「鏡と望遠鏡の方法」というのをご存知ですか?長さや角度の微小な変化を測定する方法で、物理の実験でやったことがあります。自分の側に望遠鏡(スナイパーが使うような単筒小型のもの)とそれに直角にとりつけた物差しがあります。変化をはかる対象物に小さな鏡を取り付け、それに反射した物差しの目盛りの差を読み取って、変位量を算出する方法です。微小電流を測るガルバノメータもこの原理でした。
植物の「動き」を教室で簡単に見せてやれないものかと考えていました。オジギソウは誰でも思いつくことですが、季節ものですし、用意するのがたいへんです。カタバミやシロツメクサの就眠運動とか、松ボックリやマメの莢の乾湿運動は、見ている間にというわけにゆきません。これを目に見えるようにするために、「鏡と望遠鏡の方法」を応用してみました。一人ずつ覗かせるのでは手間ひまかかりすぎますので、全員に一挙に見せようというのです。レーザーポインタと鏡を使いました。ビデオで微速度撮影すれば楽に見せることはできますが、実験としては面白くなく、私には絵空事のように見えて興味がわきません。
レーザーポインタはペンタイプの小型のもので、ボタンを押せば点滅します。ポインタを紙挟みではさんで、写真用小型三脚の雲台に取り付けます。雲台にネジ止めするには、ピッチの合ったナットを見つける必要があります。雲台を調節してポインタを適当な角度に固定します。スイッチのオン・オフは紙挟みの中でポインタを回転させればできます。このレーザー光を鏡で反射させて、適当なところへ投射すればよいのです。
その鏡の方ですが、ごく小型で軽いものであることが必要です。はじめ、ポテトチップの袋やチョコレートの包みの、アルミメッキしたシートを使ってみたのですが、これは光学的平面性が悪く、光が散乱されて役に立ちませんでした。顕微鏡のカバーグラスを砕けば、そのままよい鏡になりますが、これは破片が鋭くて危険ですし、適当な大きさを得にくいです。東急ハンズを歩いていたら「スパンコール」というものを見つけました。衣装などをキラキラ光らせる小物です。これには大小さまざまな大きさと形があり、おまけに安価で、一袋200円で数百枚が手にはいります。試したところ、光の反射性能はマアマアで、提示用なら問題ありません。それに虹色に光るので、カバーグラスのように所在がわからなくなる心配もありません。3mmの六角形のものにしました。
松ボックリの鱗の端にスパンコールを取り付けます。取り付けるといっても、一時的にくっついていればよいので、スティック糊や口紅から楊枝の先でホンの少量をすくい取って土台に付け、これにスパンコールをのせればよいです。これで準備完了。
次はどこへ投影するかですが、室内が暗ければどこでもかまいません。スパンコールは反射鏡としては不出来ですが、暗ければ数メートル先でもレーザーの反射光はとどきます。天井でも壁でもかまいませんが、見易さからすると黒板に投射するのが一番よいです。黒板は黒いので(当然ながら)、白布を張ります。こうすれば普通の明るさでも十分です。
ついでながら、私はOHPやスライドの映写幕にも白布を使います。夜具のシーツを1m四方くらいに切っておいて、ゴムのマグネットシートを短冊形に切ったもので黒板に固定します。文房具としてあるボタン型のマグネットは点支持で力が弱いうえ、磁石とキャップがすぐはずれてしまうので、私は気に入りません。この白布とマグネットシートのセットはとても便利です。既製の映写幕を使うとそれだけで黒板が使えなくなってしまいますが、この白布ですと半分も占領しません。影像の質や方向性も、特に問題ありません。それにたためば鞄に入ってしまいますし、セロテープやピンを使えば、たいていの場所で映写幕として使えます。
レーザーポインタは手前斜め下方向に向けるようにし、間違っても観客方向へ光束が飛ばないように気をつけます。近頃のレーザーポインタは危険性は低いようですが、気をつけるに越したことはありません。テストのために30分もつけておいたこともありますが、電池の消耗は気づかない程度でした。スパンコールは必ずしも1平面ではなく、ピースによって2方向へ光が反射することがあるので、注意します。
松ボックリを適当な姿勢で固定するには、雑巾の上にのせれば最も容易です。雑巾ごと移動させてスパンコールに光が当たるようにし、それから雑巾を回転させたり松ボックリの姿勢を変えて反射光が白布に当たるようにします。
松ボックリの乾湿運動はかなり鈍いので、息を吹き掛けたくらいではなかなか動いてくれず、水をかける必要があります。そうすると「スポイト」ということになりますが、私はそういう理科用機材はなるべく使わない主義で、ここではピンセット以外は使いません。紙パックジュースについているストローを、捨てずにとっておいて使います。これに水でもお茶でも一滴分入れて、鱗片の根元にかけてやります。下が雑巾ですから、後始末は楽です。口紅やお茶は、その場で学生から調達します。
水をかければ光点はすぐに動きだします。最初の位置にボタン磁石で目印をつけておけば、それがよくわかります。
乾湿運動の提示材料としてニワゼキショウの葉も適当です。ニワゼキショウを机上に放り出しておくと、葉がねじれてくることをみつけました。5mmくらいの葉ですと、3・4回ねじれます。まじめにおし葉にしていたら、こういう発見はなかったでしょう。これは季節ものですが、乾いたものを箱に保存しておけばいつでも使えます。葉を1枚とり外して、これにスパンコールを取り付けます。デンプン糊や唾液でも付けることはできますが、水性ですとすぐにひねりが戻り始めます。この場合には雑巾は不適当で、手頃な台(たとえばティッシュの箱)にセロテープで固定します。上と同じ要領で光点を調整し、今度は息を吹きかければよく動きます。これは往復運動になります。
ニワゼキショウの葉が乾燥するとねじれる理由を、学生に想像で書かせてみたら、生きているための現象か死んでからも起こる現象かを、区別せずに考えている者がほとんどでした。シワシワになったり丸まったりしないでねじれる理由の説明は、なかなか頭の体操になります。それにしても「気孔の開閉によって葉面積が変る」だの「限界原形質分離の役割」だのご高説を読まされ、高校ではエライことを教えるものだと感心しました。
[野草69(515):57-59(2003)]
(2)
就眠運動をする植物は、オジギソウをはじめネムノキ、カタバミ、シロツメクサ、クズなど、たくさんの例が本に書いてあります。この中で実際に室内に持ち込めるのは、オジギソウ、カタバミ、シロツメクサでしょう。オジギソウははじめから育てなければならず、世話がやけます。カタバミやシロツメクサはそこらにいくらも生えているので、そのつもりになれば前の日に小鉢に植え換えるか、当日葉をつまんでくれば何とかなりそうです。手始めにシロツメクサの葉をつまんできて、コップに挿して実験してみました。つまんだ刺激で小葉が閉じるかと思ったら、開いたままでした。
小葉にスパンコールを付け、ビームを調整した迄はよかったのですが、そのままでは動いてくれません。松ボックリよりは速い動きが期待されるのですが、刺激を与える必要があります。葉を爪ではじいたり、台をたたいたりすれば動き出しますが、それではせっかく調整したビームがどこかへ飛んでいってしまいます。静止したまま刺激を与える方法として、電気ショックでビックリさせてやることにしました。
ライターの使い捨てを拾ってきて、底に穴をあけて残りの燃料を抜き、風よけカバーを外して点火のメカニズムを見ました。点火ボタンを押すと、ガスの吹き出し口とボタンの下にある電極の間に火花が飛ぶようになっていました。両極とも同じ構造で、白熱電球のフィラメントのように、針金を密にラセン形に巻いたものでした。ここへ電線をつなげば、高圧電気を外へ取り出せるわけです。配線テスト用の小型クリップつきコードは3本のより線でできています。この線を電極のラセンにさし込み、エポキシ樹脂で固定しました。樹脂は元の電極間に火花が飛ばないための絶縁も兼ねています。風よけカバーを元通りにつけ(これがないと点火ボタンが脱落してしまう)、ライターから2本のクリップつき電線が出ている形にしました。期待通り電気が取り出せることを確かめるため、2つのクリップを指でおさえて点火ボタンを押したら、ちゃんと感電しました。はじめてですと思わず手を離しますが、慣れればビクッとする程度です。痴漢よけのスタンガンと同じ原理ですが、あれほど強くはないと思います(経験がないのでわかりませんが)。仲間のはなしでは、ライターでショックを与えるいたずらは、悪童どもがとっくに開発済みだそうです。
コップの内側にティッシュの小片をたらしてクリップの一方ではさみ、他方を手に持って葉に近づけ、ボタンを押せば、植物は感電するはずです。やってみると、ちゃんとクリップの絶縁カバーをつまんでいるのに、どういうわけか人間も一緒に感電しました。でもこれで、道具が正常に働いていることがわかります。とにかくその結果、シロツメクサの小葉が動きだすことが、光点の移動で示されました。しかし動くことは動くのですが、すぐに止まってしまいます。何度も繰り返し感電させたら、しまいに小葉を開いたまま動かなくなってしまいました。数多くは試みていませんので、条件が悪かったのか、シロツメクサはもともと不精なのか、よくわかりません。
次に、ムラサキカタバミの葉を同様に挿して感電させると、これは見事によく動きました。三小葉中の1枚ずつが独立に動くようですが、あまり時間を置くと、3枚とも垂れてしまいます。コップではアース側の通電が厄介なので、自動販売機のコーヒーの小缶を浅く切り、中にカレンダーを綴じていた針金をクシャシャに丸めて入れて、剣山代わりにしました。
▲ レーザーポインタ、松ボックリ、コーヒー缶の「花瓶」(中に針金の剣山がある)、ライターの感電装置、スパンコールのストック(これで400円。200円は誤り)。
▲ ビデオテープケース上の毛髪湿度計(両端はセロテープでとめる)とニワゼキショウの葉。
レーザーポインタの箱を改造して、ポインタ、ライター、スパンコールを収納できるようにしました。この箱はバネで蓋が閉じますし、中身はスポンジで抑えてあるので、小型三脚と布の映写幕と共にコンパクトな小道具になります。
レーザーポインタとスパンコールによる微小な動きの視覚化は、装置が簡単なので適用範囲が広そうです。マメの莢、スミレの果皮、毛髪などの乾湿運動とか、芽の先端の旋回運動や傾光運動の観察にも応用できそうです。うまくセットすれば、戸外の植物の微細な動きを、室内から観察することもできるかも知れません。熱膨張の提示にももちろん使えるでしょう。毛髪湿度計などは、学生の髪の毛を1本抜いて、輪ゴムを使ってアッという間に出来ます。拍動を見せようと、指の関節の内側にスパンコールをつけてみました。指自体を固定するのがむつかしかったですが、光点が振動するのが何とか観察できました。理科の先生方、やってみませんか。近頃の生物は暗記物と評判が悪いようですし、道具立ても既製の立派なものを使いたがりますが、タマにはこんな間に合わせの遊びも面白いでしょう。もうとっくに「教材化」されているのかも知れませんが…。
レーザーポインタは「危険」というイメージがあるので、子供相手の実験に使うとどこかから文句が出るかもしれません。実験というものは、予期せぬ現象が起こるという意味で、元来危険を伴うものですが…。細身の焦点調節式トーチライトを工夫すれば、代用できるかもしれません。ライターの電気ショックは、子供が既に遊びに使っているほどですから、気にすることはないでしょう。学生に試してみたら、女子の方が鈍感なようでした。体脂肪率と関係ありそうな気がします。
もう一つ。ウチは自然系の専門学校なので、学生さんがこういうヘンな装置を面白がるだろうと思って、授業の終わりまで(90分の後半は別な話しをした) わざと解体しないで置いたのですが、驚いたことに、3クラス 120人のただの一人も、のぞきに来た者はいませんでした。TVや教室で見せる「実験」は必ず成功して、期待通りの結果になるものですから、実験のむつかしさや工夫の面白さを知らないらしいです。そういえば、前号の最後のところの「ねじれるわけ」のレポートでは、「何か実験してみろ」と要求したのですが、「湿らせるとねじれが戻る」ということを試した者はかなりいました。しかしこういうことについては実験したという意識は乏しく、わざわざ「実験」という見出しの下に、できもしない大実験の計画だけを並べた者が半数近くいたのは別な驚きでした。彼らにとって実験とは自分でやるものではなく、やってもらうもののようです。このあたりは「目的を持って予測を立て、実験計画を作って、それを確かめる」という近頃の指導要領の形骸がうかがわれるように思います。「面白そうだからやってみた」という動機では、科学博物館でやった子供の理科コンクールで、教育関係委員の評価が低かったことを思い出しました。「計画性がない」というのです。近頃はショウジョウバエの交配実験をパソコンソフトでやるそうですが、あれは「実験」なのでしょうか?教科書の文字を動画化しただけではないのですか?こういう「実験」では、エサにかびが生えたりハエが逃げだしたりすることは決してないので、タマゴッチよりも低レベルのような気がします。
[ 野草69(516):71-74(2003)]
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
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