今からちょうど37年前の1960年春、ニューヨークのブルックリン植物園(Brooklyn Botanic Garden)園長だったG・エイブリー(Avery)博士が、夫人同伴で来日した。そのころ私は、東大理学部の大学院生で学位論文を書いている時期だったが、外国からの客のお世話をすることになった。
エイブリー博士の来日の目的のひとつは、ブルックリン植物園のために盆栽を買い入れることであった。そこで、埼玉県大宮市の有名な村田久蔵氏の盆栽園などに案内した。こうしてブルックリン植物園に渡った盆栽は、同園の盆栽専門家のフランク・岡村氏によって育成保存され、米国をはじめ、カナダやヨーロッパの多数の盆栽愛好家に賞でられて現在にいたっている。
1983年の米国二百年祭には、日本から多くの立派な盆栽が贈られた。この盆栽は、ブルックリン植物園のコレクション盆栽のコレクションとして、ワシントンの米国国立樹木園が保有している。
盆栽を静かに眺める心境は、植物学的また園芸学的興味を離れた、静的な憩いを求める心境であろう。日本や中国では由緒ある名園が開放されていて、静かに散策することができるが、欧米では個人の庭園以外にそういう目的に適した所があまりなく、植物園が散策の場所にもなっている。
○欧米で流行している日本庭園
このような意味合いから、日本庭園をもつ欧米の植物園は多いが、残念ながらそれらの日本庭園の大半は、日本庭園と中国庭園の混ざったものに、変なバタ臭さが加わった中途半端なものである。
前記のブルックリン植物園には、立派な日本庭園が二つある。そのひとつは、築山に庵をあしらった徘徊式庭園で、これを囲む板塀の上からはソメイヨシノの枝がのぞき、東京の山の手の屋敷町の路地を思わせる。中に入ると、フジ棚、丸く刈り込んだツツジの植え込みがあり、マツやシダレヤナギなどが純日本風に仕立てられていて、背景に無粋な高層アパート群が見えなければ、日本にいるのかと思わせる。もうひとつの日本庭園は、京都の龍安寺の石庭の実物大模型である。
このほか、最近ミズーリ植物園に造られた日本庭園は、大阪の万博記念公園にある日本庭園に匹敵する規模で、これから整備されていけば、よい日本庭園になるものと思われる。
植物園には、日本庭園のほか、英国式庭園やフランス式庭園が見られる。英国式庭園は、高木から低木、下植生の草木にいたるまで、自然植生になるべく近い形に植え込み、池や斜面なども自然の状態を保つようにする。ロンドン郊外のウィンザー植物園に代表的な英国式庭園が見られる。
フランス式庭園は、人工の美を見せるもので、モールを中心に左右対称の設計をし、並木や植え込みを幾何学的な形に刈り込んで整形している。パリ植物園にこの設計がうかがわれるのは勿論だが、米国のロングウッド・ガーデンズ、ウィーンのベルベデーレ植物園や、ベルリン植物園にもフランス式庭園がある。
日本の名園には、修学院離宮、後楽園などのように、背景の山地を上手に利用した借景を構成する例が多いが、植物園でも地の利を得た所では、同じような考え方で憩いの園を演出している。例えば、イタリア北部のバレ・ダオスタ州にあるパラディシア高山植物園は、その背後にそびえるアルプス山地を景観に取り入れ、研究棟などの建物を山小屋風に設計して、園全体にアルプス山地の雰囲気がある。日本では、沖縄県の本部半島にある沖縄海洋博記念公園の植物園が、海岸の斜面を巧みに利用し、ソテツ類やヤシ類を植え込んで、亜熱帯の海岸植生の美しさを表現しているが、これは東シナ海を借景とした例と云えよう。
○静かに自然の姿を味わう場所
憩いの場所としての植物園が、一般の公園とどう質的に違うかというと、そこに植えてある植物に植物学的な意味がある点である。
ブルックリン植物園の日本庭園には、サトザクラ類の珍しい品種が集められているし、ツツジ類も東洋のものをそろえ、日本庭園であると同時に東洋の植物のコレクション園でもある。ウィンザー植物園の英国式庭園には、シャクナゲ類の優秀なコレクションが植えられている。
ニューヨーク植物園には、園の中央を流れるブロンクス川のほとりに、カフェテラスがある。川の水音と鳥のさえずりを聞きながら静かに座って、自然植物園の秋の紅葉とか、六月の新緑を楽しむことができる。展示温室の一隅にもカフェ式の憩いのコーナーを設けることができ、とくに冬の寒い時期に温室の緑の中でくつろぐのは、まさに極楽である。
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