第五六話 導管のはなし
養分運ぶ草木の血管
道管を利用して害虫を徹底的に駆除できます
生きている植物にとって水ほど大事なものはない。その水の通り道が道管だ。植物細胞組織の一つで、細胞膜が薄く長い細胞のことで、文字通り水を通すパイプと考えていい。気温が上昇し芽が伸張するこれからの季節は、水だけでなく、水に溶けた無機養分がこの道管の中を根から茎(幹)へ、茎から枝へ、枝から葉へと流れる。いっぽう、葉で合成された栄養分の糖などは皮(層)の中にある師管という管を通って枝、茎、根へと輸送される。この二つのパイプが2大幹線路のようなもの。旺盛(おうせい)な植物の生活を支えているともいえる。その位置だが、樹木の場合、師管は皮の方にあり、道管は木部の外側にある。だから、皮をけずったり、木部を傷つけると養分や水の流れが止まってしまい、木は枯れる。
戦後30年、春の東大植物園で、東京大学で学んでいた外国人留学生の観桜会があった。その中にアメリカからの留学生がいたので当時、管理をしていた筆者が「この桜の木を見てください」と老株を示した。その木の皮と木部は、東京大空襲の際、焼夷弾の爆撃で焼けただれていた。しかし、わずかに残っていた皮と木部で道管、師管が機能して細い枝が太く育ち、美しい桜の花を咲かせていたのである。複雑な表情の若い留学生の顔が、今でも印象に残る。
道管の存在を手軽に知る方法がある。白いカーネーションの枝を、青インクを溶かした水にさすと、やがて、青い液が吸われ、花が青く染まる。同じように、庭のホウセンカや野草のヒメジョオンを、赤インクを溶かした水にさすと、まもなく赤みを帯びた花に化ける。いずれも、茎を切ってみるとインク色の水が道管を通っていたことが分かる。この方法を利用してアブラムシやダエなどの駆除ができる。薬剤を上からかけるのでは徹底駆除がむずかしいが、根元へまいて下から道管に吸わせると効果的だ。アンチオ、エカチンなどの浸透移行性殺虫剤がそれで、どちらも、土中で水に溶けた薬の成分が根毛から道管を通って、茎、葉に到達し、樹液を吸うために吸収囗にいるアブラムシやダニなどを駆除する。1回の施用で30~40日も効力があり、完全防除も期せるわけだ。
このように、木や草花にとって道管は、人間の血管の動脈、静脈に似て、体中に張り巡らされ、機能していることが分かったと思う。
川上幸男 著
B6変型判 / 並製 / 301頁 / 定価1362円(本体1,238+税)/
ISBN4-900358-40-1
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