二、ユリノキの優れた園芸品種
○樹形変わりと葉の変化
主にヨーロッパで、ユリノキの優れた園芸品種が二タイプほど作出されている。いずれも欧米の樹木愛好家のなかで高い評価をうけ、栽培されて広く市場にも出回っている。しかし、残念ながら日本ではまだ知る人は少ない。
横浜の保土ヶ谷で農園を営む広瀬憲二氏は、欧米の数多くの優れた園芸品種の導入者として、また、中国や台湾の原種導入家として有名な方だが、同時にユリノキの園芸品種の日本導入のパイオニアでもある。
氏を訪問して、ユリノキ園芸品種の導入の経緯とその魅力について語っていただいた。
ユリノキの変わり物で最も注目されるのは、ファスティギアータムと、オーレオ・マルギナーダムでしょう。
ファスティギアータムは、名前のとおり樹形が円柱状になるタイプ、つまり電信柱のようになる。これを一五年くらい以前に、私は一〇本ほど小苗でイギリスから導入しました。いずれも切り接ぎしたもので、台木には二年生くらいのユリノキそのものが使われていて、非常によく生育する。生育条件としてはユリノキと全く変わりません。そして、とにかく枝が横張りせず直上して、美しい樹形です。
横浜市の公園部に渡辺寿さんという造園設計家がいて、この木を見ておもしろがって、五~六メートルくらいのものを五本ほど持っていった。市内のどこかに植えたはずですが、その後の情報がほしい……。そうした情報が伝えられてこそ、新しい品種が日本に定着していくと思っているわけです。
私の農園には、その後に増殖したもので、わりあい大きいものが、まだ一〇本ほどあります。増殖はユリノキの苗木があればどんどんできる。切り接ぎで、ほぼ一〇〇パーセント成功しますね。
さて、ユリノキのもう一つの変わり物ですが、これは葉形や葉色の変わったタイプで、いろんな品種がつくられているらしく、そのうちで、欧米で最も普及しているのが、葉のまわりが黄色になるオーレオ・マルギナータムなんです。これも私はファスティギアータムと同じ時期に導入しました。春先に葉が展開すると、どんどん色がついてきて、五月から初夏にかけて、とても鮮やかな黄色の斑入り葉になります。欧米では、これをあまり大きくしないで、上を切りつめて庭や小公園などに植え、葉を観賞している……。ユリノキの新しい楽しみ方なんですね。
私が入れたこの品種も、生育条件は母種のユリノキと全く変わらない。つまり日本の環境で生育には問題がありません。繁殖法もファスティギアータムと同じでいいし、きわめてつくりやすい……。ただし、この品種は夏に入ると黄色みが薄れてくるんですね。「のち暗み」といって、斑入り葉の世界でこうした現象はよく起きることで、雨の多い日本の夏の気候が影響するんでしょうね。しかし、まあ、春のこの品種のもつ鮮やかな葉色の魅力は捨てがたいですね……。
欧米では、日本では考えられないほどに樹形の変わり物の品種化が盛んに行われていて、さまざまなタイプの品種がいろんな木から選抜され、都市景観の中にどんどん生かされています。育種の理由としては、狭い庭にも向くし、街路に植えた場合などの剪定や管理手間がいらないという理由が第一、母種のもつ魅力をさまざまに形を変えながら楽しもうという造形デザイン的好奇心が第二の理由だと思います。
樹形の変わり物としては、このファスティギアータムのタイプを筆頭にして、もう少し円錐形にまとまるコラナムタイプ、頭部が丸くなるグロボーサタイプ、それに枝垂れ性になるペンジュラタイプ、背の高くならないドワーフタイプなどがあります。こうした形質のどれかを、ほとんど全部といってよいほどの基本種から引き出して品種化していますよ。日本から導入されたサクラやモミジ類でも、あれ、これがと思うような形にしてしまっている。むこうの人々は、基本種の形質にこだわらないで、どんな条件の場所でも、こんな木を植えたいという願望を満足させてしまうのですね。
私は欧米でこのような品種をさんざん見ているんですが、都市景観や造園デザイン上の将来を考えると、今後には必ずこうした需要が日本にもやってくると判断しています。とくに造園的にいえば、近ごろ質の植栽ということが問われ出してきている……。もうすぐですね。
ところでユリノキに関していえば、樹形では、枝垂れ性やドワーフタイプがまだ作出されていない。ファスティギアータムのみですね。もちろん母種のユリノキ自体もすばらしいのですが、造園家や園芸家の人々には、ぜひユリノキのこうした美しい品種にも着目していただいて、それなりの場所で用いられることを楽しみにしているんです。
○新品種への期待
広瀬氏の話にもあるように、園芸品種への人々の関心は高まってきているが、これからユリノキの改良が進められてゆくと、まず予想されるのは樹形の変わったタイプの作出であろう。そのなかで、とくに期待したいのは枝垂れ性のユリノキの出現である。
枝垂れ性の品種が生まれたとなると、ユリノキ本来の特性を全部と言っていいほど覆してしまうから、これは画期的な改良になる。まず、枝が枝垂れるから、樹形をコンパクトにまとめることができる。主幹のように上向きの枝や徒長枝などが出たときは、切りつめればよい。結局のところ樹形はドワーフとなる。
葉は基部を上にして逆さに展開するから、観賞度はきわめて高い。そして、花だ。ご存じのようにユリノキの花は、上向きに人知れず咲く。ひっそりと人目にふれずに咲くのがユリノキだと、おおかたのユリノキファンは言うかも知れないが、そんなこだわりはこの際横に置くとして、美しい花は目の前に咲くほうがいいと思う。これまで樹上に天高く咲かせていた花を、シダレユリノキは人々の眼前にそのまま美しく見せてくれる。満開のときには、あの大形のチューリップ状の花とともに、こぼれるような花蜜の香りに群れ集まってくる虫や鳥たちを楽しむこともできる。
ところで、シダレユリノキが幻ではなく、現実に作出される可能性があるとすれば、どのような経緯が考えられるであろうか。このテーマに関して私はあるヒントをもっているので、ここにかいつまんで記してみよう。
あるヒントとは、新宿御苑の巨木ユリノキに端を発する。御苑でいちばん高くて大きく、広い芝生のまんなかにそびえ立ち、三本が一つになって雄大な樹形をつくっているから、ユリノキのファンならずともこの木はひろく知られている。
実はこの木の下枝の幾つかが、日照を求めてぐんと垂れ下がっているのである。よく見ると、その何本かは、ほぼ垂直に、まっすぐに下を向いている。地上まで、あと六〇センチメートルくらいか……。ふつうのユリノキではとても考えられない現象である。
私は数年前の夏、ふとしたことでこの枝を発見した。この枝を切り接ぎすると、ひょっとするとシダレユリノキができるかも知れない。
台湾の台北植物園で、三〇メートルものみごとに生長したアローカリア・クニングハミー(ナンヨウスギ科)の母樹から、わずか一メートル以下におさまる、這い性で枝垂れるタイプが選抜された。ご存じのようにナンヨウスギの仲間は美しい特異な樹形をもち、世界三大美樹の一つとされている高木である。その木が這い性となり、園の玄関口に低い垣根として用いられている。
改良された胡大維教授は、「園内に植えてある数多くのアローカリアの中で、下枝の先端の小枝が垂れているものが幾つか見られる。とくに樹齢のいった木に多い。これを切って挿木をくりかえしたところ、そのうちの幾つかが、立ち上がらない性質をうけついだ」と語っている。
私はユリノキの下垂する御苑のユリノキの枝を見たとき、このことを思い出していた。
後日、新宿御苑に勤務されている園芸家の松崎直介氏に私はこの話を伝え、実験をおすすめしてみた。松崎氏は非常に興味をもたれて、さっそく取り組んでみたいと言われていたが、その結果はまだ知らされてこない。
ついでながら、花の変わり物のはなしをもう一つ付け加えたい。もちろんユリノキの花変わりの園芸品種の発表や記載は、まだ世界にない。私は、これも偶然に出会ったのだが、ユリノキの花変わりの写真を撮っている。場所は埼玉県の越ケ谷にあるアリタキ・アーボレータムで、カラーページの写真を見ていただきたい。花はふつうのユリノキよりもやや大輪だが、形状的には大した違いは見つけられない。異なるのは花の色である。花全体がオレンジ色になっていて、たいそう見栄えがする。花色だけを比較すると、立派に園芸品種として通用する値打ちがあるだろう。
アリタキ・アーボレータムの有瀧忠彦氏の説明によると、どうやらこれは、ユリノキとシナユリノキとの自然交雑種から出たものらしく、しかしその確証となると判然としない、つまり断定ができない……ということであった。
ここの農園には、古くに導入されたユリノキとともに、これも立派に花をつけるシナユリノキが二〇メートルも離れずに植えられているから、有瀧氏の話は十分に考えられることである。これが事実としたら、植栽したなかから偶然に生まれた自然雑種ということになる。これは、永年にわたって外国種導入のパイオニア的な努力をされているアリタキ・アーボレータムに、天が与えた贈り物なのかも知れない。
仮にいま、この自然雑種をキバナユリノキとでも呼んでおこう。この花色の美しい交雑種が、世界に先駆けて日本で登録されて市場に出ることを、私などは大いに待ち望んでいる。
○現在の園芸品種
以下にユリノキの園芸品種の一覧表をつくってみた。ヨーロッパとアメリカの最新の園芸図鑑をもとにしたが、ご覧のように、樹形の変わり物はファスティギアータムのみで、他はすべて葉変わり品種である。(※各品種の原綴りは原文ママ)
- ファスティギアータム( L. t. cv. Fastigiatum = L. t. f. piramidale 柱状、ピラミッド状の意)
- 樹形が円柱状になる。ドイツで作出され、一八九〇年ごろにアメリカに里帰りしたという。
母種ほど高木にはならず中木である、と記した文献もある。他は母種に同じ。- オーレオ・マルギナータム( L. t. cv. Aureo-marginatum 葉縁が黄色の意)
- 変わり葉。葉の裂片に沿って鮮やかな黄色を帯びる。ヨーロッパの園芸界で一八七三年に発表されて各地に広まった。変わり葉種としては最も普及している。
- インテグリフォリウム( L. t. cv. Integrifolium 葉が全縁の意)
- 変わり葉。葉の基部が丸く、裂片もなく、全体が丸くなるタイプ。
- コントルタム( L. t. cv. Contortum 振動するの意)
- 変わり葉。葉のまわりが波うつ。全体として葉がよれているようになるタイプ。
- クリスパム( L. t. cv. Crispum 縮らすの意)
- 変わり葉。葉がたてよりも横が長くなって、さらにコントルタムのように波うっているタイプ。ただし、この品種は KRUSSMANN誌によると、前品種と同じとされる。
- オブツシローバム( L. t. cv. Obtusilobum 裂片が鈍頭の意)
- 変わり葉。基部のある裂片が尖らずに丸くなるタイプ。
- オーレオピクタム( L. t. cv. Aureopictum 鮮やかな黄色の意)
- 変わり葉。オーレオ・マルギナータムとちかって、葉の中央部が黄色になるタイプ。近年にヨーロッパで作出されたものらしく、文献には珍品であると記されている。
毛藤勤治 著 / 四手井綱英・村井貞允・指田 豊・毛藤圀彦 寄稿
四六判 / 並製 / 304頁(カラー24頁) / 定価1,885円(本体1,714+税)/
ISBN4-900358-23-1
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