クスノキ(Cinnamomum camphora)は街路樹として見かける親しみやすい木です。この成分のカンファー(樟脳)はタンスの中に入れて、防カビ剤や防臭剤として使われてきました。人体には強心作用が知られています。ニッケイは京都の銘菓「八つ橋」の匂いづけで知られています。ニッケイの仲間のシナニッケイ(Cinnamomum cassia)の樹皮は漢方薬の処方に配合されています。
このクスノキ属植物(Cinnamomum)が乱用薬物の原料として問題になっているので、種類と分布を調べてほしいと麻薬対策課から依頼がありました。この薬物は、子供達まで巻き込んだ新しい薬物MDMAです。この原料がサフロールなのです。サフロールは香料等として正規に使用される需要が大きく、よって貿易量も多いものです。特に、サフロールリッチオイルが密造に使用されております。この解明のために、MDMA等合成麻薬製造に使用されるサフロール及びイソサフロール並びにサフロール含有精油(以下、「サフロール等」という)の流通実態及びこれを含む植物の調査で、植物名を特定しなければなりません。ターゲットが明らかにならないと、対策を講じることもできないのです。ちなみにクスノキの根皮の油に50-80%のサフロールが含まれています。この品種のホウショウでは材の油に18%含まれています。
ほかにサフロールを含む植物としては、ショウブ、トウキ、ウスバサイシン、イランイランノキ、ウコン類、セイヨウマンサク、ダイウイキョウ、シキミ、ビャクシン、タムシバ、ニクズク、バジル、コショウ類、サッサフロス等があります。オーストラリアのアテロスペルマ科(Atherospermataceae)のDoryphora sassafras等にも含まれています。
サフロールから数工程で乱用薬物の3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン (MDMA)ができるのです(下図:化学構造式を参照)。
今、日本の若者がこの薬物に犯されようとしています。この製造を中止させるには原料の供給を切ることが一番です。原料はインドシナ半島から中国に渡り、サフロールに精製され、オランダでMDMAに合成され、東南アジア経由で日本に入ってきているようです。乱用薬物防止のためにはこの「原料植物は何か」の解明が急がれています。
ミャンマーで展開している「ケシ代替植物プロジェクト※」の付近にも多くのクスノキ属植物が見られます。ミャンマーの天然林が密伐採され、樹皮が密輸されているとも考えられますので、現地へ行くときはMDMA問題を忘れずに植物調査をしてみたいと思います。
※ ケシ栽培をやめさせるため、他の経済植物の栽培をはかる、ミャンマー・日本共同の国家的支援事業。
〔植物名入門〕各著者(50音順)プロフィールとこれまでのエッセイ
芦田 潔(社団法人日本おもと協会理事)
プロフィール伝統園芸植物「オモト」の銘を考える
岩佐 吉純(岩佐園芸研究室主宰)
プロフィール園芸植物の命名考
荻巣 樹徳(ナチュラリスト):準備中
乙益 正隆(ナチュラリスト・植物方言研究家)
プロフィール植物方言採集秘話
金井 弘夫(国立科学博物館名誉館員)
プロフィール植物の名前を考える
管野 邦夫(仙台市野草園名誉園長)
プロフィール花の名前にご用心
北山 武征(財団法人公園緑地管理財団副理事長)
プロフィール緑・花試験うらばなし
許田 倉園(元:玉川大学教授)
プロフィール植物名に現れた台湾の固有名詞
佐竹 元吉(お茶の水女子大学 生活環境研究センター)
プロフィール生薬名の混乱
下園 文雄(元:小石川植物園)
プロフィール小石川植物園に渡来した植物たち
辻井 達一(北海道環境財団理事長)
プロフィールアイヌ語起源の植物名
豊田 武司(小笠原野生生物研究会)
プロフィール小笠原の植物
中村 恒雄(造園植物研究家)
プロフィール園芸樹木の変わりものたち
藤本 時男(編集者・翻訳家)
プロフィール「聖書の植物」名称翻訳考
三上 常夫(編集者・翻訳家)
プロフィール造園植物の名前の混乱
水野 瑞夫(岐阜薬科大学名誉教授):準備中
山本 紀久(ランドスケープアーキテクト)
プロフィール実と名が違う造園植物