第一〇一話 湿原のはなし
湿原を楽しむ
多水分・低音・貧栄養の湿原は、絶好の野外観察の場
スウェーデンの湿原は巨大天然盆栽のようです
植物を群落として観察する場の一つとして、湿原がある。湿原といえば、尾瀬や釧路湿原が有名だ。夏にはニッコウキスゲが乱れ咲き、秋が深まると、木々の紅黄葉がすばらしくなる。
湿原は群落の種類組成などから、低層湿原(富栄養)、中層湿原(中栄養)、高層湿原(貧栄養)などに分けられる。低層湿原は水の多い沢地で、付近に生育する植物の遺骸が水底に堆積、腐植土化、泥炭化したところ。植物にとっての栄養塩類が豊富なことから、富栄養湿原ともいう。ハンノキなどの落葉樹が生え、ヨシ、マコモ、ハンゴンソウなどの草本が生える。水の多いところにはコウホネ、バイカモなどがゆらぐ。
いっぽう、もと低層湿原であった所、あるいは森林内にある貧栄養の水沢地にできたものを高層湿原という。ミズゴケが厚い層を形成していて、水はけが悪く、酸性の水をたたえた池沼が多い。そこには湿原以外に生えている植物でも、湿原に生活できるものが入りこんで、形態が非常に変わっていることがある。
尾瀬や釧路湿原などを見なれた筆者にとって、昨夏、スウェーデン中部のチベルストルプの25haの私有地にある高層湿原を見たときの感激は、筆舌に尽くしがたいものがあった。案内してくれた所有者のベルティル・ヒルメさんは70歳過ぎの余生を奥さんとここにロッジを作って生活している。私か感激したのは、おびただしい量のミズゴケの起状に、多数のスウェーデンの松の一種が生えていたことだった。どの株もコンパクトで、形よく矮性化していた。思わず天然の盆栽だと叫んだほど見事な出来栄えである。
本来は大きな林や森をつくる木だけに、湿原の造化の妙に感心した。
矮性化の理由は、貧栄養のためと思うが、低温などの自然の条件のきびしさや、水分が多いなども考えられる。ほかにも要因があるかも知れない。だからこそ湿原は、植物の野外観察研究の場として面白いし、楽しい。
これから秋の山歩きの機会がやってくる。身近な日本の湿原で、形態変化の実際の姿を十分に観察して楽しむとよい。
同時に、世界的にも美しい紅葉の秋を満喫して欲しい。その代わり、湿原の水穴に落ちないように、ミズゴケの厚い層を選びながら、一歩一歩あわてずに歩くこと、転ばぬ先のつえも必要である。
川上幸男 著
B6変型判 / 並製 / 301頁 / 定価1362円(本体1,238+税)/
ISBN4-900358-40-1
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