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第十話 植物を集める

1966年の3月から5月にかけて、ベネズエラのロライマ山塊の東南部のワイパン・テプイという高さ2,400メートルのメサ(卓状地)を中心に、その周辺のサバンナやメサに生える珍しい植物を集める探検を行った。

目的は、この植物学的に未踏査の地域を調べて、熱帯アメリカ植物誌編纂の標本資料を集めることと、当時、私が専門に手がけていたカヤツリグサ科のエベラルディア属というこの地域に特有な植物の研究を完成することであったが、もちろん珍しく美しい熱帯植物を持ち帰ってニューヨーク植物園の温室で栽培するという目的もあり、とにかく植物を集めるための探検であった。

植物の専門家は、当時、私の助手を務めていたベネズエラのG・アゴスティニ(Agostini)君(その後、ベネズエラ国立大学教授)と私の二人だった。

アゴスティニ君は、前年の末に帰国して、目的地の地理や気候、植物の開花期などを調べたり、ベネズエラ政府林務局との交渉、チャーターする小型飛行機の手配などをしており、3月2日に私がカラカスに着いたときには、約八十日間の探検中の食料とかハンモックを買う仕事しか残されていなかった。

人跡未踏の地を行く

まず、カラカスからボリバー市へ飛び、そこからチャーター機でカマラタ部落の奥地のサバンナに降りた。そこで20人のポーターを雇い入れた。そのあと、私の隊22人は全く文明と隔絶された生活をしながら、約8,500点の植物標本を集める探索を行った。

標本といっても、押し葉式の乾腊標本だけでなく、植物園で栽培するための生きた標本、種子や球根、染色体や解剖学の研究用の液漬標本も採る。この探検で、二つの新属と、九種の新種が見つかった。

ロライマ山地は、全くと云ってよいほど人跡未踏の地で、地図もない。ポーターのなかにテオファノという地理に詳しい原住民の人がいて、その人の先導で、各人10キロ余りの荷を背負って草原や林の中を進む。食料は、現地製(?)のキャッサバの粉、そこに生えている野生植物。ボリバー市の市場で買い入れた何と80カートンのスパゲティと150缶のコンビーフ、200缶のサーディンといったものである。

一日は日の出とともに始まり、日没が就寝時刻となる。林の中にハンモックを吊って眠る。80日間のこんな生活のあと、チャーター機でサバンナからボリバー市へ戻り、風呂に入ったあとの夕食の味は全く格別なものであった。この探検の詳細は、小著『資源植物学フィールドノート』(朝日新聞社)に述べてある。

探検先の国々と協力関係を作る

植物園が行う植物探検には、このような単に植物を集める目的のほかに、例えば薬用植物とか栽培作物の起源種の探査といった、ある特別の目的の探索行も多い。植物の専門家のほかに、薬草採集のときは薬学者・生化学者や、現地の祈祷師などにコンタクトするための人類学者、栽培植物のときは農学者といった専門家がチームに加わる。

ある地域の植物誌を作るための探査では、探検隊を長期的に何回も派遣する。1970年から行ったスリランカ植物誌を作るための探査では、ベラデニヤにそのための現地事業所を作って駐在員を置き、ジープや標本製作の道具をそろえて、六年間にのべ38人の植物学者が植物探査を行った。

植物園では多くの野生植物を集めるために、世界各地へ探検隊を派遣する。ニューヨーク植物園では、1897年に最初の植物探検隊をプエルトリコに出して以来、北米各地へ200回ほど、南米へ130回以上、中米と西インド諸島へ160回、アジアへ45回、北極圏へ15回と多くの探検隊を派遣している。アフリカ、地中海地方、西アジア、シベリア、オセアニアにはあまり出していないので、ニューヨーク植物園に見られるこれらの地域の植物は、植物の交換で入手したものである。

植物探検では、綿密な計画と準備が必要である。

準備計画のなかで植物自体についての知識を得るには、植物標本庫の標本のデータが最も重要だが、図書館にある植物誌などの情報も不可欠である。訪問先にある植物園とか植物研究機関などと提携して、受け入れ機関や協力機関を持つことは、その国の植物採集に関する法令その他の規則についての情報を得たり、現地での人の雇用、機動力の確保など非常に多くの点で有利である。

 外国で植物探査をするときに、その国の専門家とチームを組み、集めた植物は双方で分けて、標本の一つのセットは現地に置いてくるのが、現在では、モラルの上で常識になっている。

植物交換のための種子リスト

多くの場合、植物探査・収集に出かけて行く相手国は発展途上国であることが多いから、集めた植物の研究も、その国の若手研究者などを留学させ、共同で行うことによって、研究者の養成もあわせて行うのが理想的である。

集めた植物を自国の植物園へ持ち帰ることは、航空便による輸送が便利になった現在では、それほど問題はないが、採集植物の自国への持ち帰りについて、自国の植物防疫官と密接な連絡をとりながら行わないと、せっかくの採集行が無駄になることもある。ほかに、ワシントン条約に係る稀有種の国から国への移動については、原産国の担当官によるCITES許可書も必要である。加えて、最近では国際条約としての「生物の多様性に関する条約」も外国での植物採集について種々規制している。

植物を集めるという点で重要なことは、手持ちの植物を交換しながら種類をふやすことである。そして、最も便利な方法は、種子の交換である。植物園ではたいてい交換用の種子リストIndex Seminumを毎年発行している。植物の名称のほか、その来歴などが簡単に付記されているものが多い。

植物の交換には、もちろん種子以外にも、球根や根茎、挿し木用の枝、苗などでも行われる。


(註)「生物の多様性に関する条約」植物材料の入手の関連については、下記に所感を述べている。

「植物関連産業の資源問題と国際潮流――国連「生物の多様性に関する条約」をめぐって。」『食の科学』第205号(1995)、10~17ぺージ

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