コエンドロ(コリアンダー)
地中海沿岸原産のセリ科1年草または2年草。
独特の臭気をもつ葉は中華料理、タイ料理、
インド料理などに香草として多用される。
果実は芳香をもち、カレーをはじめとする
エスニックな料理に好んで用いられる。
はじめに
聖書のヘブライ語の植物名はどのように訳されているのか、同系のアラビア語や、ヨーロッパ諸言語とどのように関わるのか、そして、学名にどのように反映されているのかを紹介する。予定のテーマは、コエンドロ、シロレダマ、ヒマ、レバノンスギ。
旧約聖書(前三世紀)では、出エジプト記と民数記の《ガドゥ》というヘブライ語がコエンドロを表わしている。旧約聖書のギリシア語翻訳である七十人訳(前二‐前一世紀)は、このヘブライ語を《コリオン》というギリシア語に訳している。そして、旧約聖書と深く関わるユダヤ教聖典のタルムード(四世紀)は、《クースバル/カースバル》という語でコエンドロを表わしている。このように、コエンドロを表わす3系統の語が登場する。
第一の語《ガドゥ》は、「切れ込む」を意味する動詞《ガーダドゥ》から派生したと推測されている。つまり、コエンドロの種子には二分する細い筋があり、この特徴を捉えてそのヘブライ語名が生まれたという。第二の、七十人訳のギリシア語《コリオン》は、コエンドロの強い匂いを連想させる昆虫の《カメムシ》つまりコリスに由来した語で、本来の語形はコリアンドゥロンである。この語を借用・音写したラテン語の《コリアンドゥルム》は、ヨーロッパ諸言語のコエンドロを指す語を派生させ、やがてリンネによってコエンドロ属の学名Coriandrumとして採用されたのである。
和名の《コエンドロ》は、ラテン語から派生したポルトガル語《コエンドル》の借用語であるという(十七世紀)。また、現在、広く使われているコリアンダーという名称は、英語をカタカナ表記した呼称である。ところで、タルムードには、旧約聖書と違ってコエンドロがしばしば登場するが、その《クースバル/カースバル》という第三の語は、どのような語源なのだろうか。コエンドロの伝播ルートを示すかのように、この語はアラビア語のクズバラー、ペルシア語のクズブラーに由来し、アラム語のクースバレターから、さらにアッカド語のクズブラーへ、そしてサンスクリット語の《クストゥンバリー》にまでさかのぼるという(二世紀以後)。語の要素は、刺激のある風味を表わすとされる。これらの語と間接に関わるのが、中国語名の《胡作字フスゥイ》(十一世紀、植物の伝来は三世紀か)である。この名称は古イラン語を音写したと推定されている。胡の一字が外国産を表わし、コエンドロの伝来を教えている。朝鮮語では、胡作字を音写したホユという語がある(十八世紀か)が、語源不詳の《コス/コス・プル(=草)》が広く使われている。
終わりに一言。コエンドロの独特な匂いを《南京虫のような as a bug》と表現されているのを、しばしば見ることがあるが、南京虫(トコジラミ)とするのは不適切である。前編で記したように、ギリシア語の《コリス》に由来する由緒正しき名称は、名実ともに総称の《カメムシ bug》であり、その匂いを伝えているのである。
〔植物名入門〕各著者(50音順)プロフィールとこれまでのエッセイ
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プロフィール伝統園芸植物「オモト」の銘を考える
岩佐 吉純(岩佐園芸研究室主宰)
プロフィール園芸植物の命名考
荻巣 樹徳(ナチュラリスト):準備中
乙益 正隆(ナチュラリスト・植物方言研究家)
プロフィール植物方言採集秘話
金井 弘夫(国立科学博物館名誉館員)
プロフィール植物の名前を考える
管野 邦夫(仙台市野草園名誉園長)
プロフィール花の名前にご用心
北山 武征(財団法人公園緑地管理財団副理事長)
プロフィール緑・花試験うらばなし
許田 倉園(元:玉川大学教授)
プロフィール植物名に現れた台湾の固有名詞
佐竹 元吉(お茶の水女子大学 生活環境研究センター)
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下園 文雄(元:小石川植物園)
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辻井 達一(北海道環境財団理事長)
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豊田 武司(小笠原野生生物研究会)
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