資源植物学者小山鐵夫博士による幕末植物史。
江戸時代末期、ペリー艦隊らに乗船していたウィリアムス氏・モロウ博士・ライト博士・スモール氏4人のプラントハンター。著者がアジア部長をつとめたニューヨーク植物園で発見された大量の日本産植物標本から解き明かされる黒船裏面史。実際の植物標本111点をカラーで収録。
『黒船が持ち帰った植物たち』
小山鐵夫 著 / アボック社 / 1996年 / B5判 98頁(オールカラー)
発刊に寄せて
国立国会図書館長
緒方 信一郎ペリーの黒船艦隊に植物学者が乗り組んでいたこと、そして、日本各地で数多くの植物を採集し、アメリカに持ち帰っていたことを知る人は、これまでほとんどいなかった。
著者の小山博士は、ニューヨーク市立大学在職当時、その現物のきわめて保存状態の良い標本をニューヨーク植物園で発見した。
また、個々の標本の採集地及び採集年月日を丹念に追跡することによって、黒船艦隊の正確な航路をもつきとめた。
何のために植物学者が同行していたのか。「持ち帰った植物たち」から何が明らかにされたのか。
この標本は、かつてご訪米の折、昭和天皇も親しくご調査になり、同博士がご説明の栄に浴している。
時間・空間を超えたこのような形での日米両国のかかわり合いは、日頃植物学にあまり縁の無い読者にとっても、まことに興味尽きせぬものがある。そして、知らず知らずの間に資源植物学への入口に立っていることに、やがて気づくのである。
そのような意味で、本書は、広く各方面の人々に読まれてほしいものと思う。
著者の小山博士は、私の中学・高校を通じての同級生である。十歳の少年時代から牧野冨太郎直々の指導を受け、中高生当時において既にひとかどの植物学者の風格をただよわせていた同氏は、今や世界の資源植物学の権威として、人類の未来を視野に巾広く活躍している。
なお、本書各章の中扉に掲げられている銅版画は、国立国会図書館が所蔵する「ペリー提督日本遠征記」から転載されたものである。お役に立てたことを嬉しく思う。
平成八年十月
刊行にあたって
日本大学副総長
日本大学生物資源科学部長
門田 定美日本大学生物資源科学部の資料館は、神奈川県から平成2年3月に博物館相当施設としての認可を受けた、大学の附属施設としては県内唯一のものであります。それ以来、この資料館では、国内外の生物の貴重な標本資料を収蔵し、一般に公開しております。又、社会教育事業の一環として、市民を始め中学、高校の学生等を対象にセミナーや講習会等の行事を行なってきました。行事の中での特別展示は企画のユニークさと充実した内容によって毎回好評を博しております。平成6年度の特別行事としては、ペリー提督の黒船隊が日本各地で採集した植物標本の目録作りの研究とし、その関連行事として同年10月15日から11月26日までの間、特別展示「今帰る 黒船が採集した日本の植物」を学内の特別会場で実施致しました。
このような経緯から、今回の展示の持つ意味と成果を記録に留めるため、特別行事での小山鐵夫教授の講演の内容をまとめて、標本の図録と共に本書の刊行をみました。
この図録による日本植物の標本の大部分は、米国のニューヨーク植物園に保管されていたものですが、その一部は昭和50年に昭和天皇が同園を御訪ねの際に御覧いただいたものでもあります。その当時、日本大学の小山鐵夫教授は、ニューヨークの市立大学教授・ニューヨーク植物園アジア部長として、同植物園に勤務されており、昭和天皇のお姿を撮影する光栄に浴しましたこと本書に御覧の通りです。
本書刊行に当り、小山教授並びに関係各位の御研究、御尽力に対し、特記して深甚なる敬意と感謝の意を表しますと共に、単に植物学上の事ばかりでなく、歴史の上でも奥深い本書がより広く一般の方々に読まれる事を心から希っております。
はしがき
余り知られていない事実ではありますが、江戸時代の末期に日本の開国を促す為に、浦賀や下田に来航した、ペリー提督の率いる米国の黒船艦隊が、沖縄、鹿児島湾、伊豆下田、浦賀、横浜、函館等の日本各地で植物採集を行い、その日本植物の標本を多数米国に持ち帰りました。この植物採集の目的は植物学の研究でありましたが、太平洋の両側に遠く離れた日本と北米に非常に似通った近縁の植物が生息するという、意外で興味深い現象が黒船によって採集された日本植物の研究によって初めて明らかになりました。
この黒船が米国へ持ち帰った日本植物の標本は、現在でもハーバード大学の植物資料館、ニューヨーク植物園の標本館、スミソニアン研究所の植物標本庫等に大切に保存されています。私はかねて、ニューヨーク植物園にて、これ等の標本の再研究を行いましたが、この度、標本を借り出し、ペリー来航の140年を記念して、日本大学生物資源科学部の資料館にて標本のカタログを作成し、併せて、「黒船が持ち帰った植物の里帰り展」と題して標本の一部を展示して皆様に御覧戴きました。
この本は、黒船が採集した日本の植物の図録を中心とし、さらに、それらの植物の研究の歴史と、先に述べました日本と北米の間の近縁な植物の著しい隔離分布が何時、どうして起こったかの理由を解り易く説明しています。米国の東海岸に滞在された方々は、秋の紅葉の素晴らしいニューイングランドの落葉樹林が、日本の関東や東北のナラ林、ブナ林に似ていると思われたでしょうが、米国東部の落葉樹林の中にミツバ、ミズヒキ、エンレイソウ、ハエドクソウや、スカンクキャベージと呼ばれるザゼンソウが生えているのを見て益々驚かれた事と思います。日本と北米の温帯に類縁関係を持つ似た植物が存在する植物学的な生因は古く第三紀に遡󠄀ります。
この本を通じて、植物愛好の方々が日本・北米要素と呼ばれる植物の理解を少しでも深められると共に、米国では前世紀にすでに大学の科学研究に海軍が協力したというお国柄をもお知り下されば幸いです。
本書の著作と編集に当り、お世話になりましたハーバード大学、ニューヨーク植物園の標本館の学芸員各位、この図録の作成に多大な御高配と助力を下さった日本大学生物資源科学部の教職員の方々に深く感謝の意を表します。また、本書刊行に際して、巻頭の辞を寄せられ本書に光彩をそえられた日本大学・門田定美副総長と、中学時代からの畏友、現国立国会図書館の緒方信一郎館長にも、厚く御礼を申し上げます。
編著者 小山 鐵夫
小山鐵夫 著
B5判 / 上製 / 98頁(オールカラー) /
定価1,572円(本体1,429+税)/
ISBN4-900358-41-X
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