぜられない。私の分布図でも、もう少し地形を示すことができれば、考察の足しになると思う。
〇IT化時代の学習
どこの学校でもどの学科でも、必ずパソコン教育を取り入れねばならぬ時代となった。子供の方はすでにゲームで慣れているから、パソコンの操作は別にむずかしいことではあるまい。問題は、そういう道具を使って何を学習するかである。
昔からそうだが、コンピュータを使えば何でもできるという思い込みが強く、自分が何をするかがわからないのに、スーパーマンになったような気になってしまう。マシンもOSもユーティリティーソフトも、技術側がどんどん有能なものを作ってくれる。しかしそれらを利用するには、自分にしっかりした目的があり、かつその目的に合ったデータが必要だということが忘れられがちである。データはそこらに転がっているわけではない。無ければまずそれを自分で作らねばならない。幸いなことに、日本の地名については、先に述べた2つのデータベースが利用できる。これらを使って何をするかは、ユーザーの発想に待つほかはない。住吉小学校の例は、そのヒントになるだろう。
[地理46(2):14-19(2001)]
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
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