三、生長
○どのくらい大きくなるのか
人と会って木の話がでると、その木を知らない人から、きまって「どのくらい大きくなる木なのか」「幹の太さはどのくらいになるのか」といった質問が返ってくる。
一般に樹木の大きさは、樹高といって、木の生えぎわから頂までの高さで表し、また、樹木の太さは、胸高直径といって、大人の胸の辺にあたる幹の直径で示す。しかし胸高とはいっても、測る人の身長差によって測定値が異なってしまうから、「樹木の地ぎわから上方に、一三〇センチメートルの位置における幹の直径」を、胸高直径とする約束になっている。
一般の場合には、幹の周囲に地面の傾斜とかかわりなく水平に巻尺をあて、その長さから計算して求めた直径を、その樹木の胸高直径として表している。なお、精密な学術調査などの場合には、輪尺ともいう樹径測定儀を用いて各方向から木を測定し、その平均値で表すほかに、図形を添える方法が用いられている。
次いで、樹木の歳月の経過を盛りこみ、さらに樹高や直径の生長の度合いもいっしょにして、生長がすばらしい木だとか、ゆるやかな木だとかいう表し方をする。つまり、
①きわめて速い ②速い ③やや速い ④やや遅い ⑤遅い ⑥きわめて遅い
などと、樹木の生長度にランクをつけて表現する。この表現方法によると、ユリノキの場合には、いつでもユーカリと並んで第一ランクに入っており、摘要欄などに「生長のきわめて速い木」と記されていることが多い。
単木や孤立木といって、周囲には邪魔になる樹木がなく、そのうえ土壌と水との関係が最も適した環境では、どの木も思う存分に枝や根を伸ばし広げて生長を速めるが、ことにユリノキの場合には、その生長量が著しい。
ここでは、盛岡市内と東京都内のユリノキを一例ずつあげて、その測定値だけを簡単に第二表(▼)にして示すにとどめよう。
所在地と植栽場所 配植 樹齢 樹高 直径 盛岡・岩手大学キャンパス内 単木 24年 28m 77cm 国立科学博物館前 単木 49年 32m 130cm ▲ 第二表 生長が迅速なユリノキの事例
岩手大学キャンパス内にあって、昭和五七年に伐採されたこのユリノキについて、同大学の農学部附属植物園の永野正造元園長は、「切った後にユリノキの主幹材を調べたが、その直径が一年に四センチメートルという増加なので驚いた。岩手の伐採材で、こんなに生長の速い木を、私は見たことがない」と言っていた。
○生長迅速
ユリノキだけで林分を形成しているのか、あるいは、林分のなかの一樹種としてユリノキが生育しているのか、という場合の、生長の度合いについて話を移そう。なお、「林分」とは、「樹種・樹齢・生育状況がほぼ一様で、隣接するものとは林相(林の状態)が区別できる一団地」のことだが、便宜上、区画線などで分けられた一区分の森林を意味する場合もある。
農林水産省森林総合研究所の多摩森林科学園では、内外の主要な樹木に、ある一定の地積を区画し、実験林を兼ねながら林業的な管理をおこなって、標本林として一般の観察の場としている。
この森林総合研究所の植生研究室の草下正夫元室長は、ユリノキの生長量を知るために、前述の実験林のうち、立地条件に著しい差がないと思われる土地に植栽されたオニグルミ、ホオノキ、カツラなどの広葉樹を選び、また、対象として針葉樹のスギの生長を測定した結果を、第三表(▼)のようにまとめている。
樹種 樹齢 平均
胸高直径平均
樹高1ha当りの
植栽数1ha当りの
材積量平均
生長量ユリノキ 29年 22cm 16.8m 653本 233.7m² 8.1m² オニグルミ 39年 12cm 9.6m 680本 38.0m² 1.0m² ホオノキ 39年 14cm 11.7m 696本 56.8m² 1.9m² カツラ 24年 8cm 7.9m 667本 66.7m² 2.7m² スギ 40年 23cm 17.9m 464本 99.0m² 4.8m² ▲ 第三表 林分内の樹木の生長性
草下元室長は、この表をまとめたときの感想を、次のように報じている。
「平均生長量で比較する場合には、林齢が異なるので、この分を割り引きして考えなくてはならない。だが、ヘクタール当たりの材積についてみても、平均木の大きさについても、ユリノキは国内産広葉樹に比較して、はるかに迅速な生長を示している。しかも、四〇年生のスギにくらべても、ヘクタール当たりの材積において優位にあるのは驚くべきことである。
そして、生長が迅速な樹種ほど、局地的な立地差に対しても敏感で、生長の差がつきやすいことから、ユリノキを造林木として取り扱うときは、とくに間伐に留意さえすれば、揃った直幹の林分仕立てが可能となり、しかも材蓄積も多い」
以上で、曲がらずに、速く大きく太る木といわれるユリノキの性質は、ほぼ理解していただけたことと思う。
○容姿端整
どのような樹種の植物がどのように異なった所に植えられても、与えられた環境の支配に対して抵抗したり順応したりしながら、さまざまに変化して生きつづける。
この環境差による対応が最も明らかに現れるのは、樹形、つまり木の容姿である。
なかでも陽樹のユリノキは、単木として、陽光、雨、風など、すべてをまともにうけているような環境では、極端に他の条件を欠くことがないかぎり、本来の性質をいっそう鮮明に現す。
枝張りが少ない場合でも、大きい枝が整然と張り出し、大形の葉はますます光沢が冴えてきて、上品で明るい樹容をととのえる。とくに、まっすぐに伸びる太い幹のやや高いところから張り出した第一枝が、時には手が届くほどに垂れさがる。
ユリノキは頂上に向かうにつれて枝数がまばらになるが、下方の枝よりも上部のほうが分枝力も伸長力もすぐれていて、毎年オリーブ色の一年枝を力強く伸ばし、端整な樹冠を形づくる。こうしてユリノキは、広卵形または広円錐形に繁る巨木の偉容をととのえる。
巨木を代表するユリノキについては、詳しくは別章でふれるが、東京の上野の森にある国立科学博物館の玄関左わきに繁る単木と、新宿御苑内の広大な芝生の中央に寄せ植えされている三本のユリノキを挙げておこう。
これらユリノキの壮齢木の前に立つとき、品格をそなえた樹木の王者という高い評価をうけてきたことが自然に納得できる。
端整で、爽快で、しかも壮大。そのうえ緑の量感に満ちたユリノキは、私たち日本人の心を惹く。最近は、新しい都市づくりの街路樹として、また、記念樹や公園木として、とくにビル前の広場や大庭園などのシンボルとして植えられ、人気が高まってきた。
海外でも同じ目的で数多くのユリノキが植栽されており、その老壮齢木のすばらしい容姿を、古くから多くの詩人や作家たちが作品のなかで褒めたたえている。
わが国でも、ノーベル文学賞をうけた川端康成は、『山の音』の一節にユリノキを描いている。
新宿御苑で待ち合はせるといふ菊子の電話を、信吾はあまり気にかけなかったが、来てみると異様なことに思へた。
芝生のなかにひときは高い木があって、信吾はその木にひかれて行った。
その大樹を見上げて近づくうちに、聳え立つ緑の品格と量感とが信吾に大きく伝はって来て…………(中略)
それは百合の木だった。近づくと三本で一つの姿をつくってゐるのが知れた。
花がチュウリップに似てゐるので、チュウリップツリィともいふと、説明書きが立ってゐた。
北アメリカの原産、成長が早く、この木の樹齢はおほよそ五十年。
「ほう、これで五十年か。わたしより若いね。」と信吾はおどろいて見上げた。
広い葉の枝が二人を抱き隠すやうにひろがってゐた。
毛藤勤治 著 / 四手井綱英・村井貞允・指田 豊・毛藤圀彦 寄稿
四六判 / 並製 / 304頁(カラー24頁) / 定価1,885円(本体1,714+税)/
ISBN4-900358-23-1
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