アイヌ語起源の植物名、というと、何だかたくさんありそうだが、実はそう多くはない。数えるほどしかないのだ。それは早くからいわゆる和名が付けられてしまったこともあるが、もう一つにはアイヌ語で名前の付け方が、和名とはいささか異なることにもよる。
アイヌ語学者の知里真志保博士によると「アイヌ語には元来、植物の名前は無い。部分の呼び名はあっても、植物そのものを呼ぶアイヌ名というのは無いのだ」そうだ。
たとえばオヒョウというニレ科の木は、Atu-ni(アッ・ニ)だが、Atは有名な樹皮布At-si(アッ・シ)を採る樹皮を指す。「その樹皮を持つ・木(ニ)」、あるいは「Atu(アッ)を採る・ni(木)」という意味での呼び方なのだ。
まず最初にこうした「付け方」あるいは「呼び方」があるのだ、ということを述べておいて次回から幾つかの植物に採用された例を挙げてみよう。
前回に例として挙げたニレ科の高木オヒョウ(Ulmus laciniata)は、その葉が不整形でヤマグワなどと並ぶ異葉性の代表格だが、オヒョウのそれは群を抜いていて葉身の先は何かに噛みきられたようなぎざぎざだ。
そこで、その不整形から、魚のオヒョウ、つまり大型のヒラメの仲間に見立てることがある。しかし、そうなるとオヒョウという魚の名前が先にあったことになるわけで、それは無かろう。第一、幾ら似ていると言っても魚のオヒョウはあんなに不整形ではない。諸説はあるものの、これはやはりアイヌ語のオピウ Opiw が元だ、と考える方が自然だ。
もっとも、これは樺太(サハリン)の言葉で、北海道のアイヌ名ではない(知里真志保:分類アイヌ語辞典:植物編)。それがどのようにして日本語として持ち込まれたかは明らかではないが、魚のオヒョウは北洋に多いから、まず魚に命名されたことは考えられないことではない。
〔植物名入門〕各著者(50音順)プロフィールとこれまでのエッセイ
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プロフィール伝統園芸植物「オモト」の銘を考える
岩佐 吉純(岩佐園芸研究室主宰)
プロフィール園芸植物の命名考
荻巣 樹徳(ナチュラリスト):準備中
乙益 正隆(ナチュラリスト・植物方言研究家)
プロフィール植物方言採集秘話
金井 弘夫(国立科学博物館名誉館員)
プロフィール植物の名前を考える
管野 邦夫(仙台市野草園名誉園長)
プロフィール花の名前にご用心
北山 武征(財団法人公園緑地管理財団副理事長)
プロフィール緑・花試験うらばなし
許田 倉園(元:玉川大学教授)
プロフィール植物名に現れた台湾の固有名詞
佐竹 元吉(お茶の水女子大学 生活環境研究センター)
プロフィール生薬名の混乱
下園 文雄(元:小石川植物園)
プロフィール小石川植物園に渡来した植物たち
辻井 達一(北海道環境財団理事長)
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豊田 武司(小笠原野生生物研究会)
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中村 恒雄(造園植物研究家)
プロフィール園芸樹木の変わりものたち
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三上 常夫(編集者・翻訳家)
プロフィール造園植物の名前の混乱
水野 瑞夫(岐阜薬科大学名誉教授):準備中
山本 紀久(ランドスケープアーキテクト)
プロフィール実と名が違う造園植物