Check List of Taxonomic Terms in the “Japanese Scientific Terms, Botany”
〇形を表す用語
1990年に日本植物学会と文部省の共著による表記の用語集が刊行された。1956年以来35年ぶりの改訂である。旧版では大学教養程度のレベルを目標に、約2,500件が収録されているが、今回は大学院から専門研究にまで使われることを前提に、約11,400件が収録された。また、常用漢字の制限緩和により、無理にかな読みしていた用語を昔の表記にもどしたものも多い。
このように多数の用語を取り込んだ結果、個々の用語の検討はともかく、用語相互の不統一や対になる用語が落ちているなど、いろいろな問題点が指摘されている。日本植物学会では、将来の改訂に備えてこのたび「用語検討委員会」を発足させ、筆者もこれに名を連ねることになった。これまでに指摘された問題点については、『生物科学ニュース』237号(1991年3月)に紹介した。分類学関係の用語についても、まだ気付かれないとりこぼしや不備があると思われるので、本誌に紹介して識者の指摘を待ち、改善の資料としたい。主な着眼点は1)用語が不適当、あるいはよりよい用語がある。2)必要な用語がない、3)不必要な用語がある、4)より適当な用語を考える必要がある、5)対応する用語が不統一、6)教育用語として不適当…などである。このほかに、用語集本体からは形式や英文用語の拾い方などについての注文があることと思う。お気付きの点を筆者宛お知らせくださるようお願いする。なお、『学術用語集植物学編』は、日本植物学会または丸善より購入できる。
検討の便宜のため、用語を用途別に少量ずつまとめて提示する。目的とする用語の検出には、筆者が独自に製作したデータベースを利用した。用語集の仕様はこのような目的には不適当なので、このデータベースでは、英文24字、和文24字(漢字12字)、よみ24字(片かな)で記録し、これらの項目に入り切らない綴りは、他の項目を利用して保存した。とくに括弧類、形容詞記号は検索の便宜上文字列から切り離し、別項目とした。複数形の表示法も異なる。したがって表記の仕方や数は用語集とは異なる場合があることをご承知願いたい。仕様の詳細は、『国立科学博物館研究報告』B類17巻1号(1991年)に発表する。
以下のリストでは原則として英文、和文のみを示す。用語の配列はその都度の便宜でかわるが、表1ではよみの50音順である。括弧類、形容詞記号は本稿では省いてあるので、リストの綴りがそのまま使えるか否かは、用語集を参照されたい。
今回は植物の記述に用いられる「−形」の用語をTab.1に示す。立体形と平面形の表現が区別されていないものがある。「fusiform」は旧版では「つむ形」だったが、「紡錘形」が復活した。「cylindrical」は旧版では「円柱形」としてでていたが、新版では落ちてしまった。これはとりこぼしというべきものだろう。もっとも、「cylindrical」は「円柱形」「円筒形」の両方に使えるので、記述用語としてあいまいさがある。そういえば「円筒形」という用語が新旧ともにない。旧版にあった「triqueterプリズム形」がなくなり、形容詞としての「triquetrous…三角柱の」という用語のみが現れた。これも復活すべきものだろう。なお「形」と「型」の表現が不統一なことが大きな問題として指摘されており、これについては『生物科学ニュース』に記したので、ここではそれに関係のない部分をとりあげた。
[植物研究雑誌67(1):52-53(1992)]
〇花を表す用語
この文は『学術用語集植物学編(増訂版)』(1990年)に収録された分類学用語について、将来の改善に備えて資料を集めるために記す。どんな点に注目するかについては、前報(『植物研究雑誌』第66巻6号)に記した。検討を容易にするため、用語をなるべく小さいカテゴリーで仕分けして示す。たとえば、「花」という文字を含む用語は約400件ある。これらを1つの表にしても、大きすぎて目配りが行き届かない。テーマを決めてせいぜい100件(1頁)程度にまとめた方が、不足やアンバランスの発見が楽になるだろうと考えている。お気付きの点は筆者あてお知らせくださるようお願いする。
今回は「花・花冠、花被、媒花」、「flower、corolla」の文字列を含む用語を抽出した。花全体の形に関する用語はTab.1(-2)にまとめた。「花冠」のつく用語はTab.2Aに、「媒花」のつく用語はTab.2Bに、「花被」のつく用語はTab.2Cに示す。
「用語集」の編集会の段階ですでに指摘されたことは、対となるべき「bisexual flower、polypetalous flower、rudimentary flower」などが欠けている。一方「bisexual inflorescence」と「unisexual inflorescence」は揃っており、全体から見ると「 - inflorescence」、「 - flower」をいちいち並べなくても、「bisexual」、「unisexual」だけがあればよいのではないかという意見も出てくるだろう。そしてこの2話は、見出し語として採録されていない。
Tab.1(-2)の「cauliflory 幹生花」は誤りで「幹生花性」が正しいだろう。そうなるとこの英語のもう1つの用語「茎上花性」と同じになる。「幹生花、茎上花、茎生花」にあたる英語が、この用語集に限らず、みつからない。「cauliflower」という語はあるが、野菜のカリフラワーのような奇形な形を表す語なので使えない。和文もどれかを選ぶ必要がある。
Tab.2A - 花冠では「papilionaceous corolla、butterfly-like corolla」や「rotate corolla、wheel-shaped corolla」のような同義語の採録がある反面、「hypocrateriform corolla高つき型花冠」があって「salverform corolla」がないといった拾い残しがある。また - shapeか - formかの統一が取れていない。今回の用語集はどちらかといえば拾いまくった感じなので、こういう不統一があちこちにある。統一と言っても、『 - formだけにして - shapeは省く』と決めたとしても、butterfly-likeのようなものもあるので、一様とはゆかない。ラン、バラ、ナデシコ、チョウなどは「- 花冠」でしか採録されていないが、ユリだけは「liliaceous corolla ユリ形花冠(Tab.2A)」「liliaceous flower ユリ形花(Tab.1(-2))」と2つある。これは採りすぎというべきだろう。
これより基本的な問題として『fiberとfibreを両方出さないで、どちらか一方だけにすべきだ』という議論はしばしば繰り返された。どちらか一方ということは、たとえば米語綴りを採って英語式綴りを捨てるというように一般化することになる。そうすると綴りがそのいずれに属するかを判断せねばならなくなるし、現在使われていない綴りを残すことも起こり得る。私は字引としては、あり得る綴りはすべて見出しの対象とし、語学の予備知識なしに引けるのがよいと考える。しかしそうすると複数形と単数形まで一々表示する事になる。これでは頁数がやたらにふえることと、『見解がない』と言われる心配がある。後の心配は多くの編者のプライドにかかわることであり、出版の経済性とからんで実現し難い。しかし検索を目的とするデータベースを作ろうとするならば、こういう見識のなさは必要と思う。
Tab.2B - 媒花では「コウモリ媒花」がないと思ったら、「chiropterophily コウモリ媒」という、旧版にはない用語のみが出ていた。Tab.2B関係の英文用紙には - philous。- philous flower、- philyと3種類あるが、これが揃っているのはanemo - 、entomo - 、hydro - 、ornitho - である。用語集本文を参照されたい。また「 moth flower 」には「 malacophilous flower」のような言い回しはないのだろうか。- philous flower を切り捨てようとすると、これが引っかかるのである。データベースの立場を離れれば、 - philousと -philyもどっちかでよかろうという気がする。 Tab.2C - 花紋もこう並べてみると「chlamydeous、haplochlamydeous」が落ちていることに気付く。
[植物研究雑誌67(2):119-121(1992)]
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
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