左:オガタマノキ(モクレン科)
いずれも神事に使われる。オガタマノキは熊本県
球磨地方ではマシャカキ(真榊)と呼ばれる。
右:サカキ(榊/ツバキ科)
熊本県の南部球磨郡、人吉市地方は人吉盆地の中に人口が密集します。盆地の中央を日本三急流の一つ球磨川が流れ八代海へとそそぎます。もっと詳しく言えば、町村合併のない時代は球磨川より南部に八つの町村があり、北側に八つがありました。北側の町村の神社は阿蘇神宮を名乗り、南側の町村は霧島神宮が収まります。神事に使う木も阿蘇系はサカキを使い霧島系はサカキとオガタマノキを使います。
マシャカキとは、榊に対して真榊と書くことからオガタマノキが本当かもしれないのです。球磨地方ではオガタマノキのことを「マシャカキ」と呼びます。地質を見ても球磨川を中心に北部は阿蘇溶結凝灰岩地域で南部は霧島溶結凝灰岩地域になるようです。人吉市内も川を中心に二分され同じ傾向があります。南は霧島系の溶岩になるようです。
こうしてみれば古い時代の氏族社会の時代は熾烈な戦いがあってこのような区分ができたのかも知れません。現在は何も表面に出ることはありませんが神社、祠、お堂の敷地にオガタマノキを植える霧島、薩摩系の風習は植物を知るものから見ればあまりにも明確な違いを知ることができます。
同じ郡市の地域が生活の中でこのように二分される地域であることをオガタマノキを調べていて知ることができました。人吉盆地の中でこのような事を話しても現在は誰も知りません。植物とのかかわりが少なくなり方言も消え去ろうとしています。生活とかかわりを持つ植物方言を一つでも多く次の世代に残したいものです。
※真榊(まさかき) 日本国語大辞典(第二版、2001年、小学館)では「真榊・真賢木《名》さかき。神事に用いる木。(後略)」とあるだけで、植物学的な同定を避けている。同解説後段の方言に言及した記事には、伊豆御蔵島と東京都三宅島で「さかき(榊)」、能州で「ひょんのき」を指すとあるだけである。
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