前節に挙げた植物名から推察できるように,古第三紀要素の植物の大部分は温帯の落葉広葉樹林を構成している樹種と,その林の林床に生えている草本である.それらの一部は,しかしながら,温帯落葉樹林の上部から亜寒帯針葉樹林の部分にまたがって生える,例えばオウレン属の植物とかイネ科のフォーリーガヤがこの例である.その更に上部に見られる植物も少数あり,好例がホスゲやミタケスゲである.他の一部は,温帯林の下部から暖帯林にもあり,アジアではいわゆる照葉樹林の構成植物となっている例もある.例えばクロモジ属,モクレン属の常緑性の樹種,シキミ属,ナベワリ属等が暖帯林の構成植物である.森林植生でない湿地等にも古第三紀要素と思われる分布型の植物が見られる.前節で第4群とした沼地生植物のウキヤガラとかイネ科のカズノコグサ,マコモ属植物等がその例である.
古第三紀植物群の主体が生育している温帯広葉落葉樹林は生態的に大変興味深い植生である.なぜというと,この植生には四季の変化が明瞭に見られるという点である.温帯落葉樹林の早春は木の葉がまだ開出していない時期で,カエデ属,ブナ属,ハンノキ属等では葉の無い枝に特有の形の花が咲いているが,この頃は春の日差しが大量に林床まで届くのである.その春の日差しを受けて,ザゼンソウ,カタクリ,スミレ,アマドコロ,エンレイソウ属等の植物が開花する.これら,春に落葉樹林中で開花する春植物―いわゆるspring flora―は,その後急速に物質生産を行い,樹林の葉が成長し切って,林内に届く日差しが少なくなる初夏にはすでに茎葉等地上部が枯れて,種子を落とし,翌春までの休眠状態に入ってしまうものがほとんどである.夏期には落葉樹林の高木の葉が繁って,その樹冠が日差しを遮るため,林床は暗くなる.その暗い林床にはミツバ,ハエドクソウ,ミズヒキ,ミズタマソウ,ノブキ等の陰生植物が生育し,夏に花を咲かせて,秋に種子を落とす.これらと共に,春植物の中で常緑性の葉を持つスハマソウ,ショウジョウバカマ,フッキソウ等も夏の暗い林下で物質生産を続けている.秋になると落葉樹の葉は黄色,紅色,褐色等に変わるので―紅葉―秋の落葉広葉樹林は多彩な秋色となるのであるが,日本の温帯林の中には常緑性の針葉樹のほかに,アセビ,アオキ等の常緑植物も混じるため,紅,黄,緑等が混じった色となるが,北米のこの種の林には,所によってツガ属等の少数の常緑針葉樹が点在するのみなので,緑色がほとんどない,いわゆる,燃えるような秋色となる.ヨーロッパの林の秋色はブナやシナノキ等の黄色が勝っている.
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- ブナ、カエデ、ハンノキ類中心の落葉樹林の秋。多少の針葉樹も見える。ヴァーモンド州で。
- An example of forest in northern New York State. Here we can see a few needle-leaved trees mixed with birches, beeches and maples.
小山鐵夫 著
B5判 / 上製 / 98頁(オールカラー) /
定価1,572円(本体1,429+税)/
ISBN4-900358-41-X
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