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第六章 植物生理の不思議

第七〇話 組織培養のはなし

大量増殖とスピード化

高価なランが我が家にもあるのはこのティッシュカルチャーのおかげ


一昔前まで、ランは高嶺の花だった。しかし、いまは違う。組織培養、またの名をティッシュカルチャーという大量増殖方法が開発され、普及したためだ。その定義は、多細胞生物の組織片、細胞群を無菌的に取り出して、適当な条件で培養することだが、ランだけでなく他の作物や園芸植物の増殖に、いまやごく普通の手法となっている。

昭和30年代前半、筆者のいた東大植物園で後に埼玉大学学長になる植物学者の竹内正幸さんが、寒天培地でのニンジン単細胞の無菌培養に成功した。小躍りして快さいを叫んだ彼の笑顔が目に浮かぶ。

植物学者たちが組織培養に対して関心を示していなかったころだ。竹内さんは当時、組織培養が将来、園芸の分野で大量増殖の常識的手段となるばかりか、分裂増殖のスピード化により、膨大な時間が必要とされる生物学の実験が短縮され、遺伝学をはじめとする生物学の発展に寄与するだろうと予言した。

組織培養の技術手法の紹介は別の機会に譲るとして、その考え方のヒントになるのが古くから台所で見られるニンジンやミツバ、サツマイモなどの切りくずを使った水栽培だ。もちろん、これらは無菌状態ではないから、組織培養とは言えないなどと異論を唱える人もいよう。

しかし、ニンジンの切りくずから葉などが伸びる様子は、植物体を構成する花、葉、枝、根などが組織片、細胞群に切断されても全体を再生する能力を持っていることを思わせる。

この「全形成能力」が、組織培養のヒントになることは間違いない。

バラの木の一細胞から美しいバラの花が咲く時代を、認識して欲しいと思う。

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