ニューヨーク市内のある小学校で理科の時間に、先生が「スパゲティは何から作るの?」と質問したところ、「プラスティックで作る」と答えた児童がいたという。土のない高層ビルの谷間にいる都会の子どもは、パソコンは扱えても、植物や動物に接することのないままに育っていく。
これは、ニューヨークだけにある問題ではなく、日本でも、数学や物理・化学偏重の理科の授業の結果、生物学教育がおろそかになり、植物の専門家が育たなくなっており、将来の日本の植物産業立国はおろか、食物の自給自体が危ぶまれる状態になっている。
子どもを植物に親しませ、植物が人間生活にとっていかに大切かを教えるため、ニューヨーク植物園には「子どもの園」(children's garden)がある。約3ヘクタールの圃場をたくさんの小区画に分け、これをいろいろな小学校の子どものグループが受け持ち、自分たちの好きな植物を植えて育てる。コスモスやキンセンカなどの草花類から、ズッキーニやアスパラガスなどの野菜類、またコムギとかトウモロコシなどが育てられる。育て方は、植物園の園芸官や植物園の教育部の小学生担当のスタッフが指導する。
この小学生担当のスタッフは「子どもの園」以外に、小学生を対象にした植物の授業を行う。ニューヨーク市内の多くの小学校では、二時限続きの理科の時間に、子どもと先生とが黄色のスクールバスで植物園に来て、植物の授業を受ける。
スタッフのひとり、ドリス・ストーン夫人は、イギリスのオックスフォード大学を卒業した植物学者で、王立キュー植物園の前園長ブレナン博士のクラスメートである。彼女は、植物の分類、形態、生理などから、コムギを収穫して粉に挽き、パンにするまでの工程を実演する授業までも行う。
この「子どもの園」と「小学生の植物学」のコースの費用は、ニューヨーク市内の銀行からの寄付金でまかなわれている。
○盆栽コースから熱帯有用植物学コースまで
ニューヨーク植物園の教育部では、上記の小学生を対象としたコースのほか、植物学、園芸学、造園学の専門コースから、種々の趣味の成人学校のコースにいたる、およそ植物に関するすべてをカバーする千差万別のコースを年間を通じて設けている。
植物学の各コースは、植物園の研究官や大学との併任の教員が担当して教授する。種子植物の分類学、菌類学、植物形態学、植物解剖学などという幅の広いコースから、イネ科植物学、シダ学、食用植物学、熱帯有用植物学といった特殊な分野のコースまである。教育の水準は、だいたい大学レベルであるが、コースによっては大学院レベルで行われる。
これらの植物学コースの大半は、ニューヨーク州教育局から正式に大学のコースとして認可されている。いろいろな大学の学生が、聴講生というかたちでこれらのコースで学び、最終試験に合格すると、その学生の属する大学で植物学の取得単位とみなされる仕組みになっている。このような大学と植物園との授業の単位互換のつながりは日本ではみられないが、アメリカ、カナダ、イギリス、ドイツでは有効なシステムとなっている。
アメリカでは盆栽が盛んで、ニューヨーク植物園やブルックリン植物園の盆栽のコースは有名である。ニューヨーク植物園の盆栽のコースは、吉村雄二氏によって行われていたし、ブルックリン植物園ではフランク・岡村氏によって行われてきた。フランク・岡村氏は、数年前、退官にあたり、盆栽や日本庭園文化の日米交流に果たした功績によって、日本政府から叙勲された。
盆栽は、園芸学と趣味をつなぐものであるが、趣味のコースのなかには、生け花や墨絵のコースもある。また、職業教育として、植物図画(botanical illustration)のコースも設けてある。
○研修団体旅行を組織してガイドする
植物に関係のある研修団体旅行を組織することも、植物園の教育部の仕事のひとつである。ニューヨーク植物園南米部長のプランス博士は、数回にわたってアマゾンの熱帯雨林を視察研修する旅行の団長を務めていた。私もかつて、日本と中国の庭園を視察する20名ほどの旅行団を21日間案内した。
教育部長のガッソン博士は、自然保護の研修視察旅行団をガラパゴス諸島へ案内し、園芸官のグリスハーバー氏は、得意な分野である高山植物や自然植物園のかかわりで、ヨーロッパアルプスのお花畑を視察する旅行団を数回案内している。
アメリカ政府には、日本の海外協力事業団(JICA)に相当するアメリカの国際開発事業団(USAID)があり、この事業団がニューヨーク植物園に助成をして、資源植物学に関する大学コースを南米へプラント輸出する計画を行なった。これは、植物園と大学の教授で講師団を組織し、コロンビア、ペルー、ブラジルなどの主要大学で資源植物学や自然保護学などの講義を行い、単位を認定しながら、実地指導もあわせて行う企画である。植物資源の荒廃の激しいアジア地域でも、日本の植物園のソフト分野の援助計画としてぜひ、このような国際プロジェクトをもちたいものである。
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