観察会の参加者が何気なく手にした植物について「それは有毒ですよ」というと、驚いて放り出す人が多い。日本にはかぶれたり刺されたりする植物はあるが、触っただけで中毒するような植物はない。口にしても味をみたうえで吐き出せば、事なきを得る。もっともキノコでは、専門家が名前がわからなかったため、ちょっと味見して吐き出したけれど、あとでかなり激しい中毒症状を起こしたという例を、数年前に読んだ記憶がある。私の経験で最も強烈だったのはマムシグサの塊根で、「苛烈」という表現が適当なのかなと思った。これについては野草500号(2001年)に書いておいた。
奈良植物研究No.26(2003年)に奈良教育大名誉教授の北川尚史氏が、「ヨウシュヤマゴボウの果実の毒性と種子散布」と題して、この植物の種子を自ら食べる実験をした経験を記しているので紹介する。同氏はコケの専門家だが、定年後は高等植物にも手を広げ、とくに散布に関心を持って、ユニークな観察結果を報告している。
まず、本種の花は匂いも蜜もなく、昆虫が来ないにもかかわらずほぼ100%結実するという。果実の形態から動物散布と思われるので、奈良公園の鹿に食わせようとしたが、経験の浅い子鹿でさえ口にしない。一方、鳥が果実をついばんでいるのはしばしば見かけるそうだ。
そこで自分で食べて、毒性を調べることにした。まず10個の果実を、種子をかみ砕かないように食べた。果汁はかすかな甘味と多少の不快臭があるが、特に嫌な味ではなく、体に異常は起こらなかった。種子を嚥み下したことはもちろんである。翌日は20個その次は30個とふやし、遂に50個の果実を食べたが、体の変調はなかった。つまりヨウシュヤマゴボウの果実は、種子をかみ砕かなければ、食べても人体に障害を起こさないとしている。
次に種子を噛みつぶして食べることを試みた。10個の果実を口にしてその中の1個をつぶして種子10粒を奥歯ですりつぶしたところ、かつて経験したことのない猛烈に嫌な味が発生した。それを我慢して10個の果実(つまり100個の種子)を食べた結果、数時間は胸がむかついていまにも吐きそうだったが、結局嘔吐は起こらず、下痢もしなかった。これに懲りず、次は20個の果実に挑戦したが、体が前回の経験を記憶していて、種子を歯ですりつぶしたとたんに拒否反応がおこり、どうしても嚥みこめず、気分が悪くなって遂に吐き出してしまった。
結論として、ヨウシュヤマゴボウの果実は、種子をかみ砕かなければ無毒、かみ砕けば有毒というのが結論だそうだ。われわれは本に有毒と書いてあれば、何がどのように有毒なのか試そうとはしないので、しまいに伝説のようになってしまう。だから自分自身でそれを確かめようという北川氏の好奇心と度胸は、見上げたものである。
これに関連して思い出したのは、かつて故・冨樫誠氏がドクウツギの果実を食べる実験をしたことである。これは伝聞なのだが、彼はドクウツギの黒熟した果実を、タネ(痩果)を吐き出したうえ、皆の前で食べてみせたという。ドクウツギの果実は赤いうちは果皮は有毒だが、黒くなると痩果の中だけに毒成分が含まれているという。でもそれをわざわざ試してみようという物好きはいない。
ドクウツギ属(Coriaria)を食用植物として記録している書物がある。私は中部ネパールのアンナプルナ山塊北側のマナンというところで、村人がCoriaria nepalensisの果実を食べているのを見た。この場合痩果は食べてはいけないと言っていたが、吐き出してはいなかったから、噛みつぶさずに嚥み下していたのだと思う。もっと驚いたのは、ミャンマーの最高峰カカボラジに初登頂した尾崎隆氏の記録ビデオである。コホという植物の赤い果実を食べているシーンだったが、それは明らかにCoriaria terminalisだった。尾崎氏は痩果を噛みつぶしながら「ちょっと苦味がある」と言っていた。同氏はこういう冒険に夫人や幼児(男女)二人を伴うことで知られているので質問したところ、「子供も一緒になってずい分食べたが、なにも異常は起こらなかった」とのことである (植物研究雑誌72:310. 1997年)。この植物はヒマラヤでも中国でも有毒植物として知られている。尾崎氏はこれがドクウツギの仲間とはもちろん知らなかった。正に知らぬが仏であるが、それにしても中毒しなかったのは不可解である。完熟すれば痩果内の毒成分が消失する種類もあるのだろうか。
こういう実験は奨励するわけにはゆかないが、本の受け売りだけが伝染して行くのも考えものである。どうやって無毒にするかではなく、どの部分がどのように有毒なのかを試してみようという変わり者が、ときには現れてほしいものだ。
マムシグサの塊根については、毎年野外実習のたびに 100名ほどの学生にごく少量を味見させているが、ここ数年、味を感じない者が僅かながら出現するようになった。マムシグサに「味盲」な人間がいるのだろうか?
[野草70(521):57-58(2004)]
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
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