□たくぎん総合研究所(伊藤浩司・日野間彰編著):環境アセスメントのための北海道高等植物目録Ⅳ 合弁花植物
244pp.1987.たくぎん総合研究所.¥7,000.
1985年にⅠとしてシダ植物・裸子植物が刊行されている。電算機により学名、和名を整理して示してあり、この種のデータ処理のむずかしさを知る者として最大限の敬意を表したい。産地は支庁単位である。巻末にデータベースからの出力例として、ラインプリンタによる分布図が示されており、この目録に表示された以外の詳細なデータが蓄積されているようであるので、ノウハウが披露されれば、他地域での仕事に有効な手本となるだろう。続刊を期待する。
[植物研究雑誌62(11):331(1987)]
□宮城植物の会・宮城県植物誌編集委員会:宮城県植物目録2000
378pp.2001.同会.¥4,000.
県内の植物を東北大学所蔵標本をはじめ、個人所蔵標本も含めて、その産地を示したもので、コケ、シダ、種子植物3,032種類が記録されている。当初は植物誌を目指したものだが、12年を費やしてひとまず目録としてまとめたものである。普通種でも、市町村単位で最低1か所は示されているとのことである。冒頭に産地名の一覧があり、すべての地名に振りがなが付けられているのは、データ処理の参考になってありがたい。ただ、よそ者の立場から注文をつければ、産地が市町村別になっていて、その中を植物地理的な5地域にまとめて並べられているので、地理不案内な者にはとても使いにくい。目録の産地がどこなのかを知るためには、漢字順か読み順に並んでいて、市町村名が伴っていればよいのにと思う。和名索引にはかなり落ちがあり、補遺の索引が1頁半ほどついているが、索引は目録を使いこなす上で大事なので、慎重に作ってほしかった。これを元に宮城県植物誌への発展を期待する。
[植物研究雑誌76(4):243(2001)]
□藤原隆夫:秋田県植物分布図
1997.秋田県.¥25,000.
秋田県植物目録の著者が、その全資料をデータベース化し、パソコンによる分布図にまとめたもの。レコード数は323,181件、これが個人の作ったデータとは驚きである。その背後には、長年にわたる標本資料集積の努力があったことはいうまでもない。A4版1頁に2種類ずつ、水平垂直分布図が5倍メッシュで描かれ、各表示メッシュ内のレコード量を示す記号が示されている。ヘクソカズラがこのあたりで終わることなどは、分布図にしてみなければ気づかない。解説や議論は含まれておらず、後日この成果を用いて多くの発表があることが期待される。またデータベースそのものの活用、さし当たりはデータリストに基づく植物誌の改訂版を期待する。
[植物研究雑誌72(4):252(1992)]
□藤原陸夫:秋田県植物分布図第2版
1,196pp.2000.秋田県環境と文化のむら協会.28,000円.
1997年に刊行された同書は、植物誌としてばかりでなく、環境保全やレッドデータ策定の資料として歓迎され、増刷の要請が各方面から寄せられたのに応えたものである。資料数34万件(前回は32万件)、5倍メッシュ相当で県の97%以上を調査した結果、前書にない50種類を追加して2,346種類の分布が収められている。分布図は水平、垂直(東西、南北)より成り、主要な情報の数値が示されている。地図は海岸線や県界をより詳しく描きなおしたうえ、主要河川、湖が追加されたので、分布状況をよりよく理解できるようになった。植物誌には「重要な」種の分布図がオマケのように示されることが多いが、なにが「重要」であるかはわからないのだから、このような全種類の分布図を通覧することで、また別な発見や展開が行なわれる可能性がある、本書はそういう分野の開拓に役立つだろう。
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□鈴木昌友ほか:茨城県植物誌
340pp.1981.茨城県植物誌刊行会.自費出版.
茨城大学教育学部の関係者が永年にわたる実地調査による標本にもとづいてまとめたものである。はじめの54頁には県内植物の概説と主な地域のフロラの説明があり、296頁までがリスト、以下は文献目録と索引になっている。コハコベのような従来の植物誌では無視されて来た普通植物の産地も丹念に挙げられており、努力と意気込みのほどが察せられる。費用を持ち寄っての自費出版とのことで、制約が大きかったと思うが、将来にそなえていくつか注文をつけたい。まず産地が原則として町村単位なのでもの足りない感じがする。評者の立場からいうと、これでは分布資料として利用し難い。適当なメッシュシステムの導入をすすめたい。標本の所在や採集者、日付なども欲しい。産地一覧表は50音順の方がよそ者には使いやすい。地図には経緯度を付してもらいたい。いずれにしてもこのように多くの標本の裏付けのある植物誌ができたことはよろこばしいことで、願わくば標本が誰でも参照できる場所に蓄積されることを希望する。
[植物研究雑誌57(6):192(1982)]
□栃木県自然環境調査研究会植物部会(編):とちぎの植物Ⅰ、Ⅱ
Ⅰ; 534pp.¥2,150、Ⅱ; 534pp.¥1,790.2003. 栃木県林務部自然環境課.
1994年から6年間にわたって行なわれた、県自然環境基礎調査のまとめである。Ⅰは維管束植物目録で、科の中は種の学名順に配列され、それぞれに簡単な説明と標本や文献による産地が列記されている。検索表など、同定を目的とした記述は省かれている。巻頭の総論の中で、1968年発行の栃木県植物目録と比較した種の消長が記されているが、キキョウは普通から希少、アツモリソウ・クマガイソウは産地10箇所前後から今回は発見できず、エビネ・サギソウも普通から産地僅少と、顕著な減少が見られる一方、帰化植物の増加が述べられている。また温暖化によるとみられる暖地性シダの増加や、サネカズラ、モチノキ、カラタチバナ、タブなど、以前の希少種や未記録種の進出が注目されている。154種の3次メッシュによる県内分布図が示されているが、本調査以前の多数の標本は、メッシュ系が異なるとの理由で排除されており、少々もの足りない感じがする。メッシュ系の違いは、表示メッシュを選択することによって解消できるので、工夫してほしかった。そうしないと、3次メッシュでは記録できない過去のデータを利用できないことになり、産状の時間的変化を追うことができなくなる。分布図は、表示メッシュが細かい方がよいと思われがちだが、そうとは限らない。巻末に文献目録がある。Ⅱはこの調査の収集標本目録で、4万点を超える標本の番号、産地、高度、メッシュコード、採集年月日、採集者が記録されている。メッシュコードは2.5万図名に図内のコードを付加したもので、こういう県単位の記録には実用的だと思う。数字だけの表示は誤り易いうえ、直観的にどこらあたりかがわからないからである。
Ⅱは明らかにデータベースの産物と思われるので、その分与について問い合わせたところ「データベースは作っていない」という返事で、大変意外だった。たとえ執筆側でそういうものを作っていなくても、今日では製版側でデータ化されている筈なので、それを利用することは可能と思う。さもないと、これだけの整ったデータを、みすみす失う結果になるだろう。おそらく電話口に出た者の知らないところで、そういう手配はされていることと思うが、老婆心までにつけ加える。
[植物研究雑誌78(6):358(2003)]
□今市の自然を知る会(編):日光杉並木街道の植物
412pp.1989.今市市歴史民俗資料館.¥2,600.
簡単な解説に続いて四季のカラー写真98頁、標本のコピー205頁、市内での分布表25頁、標本目録30頁および索引よりなる。ページ大の標本コピーはFT4501リコーによるものだそうだが、紙質とマッチして細部が非常によくでており、これまでに見ていたコピー図録にくらべて抜群の出来ばえである。製作が手軽なことでもあり、今後見ならわれることだろう。
[植物研究雑誌65(6):191(1990)]
□松沢篤郎:渡良瀬川支流山塊の高等植物―類似植物の見分け方ハンドブック
178pp.自費出版.1994.¥2,000.
著者はさきにこの地域の植物誌を刊行しているが、野外で類似植物を同定するためにその中から561種類を抜き出し、12.5×18.5cmと小型にし、記述もその目的以外は省略してある。本文は科別にまとめ、植物和名のみの見出しの下に、判別点を太字で示している。産地は詳しく、記録年月日と共に記されていて、植物分布の変遷をたどるための配慮がなされているのだが、普通な植物では省略されているのは惜しい。同定を目的とする著書によく出てくる検索表はない。スミレ属では所産のすべての種について、一覧表形式の同定表がつけられている。一覧表式同定表は作るのが大変だが、今後他の植物群についても是非作ってほしい。最初に誰かが作れば、それを基に追随する人が出るにちがいない。本書にはモクレン、イチヤクソウ、キキョウ、オオバコなどの科はまだ収録されていないので、続編を期待したい。そのときには、科の同定もできるような工夫をしていただきたい。初心者にとって、どの「頁を開くか」ということが最も悩む点だからである。
[植物研究雑誌70(2):122(1995)]
□松沢篤郎:渡良瀬川支流山塊の高等植物
264pp.1997.自費出版.¥2,000.
1994年に刊行された同名の本の増補改訂版である。前版の紹介のあと「どこら辺か?」と尋ねた人がいるが、群馬県の東部地域である。本文のスタイルは前とほぼ同じで、類似の種類の区別点を記述する形式である。旧版より156種類多い717種類が記述され、主な産地が記録年月日と共に記されている。シダ植物は1992年に出版されているので、含まれていない。科の配列は通常の図鑑類と同じだが、ヤブカラシとアマチャヅルのような、まぎらわしい種類は同じところにまとめられている。本書の目的はこういうまぎらわしい植物の区別点を記述することにあるので、そういう心配の少ないものははぶかれているようだ。モクレン属やオオバコ属が載っていないのはそのためらしい。同様に、一種類しかないリョウブも省かれている。序文に「植物図鑑と併行して活用する」ことがすすめられているのは、こういう理由からである。スミレ属は同定形質が一覧表形式に作られており、旧版にくらべてこの地域でみられるすべての種類を網羅しているという。ほかの種類についてもこの形式にならないだろうか?旧版になかったタケササ科62種類の、区別点と産地一覧が加えられている。初心者が植物名を調べようとするとき、どのグループに属するかの見当がつかないため、図鑑や検索表を使うことができないケースが多い。だから外見的な形質から科や属の見当をつける。形質一覧表がほしいものだ。タケササ科で一部実現されているが、一層の工夫を期待する。
[植物研究雑誌70(2):122(1995)]
□松澤篤郎:群馬の里山の植物
190pp.2003.みやま文庫.¥2,000.
最近は里山の環境価値が一般にも見直され、近くの丘陵を歩いていると「登山へ行く道は?」と尋ねられるようになった。そういう需要に応ずるための1冊である。
全体の半分を里山の解説、生態系としての里山の観察のポイントに費やし、平地林の階層ごとの出現植物やマント群落の見方に紙数を与えている。残り半分は類似植物の見分け方で、識別の微妙なポイントが科ごとにまとめて示されている。この本に限らないのだが、種類へ到達する前に、そういう主群にどうやって到達するかの解説があったらよいのにな、と思う。B6版なのでハンディだが、そのために解説図が小さいのはもったいない気がする。
[植物研究雑誌78(6):359(2003)]
□松沢篤郎:群馬県タケ・ササ類植物誌
181pp.2001.みやま文庫.¥1,500.
とかく敬遠されがちなタケ・ササ類について、故鈴木貞雄氏の指導を得て挑戦したものである。ササ類は見開き2頁を使って左側に同定のポイント、解説、標本採集地、右側に著者の手になる線画とそのデータのセットで49種類が示されている。タケについては栽培されているものなので、簡単な解説と写真が示されている。これを手本に、今後は各地で同様なタケ・ササ誌が作られるようになるだろう。
標本の採集地が列記されているが、その所蔵場所は記されていない、おそらく著者自身の所蔵であろうが、早いうちにしかるべき機関に収納保存されるよう配慮してほしい。このような本に引用された標本は、後続の研究者にとって唯一の頼りになるものなのだが、著者が存命中に処置しない限り、探索不能になってしまう例があまりにも多いのである。
みやま文庫は県知事を会長とし、県内の多くのトピックについてすでに162巻もの印刷物を刊行している。これらに記録された資料や文化財について、記録だけになってしまわないうちに、その保存、維持について手を打ってほしいものだ。植物名索引があるとよかった。
[植物研究雑誌77(2):120(2002)]
□群馬県高等学校教育研究会生物部会(編):群馬県植物誌改訂版
604pp.1987.同会.前橋.¥5,000.
1968年刊行の群馬県植物誌を、県の自然の基礎資料という方向で改訂したもの。植生が新しくとりあげられ、120頁を占める。高等植物目録は3,203種類240頁にわたり、産地を示してある。蘚苔類・藻類はリストを主として168頁におよぶ。群馬県はまだ残された自然が多く、それだけに調査に多くの苦労があったようだ。今後の方向としては自然の変化をたどれるように、記録地点、時刻、準拠資料を示すような植物誌を期待する。
[植物研究雑誌62(11):350(1987)]
□館林市教育委員会:館林市の植物
195pp.1995.同委員会.¥1,600.
群馬県館林出身の松澤篤郎、島野好次、青木雅夫の三氏による、永年の調査研究の集大成である。関東平野の中央部、利根川と渡良瀬川にはさまれて池や水湿地の多いこの地域は、絶滅したがムジナモの産地として知られている。教育委員会の文化財調査の一環として刊行された本書は、したがって環境保全や教材として配置された見出しが多い。水辺・低湿地、耕作地、住宅地、林と分けて、それぞれの植物の特色が述べられている。また有用植物、名勝・天然記念物、巨樹・名木、植物観察コースの見出しで、観察に有用な情報が提供されている。類似植物の見分け方も、野外で役立つだろう。植物目録には38頁にわたって1,121種類が記録されているが、内180種類が帰化植物、絶滅種・絶滅危惧種は139種類におよぶという。これらは特筆される植物という見出しで詳細に記述されている。ただ植物日録でもそうだが、採集・観察された日時が例外的にしか記録されていないのはもったいない。植物の変遷をたどるには、時刻の記録が必要だからである。植物目録は他の頁より文字が小さくなっているが、目録は最も基本的なデータなので、文字は小さくてもよいから項目は贅沢にとって欲しかった。予算の関係もあるだろうが、教育委員会としての姿勢の問題であろう。もう1つは参考文献の項に、研究小史に出てくる先覚者の業績が示されていないことが気になった。こういう古い文献はその表題の意図とは別に、なんでもない植物の変遷が無意識に記録されている可能性があるという点でも、人目につくようにしておいて欲しい。今後の参考までに記す。
[植物研究雑誌71(3):179(1996)]
□尾瀬の自然を守る会(編):尾瀬を守る
256pp.1997年.上毛新聞社.¥1,400.
1995年に尾瀬保護財団が発足したのと入れかわりに解散した、尾瀬の自然を守る会の25年にわたる活動の記録である。発電用貯水池計画に端を発する尾瀬保護の動きは、1920年代から散発的に話題になっていたが、太平洋戦争後の開発指向に伴って自然保護運動の原点となった。道路開発による自然破壊をきっかけに結成された尾瀬の自然を守る会は、保護の具体策の提案、現地住人との調整、自然保護指導員の養成と現地指導と、多方面にわたって積極的に活動するNGOだったが、多年要望してきた官民一体の保護組織である尾瀬保護財団の設立により、その使命を了えたとして解散したものである。後半の年表と資料(要望書など)が、その活動を雄弁に物語っている。前半は座談会、寄稿、講演会などで、現在も引き続いている問題点の指摘が行なわれているが、行政主導になりがちな保護財団が、果たしてボランティア活動時代のバイタリティーを持ち得るかとの危惧が、あちこちに表明されている。尾瀬に限らずわが国の自然保全の今後を見守る上で、忘れられない文献である。
[植物研究雑誌74(6):370(1999)]
□伊藤 洋(編):1998年版埼玉県植物誌
833pp.埼玉県教育委員会.¥3,200.
埼玉県の学校の先生方が中心となり、10年をかけて調査収集した新たな資料に基づいて編纂された。1962年の埼玉県植物誌以来のものである。標本は埼玉県自然史博物館で閲覧できる。主体は485頁におよぶ植物リストで、約2,000種類の維管束植物が短い説明とともに記録され、それらの分布図が200頁にもわたって示されている。コケ類(採集者略号、標本番号、市町村名を伴う)、藻類(簡単な説明、産地、文献番号を伴う)、地衣類(植物名のみ)、菌類(植物名のみ)についても、類書に抜きんでた丹念さで、過去の記録も含めてまとめられている。秩父地方の植物方言、植物学用語集(解説つき)がついている。全体として神奈川県植物誌に似ていて、それから検索表や植物図を省いたものという感じである。神奈川県のときには気づく間がなかったのだが、時をへて生じてきた注文をこれを機会に記しておく、分布図は市町村界を描いた白図に1地区1点で表示されている。地元の方にはその点がどの地区を示すものかおわかりなのだろうが、余所者には見当がつかないのである。まっ白な地図に点を打った分布図よりも、この方が情報が多いのだから、せめて網目模様と地区名の対照表を、分布図の先頭にでも付けてほしい。県分布図は自県の境界しか描かないものが多いが、たとえば東京都と山梨県の境界が引き出してあると、それだけでも余所者にとって地理的な理解度は飛躍的に増大する。つまりどの辺が平地でどこからが山地かが、そういう無用な線があるだけでかなり見当がつくのである。藻類のリストにあるような、本文にごく簡単でも資料の記述があれば、標本や文献の検索に有用だろう。1962年の植物誌と比較して、今回見出せなかった植物215種類もリストされているが、変遷の記録として後日意味を持つ可能性がある。ボリュームのわりに安価であるが、1998年9月15日締め切りの予約限定頒布なので、この紹介文では間に合わないかも知れない。
[植物研究雑誌73(6):336(1998)]
□埼玉県環境生活部自然保護課(編):さいたまレッドデータブック
411pp.1998.同課.
埼玉県植物誌の編纂と平行して行なわれた絶滅危惧種の調査と評価の結果で、維管束植物ばかりでなくコケ、藻、地衣、菌類も含む845種類がリストされている。リストの項目は和名、学名、県内の分布(郡単位)、形態の特徴、県外の分布、生育地、生活型、減少の要因、備考のほか、危険度の全国カテゴリーと埼玉カテゴリーが対比されている。危険度の評価が国レベルと地域レベルと異なるのは当然で、国のRDB公表を追って各地で地域別のレッドデータプランツの再評価がなされ、本書もその1つである。バイカモは絶滅と判定されている。ドクウツギもごく近い将来絶滅の危険性が極めて高いとされており、その要因は河川開発や道路工事であるという。現象の要因の中には人為的なもののほか、自然遷移という条件が挙げられているものがかなり多い。巻末に約1,300件を含む埼玉県植物関係文献目録がある。
[植物研究雑誌73(6):336(1998)]
□千葉県史料研究財団(編):千葉県植物誌
1,181pp.2003.同財団.¥9,500.
千葉県の自然史12巻の1つで、編集責任者は大場達之氏である。検索表、種類の記述、カラー図版、生態系列図、分布図、植物方言、フェノロジー、群落名、索引、こう書くと従来の他県の植物誌とあまり違いがない見出しになるが、大場氏独特の工夫が至る所に盛り込まれており、類例を見ないものになっている。
検索表は本書のみで同定できることを目指したとのことで、他書のそれとはかなり異なった視点がある。グループによっては、花序によるものと枝葉によるものと2通りの検索表が示されている。植物の記述は簡潔で、引用標本は特殊な場合以外は省かれている。県内でのその種類の産状や分布に関する文献が引用されている。記述の最後に、形態、生態、定着度、保護カテゴリーなど多くの特性が、キーワードおよび数値で列挙され、その説明は凡例に詳しく示されている。
カラー図版は生植物を大型高密度スキャナーで取り込み、大場氏自身の手法でパソコン処理して編集したもので、全形、花、果実、種子、部分、ときには顕微鏡写真など各時期の映像が一覧できる。印刷の際の網かけとの関係だろうが、細部が多少不明なものもたまにはあるが、われわれが自力でこういうカラー図鑑を作れることを示してくれた点、今後の追随発展が期待される。
多軸生態系列図は、県のすべての生態系を群綱レベルで整理して遷移系列別に関係づけた図上に、対象となる504種類を位置させたもので、従来の図鑑の「生育環境」を生態学的に表現する試みである。
分布図(これも独自のプログラムによる)はカラー段彩の基図を用いているが、1頁に20種類(全2,786種類)を収めてあるので、分布点の少ない種類はまぎらわしい。
フェノロジーでは、草本172種類の葉、花、果実の状態が月ごとに記号化されており、種類の特性を示すと共に、二年生とか春植物とか常緑とかの表現の共通化をはかり、同じ種類でも地域による生活特性の違いを比較する手段を提供している。
植物方言は川名興氏の資料を基に、その後の広範な調査結果や文献情報を加え、地域名と共に種類別に示されている。
予算の関係もあるのだろうが、非常に多くの情報が密度濃く詰め込まれており、率直に言えば読みにくい。普通に編集すれば、倍以上の頁数になるだろう。本書は千葉県植物の資料集として作られたものなので、通読が目的ではなく、むしろ「辞書・事典」と考える方が、その価値を正当に評価したことになると思う。実際、巻頭の凡例を熟読理解していないと、本書を十分利用できないだろう。千葉県という地域に限らず、今後フロラを扱う発表には、参考とすべき多くの示唆を与える作品である。図版、多軸生態系列図、分布図などの画像は、ウェブサイトを作るなり、ROMを別売するなりして、別途に参照できるようにすれば、利用にも便利だし改訂も楽に行なえるだろう。ともあれ、前例のない仕事をされた大場達之氏はじめ、千葉県の関係諸氏に敬意を表する。
[植物研究雑誌79(2):143(2004)]
□千葉県史料研究財団(編):千葉県の自然誌 本編1 千葉県の自然
789pp.1996.千葉県.¥8,900.
千葉県が企画している県史51巻のうち、自然誌関係は12巻が予定されており、本書はその先頭を切るものである。内容は千葉県の大地と気候、千葉県の生物、千葉県の環境保全の三部の下に、15章にわたって地誌、植物誌、動物誌などの総論にあたる部分が、豊富な写真や図を伴って掲示されている。県の自然全般を知るには、本書だけでも十分以上の情報がくみ取れるだろう。植物関係では本編5(細菌-コケ類)と6(シダ-種子植物・植生)で、詳細な記述がなされる予定である。
[植物研究雑誌71(4):238(1996)]
□折目庸雄:富里の植物
155pp.1993.私費出版.¥3,000.
千葉県北総台地の中央部の富里町の植物を、定年退職した著者が4年をかけて調査した報告である。千葉県立中央博物館の大場達之氏をはじめ同館職員の指導をうけ、標本はすべて同館標本室に納められている。種子植物・シダ植物1,306種類が、日付、産地名、標本番号、位置座標(1キロメッシュ)で記録されている。調査の実質の期間は丸2年だそうだが、短期間にこれだけの成果をあげるには、綿密な計画と精力的かつ几帳面な調査活動があったことが想像される。『「自然の変貌は確かである」とは言うものの、それは全く抽象的・観念的な表現に過ぎない。…「自然保護」「文化財を大切に」という声が大きい。…しかし声だけに留まっていたのでは永久に空念仏で、大切にもされなければ保護も果たせないだろう。たとえ年月がかかろうとも誰かが具体的な資料を提示し、…はじめて保護の実が上がると考える。』と著者は記しているが、全く賛成である。地域の個人の意欲が、地域の博物館のよき協力によって立派に結実した好例である。大集団を募集して「貴重植物見学会」を催し、現場を踏み荒らし、絶滅のきっかけを作るよりはるかに有意義と思う。
[植物研究雑誌69(1):59-60(1994)]
□江東区(編):続江東区の野草
207pp.1986.江東区.東京.¥1,000.
1984年に出版されたものの続編で、カラー写真を分類順に配置し、浅井康宏、飯泉 優、加藤僖重、山田隆彦の4氏が解説しているほか、ところどころに有用植物、帰化植物などについての解説がある。巻末に江東区の野草リストがあり、これによると653種類のうち前書で114種類、本書で175種類が収録されたことになる。アレチヒナユリなる新和名が公表されている。頁下端の色分けは植物群と解説頁の区分を示すものらしいが、説明がないのでなにか新機軸なのかもしれない。
[植物研究雑誌61(8):237(1986)]
□豊田武司(編著):小笠原植物図譜(増補改訂版)
522pp.2003.アボック社.¥9,524.
1981年に初版が刊行されて以来、編著者がたえず現地調査を継続して情報を補充し、新たな研究成果を取り込んできた。その間に小笠原の自然についての認識も一層高まり、本書の再版の要望も大きくなった。これを踏まえて図版の追加、訂正、補記などを行なった結果、128頁が増えた。植物は固有種124種にそれぞれ1頁を当て、鮮明な写真1枚と説明文より成る。広分布種や帰化種は1頁3種が納められている。340頁以降には小笠原の自然、小笠原の魅力、固有種の保護、資料1小笠原の植物季節、資料2小笠原の植物相と分布、用語解説、参考文献と続く。固有種の多い小笠原植物の研究や理解に有用な文献である。本書のハードカバー版は細身縦長のB5版で厚さ3cmであり、厚手の上質紙が使われているため、頁を開くのに抵抗があり、使っていると綴じが傷むのではないかと心配である。
[植物研究雑誌78(3):182(2003)]
□神奈川県立博物館:神奈川県植物誌分布図集シダ類・裸子類・単子葉類
111pp.1986.神奈川県立博物館.横浜.¥1,000.
神奈川県植物誌編纂事業の中間成果の一部が刊行された。B4版を横に使い、1頁に9種類の分布図を示している。神奈川県の調査計画の特色として経緯度メッシュを用いず、人文地理的な観点から105の地区を分け、各地区の代表点に分布記号が記されている。データはすべてパソコンに集積され、これを整理したうえ、全部の種類について標本・文献・メモなどの資料源が示されている。これらの整理や作図はソフトウェアを工夫することによりなされたものである。電算機利用のこのようなデータ処理は、出力をながめて感じるよりはるかに多くの苦心が裏で払われているもので、資料収集に協力されている多数の方とともに、データ管理の当事者の努力に敬意を表する。
[植物研究雑誌62(5):133(1987)]
□横浜植物会:横浜の植物
1,325pp.2003.有隣堂.¥9,500.
わが国最古の植物同好会である横浜植物会の、創立90周年記念事業の1つである。先に刊行された神奈川県植物誌2001と平行して、宮代周輔氏の遺贈品に加えて新たに標本を収集し、図のほとんども新しく描かれたものである。
主体は維管束植物誌で1,120頁を占める。スタイルとしては神奈川県植物誌2001と類似しているが、標本の引用は域内17地区それぞれについて代表的なものが記されている。分布図は市町村界表示の自図に年代別のマークを用いて3次メッシュ表示した上、それぞれの地区での推定生育量が濃淡表示されている。最近の採集品は3次メッシュによる位置決めが可能としても、過去の標本の産地をそれほど細かく特定できるのかと疑問に思うことがあるが、資料が豊富ならばそれが可能なもののみを選ぶこともできるだろう。
神奈川県は先の県植物誌製作によって組織や手法がよく整備され、それを利用して、よその同好会ではなかなか真似のできないこれだけの成果を挙げることができたものと思う。この厚さで値段が1万円を切っているのも成果の1つだろう。注文をつけるとすれば、今後は中身を適宜取捨して、手軽に一般の人や教育面で利用できるものを開発したらどうだろうか。その際には、前後につけられているⅡ植物相の概要、Ⅳ研究史、Ⅴ植物相の変遷、Ⅵ樹木と栽培植物、Ⅶウォッチングガイド、Ⅷ暮らしの中で、などの章を拡張充実させれば、もっと大きな役割を持つにちがいない。
[植物研究雑誌78(6):359(2003)]
□緑区・自然を守る会:Yato横浜・新治の自然誌
80pp.1992.文一出版社.¥2,000.
横浜市の一角の谷戸(山ふところの地形)に、わずかに残された雑木林の自然が失われないようにと活動を続けてきた人たちが、自ら得た資料、写真などを元に制作した。見開き2頁を1週問に見立て、レンゲソウの週とかクツワムシの週とかの季題をつけ四季の動植物や景観が美しくかつ詩的なカラー写真で記録され、おさえた調子の観察記がそえられている。巻末に花ごよみ、鳥ごよみ、短い解説文がある。たいへんよい本なので、おすすめしたい反面、この本によって新治の谷戸の美しさが知られ、訪れる人がふえることを心配しなければならない現状は憂欝である。知られれば盗掘者にねらわれ、訪問者の増加は土地の踏み固めと、群集対策を目的とした整備事業をもたらすだろう。いずれも著者達の意図に反する結末である。自然保護運動のむずかしさを、あらためて感ずる。
[植物研究雑誌67(4):247(1992)]
□八田洋章:箱根の樹木
17×10.5cm.284pp.1992.神奈川県新聞社かなしん出版.¥980.
副題は「ツリーウォッチングの手引」とあり、序文を含めてはじめの30頁ほどが、着眼点についての図入りの説明となっている。本文は1頁に1種をあて、上半は植物の白黒写真、下半が解説である。著者は樹木の分枝や萌芽の様式について観察・研究を積み重ねており、そういう面からの観察の手引を意図したものと思われるが、あまり効果をあげていない。第一は紙質の関係からか、写真が鮮明でないことである。最近は美しい原色写真の図鑑が食傷気味に出回っているから、これをカラーに取り替えても代わり映えするとは思われない。第二は、記述の部分には著者独自観察点の指摘が豊富になされているのだが、文章のみなので、よほど気をつけて熟読しないと気付かれないだろうことである。たとえばヤマグルマの枝の傾きと葉の大きさの関係などはそのつもりになって見てはじめて、わかるだろう。第三は最初の「手引」の部分が詰め込みすぎで、読みづらいことである。ここを辛抱して読む者は少ないだろう。植物の写真を簡潔な線画に代え、記述された観察点が重複をかまわず一々図解してあれば、少なくとも読者の知っている植物については著者の意図が伝わって、観察力を深める助けになるものと思う。そうすれば先頭の教科書的な総合解説を、この種の本でやる必要はないだろう。図鑑というと、名前を調べる→名前の由来→利用・万葉植物という行き方が常套で、出版社もそういう常識からはずれた本は敬遠する気配がある。折角の著者の薀蓄が、みんなに伝わるような企画を立ててもらいたいものだ。
[植物研究雑誌68(2):28(1993)]
□池上義信(監修)・石沢 進(編):新潟県植物分布図集第6集
476pp.1985.植物同好じねんじょ会.新潟.
この分布図についてはすでに紹介したが、今回の第6集で更に100種のデータが整理・図示され、総計550図となった。種ごとに準拠標本と製作者のいろいろな知見がそえられ、巻末には分布を主体とする多くの研究が発表されている。10集をめざすとのことで、地域同好会のきわめて質の高い研究活動として敬意を表したい。とくにこういう出版物は、製本した見ばえのよいものをと格好をつける傾向がある中で、あえて加除方式を堅持しているのは立派な見識といえよう。準拠資料の保存についても配慮されることを希望する。
[植物研究雑誌61(2):56(1986)]
□池上義信(監修)・石沢 進(編集):新潟県植物分布図集第7集
458pp.1986.植物同好じねんじょ会.¥6,000.
あらたに100種の分布図とその準拠標本データが示された。あいかわらずみごとな出来である。アオキウドンコ病の分布がアオキよりはナガバジャノヒゲの分布に類似しているという指摘などは、これまでの蓄積があってはじめて気付かれたことだろう。前集までの補遺は適当な時期にオムニバスの分布図として示してくれると有難い。わが国の書籍には奥付があることが、書誌情報のよりどころとして外国の本にくらべてすぐれている点なので、頒価をふくめて奥付を常につけてもらいたい。
[植物研究雑誌62(11):348(1987)]
□池上義信・石沢 進:新潟県植物分布図集第10集
563pp.1989.植物同好じねんじょ会.¥7,000.
こう言っては失礼だが、県単位の同好会としては大事業の完結編である。神奈川県のように根拠地に専門家がいての話ではないので、10年の間にはいろいろ波瀾があったのだろうが、多数の会員がペースを崩さずにここまで来た結束ぶりには感嘆する。各所に挿入された雑報の1つに、1988年に忽然と現れたヌマガヤの大群落が、翌年には消失してしまったという記録がある。これなどは継続観察の重要さと共に、日付を伴わない資料に基づく分布図がいかに空虚なものかを示している。分布図の中には、過去の分布図の上に新しい点を付け加えただけのものが多いからである。
[植物研究雑誌65(6):191(1990)]
□池上義信(監)・石沢 進(編): 新潟県植物分布図集第1-10集 登載植物および索引
146pp.1990.植物同好じねんじょ会.¥2,000.
これまで刊行された分布図所載の植物の分類順、学名順、和名順索引である。付録としてユキツバキ・ヤブツバキ、中間型の詳細な分布図と資料リストがある。これと平行して分布図集第11集(¥3,000)も刊行された。これには25種類(コケを含む)の分布図が収録されている。じねんじょ会の分布図は10巻までに1,000余種におよび、図版の出来のよさとともに植物分布図のお手本のようなものである。強力な指導者と辛抱強い会員の努力のほかに印刷出版社のよき理解があったときいている。今後は規模を縮小して続行するとのことであるが、分布図とともにこれを利用した種々の研究が発展することを期待する。
[植物研究雑誌67(3):186(1992)]
□石川県地域植物研究会(編):石川果樹木分布図集
489pp.1994.石川県林業試験場.¥6,000.
石川県の樹木447種類の水平分布図および南北方向の垂直分布図を示す、B5版1頁に1種類という贅沢な配置だが、分布図は地域の形に制約されるので、四角い頁に効率よく収めるのがむずかしい。分布点は5倍地域メッシュ(1/2.5万図の1/4)で表示されている。各頁にはその種類の日本全体の分布や後述の分布型などが簡単に記されている。巻末に古池博氏による県内の分布型の詳細な検討結果が述べられている。これはメッシュデータの利点を生かし、水平垂直のいくつかの区分に出現する分布点数を数値処理して判定するもので、十分なデータ量と植生地理学的知識の上にはじめて可能となったものである。分布型は0型から8型まであり、さらにその中が、多いものは9型にも細分されている。分布と環境諸要因の関連を理解するために、地形、水系、高度、気象諸要素などの分布を印刷した透明シート10枚が付けてある。本書の作成は1985年以来10年をかけ、原則として標本に基づき、引き続いて草本も目指すとのことで、新潟県植物分布図集とともに、日本海地域フロラの解明に大きく貢献するものである。地図は県の海岸線と県境だけを几帳面に描いたものだが、全体の理解のためには隣接地域も書き込んだ方がよい。とくに能登半島の富山県側が欠けているのは不自然である。この部分を書き入れても、図の配置には影響しない。またメッシュは省いて経緯度線数本にとどめ、代わりに等高線をいれた方が分布図としては見やすいと思う。本質には関係ないことだが、まだ先の計画があるとのことなので、検討いただきたい。
[植物研究雑誌70(1):59-60(1995)]
□小牧 旌:加賀能登の植物園譜
273pp.1987.加賀能登の植物園譜刊行会.¥6,800.
著者が永年の教員生活のかたわら、描きためた植物図2,200点より成る。原図は実物大、着色のものを縮小して色を抜いてあるそうだが、巻頭の着色図とくらべて無色のほうが見やすい。ただB5版に9図を納めてあるので、細部がつぶれてしまった。解剖図も省いたそうで、経費の都合であろうが、惜しいことである。図に簡単な説明があるほかは文章はなく、これはこれで1つの行き方だろう。いっそのこと図の説明も一般論でなく、ユニークなものを考えるとよかったろう。配列は科を旧エングラー系に並べ、その中は属でまとめてあるが、和名のみで学名がないので使いにくい面がある。ともあれ、精進の結果がこうして出版されることはご同慶のいたりである。原図の有効な利用と保存を希望する。準拠標本がないのは惜しい。
[植物研究雑誌62(9): 287(1987)]
□御影雅行(編):金沢大学薬学部付属薬用植物園所蔵標本目録≪第一集≫白山の植物
182pp.1995.同園.非売品.
1982年に自然史関係大学所蔵標本総覧が作られたとき、金沢大学薬学部の植物標本数が、同大学理学部のそれよりはるかに多く記録されていて驚いたものである。金沢大理学部は、標本に一連番号をつけている日本では当時数少ない標本室だったので、そちらの方の数字の信顧性は高かった。薬学部がそれをしのぐ標本数を所蔵しているとは、誰も知らないことだったので、推計にせよその実数がどの程度のものか、当時話題にしたことがある。その後私は薬学部の標本を調べさせていただいたことがあるが、床の傾いた一室に茶箱がたくさん積み上げられており、担当の木村久吉先生のご案内がなければ、目的の標本に行き着くのはむずかしかった。ここで地震がきたらどうなるだろうと、心配になったことを記憶している。木村氏が辞められた後の、これら標本の運命にはあまり期待が持てなかった。ところがその後、薬用植物園はその整理につとめ、標本数は約20万点ということがわかった。これらは主として約40年にわたって勤務された木村氏の集められたものである。標本の大半はすでに台紙に貼られていたので、整理は標本番号をつけ、標本ケースに分類収納するのと平行して、データをコンピュータに入力した。その結果これ迄に約5万点が整理されたという。本目録はその中から白山とその周辺産の標本を抽出したもので、約7,000点がリストされている。
配列は裸子・双子・単子・シダでまとめ、その中は科の学名順、科の中は学名順である。目的の植物を見出すために、先頭に科および属の学名の索引と和名の索引がついている。レコードの項目は、学名・科名・和名・採集地・採集年月日・採集者・標本番号・標本についている器官・重複標本数・白山における地域区分である。標本データベースはいまやあちこちで作られており、データの交換によって情報の蓄積をはかる時代になってきた。私は「みんなが同じデータ仕様でやろう」という掛け声には賛成ではないが、これ迄の体験から「こんな風にした方がよい」という意見はあるので、データベースの仕様がこのリストと同じものであるとの前提に立って、感想をのべる。なぜそういう前提を立てたかというと、このリストは約5万件のデータベースから抽出した筈なのに、「白山」を特定するデータがないので、ここには表示されていない項目があるかもしれないと思うからである。
まず一見して、植物名(学名・科名・和名)がレコードの半分以上を占めており、データベースとしてもったいない気がする。日本植物の標本データベースとしては、科・属・種の学名の短縮形と和名、あるいは和名のみにとどめておいて、別に正式の学名和名のシソーラスを用意し、必要なときソフト的に連結して表示する方が便利ではないかと思う。採集者が複数のときは1名の氏名の後に「ら」をつけて省略しているが、これは賢明な処置である。特定の人名がローマ字のままになっているが、他と同様漢字にした方がよい。たぶん漢字綴りを見出す資料がなかったためと思われる。他の項目も同様であるが、日本の標本ラベルは和文欧文がまざっているので、そのまま記録してしまうとソートや検索がやりにくくなる。なおソー卜の便という点からは、採集年月日の月は英字より数字の方が楽だし、項目幅の節約という点からは、ピリオドは省いて差支えないだろう。
器官というのは標本に葉茎根果実のいずれがついているかを示したもので、薬学部としての利用の便宜のためである。こういう項目は親切で有用であるが、データ作りは思いのほか大変だったろう。私もこういう項目を作ったことがあるが、面倒でやりきれなかった。とくに花と実の区別はむずかしい場合が少なくない。項目データとして「*」が用いられているが、これは「実」とか「花」とか、そのものをみれば意味がわかるようにした方がよい。というのは、この表には項目見出しがついているのでよいけれど、他の機器とデータを交換する際には見出しが伴わないことが多いので、レコードだけでは意味がわからなくなることがあるからである。
重複標本数は、同じ標本番号のシートがいくつあるかを示しているが、私は標本番号(シート番号)というものは標本を特定するためにあるもので、重複標本といえども別な標本番号がつけられているべきだと考える。採集番号(フィールド番号)ならば、野帳との対応をとり、重複品であることを示すことが目的なので、同じ番号で当然である。とくに薬学のようにどの標本からサンプルを取ったとか、3枚の内1枚が同定違いだったとかいうことをデータベース上で検出するときに、シートを特定する番号がないととても不便な思いをする。
以上は汎用データベースとしてみたときの感想である。白山の地域区分のような、特定の地域や目的のデータは、それぞれの便宜に応じて記号やコードを使うほかあるまい。いずれにせよ、人手の足りない中を、標本整理やデータベース作りに努力されている皆さんに敬意を表したい。生物多様性だの自然環境保全だのが声高に叫ばれるにもかかわらず、その基盤である標本室というものには相変わらず陽が当たらないようだが、こういう地味な仕事を積み重ねることが、認識を改める一助となるだろう。私のように普通な植物の資料がほしい人間には、薬学部の野外実習の標本は非常に有用なので、続編を期待する。本リストは非売品であるが、内容はフロッピーディスクで利用できるとのことである。
[植物研究雑誌70(3):178(1995)]
□大塚孝一:信州のシダ
194pp.2004.ほおづき書籍.¥2,415.
長野県の自生種292種類の生態写真をA5版の頁に2種類ずつ納め、解説をつけたものである。配列は人里、山地や渓谷、高原や湿地、高山や亜高山、暖地と分けてまとめてあり, 長野県産シダ植物目録、県RDB掲載種、主な属における種の検索表を伴う。野外観察の参考に手頃な本である。
一方、近頃は優れた写真図鑑があふれているので、地域の人達はもっと独自性のある図鑑を目指せないだろうか。たとえば、検索表に出てくるあらゆる形質、羽片、ソーラス、包膜、鱗片、毛、胞子などを、すべての種について示すということは、全国規模の図鑑ではなかなかできない。地域研究者ならば、種類数が少ないことと、現場に精通していることとで有利だと思う。さらに本書では1頁でしか示されていない芽立ちの形状や季節的変化の記録は、地元の人達なら網羅的に観察記録できるので、それらがまとめて示されれば、有用性が高まるものと思う。
[植物研究雑誌79(6):382(2004)]
□土田勝義(編):長野県の植生
277pp.1987.信濃毎日新聞社.長野.¥2,500.
長野県は植生調査がゆきとどいて行なわれており、それをふまえて植物図鑑と同じ発想の植生図鑑がつくられた。編者のほか松田行雄、山崎惇、構内正人の三氏の執筆になる。「自然の事物はただ名前を知ればそれで終わりではない。それはあくまで始まりである。」という序文に賛成する。A5版でハンディを目的としているが、全アート紙、ほとんど毎頁カラー写真の豪華版である。県全体の概況から主要植生単位にわたり、かなり細かく区切って解説している。
[植物研究雑誌62(11):348 8 1987]
□長野県植物研究会誌第20号(創立20周年記念号)
165pp.1987.長野県植物研究会.¥3,500.
長野県植物研究会は創立20周年をむかえた。長野県は広大なうえに、もともと各地の研究活動が活発なところであるが、それ故に1つにまとまって会を運営するには、役員のなみなみならぬ努力と、会員の協力が必要だったろう。その成果として、同会は一地方同好会の域をこえて、全国的な賛同を得るに至っている。このことはこの記念号を見ても察せられる。会員の寄稿20篇のほか、特別寄稿15篇は日本の植物学界の現況を概観するに足る広汎な領域をカバーしている。このほかに短報14篇とこれまでの全号の著者名索引、短報索引がある。
[植物研究雑誌63(2):48(1988)]
□長野県自然保護研究所:長野県版レッドデータブック維管束植物編
297pp.2002.同研究所.
1997年に長野県植物誌が刊行され、そのデータベースからレッドデータ対象植物を抽出し、これを基にして再調査や検討がおこなわれた。こういう基礎資料があったおかげで、同時に発足した他分野に先がけての刊行のはこびとなった。本書の主体は200頁におよぶ危惧種の解説で、絶滅種から準絶滅危惧種まで790種類が1頁4種類ずつ、特徴や産地の状況などの簡潔な記述を伴って示されている。すべての種類に産地を示す地図がついているが、市町村単位の表示で、現況は知らせたいが詳細は伏せたいとの配慮がうかがえる。出現量の目安として、分布メッシュ数が示されているが、そのメッシュは「約5km四方」と、少々頼りない表現になっているのはもったいない。これは「標準地域メッシュの5倍地域メッシュ」と表現すべきだった。長野県はそういうメッシュシステムによる植物誌調査を、最初にスタートさせた県なのである。わが国で最もフロラの変化に富んでいる長野県で本書が刊行されたことは、現在進行中の他地域の活動のはげみになるだろう。
[植物研究雑誌77(5):313-314(2002)]
□横内文人:長野県植物ハンドブック
433pp.1984.銀河書房.長野.¥3,500.
前半は第1部「地域別の植物」で、58箇所の植物のリストが奥山春季氏の日本植物ハンドブックにならって記されている。第2部「郡(市)別植物目録」では、全植物を50音順に並べ、部単位に存否のマークをつけ、異名、主要産地などが記してある。最後に父君、横内齋(1983)「信濃植物誌」の追加訂正が付け加えられている。横内親子二代の調査の集大成で、今後便利に利用されるであろう。
[植物研究雑誌59(8):246(1984)]
□浅野一男・伊知次国夫:伊部谷の植物
261pp.1986.信濃毎日新聞社.長野.¥2,200.
カラー写真を主体に、暖帯、中間温帯、温帯の順に分け、各々の中では森林から草原へ生育地別に植物を配列してある。解説は植物名方言や用途に著者の永年の調査の結果が盛り込まれている。巻末の方言名索引は方言名と標準和名がセットになっていて、いちいちその頁をひかなくてもどの植物かわかるので、たいへん便利である。
[植物研究雑誌61(6):164(1986)]
□浅野一男:植物への挽歌
314pp.1997.南信濃新聞社出版局.¥1,800.
伊那谷をフィールドとして40年間、研究に過ごした著者が、失われていく植物を記録にとどめるべく著したもの。春夏秋冬の4部に分けてあるが、これは季節による植物の危機、人間生活の変化による危機、植物の生活の知恵と人間の干渉、植物と民族、という仕分けになっている。春と夏で全体の2/3を占める。新聞の連載記事を基にしているので、一般向きに読みやすく書かれているが、現地を調査したものではなければ書けない内容である。モリアオガエル保護の名目で行なわれた工事のため、水生植物がなくなってしまったというような具体例が、ほとんどすべての章に綴られており、かつての豊かな自然が失われていく有り様を、ため息とともに記述したものが多い。挽歌と名付けた気持ちが現れている。伊那谷に限らない自然破壊の様々な姿を知るのによい本である。また植物名の地域による違いや、植物に関わる民族行事などが分布図と共に記録されていて、この方面の参考にもなるだろう。最後に下伊那に於ける絶滅危惧植物400余種類が、危険度と共に示されている。メガルガヤ、イラクサ、ハンノキ、キツネノマゴ、ウラシマソウ、サンショウモ、サイカチ、シュンラン、ネジバナなどが絶滅とか危急とか書かれているのを見ると、あらためてその深刻さがうかがわれる。
[植物研究雑誌73(1):57(1998)]
□土田勝義・横内文人:しなの帰化植物図鑑
A5版.223pp.2007.信濃毎日新聞社.¥2,000.
カラー写真図鑑が105頁を占め、1頁1種類について、産状、語源、原産地、特徴、類似種との区別点などが列記されている。37頁にわたる信州の帰化植物目録では445種類がリストされ、原産地、日本への渡来時期などが述べられている。各地の帰化率を市町村役場のフロラで代表させる試みは、調べやすいことと、日本全域に応用がきくという点で、面白いアイデアだが、近頃のような大合併ばやりになると、「役場」の選択に気を配る必要がある。このほか、国内帰化植物、帰化植物の駆除、日本から外国へ行った植物、などの見出しがある。わが国のフロラに対する帰化植物の影響が次第に強まりつつあることは、近ごろ認識されるようになって来たので、今後は標本や視認記録の引用、とくにそれらの産地と日付は、進入・盛衰を跡づけるために、帰化植物目録には欠かせない項目となるだろう。もはや「新しい」「珍しい」「有害な」植物としてのみ捉えるだけでは間に合わないと思う。
[植物研究雑誌83(1):66(2008)]
□朝吹登水子(編):37人が語るわが心の軽井沢 1911-1945
199pp.1985.軽井沢を語る会.¥2,800.
原寛先生による「軽井沢に学ぶ」という思い出話が113-117頁にあり、先生の自伝の一部に入るべきものである。本書は軽井沢開発100年を記念したもので、古きよき時代の思い出に満ちている。私家本で上記の会から頒布されている。
[植物研究雑誌62(9):273(1987)]
□レッドデータブック近畿研究会(編著):近畿地方の保護上重要な植物
121pp.1995.関西自然保護機構.¥2,500.
絶滅危惧植物の指定のとき問題になるのは、日本全国規模で指定できるものはもちろんあるけれど、地域による量的な差が著しい場合には、かえって指定する意義を軽く見られるおそれがあることである。とくに、このリストが環境影響評価の基礎資料として利用されるときには、地域の現状に合わない基準を押し付け、評価を誤らせる心配がある。だから全国レベル調査にばかり頼るのではなく、地域ごとにきめ細かな見直しが必要である。環境庁の全国調査に際して、それが地域の人達にも役立つようなやり方をとるようにとの意見が委員会で再三出されていたが、最近では不満足ながらそういう配慮がされるようになってきた。
本書はこれらの点をふまえて、近畿地方の若手の研究者が、専門家アマチュアを問わず協力して行なった調査結果の成果である。村田 源、瀬戸 剛両ベテランの永年の知識と経験に披露が、その軸となったとのことである。リストの対象となる植物の選定法はとくに目新しいものではないが、やはり地元だけあって生育環境を細かく仕分けして丹念な調査が行なわれ、貧栄養湿地、カヤ草地、里草地、岩場、水田など15区分について現状が述べられている。とくに何気なく開発されやすく、フロラ的にも軽視されがちな、人為の入った低地の現状について、意識的に情報を多く集めている。これに加えて府県別にまとめた状況が記述され、これらを総合した表が、巻末に記されている。保護を要する植物として、862種がリストアップされているが、この数はレッドデータブックの全国版のそれに匹敵する。他県で進行中の同様な調査を垣間見ても、似た傾向が認められる。ということは、地域ごとにこういう調査が行なわれれば、保護対象種の総数は非常に大きいことを意味する。
あとがきでは環境アセスメントについての編者らの意見、提言がなされており、この種の仕事に関わる者の心構えとして有用である。現在行なわれている環境庁の調査に巻き込まれている各地の人達が、ただデータを提出するだけでなく、自分たちの作ったデータを独自に生かすにはどうしたらよいかを考える参考になるだろう。きめ細かな保護対策や環境影響評価のためには、こういうものがなくてはならない。
[植物研究雑誌70(6):347-348(1995)]
□レッドデータブック近畿研究会(編著):改訂・近畿地方の保護上重要な植物
164pp.2001.平岡環境科学研究所.¥3,000.
レッドデータブック近畿2001と副題があり、1995年に刊行されたものの改訂版である。総論、近畿地方の植物、保護上重要な植物のカテゴリーと選定経過、保護上重要な直物の生育環境、各府県の現状と保護上重要な地域、保全への課題、と4章で100頁を占め、以降は文献および種々に仕分けされた対象植物の目録と付表類である。付表では、過去の記録と綿密に対比して、今回の報告にどのように反映させたかが、わかるようになっている。生育環境の章では、15種類に区分した環境条件それぞれについて、要領を得た記述と保全対策や問題点が述べられている。保全への課題の章は、いわゆる「保護・保全」の流行語の横行や、予算目当ての場当たり的対策に対して、長期的視野に立った観点からの意見提示がなされ、うなずかされることが多い。地域版レッドデータブックの制作は全国的な流れだが、そのまとめに当たっては是非とも本書を参考にしてもらいたいと思う。
[植物研究雑誌77(5):313(2002)]
□村田 源:近畿地方植物誌
B5版.257pp.2005.大阪自然史センター.¥3,400.
1954年から延々45回、50年にわたって兵庫生物、近畿植物同好会誌に連載されたものが、1冊にまとめられた。別刷の整理の悪い私などにはたいへんありがたい。種の一連番号がつけられており、全部で2,587をかぞえる。標本にもとづいて産地が列記されているので、県単位の植物誌が出そろっているわけではないこの地域の植物を総覧するのに、大変有用である。近畿地方の絶滅危惧種の検討に本書が用いられたというのもうなずける。巻末に正誤表、和名索引、2004年版近畿地方植物分布図文献目録、それに対する植物名索引がある。また巻頭に、近畿地方の植物分布概説が再録されている。本書の内容のほとんどは複製品であるので、引用にあたっては初出を表示するよう、注意されている。巻頭に村田氏の手になるユキワリイチゲの図があるが、作者G.Nakai となっていて、知らない人は首をひねるかもしれない。
[植物研究雑誌80(3):196(2005)]
□久保田秀夫(監修)・飛騨植物研究会(編):高山市の植物
280pp.1987.高山市.非売品.
自然環境、地質と地形、植物相、地域の植物、四季の植物、植物と人とのかかわり、植物保護、高山市高等植物目録より成る。目録は53頁あるが、市内を3地区に分け存否を示した表形式になっており、もう少しデータが入っていた方がよかった。なお本書の著者は内表紙では冒頭のようになっているが、奥付ではこれに加えて執筆 飛騨植物研究会長瀬秀雄とある。
[植物研究雑誌62(9):280(1987)]
□太田久次:改訂三重県帰化植物誌
1997.ムツミ企画.津.¥8,000.
50年来帰化植物を研究している著者が、12年ぶりに前著を改訂したもの。後半100頁が542種のリストで、それぞれの種について、記録された産地(複数)とその年代、出典が記載されている。帰化植物は「珍しい」ものとしての関心に偏りがちだが、環境の変遷や社会情勢の変化の反映として追跡される必要がある。この点でこういうまとめ方に賛成する。前半は地域ごとに帰化の模様とその推移を綴ったもので、同様な視点からの有用な記録となるだろう。今後の帰化植物研究のまとめ方として参考にすべき点が多い。
[植物研究雑誌72(4):252(1997)]
□橋本光政:兵庫県の樹木誌
678pp.1995.兵庫県林務課.¥12,000.
兵庫県で行なわれた全国植樹祭の記念出版で、カラー図版372頁、本文・索引306頁より成る。図版にはほとんどすべての種類の花、果実が示され、樹皮・標本・線画・拡大写真も必要に応じて添えられている。本文はすべての種類に同じスペースを割り当て、記述は比較的簡単であるが、近頃は図鑑類が豊富にあるので、ここに植物のくわしい説明がなくてもどうということはないだろう。これと共に図版の写真と証拠標本のデータが記されている。編者が創設にたずさわった兵庫県立 人と自然の博物館所蔵の標本が大部分である。研究史物語の章では兵庫県フロラに関する報文が、年代順に57頁にわたって論評されている。ここで注目すべきは、現在の知識にてらして誤認、不明と思われる記録が一々指摘されていることである。662頁にも兵庫県植物目録(1971年)について同じ指摘が行なわれている。先輩の業績を批判することはなかなかできるものではなく、誤認が周知のことであっても積極的に否定訂正することはまずない。その結果一度記録された誤りがいつまでも生き続け、分布記録とくに分布図に蓄積されてゆくのが現状である。最近のようにデータベース化が進むと、一度記録されたレコードを否定する手段がない。単に削除するだけでは、あとから文献記録に基づいて復活されてしまうので、はっきりした「否定レコード」というものが必要だと私は考えている。それにはこのような正誤の公表が、最も有力なよりどころとなるだろう。やりにくいことをなさった編者に敬意を表する。同様なことは、大村敏朗氏と井波一雄氏によって、新しい出版物について厳しく行なわれているが、私信によるものであるため周知されないのは惜しい。テキストをパソコンで利用するため、フロッピーディスクが2枚ついている。これは単にテキストを読む以外に、標本のデータを抽出することにも利用できるが、まだ抽出に便利な仕様ではなさそうである。また写真データも標本とは別の存在情報なので、標本と同様なスタイルに揃えるのがよいと思う。
[植物研究雑誌71(4):236(1996)]
□福岡誠行:ひょうごの野生植物
222pp.1996.神戸新聞社総合出版センター.¥1,500.
副題に「絶滅が心配されている植物たち」とあるとおり、いわゆるレッドデータ植物を紹介解説したものである。全国版のレッドデータブックでは、地域の実情をきめ細かく反映させるわけにはゆかない。したがって地域ごとに保護すべき植物の見直しが必要である。近畿地域ではこの動きが顕著で、さきに関西自然保護機構によって近畿地方の保護上重要な植物(1995)が調査刊行されている。その中では生育環境の細かい仕分けの上に立って、種類の見直しが行なわれている。本書でも、1.生活域、2.山地、3.海岸、4.特殊環境、5.特殊分布と章を立て、1、2、3では更に細かく生育地を分けて、262種類(種群を含む)が19人の執筆者によってごく短い文章で紹介されている。貴重さや減少の原因などが述べられているが、産地を特定されないような苦心もうかがわれる。「貴重」とか「珍しい」とかいうと、かえって人が集まる傾向があるのが、こういう解説書のむずかしいところである。巻末に索引を兼ねた兵庫県の絶滅危惧植物と参考文献のリストがある。
[植物研究雑誌72(1):66(1997)]
□兵庫生物学会編:播磨の植物
347pp.1981.神戸新聞出版センター.¥1,300.
すでに「兵庫の自然」正、続、新を出版して県下の生物の紹介と知識の普及にこつとめてきた同会が、県下最大の地域である播磨の植物について、会員46名の協同執筆によってまとめたものである。内容は観察地の案内、珍植物の発見記、有用植物の紹介、方言、民俗、名木のいわれなどまことに多彩で、顕花植物はもちろん、シダ、コケ、菌、藻すべてにわたっている。当地の植物事情を知るうえで研究者にとって有用であるばかりか、一般向きにも楽しい本である。
[植物研究雑誌56(9):294(1981)]
□大阪府:平成元年度箕面川ダム自然回復工事の効果調査報告
144pp.1990.
開発に先立つ環境影響評価事前調査は、それを行なうことが義務付けられており、自然保護運動の流行もあってたくさん公表されている。しかしながら開発を行なったあと、実際に環境がどう変化したか、事前の予測とどう違っていたかという調査報告はほとんど目にしない。すくなくとも東京都では、こういう事後調査と報告は事業者に義務付けられているが、それをいつ、どのように行なうかは、(無理もないことであるが)はっきり決められていない。自然保護団体も新たな開発にかかわる予測調査の対応に追い回され、予測の基礎をなす追跡調査にはあまり閑心を持たない。マスコミもまた然りである。南アルプススーパー林道はその後どうなったのだろうか?本書は勝尾寺を含む箕面川上流の国定公園内に、6年前に建設された治水ダムの環境影響事後調査報告で、環境調査株式会社の手になる。この開発事業では場所がら強い反対運動があり、それを取り入れて計画の変更、事後の自然回復事業などの対応があり、これまでにも1977、1980、1983年に保護、回復に関する調査研究が報告されている。植物関係では植生的調査と現存量調査の報告がある。植生調査では、以前にくらべて短年生草本群落がへり、多年生草本や先駆低木林群落におきかわったこと、この変化には「表土まきだし」工事の効果が大きいこと、予測した植生回復の経過をおおむねたどっていること、工事にともなって侵入した植物はほとんど拡がっていないが、元々ある古い森林に依存する種もほとんど回復していないことなどが報告されている。
[植物研究雑誌65(11):352(1990)]
□小林禧樹、黒崎史平・三宅慎也:六甲山地の植物誌
301pp.神戸市公園緑地協会.¥5,300.
六甲山の植物は古くから調べられ、これまでにいくつもの植物誌が作られている。おそらくわが国では最もよく調べられた地域の1つだろう。一方、阪神地域に近いことから、中世以来石材の採掘や薪炭財の乱伐に加えて、近年では行楽、リゾートの対象として開発され、それらに呼応する災害とその復旧でも繰り返し話題になった。本書は最近のレッドデータブック作成の関係で、あらためて詳細な調査を行ない、標本に基づいて作られたものである。折悪しく大震災におそわれた時期で、調査にも資料整理にもとりわけ苦労が多かったことだろう。過去に記録や標本があるものの、今回確認できなかった植物がたくさんあるのは当然の成り行きだが、新記録の植物も数多く見つかったという。自然の調査というものが、「これで終わり」というものでないことを実感させる。内容は1.調査地域の自然環境、2.植物調査研究史、3.植物相の特徴、4.六甲山地の絶滅危惧植物、5.生物多様性の保全をめざして、6.六甲山地の植物目録、7.文献、付表1.最終地点一覧、付表2.研究史年表(1879-1960年)、索引である。第3章では注目される植物として78種類が、分布図つきで45頁にわたって詳述されている。その中で、絶滅危惧種の選定に「昔はたくさん見られたのに今は…」と感覚的に判断することのあぶなかしさの例として、タカサゴソウのケースが述べられている。本書の主体をなす植物目録は175頁にわたり、シダ植物以上1,693種類が記録され、植物名に続いて産地と標本が列記されている。検索表や形態の記述はなく、産状や分布についてごく短いメモがついていることがある。標本の大部分は頌栄短期大学の収蔵品で、引用は採集者略号と採集番号、頌栄短期大学以外の標本は必要に応じて所蔵標本室記号や日付が付加されている。過去に記録があるが、確認できなかった種類については、脚注にコメントされており、著者の判断で「誤認と思われる」というような記述も少なくない。従来の植物誌は先人の記録に上乗せして種類数の増加を単純に誇る傾向があり、こういう否定的な記事はなかなか書きにくいものであるが、自然を正しく認識する上でぜひ必要で、後続出版物が見習ってもらいたい。付表2では主要な植物の記録や主な行事、出版物の刊行時点が列挙されている。全体として簡潔で手堅い印象で、地域植物誌の1つの行き方を示すものだろう。注文をつければ、標本の引用が簡潔に過ぎてわかりにくい。データベースとの関係と思うが、採集者の略号がたくさんあって、一々凡例を覗かないとわからない。ページを切り離して作業に使おうとすると(そういうことをやる人間がいるのである)、面倒なことになる。略号はデータベースには便利だが、人が読むときには翻訳しておいてくれた方がよい。機関略号程度なら、数が少ないからどうということはないが…。データベースの立場からは、人名の略号は姓を先頭にしておいた方が整理に便利なのではあるまいか?また、採集者が複数のときには一々それに対応した略号を用意しているが、これは将来行き詰まる心配がある。もう1つは採集地点一覧で、行政地名でリストされているのだが、他所者には具体的な位置の検討がつかない。これは地図に図示してほしかった。
[植物研究雑誌73(6):336-337(1998)]
□小林禮樹:淡路島の植物誌
217pp.1992.自然環境研究所.¥2,300.
ほぼ10年にわたる著者の集中的な調査研究の成果である。原則として公的標本室に収められた標本に基づき、一部は今後収納見込みのものを含んでいる。野外での採集品を標本に作るとともに、各地の標本室での調査を平行して行なうのは、並大抵の努力ではない。目録は植物名の下に産地名、採集者略号、採集番号が列記され、種類によっては簡単なノートがつけられている。こころみにいくつかの頁をサンプルに計算してみると、リストされた1,279種に対する標本数は約6,500点、そのうち著者の採集品は82%におよび、これだけでも著者の精進のほどが知れる。74頁までは植物相の概要や研究史に費やされ、202頁以降は調査地点一覧、文献表、和名索引である。1つ注文をつけると、地点一覧は市町村とともに経緯度を示してほしかった。他所者には市町村名だけではなかなか位置がわからないのである。
[植物研究雑誌67(4):246(1992)]
□北川尚史(著)・伊藤ふくお(写真):奈良公園の植物
215pp.2004.トンボ出版.¥1,800.
コケを専攻した著者は、定年後の仕事として種子植物にも観察の手をひろげ、同好会誌に独特の観察結果を発表している。本書は現役時代から慣れ親しんだ奈良公園の植物案内である。先頭4頁は公園の案内図で、写真解説に出てくる168種類の植物の位置が示されている。本書の半分は伊藤氏の手になるカラー写真で、それぞれの植物の見頃の姿や花が示され、簡単な解説が付けられている。ほとんどすべてが樹木であるが、シバやワラビのような草も少数ある。これはこの公園特有の、シカとの関係を説明する材料である。後半は文章による植物解説であるが、いきなりマメ科から始まる。網羅的ではなく、樹木を主とする大きな科をとりあげ、園内に生えている個体について個性的な説明が与えられており、地図と写真を併用しながら知識を深められる。最後はシカによる公園の特異な生態系についての説明がある。公園の売店に置けば、よい土産になるだろう。以前、横浜植物会による「ヨコハマ植物散歩」を紹介したが、自然観察ブームの時代にマッチした本だと思う。ネムノキの果実が裂開せずに、莢ごと風に飛ばされて散布するということは知らなかった。
[植物研究雑誌79(3):208(2004)]
□星野卓二、正木智美、西本眞理子(画):岡山県スゲ科植物図譜
229pp.2002.山陽新聞社.¥5,714.
見開きの左頁に種の説明、同定のカギ、ノート、分布図、右頁に線画という配置である。県内産95種類を扱い、巻頭に検索表がついている。スゲの仲間は見分けがむずかしく、分布が広いので、岡山県に限らず利用できるだろう。分布図は郡市界入りで、GRASSという公開ソフトで作図されたそうだ。かつて地図の下図作りに汲々としていた私などは、時代が変わったことを感じさせる。ただ、この分布図に限ったことではないのだが、自分の県の境界だけが描かれていると、よそ者にはどうもピンと来ない。他県との境界の分岐をちょっと描いておいてくれると、地理的イメージがずっと豊かになると思うのだが、どんなものだろう。
[植物研究雑誌77(5):313(2002)]
□広島県(監修):広島県文化百選 花と木編
217pp.1990.中国新聞社.広島.¥1,700.
県民や市町村の推薦による名木、景勝地、群落など100件が1頁ずつカラーで示され、対面頁に解説がある。後代に残すべき文化を認識させるため、必要なことではあるが、文中にも各所に記されているとおり、踏み荒らしや採取で減少する心配もある。そちらの方の措置にも配慮してもらいたい。
[植物研究雑誌65(7):203(1990)]
□広島市教育委員会(編):広島市の文化財第39集 広島市の動植物
264pp.1988.広島市教育委員会文化財係.¥2,900.
稀少生物調査報告で、植物(7-144頁)、動物(145-258頁)、索引(259-264頁)より成る。植物ではⅠ.稀少植物(真菌植物、シダ植物、種子植物)、Ⅱ.巨樹、Ⅲ.貴重群落の3項目に分かれている。本書では貴重植物の産地はぼかしてあるが、それにもかかわらず、公表したために絶滅した例が挙げられている。自然保護対策の推進のためにこのような調査は行なわれねばならないが、その公表には私は賛成できない。調査は対策を構成する部品の1つではあるが、どういう対策を構成すれば有効かはまだ不明である。この部品は絶滅を促進する部品として、先に使われてしまう心配がある。私がさしあたり心配しているのは、各地で行なわれるこのような調査の結果が、「村おこし」の材料に利用されることである。「経費を使った成果を目に見える形にして還元する」ことは、場合によりけりである。現在環境庁やWWFによって同様な全国規模の調査が進行中であるが、その成果の公表には私は不賛成である。
[植物研究雑誌64(1):32(1989)]
□見明長門:山口県の植物方言集覧
205pp.1999.見明好子発行.1,700円.
著者はかねてから山口県の植物方言をまとめるべく準備をしていたが、1996年に亡くなられる前に岡国夫氏に校訂を託していた。ところが岡氏も1998年に亡くなられたため、後を請けて三宅貞敏氏がとりまとめたものである。この経緯から、著者名に続いて岡国夫・三宅貞敏補と記されている。木本と草本に分け、分類順に配列した植物和名に続いて、県内各地の方言が地域名を伴って平仮名と片仮名で記録されている。平仮名は明治以降に採録された名前、片仮名は江戸時代の文献から採録された名前である。これに続いて土俗的利用を主とした記述がある。末尾に『長防両国の「産物帳」と「長防産物名寄」(両国本草)について』と題する簡単な紹介と注釈がついている。近頃は自然保護意識の高揚に伴って動植物への関心が高まっているが、反面、植物方言の調査のような地味な活動は、むしろ低調になっているような気がする。しかし方言は文化遺産の1つであり、常に変化して行くものなので、放っておけば消滅してしまうことは生物種と異ならない。生き物のように形がないだけに、失われたことすらわからない。1つの県だけでも有用であるが、周辺地域の情報が蓄積されれば、民族文化の研究資料に重要な役割を演じるだろう。営々と蓄積した先人のノートを、形あるものとして残す努力に敬意を表する。索引は標準和名のものと方言名のものと2通り作られている。両方とも木本と草本に分かれ、方言索引では更にシダ・被子植物と分かれているが、これはむしろ分けない方が使い易かったのではないかと思う。方言名を調べる人が、それが草のものか木のものかわかっていることは少ないだろうと思うからである。
[投稿中]
□岡 国夫(原資料)・山口県植物研究会(編): 山口県の巨樹資料 植物調査の歩み
236pp.2000.山口県植物研究会.¥1,800.
1998年に亡くなられた岡 国夫氏の残された資料を元にしたもので、二部から成る。Ⅰは山口県の巨樹資料で、同氏の記録に他の調査結果を加え、場所、周囲長、記録年月、記録者のデータが分類順に配列されている。Ⅱは1946年から50余年にわたる同氏の行動記録で、日付、場所、主な観察植物が列記されている。最後に略歴、業績目録がついている。同氏は1941年東大林学科を卒業後、台湾総督府林業試験場に職を得、南方雄飛を志したが、敗戦によって帰国、以後は山口県にあって研究調査に励まれた。山口県植物誌(1972)は、標本に基づくフロラとしては滋賀県植物誌(北村四郎1968)に続くもので、今日の地域植物誌の先駆をなしたものである。本書によって1人の研究者の生涯がまとまった形で残され、後の博物史研究の資料として役立つだろう。
[植物研究雑誌76(2):123-124(2001)]
□阿部近一:徳島県野草図鑑〈下〉
319pp.1984.徳島新聞社.徳島.¥2500.
昨年8月に出版されたものの続編で、各頁1種、時に2種が分類順に配列され、カラー写真に簡単な解説がつけられている。
[植物研究雑誌59(9):281(1984)]
□得居 修:えひめの木の名の由来
493pp.1995.愛媛の森林基金.¥2,030.
本書は著者は得居氏なのだが、奥付以外にはそれが表示されていない。県農水産部内の「愛媛の森林(もり)基金」が企画した事業として調査刊行されたものではあるが、真の製作者が表に出てこないのはおかしな話である。発展途上国の刊行物で、実際の製作者ではなく、それを命じた機関の長の名前や機関名しか表に出ていないものがあるが、それと同じ印象を受ける。著者として奥付に名前がある以上、主体となって努力した人の責任を明らかにするうえでも、表紙に名前を入れるべきである。こういう本は、図書の整理のときたいへん困るのである。発行者の理解が望まれる。
われわれが植物学的情報交換を行なう際には、植物名は記号として扱われ、学名や標準和名のような、種類と1:1に対応する名前しか用いない。これに対して方言名・俗名はその土地々々の人々が生活の必要上用いるもので、民族文化の所産である。それを記録しておくことは、単に無形文化財を保存するという消極面ばかりでなく、各地でそれらが集積されれば、文化の流れを解明したり、標準和名を解釈する手段となり得る。しかし植物方言調査という仕事が理学部や農学部に受け入れられる余地はなさそうで、地域の研究者の永年にわたる地道な努力に待つほかない。最近刊行される植物図鑑や百科事典類には、専門家による和名の由来の解説が見られるが、先行大家の解釈を民族文化の素養のないまま不用意に受け売りすることについて、深津 正氏が本書巻頭の小文でそれとなく批判しておられる。本書は愛媛県産の313樹種について、ほぼ同じ形式で記述されている。まず標準和名とのその植物学的記述があり、続いて各地での方言名が市町村名と共にリストされている。記述年代や情報提供者についてのメモも、今後は必要になるだろう。というのは、方言名といっても新旧があり、最近のラ抜き言葉のように、日本語の変遷と密接に関係していることがあり得るからである。方言名を時間の中に位置づけておけば、その応用は植物分野を超えて広がる可能性がある。それから標準和名についての解説が、多数の文献を品用して述べられ、続いて方言名についても実地調査の見聞を取り込みながら解説され、農事をはじめとする言い伝えが紹介されている。最後に、それらの裏付けとなる用途や民族などが付け加えられ、読み物としても興味をそそられる本である。
愛媛に限ったことではないだろうが、ヤマブキにトウシンという方言名があり、コゴメウツギ、キブシ、コガクウツギにも類似した名前がついていて、灯心に用いるとある。かつてわが家の燈明皿でヤマブキの髄を試したことがあるが、油を吸い上げてくれず失敗した。切片を作って見たら、本物の灯心(たぶんイグサ製)とは細胞間隙の量に大差があり、ナットクしたことがある。燈明として使うためには、髄の処理法にコツがあるのだろう。学校ではモミジの果実が「プロペラのように回転して飛ぶ」と教えているらしいが、あれが2つに分離することを、教師は見ていないらしい。言葉だけで全てを伝えることは、なかなかむずかしいものだ。
[植物研究雑誌73(5):298(1998)]
□筒井貞雄編:福岡県植物目録 第2巻
386pp.1992.福岡植物研究会.¥8,000.
1988年に第1巻(シダ植物)が刊行されているがその続編で、裸子植物、被子植物の一部(ヤマモモ科-アブラナ科)がまとめられている。主体は254ページにわたる標本のリストで、産地、高度、採集者、番号、年月日、花か果実かなどが克明に記録されている。続いて5万分の1図の1/16のメッシュで、これらすべての植物の水平垂直分布図が示される。植物リストの配列はメッシュ単位でまとめられているので、分布点と標本データを比較するのが容易でありがたい。というのは、汎用のデータベースを作ろうとすると、産地の位置座標がわからないと役に立たないからである。最近は分布図のついた植物誌が普通であるが、この点についての気配りまでされているものはなかなか無い。上質紙を用いた立派な装丁で、少人数でこれだけのことをやるのは、労力はもとより経費が大変に違いない。環境庁あたりがこういう仕事に援助を与えればよいのにと思う。環境庁の全国調査などは、そうした方がはるかに能率よくかつ信額できるデータを集積できるはずである。
[植物研究雑誌68(4):252(1993)]
□「熊本の野草」編集委員会:熊本の野草〈上〉春-夏編
308pp.1986.熊本日日新聞.熊本.¥2,800.
熊本県の高等学校の先生方の協力になるもので、熊本大学薬学部浜田善利氏の監修である。平地、山地、海岸の植物に分けてカラー写真を各頁1-2枚ずつ配し、解説をつけてある。解説は漢字が多く使われていて、硬い感じがするが、これは他の図鑑の「やさしい」記述に追随せず、正確さを意図した結果である。そのほか植物名の由来や漢薬との関係、用途などに意が用いられている。[植物研究雑誌61(6):164(1986)]
□「熊本の野草」編集委員会:熊本の野草〈下〉夏-秋編
308pp.1986.熊本日日新聞社.熊本.¥2,800.
さきに紹介した上巻に続くもので、同様なスタイルである。巻末に上下巻にわたる和名の索引がある。本書は初心者の利用を目的としているようで、植物名には学名が示されていない。より高度の利用のためには参考書が挙げてあるので、これらによることを期待しているためであろう。これも1つの行き方であるし、私も最近までその方が実際的であると考えていた。ところが環境庁の「身近な生きもの調査」で、対象植物を和名のみで指定し、学名を示さなかった結果、どういう植物が報告されたのか全くわからなくなってしまい、調査が無意味になったという事例がおこったので、あらためて学名の役割の重大さを認識した。とくに最近では一般参加による環境調査報告が学術的にも利用される情勢なので、アマチュアといえども学名の意義を理解する必要がある。したがってこれからさき、本書のような影響力の大きい参考書の著者は、自らの判断で学名を選択し、和名で示した植物の適用範囲をはっきりさせなければならないだろう。本書の図鑑、参考書としての有用さは十分認めたうえで、将来の一般論としてこういうことを言うのをお許し願いたい。
[植物研究雑誌61(10):315(1986)]
□浜田善利(監修)・「熊本の木と花」編集員会(編):熊本の木と花(図鑑シリーズ4)
308pp.1987.熊本日々新聞社.熊本.¥2,800.
さきに紹介した「熊本の野草」のシリーズである。県所産の木本植物が、低い山の木、高い山の木、マツ・スギの仲間、タケ・ササの仲間に分けて、カラー写真で示されている。1頁1種で上部に写真、下部に解説がある。一般向きに喜ばれそうな本である。色彩は美しいが、たとえばナワシログミやサルトリイバラの果実などのように、ところどころ気になるものもある。植物は同じ種でも地域によって微妙な違いがあるから、なるべくありのままの色をだすことがのぞましい。それが原色図鑑の生命である。地域的なちがいといえば、ヒサカキの花が濃い桃色をしているが、熊本でこれが普通だとすれば、関東の者にとってはずい分違う感じがする。説明には「花は白色」とあるので、写真の方が特殊なのだろうか?頁下縁に県内を8地区に分けて、その種の産する地区が示されているが、よそ者にとっては直感が働かないのでピンとこない。13頁にある地図にこの地区分けが明瞭に図示されているとよい。
[植物研究雑誌62(4):126(1987)]
□杉本正流:鹿児島県の植物図鑑
393pp.1989.朝日印刷書籍出版.¥6,500.
営林署勤務の著者が永年にわたって記録したもので、立派なカラー写真667点と簡単な記述、産地、用途が記されている。付録として北薩地方の植物方言、大口地方の植物目録、薬用植物のリストがある。最近カラー写真図鑑の刊行が多いのであえて注文をつければ、記述の中にご自身独自の観察結果をもっと盛り込んでほしいこと、リストとくに方言では、自身の採録したものと文献からの引用の区別をしてほしいことである。
[植物研究雑誌64(4):128(1989)]
□初島住彦:改訂鹿児島県植物目録
290pp.1986.鹿児島植物同好会(鹿児島大学農学部造林学教室).鹿児島.¥3,500.
1978年に刊行されたものの改訂版で、全体にわたって訂正、追加がなされている。クロタキカズラ科、フサザクラ科が新たに加えられている。凡例によると3,019種を収録しており、前巻の凡例にある数より減少しているが、これはタクソンの数えかたの違いによるものだろう。ざっと数えたところでは、前巻より270種ほど増加している。約50の新学名、新和名が提示されているが、前巻から引き続いたものと、本巻で初出のものとの区別がつかない。新名の初出表はつけてほしかった。本巻初出の学名は新組合せをのぞいて20ほどあるが、裸名である。まだ活発な活動をしておられる著者のことだから、遠からず正式発表を期待する。
[植物研究雑誌62(1):30(1987)]
□池原直樹著・多和田真淳監修:沖繩植物野外活用図鑑 全6巻
1979.新星図書出版.¥19,800.
宜野座高校教諭の著者が撮影したカラースライドを監修者がすべて同定し、著者が方言名、撮影年月、場所および解説をつけたものである。1.栽培植物と果樹、2.栽培植物、3.帰化植物、4.海辺の植物とシダ、5.低地の植物、6.山地の植物の6巻に約1,460種が収載されている。写真、印刷とも見事なできばえで美しい。なかなかお目にかかれない沖繩植物の写真図鑑として推せんに値する。新和名もいくつか発表されている。全体の索引があったらなお便利だろう。
[植物研究雑誌56(1):24(1981)]
□島袋敬一:琉球列島維管束植物集覧
794pp.1990.ひるぎ社.¥9,000.
原 寛・日本種子植物集覧に感銘を受け、これと同じ形式で沖縄植物に関する資料をまとめ上げたものである。巻末の学名索引はシノニムまでひけるようになっており、県内の産地(島名)、地方名、染色体数にもふれられている。原の集覧は未完であるが、これは維管束植物全部をカバーしている点で、本土植物についても利用でき、大変な労作である。基本的な違いは、原は文献のほとんどに目を通し、自己の意見として引用しているのに対して、これはそうでないものがかなりあるということを、著者自身が認めていることである。したがって、どれが著者の意見であり、どれがそうでないかがはっきりせず、とてももったいないと思う。この点、本書を利用する人が注意を払う必要がある。「データベース」としての観点からは、集覧の形式にとらわれずに、索引に徹した形式をとればよかったと思う。どんな索引かというと…学名(→和名)→出典、すべての形容語→それを含む学名、和名→学名→和名出典、植物名→植物図のある文献名、地域名(沖縄県内の)→所産植物名、植物名←→地方名…などである。自己のオリジナルな意見は、この中で適当な形式で表示すればよい。ワープロソフトや作表ソフトを使って仕事をする人は、パソコンのデータ処理機能をもっと利用したらよいと思う。
[植物研究雑誌66(1):62(1991)]
□沖縄県:沖縄県の絶滅のおそれのある野生生物
479pp.1996.沖縄県環境保健部自然保護課.
レッドデータおきなわと副題があるとおり、レッドデータブックの沖縄版である。植物は896種がリストされ、うち絶滅種 17、絶滅危惧種 102、危急種 350、希少種 174、地域個体群 1、未決定種252種である。絶滅危惧種:ウマノミツバ、危急種:ウバメガシ、ムクノキ、ミズヒキ、ウマノアシガタ、キンミズヒキ、ノブドウ、ツタ、アオキ、ツユクサ、希少種:ヌルデ…をみると、1国の自然保護を1冊のレッドデータブックで代表させられないことをあらためて感じる。それと共に、日本のフロラの多様性について認識を新たにさせられる。
[植物研究雑誌72(4):252(1997)]
□小野幹雄:孤島の生物たち―ガラバゴスと小笠原
239pp.1994.岩波新書.¥650.
海洋島小笠原とガラバゴスを永年研究してきた著者が、そこで起こっている生物の盛衰を物語る。文章はなめらかで読みやすい。本土から遠くへだたった離島への非海岸性陸上植物の到達は、風か鳥によるものが多いわけだが、きわめて偶然性が高いのでフロラのバランスが悪く、生態的空白に進出することで適応放散がおこることが、多くの実例で示されている。とくに小笠原での研究や観察に基づく話は、われわれも身近なこととして頭に入りやすい。ペルーの砂漠の中のお花畑ロマスを孤島と位置づけ、その消長を地球規模のエルニーニョ現象と関連させたスケールの大きな話もある。今後の研究に期待したい。植物だけでなく動物の話もたくさん取り込んで、孤島の生物相ばかりでなく、生物多様性の重要性や自然保護の必要性を、一般の人達にも理解しやすく物語っている。なお絶滅危惧種という単語は、著者の発案になるということを知った。
[植物研究雑誌70(2):122(1995)]
□橋本梧郎:ブラジル産薬用植物事典
2,177pp.1996.アボック社.¥72,000.
若い頃、小笠郡植物誌など、静岡県で植物研究を行なった著者が、ブラジルへわたったのは1934年だった。以後60年におよぶ研究成果の一部が本書である。1980年代以降、植物資源とくに天然薬物調査のために、日本からも薬学関係者が多く渡伯して、橋本氏の協力を得て調査が行なわれている。本書では共著者として、徳島文理大学薬学部の西本喜重氏が名を連ねており薬用成分についての校閲にたずさわっている。17-1,239頁が本論でブラジル原産および帰化定着の2,168種が、アルファベット順に配置されている。それぞれの種は学名、出典、異名、現地名、分布、形態、利用部位、成分、用途(薬用としての)、特記事項(生育地、薬用以外の用途など)と、すべて同じ見出しの下に記述が整理されている。学名については文献を猟渉し、最適なものを選ぶべく注意したとのことである。必要に応じて検索表が示されている。記述は和文である。用途や特記事項には民族植物学的記事が多く、著者の永年の調査成果が披露されている。1,241-1,605頁は1頁に4種類を含む図版で、著者自筆のもののほか、Fl. Brasiliensisをはじめ多くの文献から引用したものである。1,613-1,974頁は本書で扱った全ての植物の分布図である。文献からの引用と著者自身の調査によるものとで異なるマークが使われているが、その足跡の広さを実感させるものである。付録として栽培薬用植物のリスト、伯・英・和対照の医学・薬学単語集、参考文献、植物和名索引、植物伯名の和文よみ索引、植物伯名索引、植物英名索引、英名索引、学名索引、シノニム索引がついており、多様な使い方に応ずることができるようになっている。巻頭にブラジルの歴史、自然、植生、研究史の簡単な紹介、巻末に著者略歴がある。海外のフロラ、それも日本とは最も遠い地域のブラジルの植物を和文で一読できるとは、研究者にとって望外のしあわせで、これによって仕込まれた予備知識の上に日本やアジアの植物を見れば、また一味違った見方や研究の糸口が得られるだろう。有用植物の調査研究に役立つことは、言うまでもない。橋本氏の標本を中心とする博物館は建設途上にあり、氏の調査の成果は本書ではまだ尽くされていない。次の発表が待たれる。
[植物研究雑誌72(1):66(1997)]
□佐藤 卓:キナバル山の植物
A4版.128pp.私費出版.¥3,600.
著者は青年海外協力隊員として、マレーシア国立大学で2年間、植物学を講じた。在任中から始めたキナバル山(4,101m)の植物調査を、帰国後も続けている。本書は同山の植生帯の解説と、植物写真を組み合わせたもので、すべて著者の作品である。
内容はキナバル山の植生帯、ラン、シャクナゲ、ラフレシア、ウツポカズラ、山地林の植物、超塩基性岩地帯の植物、岩砕・岩盤地帯の植物の8章より成る。説明はすべて和文、英文の両方で書かれ、地質やルート目標を示す簡単な高度断面図に、それぞれの植物の産地が示されている。和名のない植物名は、プレスァイ・ラフレシアのように、中尾佐助氏の提唱する方式で与えられている。熱帯の山だけあって、3,000m以上の岩砕地帯や岩盤地帯に、日本となじみの植物が多いようにみえる。写真は接写を含めて非常に鮮明である。この地域の植物や植生の参考書・図鑑として立派なものであるが、事情あって私費出版となったのは惜しまれる。
This is to introduce “Flowers and Plants of Mt. Kinabalu” by Takashi Sato, consisting of 8 chapters, vegetation zones, Rhododendron, Rafflesia, Nepenthes, mountain forest, ultrabasic rock forest and plants of granitic boulder and rockface. It contains some 200 excellent color plates mainly of flowers with explanations in both Japanese and English. This book is recommended to be a nice botanical guide of Mt. Kinabalu and of tropical Asiatic mountains.
[植物研究雑誌67(3):184(1992)]
□李永魯(Lee, Yong Noo):韓国産松柏類
241pp.1986.梨花女子大学出版部.Seoul.5,000Won.
内容は概説、分布、形態、染色体、各論(種の検索表を含む)、生態、害虫、古典・天然記念物、雑録より成る。各論は種の検索表を含む。文献表および索引がついている。全文韓語。
[植物研究雑誌63(2):48(1988)]
□楊麟錫(Yang In Suck):韓国植物検索便覚
470pp.1986.慶北大学出版部.大邱.6,000Won.
全巻科属種の検索表のみより成る。全文韓語。
[植物研究雑誌62(12):362(1987)]
□鄭英昊ほか10名:韓国植物分類学史概説
404pp.1986.図書出版.Seoul.10,000Won.
管束植物、淡水藻類、淡水珪藻類、海洋植物プランクトン、海藻類、陸水学に分けてそれぞれの研究史が記述されている。管束植物の部分が約半分を占める。それぞれの章に詳細な文献リスト(管束植物では45頁約1,000件)がついているので、韓国の植物研究を概観するのに有用である。全文韓語。
[植物研究雑誌62(10):319(1987)]
□中国科学院植物研究所編著:中国人民共和国植被図
1978.地図出版社.3.5元.
400万分の1の中国全図(160×110cm)に、103タイプの植生が色分けされ、その類型が数字で示されていて、凡例と対照できるようになっている。印刷ズレも少なく色も控え目で美しく見やすい。凡例はすべて漢字で記されているのでまごつくが、附録の簡要説明の最後に学名対照表があるので助かる。ただし対照表は凡例にはじめて出て来た順序に並べられているので、使いやすいとは云えない。揚子江中下流域を主とする「亜熱帯常緑濶葉林区」の中で、四川盆地の特殊性が目につく。南チベットではツアンポー河をはさんで南北の植生のちがいがあるようだ。このあたりはさすがにSchweinfurth(1957)の図よりくわしい。
[植物研究雑誌55(11):352(1980)]
□近田文弘・清水建美:中国天山の植物
228pp.1996.トンボ出版.¥25,000.
中国の奥地も、いまや秘境ではなくなりつつある。新しい地域の調査が始まるとき、まずその地を踏んだ人の見聞をみんなが知りたがる。植物に興味がある人間なら、植物や景観の写真が、たくさんの情報を与えてくれる。かつてヒマラヤの植物調査が始まった頃、「シッキムヒマラヤの植物」や「東部ヒマラヤの植物写真集」が、多くの人の関心をそそったということを、近頃になって思いがけない分野の人の口から聞かされることがある。本書もそういう類の本で、過去7年間の開拓的調査の一端を披露したものである。個人の旅行とは異なる正式の科学調査を、政治情勢の微妙な地域で行なうむずかしさ、それを乗り越えようとするさまざまな努力は、まえがきやあとがきに僅かにうかがえるだけである。こういう本を作ったこと自体もその努力の1つの表れで、この本を足場にしてさらに調査活動の拡大が計られるのだろう。昔とちがって写真や印刷の精度が格段に向上しているし、植物学的予備知識も豊富になったので、たいそう見栄えのする本となっている。144頁までが撮影日付のついたカラー写真で、高山帯、亜高山帯、草原・耕地、砂漠とまとめられている。以後が解説で、生態や用途を含めてかなり詳細に記述されており、とくに薬用についてはくわしい。和名のない植物には学名の片仮名よみがすべてつけてあり、本書が植物研究者以外の一般読者も対象にしていることを物語っている。
[植物研究雑誌71(3):179-180(1996)]
□森 和男:雲南の植物
239pp.2002.トンボ出版.¥10,000.
植物自由業を自称する著者は、最近では専ら中国の四川、雲南を駆け回って観察や撮影を続けている。本書はその蓄積の一部を披露したもので、1,000点を超える美しいカラー写真で埋められている。写真の出来ばえについては、あらためて言うまでもあるまい。この地域は国の観光政策もあって、外国人への開放が進んでおり、道路網も発達していて、車を使えば高山草原へ直接乗り入れることも可能だそうだ。もっもと、二度と通りたくないというような道も少なくないらしいが…その一方、山草の商品価値に目覚めた人々によって、目ぼしい花々が忽ち姿を消すということもあるようだ。「ほとんどが道端で撮ったものだ」というが、調査研究をいくらやったとしても、これだけの花を目にすることはできないのだから、著者の健在を祈って次の1冊も期待する。
[植物研究雑誌77(6):361-362(2002)]
□呉 征鎰(主編)・中国雲南人民出版社(編集):雲南の植物
Ⅰ 482pp.、Ⅱ 530pp.、Ⅲ 522pp.1986.日本放送出版協会.東京.¥75,000(分売不可).
中国の植物はわれわれ日本の分類学研究者にとって垂涎の的であり、手続き上の困難を冒して調査に訪れる者が激増している。本書は中国でも最も豊富なフロラを誇る雲南の植物図鑑で、総計1,133種が収録されている。各巻の前半はカラー写真、後半は種ごとのくわしい記相文、分布、用途が、玉川大学許田倉園氏の訳による和文で記されている。カラー写真の見事さと共に、和文であるために使い勝手は格段に良い。植物華名とともに和名のあるものはそれを、ないものは中国名の日本式読みが付されている。分布については本文に添えた地図に産地が番号で示されていて、地名の位置が一目でわかるから便利である。なお総索引は第Ⅰ巻にある。各巻頭にはそれぞれ原寛、北村四郎、津山尚の諸氏が日本語編集協力者として序文をよせている。いずれもヒマラヤ植物研究の先達で、将来も広い範囲の研究者の日華協力を期待しての配慮と見受けられる。
[植物研究雑誌62(11):348(1987)]
□朱有昌(主編):東北葯用植物
1,300pp.1989.黒竜江科学技術出版社.哈尓濱.43元.
中国東北地域の薬用植物図鑑。記相、成分、適応症などかなりくわしく記され、土名と産地がたくさん拾われている。維管束植物についてのものだが、付録として薬用藻類・菌類・地衣類・コケ類のリストがある。
[植物研究雑誌66(3):189(1991)]
□酒井治考(編):ヒマラヤの自然誌
292pp.1997.東海大学出版会.¥2,000.
九州大学の市民公開講座をもとに、専門の異なる16人が執筆している。トピックは地質、気象、氷河、植生と利用、サルとヤク、水資源、災害、台所事情、健康、民族問題と多岐にわたって、今日的問題が語られている。地質構造を示すのに、食パンとハムとチーズと海苔とピーナッツを重ねた口絵のカラー写真が、なんとなく中をのぞいてみたい気を起こさせる。内容は統計表や図解を使ったかなり高度なものである。登山と観光トレッキングそれにNGO花盛りのヒマラヤについて、もう少し広い予備知識と問題意識を得たい人におすすめする。
[植物研究雑誌73(5):299(1998)]
□吉田外司夫:ヒマラヤ植物大図鑑
B5版.800pp.2005.山と渓谷社.¥13,000.
地域としてはパキスタン、インド、ネパール、ブータン、チベットにわたる、主として中高度から高山帯におよぶ顕花植物の、花を主体にした写真図鑑である。まず36頁にわたってヒマラヤの植物地理、ヒマラヤ山脈の地域区分、ヒマラヤの植物の水平分布と垂直分布などと題して、地域ごとの概念図を示した解説があり、ヒマラヤの地形や植物の全貌をつかむのに都合がよい。文中の植物名には図版の出現頁が一々示されており、つまりこの図鑑からの引用だけでそういう説明ができるということである。植物は新Englerの逆順に配列され、解説は1,771項目あるとのことで、それぞれに写真が伴っているが、同じ種類でも花の色や生態が異なっていて複数載せられているものもあり、写真の数は2,700点余におよぶ。植物の記述は著者の現場での観察記録に基づいたもので、花が最も美しく見える時期を主体にしており、生育期全般を対象とした一般の図鑑のそれとは別な、独自の行き方である。通常の図鑑では、写真家の作品にいわゆる専門家が同定を行なって解説文をつけるのが常識だが、本書ではそのすべてを著者自身が行なっている。ヒマラヤ植物研究会のメンバーである著者は、この図鑑の製作のため、ときどきインドに出入りしてパスポートを更新しながら、ネパールに8年間住み続けたという。おそるべき勉強と執念の産物と言うべきだろう。多くの人の手に渡って、ヒマラヤのみならずアジアの植物の理解に貢献することが期待される。巻頭4頁に、ヒマラヤの植物研究史と題する大場秀章氏の一文がある。
[植物研究雑誌80(4):259-260(2005)]
□日本ネパール協会(編):ネパール研究ガイド―解説と文献目録
468pp.1984.日外アソシエーツ.東京.¥9,800.
ネパールに関する日本国内出版物を網羅すべく、1975年から9年間にわたって集積されたカードを元に編集されたものである。内容は解説(68頁)、目録(374頁)、年表(26頁)より成る。解説編はネパールの社会、文化、教育、自然、登山、案内の各項目をそれぞれのベテランが解説し、ネパール理解の助けとしている。目録編は1892-1983年にわたる文献を分野別に配置し、重要文献には短評が添えられている。登山関係が1/3弱を占める。著者名索引と雑誌一覧がついている。年表はネパール国内と日ネ関係に分けて対置し、主要事件は網羅されている。植物学文献の探索という面のみからみれば不満足な点があるが、他分野の文献を知るにはこれほど有用なものはない。
[植物研究雑誌60(9):286(1985)]
□佐藤 卓:スイスアルプスの植物
80pp.2000.自費出版.¥1,200.
著者の手になる、114種の代表的な高出植物の美しいカラー写真が収められている。最後に日本の高山帯と比較した説明がある。A5版で薄手なので、スイス旅行の参考になるだろう。
[植物研究雑誌76(1):58(2001)]
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
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