第一〇話 雄花・雌花のはなし
受粉を取りもつ虫や風
ユッカ物語は花木と蛾の離れられない話
果実の中で種子を食べて育った蛾が花を咲かせます
木や草の花には、どうして雄花、雌花があるのだろう。
それは果実をならせて種子を作り、次代の子どもを作るため、つまり生命を継承するという本能的な現象だ。雄花の雄ずいの花粉が雌花の雌ずいの柱頭に付着、受粉、子房で受精してはじめて果実ができる。媒介するものは小虫であり、蝶、蛾、小鳥たちだ。また風のおかげで目的を達する植物もある。いわゆる虫媒花、風媒花だ。
7月トウモロコシが菜園や畑で花盛りだ。2、3mの茎の先にハタキ状の花穂が満開になると、手で触れただけでパーッと花粉が飛び散る。下の方の葉腋(葉の付け根)に咲いている雄花の毛の束にパラパラ付着、受粉する。風を利用した巧みな自然の〝知恵〟といっていい。落葉高木で雌雄異株のイチョウも同じ風媒花。数km離れた雄木の花粉が雌花にまで到達できるのは、風のおかげだ。
しかし、花粉が雌ずいの柱頭に付着しただけでは、受精しない花もある。北米原産の花木、ユッカがそれだ。日本の公園などでもたくさん植栽されているから、人目によくふれる。ところが日本では、果実がなりにくい。というのは、原産地にしか生息しないユッカ蛾(プロヌバガ)が、日本にはいないからである。
この蛾はユッカの甘い香りに誘われて夜、飛来する。夜間作業はユニークで、まずユッカの雄ずいのねばっこい花粉を丸めて団子にする。この団子を雌ずいの柱頭になすりつけて回る。そのあと、おしりの長い産卵管を柱頭のくぼみに差し込み、ひとつの花にひとつの卵を産み落とす。そして急いで、花粉の団子を卵のあるくぼみへ押し込む。やがて、花粉は子房の胚珠に至り受精するのだが、それは、ユッカ蛾の夜間作業によって、初めて可能となる。生まれた幼虫は未熟の種子を食べて成長し、時期がくると果実の壁に穴をあけて脱出する。食べ残された種子は次代の生命として、〝ユッカ家〟を継ぐという寸法である。まさに植物のユッカと、動物のユッカ蛾の共存共栄である。
生態系のサイクルでいつも思うことだが、虫たちの幼虫は毛虫やゲジゲジと呼ばれ害虫として嫌われる。ところが成虫になると、益虫に変身してしまう。成虫の蝶や蛾は見た目も美しく、人間は蝶よ花よともてはやす。生命継承のメカニズムは興味のつきない自然の摂理だ。
川上幸男 著
B6変型判 / 並製 / 301頁 / 定価1362円(本体1,238+税)/
ISBN4-900358-40-1
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