ヤマモモの仁
7月下旬、自宅近くでヤマモモの果実を拾った。直径1.5cmほど大きさである。ヤマモモは近ごろ街路樹としてよく見かけるが、実のなるものは少なく、あっても実はあまり大きくない。これは庭木として植えられたもので、持ち主も鳥寄せを意識したのだろう、巣箱が枝に取り付けてあったが、鳥が住み込めるような環境ではなかった。塀の外に落ちていた実を数個拾ってきた。
味は確かに甘味があるが、汁気が少なくていくつも食べる気にはならない。昔、新大久保駅近くの皆中稲荷神社の入口に落ちていたのを食べたが、小さいくせに汁気が多く、うまかった。放っておいたら乾燥して肉質突起が寄り集まり、間にひびが入ってアフリカンヘヤーの頭のようになった。これをナイフで削り落としたら、堅い内果皮が残った。
ついでだから仁も観察しようと割りにかかったが、どこから割ったらよいか手がかりがない。モモやウメなら縫合線を目安にナイフを当てればよいが、そういう目標がなく、おまけにおそろしく堅い。長さ10mm、幅 6×8mmほどだから、指でつまんで金槌でたたくと指をつぶしてしまう。万力に挟んで締めつけたら割れたけれど、割れ方に規則性がなく、いろんな形の破片ができるし、中の仁も傷んでしまうことが多い。こんなに堅いうえ一定の構造線のないタネが、どうやって発芽できるのだろう。内果皮は厚いところで1.5mmほどあった(図1a)。
仁はアーモンドを小さくしたような形である。ただしアーモンドにくらべてずっと柔らかく、油分が多い。モモの仁は放置すればすぐに干からびてしまうが、ヤマモモの仁は1週間たっても元の形のままである。アーモンドの仁のなまを食べたことはないが、ウメやサクランボの仁はコリコリする。ヤマモモの仁にはそういう抵抗感はなく、味も匂いもない。横切りしてみると2枚の子葉の境目はわかるけれど、先端部分にあるはずの胚軸は、小さすぎて区別がつかなかった。
ウメやモモの仁は見慣れているが、それと比較して大きな違いは種皮の模様である。ヤマモモでは底の部分から先端へ向かって、茶色の筋がたくさん平行に走っている(図1b)。あらためて比較理解するため、季節的にまだ手に入るモモの方から観察した(図2A)。
モモの仁の模様はヤマモモのそれと似ているが、最も違うのは肩のところで、図2A1で内果皮に着いている、つまり1が臍であるということだ。堅い内果皮の側面には、底部からこの肩の部分までを貫通する弧状のトンネル(図2A4)があり、その中に太い維管束が走っているのが見られる。仁の肩の臍から種皮に入った維管束は、太い1本の筋となって仁の稜線を這い下り(図2A2)、1番底の少し手前に達してから、改めて多数の筋に分かれて這い登っている(図2A3)。つまりこの筋は、珠心へ養分を供給する維管束なのだ。
アーモンドは果実を手にしたことがないので、仁と内果皮との関係は知らないが、維管束のパタンはもっとよくわかる。底の少しわきの稜線上に、タールを塗ったような黒い斑点があり(図2B3この観察は市販のナッツ詰め合わせで行った)、そこからたくさんの細い維管束が先端へ向かって広がっている。一方、黒い斑点から太めの線が1本、稜線上を先端に向かって走り(図2B2)、先端の少し手前でやや広がった縦長の黒線で終わっている(図2B1)。ここが臍にあたる部分だろう。反対側の稜線には、このようなパタンは見られない。
ヤマモモの種皮には肩のところに臍がなく、それに代わる臍がどこにあるのかわからない。前述のとおり、ヤマモモの内果皮は不規則にしか壊れてくれないので、モモのように仁と内果皮がつながっている状態は見ることはできない。いろいろな破片から推定すると、図1-1のように仁の底と内果皮の底部が直接つながっている、つまり臍は1番下のところにあるけれど、つながりが弱くて仁を取り出すときに簡単に切れてしまうことがわかった。内果皮のこの部分の断面を見ようとしたが、あまりに硬くてナイフの刃がそれてしまい、思うような面を出せなかった。とにかくモモとヤマモモの仁は見かけが似ていても、よく見ると構造的に大きな違いがあるのだ。
種皮というのは果実になってからの呼び名で、花の構造としては珠皮つまり珠心を取り囲む膜である。そこで、大井:新日本植物誌 (至文堂 1992)のヤマモモ科の説明を読んでみた。科の説明などというものは、普段は読まない。「胚珠は直立」とある。つまり直生胚珠である。バラ科の説明を見ると「胚珠は倒生」となっている。これは倒生胚珠である。モモは大きいから説明の便宜上使うのだが、ウメでもサクラでも同様である。アーモンドもPrunusだから、同じ構造のはずだ。観察はこれらの記述を裏付けるものである(図3)。
倒生胚珠だの直生胚珠だのは、子房内壁に胚珠が付く姿勢を示す言葉だが、植物の教科書にあるとしても、大学でだって教えてくれない。私も習っていないし、見たこともない。よほど慎重に顕微鏡切片を作らなければ見られないだろう。科学博物館で理科教員研修をやったとき、倒生胚珠の話しをしたことがあるが、誰も予備知識さえ持っておらず、独りよがりに終わった。高校や中学で教えるようなことではないから、仕方がない。図鑑や植物誌の科の説明で、胚珠の姿勢など書いてあっても、見ることもできないのに…と思っていた。大体、教科書の胚珠の図では、それが実際に子房壁にどのように付いているは想像できないだろう(図3上段)。そういう高度な現象が、果実になったとき、ルーペのレベルで観察できるとは驚きである。
ヤマモモの仁は形や脈の走り方がアーモンドに似ていると最初に書いたけれど、これは他人のそら似だった。むしろドングリの渋皮のパタンと同じだろう。再び大井:新日本植物誌を開いてみたが、ブナ科にもコナラ属にも胚珠の姿勢の記述はなかった。一方、山崎敬:現代生物学大系7b高等植物B(中山書店 1981)では、「目」の検索表に「ブナ目は倒生胚珠」とあり、期待とは違っていた。この検索の相手はクルミ目で、そちらは直生胚珠となっている。この「倒生胚珠」の出典はどこだろうと探してみたが、Engler : Syllabus(1964) やLawrence : Taxonomy of Vascular Plants(1964)では見つからず、Mabberley : The Plant Book(1987)の Fagaceae の項に出ていた。だからそれ以前の文献に違いない。山崎氏はわが国でembryologyを系統分類学にとりこんだほとんど唯一の人物として名が残る人で、とくに胚発生の様式について多くの研究があるが、ブナ科をご自分で調べたとは思えないのである。ご当人に質問してみたら、文献を参照した結果だが、むかしのことなのですぐにはわからないとのことだった。いずれにせよ、ヤマモモとドングリの種皮のパタンの類似については、保留せざるを得ない。クヌギの若い果実をこわしてみたが、倒生胚珠を納得させるようなパタンは見られなかった。
[野草72(527):1-4(2006)]
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- A Bibliography of the Plant Science of Nepal. Sipplement 1
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- Himalayan Botany in the Twentieth and Twenty-first Centuries
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書籍詳細
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残部僅少
[2008/09/30]
金井弘夫著作集 植物・探検・書評
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
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土曜・日曜・祝日・GW休暇・夏季休暇・冬季休暇(年末年始)
- (一社)日本公園施設業協会会員
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