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正月と植物

正月に関係ある植物といえば、まず門松のマツとタケ、鏡餅の飾りのウラジロ、ユズリハ、ダイダイ、コンブ、カチグリというのがふつうのようである。しかし、これは全国的のものではないらしい。民俗学辞典によれば、門松は単なる飾り物ではなく、歳神の依代である。即ち、新年に家に迎える神様の霊がよりつく媒介物である。したがってマツやタケに限られたわけではない。所によってはスギ、トチ、ナラ、ツバキ、ホウノキ、ミズキを使うし、また門に立てるとも限らず、家の前の庭や、屋内に立てる地方もある、という。植物学的にみればマツにもタケにも数種類があるから、都会と田舎、北方と南方、海辺と山岳地方では種類がちがうかもしれない。

正月に関係ある植物を植物学的にまた民俗学的にしらべたら興味があると思うが、ここでは、私の子供の頃の正月を漫然と書いてみよう。私の郷里は秋田県の南部にある町だがこれから書くことは、小学生から中学生時代の思い出のようなもので、しかも私の家に限られたものであることをあらかじめ断っておく。

私の郷里は雪国である。だから正月を迎える前にまず雪を迎える準備がはじまる。降った雪が消えなくなる。いわゆる根雪になる前に、大事な庭木の類はむしろかよしずのようなものでかこわれ、家の廻りも、よしずや板で防雪壁がつくられる。このため家の中は暗くなり、昼でも電燈をつけることが多い。

正月の前奏曲は餅つきである。餅つきは暮の二十八日で、その前日か前々日に出入りのSオドが正月用の松を迎えに行く。オドはおやじの意である。同じおやじの意でもツァという語もあるが、オドのほうがいくらか敬語である。家に出入りするおやじ連中はツァであるがその頭株のSがオドと呼ばれる。労働階級では、自分の父親をオド、ツァと呼ぶこともあるが、他人の父親を呼ぶ場合も多い。つまり他人の年輩の男を「おじさん」というようなものである。ついでに、ツァより若いものはアンコという。

そのSオドが簑、笠、輪かんじきに身を固めて近くの山に松や赤木を切りに行く。松はアカマツであり、赤木はミズキである。ミズキの若い枝は赤く光沢があるので赤木といわれるのである。松も赤木も二尺内外の小さいもので、その本数は家の間数より数本多い程度である。

二十八日になると、Sオドと二人のツァが朝からつめかけて、二人は餅つき、一人は正月に必要な準備に一日かかる。いよいよ餅つきが始まると、母や女中達はたすきがけで鏡餅をまるめたり、のし餅をつくるのだが、私達子供はその廻りをうろうろして見よう見まねで小さん餅をまるめたり切ったりして邪魔にされる。

伸し餅は、厚さが一寸五分から二寸もあり、これを厚さ五分ぐらいに切って長方形にするので切口が大きくでるようになる。東京のものはうすく伸ばしてから長方形に切るので、切口は小さくなる。鏡餅は大小二種類ある。大は径七寸ぐらいのもの六個、小は径二寸内外のもの十五個つくる。

大きな鏡餅の真中に、松の枝を一本つきさし、小枝にかんたんな輪飾りをかけ、根元に木炭二個をおき、これを大振りの磁器鉢に入れる。これが六器、つまり三対になる。一対は神棚に供え、一対は客用大広間の、一対は奥座敷の床の間用になる。松つきの鏡餅は床の間の両側におかれるが、これは云わば門松に相当するものである。床の間の中央には能代春慶の大きな三方に長さ二尺ばかりの熨飽を載せ、青銅の置物でおさえておく。

私の家は、どういうわけか、昔から門松を立てないしきたりがあり、その代わりに以上のようなやり方になったようである。

小さい鏡餅は、二段重ねのもの三組、三段重ねのもの三組つくり、それぞれ小型の鉢に入れ、小部屋用にするが、これには松も輪飾りもつけない。

残りの松は、切口を白紙で包み白水引でこれを結び、枝に小さな藁の輪飾りをかける。赤木も切口を白紙で包み白水引でしばり、小枝の先にさいの目に切った餅をさす。この松と赤木は、対にして、大きいものから居間、寝間、台所、蔵、便所という順に適当な柱に結びつける。若水をいれる桶とひしゃくにも小さな松の枝がつけられる。

以上で、餅つきと正月の飾りものの仕事が終り、夜はこの日の働き手を慰労する酒盛りになる。子供達は夕飯をすますと彼等の座に加わる。Sオドの昔コ(昔話しのこと)がききたさにである。眠い眼をこすりながら頑張っていると、カムチャッカに鮭漁に行ったことのあるツァの唄もでてくるのだった。

元旦から三日まで雑煮を祝うのだが、あまり昔風の行事もなく、諸事簡単にすまされた。角ばったことが好きでない慶応出の父の方針だったかも知れない。

すべてはるか過去のものになり、何も忘れてしまったが、ただ覚えていることは、右のような断片と、正月の三ヶ日は、箒を使わない、つまり掃除をしないというタブーがあったことである。

(読書春秋・一九五五年一月)

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