四、ユリノキ天然林の植物相
アメリカ林業技術者協会発表の記録(一九五四年)によると、ユリノキが、ほかの樹木と混生して林を造るとき、その構成を区分すると、ユリノキが主体になる植生は四型、ユリノキが従になる植生は一二型に分けている。
たとえば、ユリノキが主体になる植生型は次のとおりである。
- ユリノキだけ
- ユリノキとツガ
- ユリノキとシラカシ・アカガシ
- ユリノキとモミジバフウなど
また、ユリノキが従になる場合の主林木には、次のようなものがある。
- ストローブマツ・ツガ・クリ・カシ類・ヒッコリー・サトウカエデ・カキ・テーダマツ・アメリカブナ・モクレン類・沼沢地クルミ類など。
アパラチア山脈の天然林内のユリノキは常に最上層木としての地位を保っているが、それではユリノキの弟や妹にあたる下層部には、どんな種類の樹木が生き抜いていたのか。これについても、シェンクが観察した結果をあげるのが最も理解が容易であろう。
○山岳天然林
まず山岳種について見るのに、ここの天然林の第一相の構成種としては、つぎのようなものが掲げられている。
- クリ属デンタータ( Castanea dentata )アメリカグリ
- コナラ属アルバ( Quercus alba )アメリカシラガシワ
- コナラ属ボレアリス( Quercus borealis )
また、第二相の構成種としては、
- ツガ属カナデンシス( Tsuga canadensis )カナダツガ
- マツ属ストローブス( Pinus strobus )ストローブマツ
- トチノキ属グラブラ( Aesculus glabra )アメリカトチノキ
- トチノキ属オクタンドラ( Aesculus octandra )キバナトチノキ
- トネリコ属アメリカーナ( Fraxinus americana )アメリカトネリコ
- ペカン属グラブラ( Carya glabra )
- ペカン属アルバ( Carya alba )
- ペカン属オバリス( Carya ovalis )
- ペカン属オバータ( Carya ovata )ヤエガワヒッコリー
- ペカン属コルディフォルミス( Carya cordiformis )
- ハリエンジュ属プセウドアカキア( Robinia pseudoacacia )ニセアカシア
- ニッサ属シルバチカ( Nyssa sylvatica )ツーベロ
- ハレシア属モンテイコラ( Halesia monticola )アメリカアサガラ
- オキシデンドルム属アーボレウム( Oxydendrum arboreum )
- カエデ属ルブルム( Acer rubrum )アメリカハナノキ
- シナノキ属グラブラ( Tilia glabra )アメリカシナノキ
- カバノキ属レンタ( Betula lenta )アメリカミズキ
- サクラ属セロチナ( Prunus serotina )バージニアザクラ
- クワ属ルブラ( Morus rubra )アカミノクワ
- クルミ属ニグラ( Juglans nigra )クログルミ
- ブナ属グランディフォリア( Fagus grandifolia )アメリカブナ
なお、ユリノキの生育している傾斜地の上方には、よく同属のモクレン属アクミナータ( Magnolia acuminate )キモクレンが成立しているが、この場所へ次第にユリノキが移って行く傾向が見られる。
さて、以上の二〇種に余る第一相、第二相の樹種を紹介したが、天然林にはさらに下層の植生があって、以下のほか、アザレアの仲間などが見られる。
- ミズキ属フロリダ( Cornus florida )ハナミズキ
- マンサク属バージニアーナ( Hamamelis virginiana )アメリカマンサク
- ツツジ属マクシマム( Rhododendron maximum )ダイセキナン
- ハナヒリノキ属レクルバ( Leucothoe recurva )
- ニシキギ属アトロプルプレア( Euonymus atropurpurea )ワホウノキ
- ピルラリア属プベラ( Pyrularia pubera )
ただし、中部テネシー州やケンタッキー州の石灰岩土壌では、コナラ属アルバ( Quercus alba )・サトウカエデ( Acer saccharum )・ブナ属グランディフォリア( Fagus grandifolia )などが主な随伴種となっているし、石灰砂土の土壌環境をもつキューバランドの山並では、コナラ属のアルバ( Quercus alba )およびベルチナ( Quercus velutina )、そしてペカン属アルバ( Carya alba )が成立している。
○低地天然林
低地森林の場合では、コナラ属ニグラ( Quercus nigra )および同属のフェロス( Quercus phellos )などが代表樹種であって、これに混交樹として、つぎの樹種が成立している。
- コナラ属リラータ( Quercus lyrata )
- コナラ属パゴダエフォリア( Quercus rubra var. pagodaefolia )
- ニレ属アメリカーナ( Ulmus americana )アメリカニレ
- フウ属スティラキフルア( Liquidambar styraciflua )モミジバフウ
- トネリコ属ペンシルバニカの変種( Fraxinus pennsylvanica var. lanceolate )
- カエデ属ルブラム( Acer rubrum )アメリカハナノキ
- ニッサ属アクアチカ( Nyssa aquatica )ツーベロゴムノキ
- ヤマナラシ属ヘテロフィラ( Populus heterophylla )
○丘陵地天然林
オハイオ州の丘陵地では、ユリノキは山峡の典型的な樹木となっていた。傾斜地の上部に沿って、クリと若干のツガ林ができあがっていて、その林内には以下のものが見られる。
- ブナ属グランディフォリア( Fagus grandifolia )アメリカブナ
- コナラ属アルバ( Quercus alba )アメリカシロガシワ
- コナラ属ベルチナ( Quercus velutina )クロガシワ
- クルミ属シネレア( Juglans cinerea )バタークルミ
- ニッサ属( Nyssa sp. )
- ペカン属( Carya sp. )
- クワ属ルブラ( Morus rubra )アカミノクワ
- カエデ属ルブルム( Acer rubrum )アメリカハナノキ
○河床地天然林
イリノイ州の河床地およびインディアナ州のウォバシュ川の河床低地には、枝下高が二〇メートルを超すユリノキの林分があって、二〇本の平均樹高四四メートル、胸高周囲六メートル(一八七二年『アメリカン ナチュラリス』誌)といわれる。その随伴樹は、つぎのとおりである。
- コナラ属アルバ( Quercus alba )アメリカシロガシワ
- コナラ属ベルチナ( Quercus velutina )クロガシワ
- ペカン属( Carya sp. )
- スズカケノキ属オキデンタリス( Platanus occidentalis )アメリカスズカケノキ
- ニッサ属( Nyssa sp. )
- ブナ属グランディフォリア( Fagus grandifolia )アメリカブナ
- ニレ属アメリカーナ( Ulmus americana )アメリカニレ
- ニレ属フルバ( Ulmus fulva )
- カエデ属サッカルム( Acer saccharum )サトウカエデ
- トネリコ属アメリカーナ( Fraxinus americana )アメリカトネリコ
- クルミ属ニグラ( Juglans nigra )クログルミ
天然林内のユリノキは、大きい煙突のようにまっすぐな幹を形成し、幹の太さにくらべて少し小さく思われる樹冠を林の最上層部に繁らせ、第一相と第二相の構成種から下層植生や随伴樹種にいたるまで多くの弟妹たちを見守りながら、超然と生育している。
現在、アメリカの有識者たちによって、このようなユリノキ天然林に対し、偶然の更新より幾倍も効果のあがる人工的処置の即時実施が強く叫ばれている。
○ユリノキの食害
森や林にも実りの秋があって、そこに棲む動物たちは思いきり飛び歩いて木の実などを飽食できるが、やがて冬が訪れて白いものが落ちはじめると、食糧環境は一変し、長い窮乏の生活に入る。
ノウサギやノネズミたちは寒い冬を生き抜くために、手当たりしだい、木の根や皮を噛り、大きな樹木までにも被害を与える。
青森県の下北に棲むニホンザルや、岩手県南の五葉山に棲息するホウシュウシカたちも、雪のなかで樹木の冬芽を噛ったり樹皮をむいたりして、耐乏の生活をつづけながら遠い春を待つ。
このように、森林の多くの樹木や林床植物はマンマル( Mammal=哺乳動物)とかかわりがある。
まず初めに、ユリノキに被害をおよぼす代表的な獣類としては、オジロジカがあげられている。アメリカの森林の中で、このオジロジカが何かの原因で急に棲息密度が高まり、食物の供給が十分でない年にかぎって、早春に垂れさがったユリノキの枝の新芽を食害する。この現象は林内に放牧した牛馬や羊類が食べる草の足りない状態になったとき、ユリノキの葉を食いちぎるのと同じようなものだ、とアメリカの森林官がいう。
すなわち、オジロジカや放牧の家畜たちは、食糧事情がせっぱつまればユリノキの芽や葉は食べるが、幹を噛んだり、樹皮をむいて食べたりはしない。
また、晩秋と早春に集団で移動する習性のあるオオウサギは、ユリノキの二次林に入ると、根元から出ている萌芽枝の芽を次から次へと噛りとって食べ、ちょうど刈り払ったようにきれいさっぱりと片付けてしまう。まだ植えて間もないユリノキの林では、根ぎわで分かれた小さいほうの幹を噛りとって、芽を食べながら通り抜けてゆく。
二次林の萌芽枝の切り倒しと、新植後まもなく行う幹の二股防止のための剪定は、森林管理の仕事のひとつなので、アメリカの森林管理者たちは、オオウサギの集団移動を知ると「ユリノキの床屋がやってきた」と言って、ニンマリするという。
このほかに、きわめて稀だが、キマダラコウモリが根元に巣をつくってユリノキを枯らしたり、枝先にずらっと並んでぶら下がって止まり、小枝を折ったりすることがある。
また、たくさんの重なりあった落ち葉のなかから、ほとんど実が入っていないユリノキの種子をたんねんに拾い、むいては捨て、むいては捨てながら思いとどまることを知らないのは、アカゲリスやハイイロリス、白い足のコマネズミ、さらに体のごく小さいウサギたちだ。また、鳥類では、ウズラやウソなどがユリノキの種子をついばむことがある。なお、ノネズミたちはなぜかユリノキの根を嫌って、食べないという。
いずれ、哺乳動物や鳥類とのかかわり合いは、噛る・ちぎる・折る・むく……という、いわば物理的な被害だが、樹木を生理的に侵すものは病菌類である。
わが国では、ユリノキの数も林も少ないことが原因してか、他の広葉樹類にくらべて、病菌による被害の報告は少ない。強いてあげると、葉を侵す炭疽病菌と、根を傷めて、たまに枯死させることもあるムラサキモンパ病菌、それに苗枯れ病があるくらいである。
毛藤勤治 著 / 四手井綱英・村井貞允・指田 豊・毛藤圀彦 寄稿
四六判 / 並製 / 304頁(カラー24頁) / 定価1,885円(本体1,714+税)/
ISBN4-900358-23-1
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