二、葉
おりがみのように ゆりのきの葉は ぴったりと 二枚に折られている。
開くと はんてんのできあがり。○葉先のない珍しい葉形
ユリノキの葉は、花に次いで私たちの興味をそそる。
春がおとずれると、まず最初に、アヒルのくちばしのような形をした大きい托葉のあいだから、二つに折りたたまれた小さな本葉があらわれる。しなやかで長い葉柄の先で、淡い黄緑の本葉はまるで合掌しているように見てとれる。
二つ折りにたたまれた幼い葉を横から見ると、ちょうど馬の鞍の形に似ている。
初めのうちは葉柄のほうが勢いよく伸びるが、やがて緑が濃くなって開張すると、こんどは急に葉が大きさを増してくる。しかし、葉柄の伸びはおとろえなくて、いつまでも托葉をつけたままで葉幅とほぽ同じ長さを保っている。このころのユリノキが、吹く風に大きくゆれて白ばんだ葉裏を見せてゆらぐさまは、風の日のポプラが繊細で女性的な印象を与えるのにくらべて、動きがどっしりとしていて男性的な明るさを感じさせる。
ユリノキの一つの特長である托葉は、緑色を保ちつづけて、葉の根方から幼芽のなかの嫩葉(若葉)を保護しつづけてきた余韻をいつまでも残している。このことも、ユリノキの特長の一つにあげていいだろう。
やがて緑を増して開いた若葉は、同じモクレン科の仲間たちがそろって全縁葉であるのに、ユリノキだけは異端者のように分裂葉で、そのうえに葉の先を切りとったような葉形をしている。
植物の葉の形といえば、まず一般には、切れのあるモミジの葉や、舟形のサクラの葉、あるいは細くて長いススキやイネの葉などを思いうかべる。いずれも葉の先端がとがっていて、葉柄から出た葉脈のうちの主脈がその先端にまで達していることでは共通している。
いっぽうの、先端部がとがっていない葉、つまり丸い形の葉の植物となると、単子葉類では、クマガイソウ、トチカガミ、マルバオモダカなどだし、双子葉類の合弁花では、マルバノニンジン、ツキヌキニンドウ、フキくらいで、まことに少ない。さらに同じ双子葉類の離弁花の仲間では、ツゲ、ベゴニア、ユキノシタ、イワシモツケなどがあるにすぎない。
また、葉の先端部が丸みを通り越して中くぼみになっている形の植物というと、単子葉類では見当たらず、陰花植物ではデンジソウくらいなものだ。双子葉類では、ハマニガナ、ヤハズハンノキ、カタバミなどをあげることができる。
そして、葉の先端部がはっきりと落ちこんで、深く切れているものには、裸子植物のイチョウと、双子葉類の離弁花に属するハカマカズラくらいであろう。
このような自然の造形のなかにあって、ユリノキの葉形だけは、以上に述べたような珍しい葉をしていて、どの植物にも当てはまらない。また、他にくらべる植物もないという独特な形態をしていて、文章でその形を伝えることは非常にむずかしい。
○難解な葉の表現
ここに、試みに数ある植物の文献や著書の中から、ユリノキの葉形をどのように書き現わしているかを集めてみた。
- 頭を切ったような形をなし、その両側に二、三の浅裂あり。
- 三片に分かれ、中央の先端は凹頭。
- ほぼ円形だが、四つの耳たぶに似た凹みがあり、基部と頂部は切りつめられたような形の葉である。
- 幅と長さがほとんど等しく、全体は三片に分かれ、中央片は先端が尖らず、かえって広い凹みをなし、下部の二片の基部は円形、全体はやや四角状をなす。
- 先端は切断状あるいはやや凹形、底部は二~四裂する。
- 二つの側葉裂片とその上部を欠いたような(完全な先端部である)中央裂片よりなる。なお、中央裂片と側葉裂片との間は狭くなった葉の凹部をなし、ほぼ円形を示す。また、側葉裂片は一~三個の尖頭部をもち、中央裂片は二個の大きな左右両端の先頭部をもつ。ただし各裂片の縁は全縁とする。
- 葉縁の四ヵ所が内湾し、端を切って短くしたような、あるいは広い切れ目をつけたような形である。
- 先端は切り形となるか、中央がややへこんでいて、基部には一~二対の浅い欠刻がある。基部はやや心形をなす。
- 全体が三片に分かれる。中央の片は尖らず広いくぼみをなす。下部の二片の基部は円形でやや四角状。
- 円形に近いがほぼ四つに裂け、その裂け目のへりは内側に向かっている。そして、その頂点は円錐形、あるいは、ときに頂点に広くV字形の切れ目を示す。
- やや四角形を呈し、先端は深く凹入し、「く」の字形に切断したような状態をなし、上端は二裂、脚部は二~四裂す。
- 四つ、まれには六つの葉片に分かれ、葉の頂点は尖らずに凹んで、なにかで切り落としたようだ。
このように、なんとかしてユリノキの葉形を伝えようと苦難のあとがうかがえる。また、つぎのように簡潔で幾何学的な表現もあった。
- 凹形の三つの楕円の葉片からなる。
さらに、つぎのように、葉の形がすぐ目に浮かぶような文例もある。
- 上端および基部は二裂し、あたかも日本の半纏に似ている。
- 上端は二裂、脚部は二~四裂し、葉端は、かの矢羽の先のように切り込んだような形をしている。
しかし、ユリノキの独自の葉形を書き表すことは容易ではなく、数多い記録のうちにはつぎのように、なかば投げだしたように見えるものもなくはない。
- 特有なV字形の刻みを有す。
- まことに奇なる形をなす。
さて、それではと、著者に向かって開きなおられても、どうにも返答にとまどうばかりだ。
せいぜい「写真に示すごとく異形なので、ほかの樹とは容易に識別ができます」というあたりで逃げることになってしまう。それほどユリノキの葉形は変わっていて、一般的な植物の常識に当てはまらないものといえる。
○発見した小さな突起物
ところで、私はユリノキの葉脈をルーペで調べていたときに意外な事実を発見して、それこそ奇異の念にかられた。
それは、葉の基部から出ている中央の主脈をたどって、その末端に達したときである。
葉の先端部は切り落とされたように、わずかに中央に向かって凹形をつくっており、その中心部は浅く小さい谷のようにくぼんでいる。そこに、葉の最先端と思われる非常に小さい突起物が見てとれたのである。
ユリノキの葉は、けっして先端部がないのではなかった。はっきりと先端部が認められるのである。
それが、たとえ葉先の名残りのように、ごく小さいものであっても、明らかに葉の先端であった。ちょうど人類の尾骨が、外目には見えなくても、かつて人間がシッポを持っていたことを実証するのと同じように、進化の痕跡を示しているように見てとれた……………。このささやかな発見に、私は感動をおぼえた。
そして私は、この小突起の植物学上の名称を文献で探してみたが、いまだに見当たらない。仮に名づけて「葉先突起」、または、単に「葉尖」とでもしておこうか。
ユリノキの花は、「原始的な花」として植物分類学で珍重されている。花は、葉(とくに葉梢)の変化したものという学説に従うとき、ユリノキの葉に残されているわずかな葉先突起の存在は、花とともに、葉にも非常に興味をいだかせる。
ユリノキの葉の形状についてはこの程度で終りたいが、ここに葉の機能の一部に触れておきたい。
多くの落葉樹は、秋のおとずれとともに気温が下がりはじめると、葉の内部のクロロフィル、つまり光合成によってつくった栄養分は、まず最初に、冬を越す頂芽や側芽に移動をはじめる。
これが翌春の萌芽のエネルギーとして蓄えられるのだが、このように栄養分が梢の芽へと移動するのは、同時に、冬のあいだに芽を凍害から守ることに重要な意味をもっている。すなわち、極度に水分の少ない冬季に、栄養分が最も濃い状態で芽を保護し、組織を凍らせないような条件をととのえるのである。
余分な栄養分は、頂芽や側芽のつぎに、幹の形成層や根元にまで送られる。そして移動が終るころになると、こんどは、落葉したあとの、葉が付着していた部分から水分が蒸散しないように、葉柄の根部にコルク層をつくる。
ユリノキは他の樹木たちにくらべて、秋の気配を敏感にとらえ、いちはやく黄葉して人々に秋のおとずれを告げる。このことは、栄養分の移動やコルク層の形成が意外に速いという、ユリノキの特長の一つとして数えることができるだろう。
北西の一陣の風に、ユリノキは一気に散って未練を残さないので、凛々しく男らしい木だ。その落葉のあとには、葉痕あるいは葉跡とよばれる輪模様が残っていて、明らかに楕円形のコルク層を見ることができる。落ち葉という自然の現象は、翌春の新しい芽を育てるため、天から与えられたすばらしい再生機能なのである。
毛藤勤治 著 / 四手井綱英・村井貞允・指田 豊・毛藤圀彦 寄稿
四六判 / 並製 / 304頁(カラー24頁) / 定価1,885円(本体1,714+税)/
ISBN4-900358-23-1
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