左:インドボダイジュ
右:ナツボダイジュ
広辞苑には「菩提樹」の項に「(1)クワ科の常緑高木、インド・ビルマなどに産する。高さ約30メートルに達し、葉は心臓形、革質・平滑で光沢がある。花は隠頭花で……」と続き、「(2)シナノキ科の落葉高木。中国原産。高さ3~6メートル。葉は心臓形……」と続く説明がありどちらも菩提樹である。
日本では古くから寺の境内に植えられているのをよく見ることがあり、仏教では三大霊樹―無憂樹(降誕)・沙羅双樹(涅槃)・菩提樹(正覚)―のひとつとされている。 ボダイジュの我が国での歴史から見れば、僧栄西が持ち帰ったといわれるものをボダイジュ(Tilia miqueliana)、常緑性のものはインドボダイジュ(Ficus religiosa)、と明確に区別しておかなくてはならない。
樹木の生産と流通に携わる立場としてボダイジュの注文を受けると苦労する。インドボダイジュは常緑で耐寒性が弱いので露地での植栽が難しいから説明はできるが、問題はシナノキ科のボダイジュである。ボダイジュ(Tilia miqueliana)の生産も少ないこともあり、扱われるボダイジュが殆どニセ物で、シナノキ(Tilia japonica)やオオバボダイジュ(Tilia maximowicziana)、リンデンバウムと呼ばれる西洋シナノキのナツボダイジュ(Tilia platyphyllos)やフユボダイジュ(Tilia cordata)が、寺の境内や記念樹として植えられている現状をあらためて認識しなくてはならない。
左:タチカンツバキ
右:サザンカ
日本の国の代表的な花木として知られるツバキは、江戸時代初期に『百椿図』(ひゃくちんず)がつくられるほど人気が高く、何回かの椿ブームがあった。現在では外国でも人気のある花木で品種改良も盛んに行われ逆輸入されるようになっていて、文献によると10000品種もあるといわれている。
ツバキほどの園芸品種はないがサザンカも見直したい花木であり、多くのツバキの花より少し早く初秋から咲き出す。サザンカの花には独特の香りがあり、歩いていて芳香により花の咲き始めたのを知ることもある。
サザンカとツバキの開花期は秋と初春に分かれるが、厳冬期に花を咲かせるのがカンツバキである。低い刈込みやボーダーとしてよく植えられているが、生長は遅いものの4m以上にも育つ樹木である。樹高と枝幅が同じぐらいになったものは見事である。
上記3種に加わってきたのがタチカンツバキであり、被害にあったのがサザンカである。近年サザンカとタチカンツバキが区別されずに使われていることが多く見られ、タチカンツバキについている樹名板がサザンカと表示されているのをよく見る。むしろサザンカの樹名板のついている樹の多くがタチカンツバキである。
タチカンツバキは愛知県の服部勘次郎さん宅の老木から増殖されたものでカンツバキの立性タイプのものである
以上、名前を整理すると以下のようである。
初冬の日だまりに淡桃色の一重に咲くサザンカにはこの上ない風情がある。タチカンツバキの代役では少々無理なような気がするのは筆者だけではあるまい。
〔植物名入門〕各著者(50音順)プロフィールとこれまでのエッセイ
芦田 潔(社団法人日本おもと協会理事)
プロフィール伝統園芸植物「オモト」の銘を考える
岩佐 吉純(岩佐園芸研究室主宰)
プロフィール園芸植物の命名考
荻巣 樹徳(ナチュラリスト):準備中
乙益 正隆(ナチュラリスト・植物方言研究家)
プロフィール植物方言採集秘話
金井 弘夫(国立科学博物館名誉館員)
プロフィール植物の名前を考える
管野 邦夫(仙台市野草園名誉園長)
プロフィール花の名前にご用心
北山 武征(財団法人公園緑地管理財団副理事長)
プロフィール緑・花試験うらばなし
許田 倉園(元:玉川大学教授)
プロフィール植物名に現れた台湾の固有名詞
佐竹 元吉(お茶の水女子大学 生活環境研究センター)
プロフィール生薬名の混乱
下園 文雄(元:小石川植物園)
プロフィール小石川植物園に渡来した植物たち
辻井 達一(北海道環境財団理事長)
プロフィールアイヌ語起源の植物名
豊田 武司(小笠原野生生物研究会)
プロフィール小笠原の植物
中村 恒雄(造園植物研究家)
プロフィール園芸樹木の変わりものたち
藤本 時男(編集者・翻訳家)
プロフィール「聖書の植物」名称翻訳考
三上 常夫(編集者・翻訳家)
プロフィール造園植物の名前の混乱
水野 瑞夫(岐阜薬科大学名誉教授):準備中
山本 紀久(ランドスケープアーキテクト)
プロフィール実と名が違う造園植物