ツタの「雨」
玄関先の隣家は貸家である。家主が遠いところにいるので、手入れはよくない。ツタが二階の屋根まで這い登り、一面に繁っている。2005年7月5日、午前中は晴れ間が出たが蒸し暑かった。午後は梅雨空になったが雨は降りそうで降らず、涼しかった。午後5時ごろ、家内が呼ぶので玄関へ出た。ツタからしずくが落ちているというのだ。
見ると、二階の壁に張りついた大きな葉の先から、大粒の滴がたれていた。たくさんの葉から一斉にたれるので、パラパラと大きな音が続いている。空からの雨は降っていない。面白いので集めようとしたが、広範囲だし境界の金網から1メートルほど離れているので、集める方法がない。とりあえず味をみてみようと、長い靴べらをさし出して液体を付着させようとしたが、どういうわけか一滴も付いてくれない。そのうちに、軒下の草の葉の上に、緑色の小さな芽鱗のようなものがたくさん乗っかっていることに気づき、やっと「雨」がなんだか見当がついた。ツタの花の花弁だったのだ。花弁が離脱して葉の上をころがって、ちょうど葉先から滴が落ちるように落下するのが、視力が落ちた目には滴のように見えるのだった。そうわかってみると、「雨」の音はかなり乾いていて、液体の落ちる音とは違うようだった。「雨」が当たった葉は、濡れてはいなかった。その「雨」を拾ってルーペで見たら確かに花弁で、基部が短く直角に近くそり返り、先の方は厚手になって白っぽく波うつ薄い縁がつき、先端でその縁がさじ状になっているのが見られた。長さ4mm、曲がりを伸ばせば約5mmである。
ブドウ科の花弁は蕾のとき敷石状 (辺合状、つき合わせ状:隣り合う花弁が重なり合わないで、端と端が接触した状態)に配列し、開花時に花弁が脱落するものがある。頂部の接合が強くて離れず、基部の方がはずれて「帽子をぬぐように」脱落してしまうのだ。そうでなくても、この類の花弁は早落性のようだ。この現象は属による特徴だろうと思うが、多くの図鑑類にははっきりとは書かれていない。さし当たり目を通した参考書(番号で示す)の記述を表にすると、次のようになった。
▼ ブドウ科の花弁の行動 ( )記述、[ ] 図・写真、( ] 両方、数字は文献番号
|
帽子状脱落 |
平開 |
ブドウ属 |
(6)(7)(10)(11) |
|
ヤマブドウ |
(4)(5)[9](10] |
|
ブドウ |
[3][8](9] |
|
エビズル |
[1](4)[8](9] |
|
サンカクズル |
[8](9] |
|
アマズル |
[2] |
|
ノブドウ属 |
|
(6)(7)(10)(11) |
ノブドウ |
|
[1][8] |
ウドカズラ |
|
[2][9] |
ツタ属 |
|
(7)(10)(11) |
ツタ |
[9] |
[1][2][5](6)[8] |
ヤブカラシ属 |
|
(6)(7)(10) |
ヤブカラシ |
|
[2][8][9](11) |
ミツバカズラ属 |
|
(6) |
- 長野県植物誌 (梅林正芳氏の精密な図がたくさんある)
- 保育社:原色日本植物図鑑(草本編)(木本編)
- Hickey M. & King C.:100 Families of Flowering Plants
- 山と渓谷社:日本の樹木
- 山と渓谷社:樹に咲く花離弁花(エビズルでは「花弁は開花と同時に落ちる」とある)
- 平凡社:日本の野生植物木本・草本(この本の背表紙は日本の野生植物、内表紙は日本の野生植物草本、ブックケースの背中は日本の野生植物草本、奥付は日本の野生植物草本離弁花類となっている)
- 大井(北川改訂1992):日本植物誌
- 寺崎:日本植物図譜
- 牧野:日本植物図鑑(帽子状脱落寸前の図と、一枚の花弁の中におしべが納まっている図と、花弁一枚の図がある)
- 神奈川県植物誌
- 千葉県の自然誌(ヤブカラシ属については書いてないが、種の記述のところで「花弁は緑色で落下後は花床の橙黄色が目立つ」とあるので、展開するが早落性というニュアンスがある)
こうして見ると、牧野図鑑のツタの図だけに、帽子状脱落が描かれているのが例外的で、おそらく誤りだろう。野草15巻7号3頁に、檜山庫三は「ツタの花」と題して「花弁は正開(後に反巻)して、決してブドウの花のように頂点で着合してはいない」と記している。私が見たツタの花弁はバラバラで、帽子状にかたまっているものは一つもなかった。ただし場所が場所なので、花そのものを見ていないから、どのように脱落がおこるのかわからない。それにこのような一斉脱落が天候などによる例外的な現象なのか、常に起こっているけれど気づかれることがない現象なのかわからない。近所の石垣にツタを這わせているところがあるので、観察できるかも知れないと行ってみたが、残念ながらきれいに取り除かれていた。それにあったとしても、玄関前のように音で気がつくというわけにゆかないから、いつ見に行けばよいのかわからない。隣家のツタでまた「雨」が降るのを期待する方がよいかも知れない。7月5日夕方は20分ほど見ていたが、用事があって出かけてしまったので、いつ止まったのかわからない。夜は強い雨が降ったので、下に落ちた花弁は流されてしまった。6日は一日曇りで太陽は顔を出さず雨も降らず、夕方期待したツタの「雨」も起こらなかった。ツタの開花(蕾が開くという意味の)が何日も続くとは思われないので、どうやら開花時期と気象の関係で起こった例外的な現象らしい。そうでなかったら、ツタのからまる建物はいくらもあるので、もっと頻繁に気づかれてよいだろう。
以前(たぶん去年)にも一度、そんなことを言われたことがあるが、現場を見ていなかったので、「体内に水がたまりすぎて、排出しているのだろう」と言ったことがある。2月頃、イロハモミジの若い枝先を切っておいたらそこからしずくが落ち、なめてみたらわずかに甘かったので、アイスクリームの紙カップをつるして、3時間ほどで数mlを集めたことがある。しかし今回の「雨」は、それとは違う現象だった。
付け足し
7月10日、梅雨前線が北上し、午前中は曇りだったが、午後は日が出て蒸し暑くなった。16時すぎ、「また音がする」というので出てみた。先日よりも音は小さく、うっかりするとどこかで庭に水をまいているように感じる音だったが、パラパラと続いていた。午前中ももっと弱いが音がしていたそうだ。先日は二階の軒下の花序からだったが、今回は一階の軒下くらいの高さの花から花弁が落下しているのが見えた。音は17時を過ぎても続いていた。どうやらツタの花が開くときには、こういう音を伴うものらしい。ただし垂直の壁に葉がビッシリ着いているということが条件である。ハスの花が開くとき音がすると毎年騒ぐけれど、このツタの「雨音」も風情があると思った。
[野草71(526):39-41(2005)]
編集部注:和名は原文ママとしました。
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- Manual for Tropical Herbaria, Regnum Vegetabile
- The Asiatic Species of Osbeckia
- Biological Identification with Computers
- A Geographical Atlas of World Weeds
- Neo-lineamenta Florae Manshuricae
- Atlas of Seeds Part 3
- Alpine Flora of Kashmir Himalaya
- Botticelli's Primavera
- Index to Specimens Filed in the New York Botanical Garden Vascular Plant Type Herbarium
- Elsvier's Dictionary of Trees and Shrubs
- Medicinal Plants in Tropical West Africa
- Fodder Trees and Tree Fodder in Nepal
- Nepal Himalaya, Geo-ecological Perspectives
- Leaf Venation Patterns
- Development amid Environmental and Cultural Preservation
- The Lilies of China
- Kew Index for 1986
- Catalog of Moss Specimens from Antarctica and Adjacent Regions
- The mountains of Central Asia
- Trees of the southeastern United States
- A New Key to Wild Flowers
- Flora of upper Lidder Valleys of Kashmir Himalaya
- Systematic Studies in Polygonaceae of Kashmir Himalaya Vol.1
- Flowers of the Himalaya, a Supplement
- Plant Taxonomy and Biosystematics, 2nd ed.
- Plant Evolutionary Biology
- Lilacs, the Genus Syringa
- Ornamental Rainforest Plants in Australia
- Forest Plants of Nepal
- Plant Taxonomy, the Systematic Evaluation of Comparative Data
- Woody plants
- The Evolutionary Ecology of Plants
- The Forest Carpet
- Cryptogams of the Himalayas Vol.2., Central and Eastern Nepal.
- Pattern Formation in Plant Tissues
- Plant Genetic Resources of Ethiopia
- Leaf Architecture of the Woody Dicotyledons from Tropical and Subtropical China
- Palaeoethnobotany
- A Bibliograpby of the Plant Science of Nepal
- C.P. Thunberg's Drawings of Japanese Plants
- Temperate Bamboo Quarterly 2
- Index of Geogrphical Names of Nepal
- A Revision of the Genus Rhododendron in Japan, Taiwan, Korea and Sakhalin
- A Bibliography of the Plant Science of Nepal. Sipplement 1
- The Iceman and His Environment, Palaeobotanical Results
- The Cambridge Illustrated Glossary of Botanical Terms
- Handbook of Ayurvedic Medicinal Plants
- Ethnobotany of Nepal
- Himalayan Botany in the Twentieth and Twenty-first Centuries
- Meristematic Tissues in Plant Growth and Development
- Proceedings of Nepal-Japan Joint Symposium on Conservation and Utilization of Himalayan Medicinal Resources
- The Orchids of Bhutan
- Beautiful Orchids of Nepal
書籍詳細
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残部僅少
[2008/09/30]
金井弘夫著作集 植物・探検・書評
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
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土曜・日曜・祝日・GW休暇・夏季休暇・冬季休暇(年末年始)
- (一社)日本公園施設業協会会員
- SP・SPL表示認定企業
- ISO9001認証取得企業
アボック社は(一社)日本公園施設業協会の審査を経て「公園施設/遊具の安全に関する規準JPFA-SP-S:2024 」に準拠した安全な公園施設の設計・製造・販売・施工・点検・修繕を行う企業として認定されています。
For the happiness of the next generations