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第三章 アパラチア山麓のユリノキ

五、伐りつくした材

「光沢の白材」と呼ばれて…

アパラチア山麓で伐採されたユリノキの丸太は、他の樹木にくらべて著しく巨大であるばかりでなく、材質が軽いわりに衝撃や打撃には十分に耐える強度をもつ。アメリカでは昔から馬車のボディーをはじめ丸木舟・はしけ・竜骨型の船舶などに盛んに用いた。

アメリカ大陸の開拓が進むにつれて、広大な高原や山裾に西部劇でおなじみの街づくりがはじまった。鉄砲店や日用雑貨店や酒場などのあいだに銀行と保安官事務所が軒をつらね、通りのはずれには教会が建てられた。

ユリノキ材は、釘割れが出ないだけでなく、腐りにくくて釘持ちのよいことが好まれて、スレート葺きの屋根の下板として、また、長い腰板などの建築用材としても使われた。また残響が適度で音響効果がよいことから、教会のオルガンや、ピアノの外囲材にも用いられた。

一方では、細工がしやすくて狂いがなく、かんなを一度かけただけで滑らかに仕上がるうえに、塗料や膠の乗りもよいので、「光沢の白材」と呼ばれてひろく家具材や装飾材として活用された。

牧場などでは、心材の部分をくり抜いてポンプで水を汲み上げるときの木管にしたり、縦割りにした丸太の中央部をえぐりとって何本もつなぎ、水飲み場まで水を引く樋としても利用した。

やがてアメリカでは、陸地には蒸気機関車が走り、湖や河川には蒸気船が航行して、いわゆる鉄と石炭の時代に入ったが、ユリノキは、サクラ・カバ・マホガニーや、ローズウッドとともに、列車や船舶の内装材としてますます需要が増していった。

このような需要に応えるために、産地ではユリノキの長丸太だけで組んだ大筏が組まれるようになった。

他の雑木丸太と区分されて、ユリノキの丸太だけで編成した最初の筏がベイシチーを出発し、はるばるミシガン湖を渡ってシカゴ市へ到着したのは一八三二年であった。

このころからいよいよ諸物資の貿易が盛んになり、大西洋、そして太平洋へと大型の貨物船が行き交うようになったが、アメリカからの輸出物資の梱包材としてユリノキ材の使用が急速に増加した。

梱包用のユリノキの板は、インクで型押しした宛名人や発送人の名前が鮮明に印字され、日数を経てもけっして輪郭がにじんだり薄れたりすることがないので、貿易商たちに喜んで用いられた。わが国とも交易が盛んになるにつれて、重量が大きい機械類などにはユリノキ材を用いた梱包が多く混じってきた。

ユリノキの巨幹は、樹皮が厚いので辺材の傷みが少ないこと、容積の割りには軽いために山出し費用が安価だし、しばらく寝かせておくと皮剥ぎが容易になり、その労賃も節減できることなどといった利点がある。このすぐれた材に、材木商も貿易商も目をつけないはずはなく、アパラチア山脈の奥へ奥へと、巨大なユリノキを求めて伐採業者が入りこんでいった。

このあと、書籍・新聞雑誌・広告などに大量の紙を消費する時代を迎える。ユリノキの繊維は、一・四七ミリメートルと広葉樹のなかで比較的長く、上質の白色紙の製紙原料に適しており、しかも着色紙製造にも原料としてすぐれていることが認められると、パルプ材の分野への需要がにわかに高まって、ユリノキの若木の伐採さえも各地でおこなわれるようになった。

さらに合板産業の発達にともなって、ユリノキは正円材が多いことから、ロータリー単板の原木として好適だとの評価をうけるに及んで、合板業界は競ってユリノキ材を買い集めた。とくに、サクラ・カバ・マホガニーなどの薄板をユリノキ材に貼り付けるという手法が、開発されると、いままでにない全く新しい利用分野が拓かれた。ユリノキ材は、木材市場において独立した銘柄が与えられるとともに、しだいに重要な木材としての位置を占めるようになった。

しかし、物事はすべてがうまく行くものではない。有用材としての需要が増大するにつれて、ユリノキの蓄材枯渇という状況が濃く現れてきたのである。

かつてアメリカ国内には、ユリノキの密度の高い天然林の面積は五二万平方キロメートルといわれ、地味ゆたかな湖畔の山々の傾斜面や、谷間から運ばれたよい土がつくった河川の流域などには、ユリノキの美林が分布していた。それらの大部分の土地は、まず開拓によって耕地化され、長年にわたって多数の木樵たちの手で伐り倒されていった。

ユリノキは、アパラチア山脈の標高約五〇〇メートル以下にしか分布していないから、その巨木は開拓者の目にとまりやすく、さらに木材としての素性もよいゆえに、他のどの木よりも先だって伐採された。

いまでは、特別に保護をうけている地域のほかは、森林のなかで他の樹木に混じって、あちこちに散在するユリノキを見かけるといった寂しい現状になっている。

このようにして、長さ五メートル・幅六〇センチメートル・厚さ一五センチメートル以上の、まったく欠点がなくて均質なユリノキの長尺厚板を多量に産出した時代は、遠い過去でしかなくなった。

木材としての価値

ユリノキの用材としての価値について、もう少しくわしくふれておく。

以前には、アメリカの材木商のあいだでは、ユリノキを丸太で扱うときは「バスウッド」と呼んでシナノキとごっちゃにし、ユリノキの辺材を板材にしたものを「ホワイトウッド」と呼んで海外に輸出していたことについては前にふれた。

しかし、イギリスに輸出するときに限って、相手の好みかどうか不明だが「カナリーウッド」という名を用いることが多かった。わが国も、ユリノキとシナノキ類の木材を輸入していたが、両者を区別せず「バスウッド」の銘柄で取引がおこなわれた。

さて、木本植物の幹から樹皮を剥ぎとったものが木材で、心材と辺材とに分けられるが、ユリノキの心材の多くは、鮮黄色か黄褐色、もしくは緑黄色だが、たまたま暗紫色や黒色を帯びるものもある。

辺材は、白色または黄白色、あるいは灰白色なので、心材との区別が明らかである。

木理は通直で、木口面には多数の細い管孔が一様に散布した散孔材である。年輪の境には白線のような輪縁柔組織があって、年輪は明瞭だが髄線はあまり大きくない。

なお、ユリノキの心材は、異常と言ってよいほど他の多くの木材よりも少ない。したがって辺材からは大きい厚板が取れるので、用材としての価値をいっそう高めていることは確かである。また、心材のほうは、かたくて耐久性が図抜けていることから、用途によっては、とても大事に取り扱われている。

材の堅さと強度

アメリカの材木商の間で聞くことばに、バーズ・アイ(birds eye)がある。日本でいう「板の節」にあたる。ユリノキの幹は、節くれだったり大きなコブを作ったりしないので、このバーズ・アイがなく、これからとれる厚板は、とても美しいというのも特長の一つとされている。

繊維の長さは、一般に、マツやヒノキなどのような針葉樹のほうが広葉樹より長いのが通例だが、広葉樹のパルプ材に多く混入されているブナよりも、ユリノキの繊維は長く、パルプの収集率では他の広葉樹にくらべて、それほど大きい遜色がない。

また、ユリノキにかぎらず、広葉樹は繊維が短いために、これだけで単独に抄紙、つまり紙にすくことは、まずあり得ない。だから、広葉樹からとったパルプは、混合抄紙、厚紙やボード用の紙、人絹への混紡などに利用して、その価値がそれなりに認められている。(第六表 ▼)

樹種 最大 最小 平均
ユリノキ 1.95 (100) 0.91 (100) 1.47 (100)
トゲナシニセアカシア 1.54 (079) 0.50 (055) 0.96 (0 65)
シンジュ 1.43 (073) 0.68 (075) 0.98 (067)
ブナ 2.20 (113) 0.50 (055) 1.37 (077)
アカマツ 5.79 (297) 0.91 (100) 3.32 (226)

▲ 第六表 ユリノキの繊維の長さ(mm)

ただし、ユリノキの繊維は色素がよく乗ることから、純白な上級紙のパルプ原木として高く評価されている。ただ現在では、ユリノキは木材として量的にまとまらないので、これを広葉樹の原料材のなかから選びだし、単独抄紙の生産工程に乗せようにも、材料がとぼしくて、経済的な面からも実現の可能性はない。ベニヤ材としても、あらゆる点で高い評価が寄せられているが、実際にはユリノキ材をまとまって入手することができない。

たまたま、幹の直径が一メートルを超えるような大口径のユリノキの丸太が、材木商の目に触れるときがある。幅と厚みの大きい長尺物が得られることから、ベニヤ材の価格などでは遠く及ばない高値で、単幹材の高級品として個別取引されているのが現状である。

ユリノキの材の堅さと強度とに関しては、ひと口に言って「アカガシ(ブナ科)・ケヤキ(ニレ科)には劣るが、ハリギリ(ウコギ科)・カツラ(カツラ科)・ホオノキ(モクレン科)に勝り、軽い割合に強い」ということになる。

これを証明する実験値を第七表(▼)に示した。

樹種 曲げの強さ 圧しの強さ 剪断の強さ 比重
ユリノキ 0830 (100) 526 (100) 082 (100) 0.41 (100)
ハリギリ 0454 (055) 454 (086) 068 (082) 0.57 (139)
カツラ 0699 (084) 503 (096) 070 (085) 0.51 (124)
ホオノキ 0730 (088) 394 (075) 059 (072) 0.52 (127)
ケヤキ 0874 (105) 526 (100) 097 (118) 0.68 (166)
アカガシ 1,113 (137) 512 (097) 120 (146) 1.06 (259)

▲ 第七表 ユリノキの材の強さ(kg/cm²)

注:1. ( )は、ユリノキを100としたときの指数
2. 測定値は、それぞれ外力を加えて、木材(乾燥度の等しいもの)が変形をはじめるときの外力を、1cm²あたりの重さ(kg)で示す

比重の欄の数字は、値が小さいほど水に浮く力が強いことを示すもので、いわゆる材の軽さを表している。

コンテンツ一覧▼ 目次をクリックすると、各記事をご覧いただけます

第一章 ユリノキという木

一、化石のなかの「ユリノキ」 村井貞允
  • ユリノキ属の出現
  • わが国におけるユリノキ化石発見の歴史
  • 琵琶湖よりも大きかった古雫石湖
  • ユリノキ化石の仲間たち
  • ユリノキの繁茂した古環境
  • ユリノキの仲間のうち、興味ある種類
二、北米産ユリノキのこと 四手井綱英
  • 東部森林の代表者ユリノキ
  • 外国樹種の導入
  • 導入の失敗と成功例
  • ユリノキへの期待
三、シナユリノキのこと 毛藤圀彦
  • シナユリノキ発見の記録
  • リリオデンドロン・キネンセ
  • シナユリノキの天然分布
  • 樹齢一〇〇〇年の最大樹発見
  • ユリノキとシナユリノキの関連
四、ユリノキの名前
  • 呼び名いろいろ
  • ハンテンボク
  • イエローポプラ
  • チューリップツリー
  • カヌーウッド
  • サドルツリー
  • カナリーウッド
  • バスウッド
  • ホワイトウッド
  • ユリノキの学名
  • リリオデンドロン・ツリピフェラ

第二章 ユリノキのふしぎな形態

一、花
  • 原始の花
  • 緑色の花冠
  • 古代花の形質
二、葉
  • 葉先のない珍しい葉形
  • 難解な葉の表現
  • 発見した小さな突起物
三、生長
  • どのくらい大きくなるのか
  • 生長迅速
  • 容姿端整
四、寿命
  • 樹高六〇・四メートルの巨木
  • 枝と幹と樹皮
五、ユリノキの薬効と成分 指田豊
  • 北米インディアンの薬木
  • 抗癌作用のあるユリノキ成分
  • 辺材が示す抗菌物質と香りの成分
六、花蜜
  • 一花に小匙一杯ほどの
  • 蜂を呼ぶ
  • 蜜の品がら

第三章 アパラチア山麓のユリノキ

一、チューリップの木の花かご
二、幻のユリノキを訪ねて
  • 手当たりしだいの伐採
  • 神々の樹との出会い
三、天然林に生きる
  • 天然更新できない理由
  • 世紀末をむかえたユリノキ
四、ユリノキ天然林の植物相
  • 山岳天然林
  • 低地天然林
  • 丘陵地天然林
  • 河床地天然林
  • ユリノキの食害
五、伐りつくした材
  • 「光沢の白材」と呼ばれて...
  • 木材としての価値
  • 材の堅さと強度

第四章 ユリノキ・ニッポン物語

一、日本渡来考
  • 伊藤圭介説と田中芳男説
  • 不発芽に終った第一号
二、長岡苗木について
  • 初代の並木たち
  • 公園設計の父・長岡安平
  • 御苑ユリノキを母樹として
三、小泉苗木について
  • ユリノキ二世のルーツ
  • 啄木と同期の小泉多三郎
  • 造園業のパイオニア藤村「豊香園」
四、横山苗木について
  • 造林の先駆者・横山八郎
  • 小泉苗木を継いだ横山苗木
五、ロウソクノキの林
  • 紺野ツマさんの林
  • 半世紀後のみごとな林分
六、新宿御苑のシンボル
  • 御苑の来し方
  • 寄せ植えした三本
七、上野・銀座のユリノキ
  • 牧野富太郎の設計
  • この木なんの木
  • 銀座のユリノキ
八、受難のユリノキ二題
  • 三菱爆破事件の顛末
  • 「宮沢賢治の母校並木」の顛末
  • 植栽用途と生育状況の把握

第五章 都市と田園のユリノキ

一、植えたい人へのメッセージ
  • 「田園の幸福」の花ことば
  • 植栽上の七つのポイント
  • 北限および南限と適地
  • 防火樹としての効果と萌芽力
  • 枝折れ
  • 冬の小苗管理法
  • アメリカシロヒトリ
二、ユリノキの優れた園芸品種
  • 樹形変わりと葉の変化
  • 新品種への期待
  • 現在の園芸品種
三、世界の国のユリノキ事情
  • 九カ国の生態学者に聞く

第六章 ユリノキ実験考

一、移植
  • 成木移植はむずかしい
二、三年生株と幼苗の移植実験
三、実生苗
  • ユリノキ苗木の量産法
  • 種子のカーペット
  • 樹下採苗
  • 四〇パーセントに近い硬実歩合
  • 五〇〇メートルも飛ぶ翼果
  • 一樹から採れる種子数

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