普通な植物を記録しよう
ハーバリウムに納められた標本をみているうちに、普通な植物ほど数が少ないことに気がついたのはもうずっと以前のことである。わたしは分布を調べようと仕事をしているのだが、これにはなるべくまんべんなく各地の標本が集まっていることが望ましい。ところがナズナやオオバコとなると各地どころかほんの数枚しか手にすることができない。これに対してオゼソウやセツブンソウは同じ産地のものがたくさんの人によってくりかえし採集されている。人々が植物を採集する目的は、植物の研究だのフロラの解明よりは、珍らしいものを自己のコレクションに一つでも多く加えることにあるのではないかと勘ぐりたくなるほどだ。そういえば出版された植物目録でも、珍奇な植物は詳細な記事と共に標本や産地が一々引用されているのに、ナズナは「県内普通」だけで済まされているのが大多数である。普通なものは記録にあたいしないのだろうか?
火山の噴火や大地震のような特殊な現象を記録するのも記録だが、毎日の気温や雨量を記録するのも記録である。気温などは2・3日記録したのでは何もわかりはしないが、1年続ければ夏と冬の違いがわかり、10年続ければ平年の概念がつかめるだろう。
環境庁の全国調査でも「貴重植物」はいちはやく調査が行われ、自然保護でも「このような貴重な生物がいる。故に……」という主張がなされる。それでは貴重な生物がいないところは大事ではないのかというと、そんなことはあるまい。誤解を恐れずにいうと、骨董品と日常使う湯飲み茶碗とどっちが大事かというようなものである。これは次元の違う問題で、較べること自体が間違っている。日用品はこわれても惜しくはないし、代わりはいくらもあるが、無くては暮らしていけない。骨董品は人の心を豊かにし、基本的な財産として生活の基盤を支えている。そうすると、「貴重植物」の調査と同じ情熱を「普通植物」にかける価値があるのではないだろうか?近頃のタンポポの調査によって、身近な植物の分布を丹念に記録しておく風潮が生まれようとしていることは喜ばしいが、「日本タンポポ、西洋タンポポ」で片付けられているのは少々気になることである。「野草」は創刊50年になるという。小人数の同好会が切れ目なく会誌を発行できたのは、会員や指導者の支援によるものだろうが、何といっても中心人物の牧野晩成氏の努力の賜である。この間に誌上に記録された植物は数万に及ぶだろう。ところでフロラ関係の報告では標本の裏付けがあるか否かで信頼性が大きく左右される。標本がないと再検討できないからである。これらの植物はすべて標本にされているわけではない。たとえばその1割が誰かの標本になっているとしても、それだけでは「標本がある」かも知れないが、誰でも使えるわけではない。特に個人所蔵の標本は一代限りで反古になることが多いので、無いも同然である。こういう反省から、最近ではすべての標本を公的機関に保存するようなフロラ調査が行われはじめた。大変結構なことである。そうすると「野草」その他の同好会誌に記録された目撃植物リストは無駄なのか?私が植物分類学関係文献総目録を作ったときには、分類順に整理されたリスト以外は目的の植物を捜し出すことが困難なので、順不同のリストは無視した。しかし、最近になって普通植物の分布を調べようとしたとき、これら目撃植物の順不同リストをも利用するほかはないことを悟るようになった。そのうえ次の点でこういうリストはかけがえのない記録であると考えるようになった。
たとえすべての地点に生えているすベての植物を標本にしたとしても、フロラは万古不易ではないのだから、対比すベき過去のフロラの記録がなければ変遷はつかめない。たとえば環境悪化をいくらわめいても、過去のデータとの比較がなければ水かけ論である。標本がない過去のデータは上にのべた目撃リストや生態調査の組成表、更には個人のメモに頼るしかない。これらのデータは標本よりも資料としての信頼度は落ちるが、普通植物の場合にはそれほど大きい間違いは起こらないだろうし、もし疑いが生じれば遠慮なく捨てればよい。例えば掘川芳雄氏の分布図はこの類である。この分布図は各点の記録年度もわからないので、目撃記録としての資料価値は更に低い。原・金井の分布図は標本や文献に裏付けられてはいるが、それを知っているのは著者だけなので、いずれは同前となる。最近出版されている新潟県の植物分布図は、標本の裏付けはあるものの、すべて個人所蔵であるために、何等かの対策をとらない限り、早晩「標本なし」の記録と同じになる危険がある。神奈川県や日本シダの会でおこなっている、すベての地点で標本を採り、公的機関に保存するという仕事は理想的ではあるが収容能力や人手・経費の都合でどこにでもすすめられるものではないし、繰り返し実行することもまた困難が予想される。こんなわけですべての地点で全ての植物をいつでも標本にすることは不可能なので、単なる記録であっても十分利用価値があるといえる。目撃リストは目的の植物を拾い出すのが厄介なのが難点だが、近頃は電算機を使ってこういう記録をひとつひとつの植物名で検索したり、整理された大きな分類リストに繰り込んで行くことは可能になっている。パソコンを使う人ならその方法はすぐわかるだろう。もっとも、こういう記録を電算機データに作り直すという大仕事を誰がやるかが1番の隘路なのであるが……。
冒頭に述べたように普通植物の標本は分布量に反比例して少なく、今後も残念ながらそうなのだろう。したがって目撃記録でもよいから精々たくさん残してもらいたいものである。それと共に当たり前の身近な植物の動向をもっと丹念に調べる人が現れないものだろうか。普通な植物は、ちょうど山にかかる雲のように、大体の位置は変わらないでも、その周辺では思いのほか急速に動いているのではないかという気がするのである。野草同人の一層の活躍を期待したい。
[野草50(397):16-18(1983)]
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- Manual for Tropical Herbaria, Regnum Vegetabile
- The Asiatic Species of Osbeckia
- Biological Identification with Computers
- A Geographical Atlas of World Weeds
- Neo-lineamenta Florae Manshuricae
- Atlas of Seeds Part 3
- Alpine Flora of Kashmir Himalaya
- Botticelli's Primavera
- Index to Specimens Filed in the New York Botanical Garden Vascular Plant Type Herbarium
- Elsvier's Dictionary of Trees and Shrubs
- Medicinal Plants in Tropical West Africa
- Fodder Trees and Tree Fodder in Nepal
- Nepal Himalaya, Geo-ecological Perspectives
- Leaf Venation Patterns
- Development amid Environmental and Cultural Preservation
- The Lilies of China
- Kew Index for 1986
- Catalog of Moss Specimens from Antarctica and Adjacent Regions
- The mountains of Central Asia
- Trees of the southeastern United States
- A New Key to Wild Flowers
- Flora of upper Lidder Valleys of Kashmir Himalaya
- Systematic Studies in Polygonaceae of Kashmir Himalaya Vol.1
- Flowers of the Himalaya, a Supplement
- Plant Taxonomy and Biosystematics, 2nd ed.
- Plant Evolutionary Biology
- Lilacs, the Genus Syringa
- Ornamental Rainforest Plants in Australia
- Forest Plants of Nepal
- Plant Taxonomy, the Systematic Evaluation of Comparative Data
- Woody plants
- The Evolutionary Ecology of Plants
- The Forest Carpet
- Cryptogams of the Himalayas Vol.2., Central and Eastern Nepal.
- Pattern Formation in Plant Tissues
- Plant Genetic Resources of Ethiopia
- Leaf Architecture of the Woody Dicotyledons from Tropical and Subtropical China
- Palaeoethnobotany
- A Bibliograpby of the Plant Science of Nepal
- C.P. Thunberg's Drawings of Japanese Plants
- Temperate Bamboo Quarterly 2
- Index of Geogrphical Names of Nepal
- A Revision of the Genus Rhododendron in Japan, Taiwan, Korea and Sakhalin
- A Bibliography of the Plant Science of Nepal. Sipplement 1
- The Iceman and His Environment, Palaeobotanical Results
- The Cambridge Illustrated Glossary of Botanical Terms
- Handbook of Ayurvedic Medicinal Plants
- Ethnobotany of Nepal
- Himalayan Botany in the Twentieth and Twenty-first Centuries
- Meristematic Tissues in Plant Growth and Development
- Proceedings of Nepal-Japan Joint Symposium on Conservation and Utilization of Himalayan Medicinal Resources
- The Orchids of Bhutan
- Beautiful Orchids of Nepal
書籍詳細
-
残部僅少
[2008/09/30]
金井弘夫著作集 植物・探検・書評
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
営業日カレンダー
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土曜・日曜・祝日・GW休暇・夏季休暇・冬季休暇(年末年始)
- (一社)日本公園施設業協会会員
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- ISO9001認証取得企業
アボック社は(一社)日本公園施設業協会の審査を経て「公園施設/遊具の安全に関する規準JPFA-SP-S:2024 」に準拠した安全な公園施設の設計・製造・販売・施工・点検・修繕を行う企業として認定されています。
For the happiness of the next generations