第二九話 冬芽のはなし
〝冬の芽〟の秘める可能性
細身なら葉芽、ふっくらは花芽と見分けます
「冬の果樹の芽は無限の可能性を秘めている――ゲーテ」
立春が過ぎると、暦の上では春。樹液を吸いあげた木々の冬芽が動きだすのも間もなくのことだ。ニワトコは早くもゆるんでいるし、サクラ、カエデも3月の声を聞けば芽吹きだす。それでも、暖地性のサルスベリやアオギリは4月下旬から5月上旬頃までがんばっている遅い方の代表だ。
冬芽に対して夏芽というのはあるかというと、これはない。
しかし、カエデには土用芽があり、植木や盆栽好きな人にとっては常識になっている。最近では冬芽の専門図鑑が二、三出ているので調べやすくなった。木の名前を知りたいとき、今までは葉、茎、花、果実などの付いた枝をたよりに植物図鑑をひもといていた。ところが、どうしても冬に名前を知りたいときがある。冬芽の形、付き方、枝での位置などを克明に描いた図鑑が役に立つというわけだ。
例えばトチノキとマロニエ(西洋トチノキ)は似ているが、冬芽で区別できる。両方とも冬芽の頂芽(枝先の芽)が卵形か長卵形で大きいが、トチノキの方が長卵形で先が細い。おまけに芽を包んでいるりん片の表面に蜜汁がいっぱい、という特徴まである。
枝の芽の付き方も、種類を見分けるときのポイントになる。
落葉針葉樹のメタセコイアとラクウショウは冬の枝では見分けにくいが、メタセコイアは対生、ラクウショウは互生だ。
名前を知るだけではもったいない。美しい花、大きい実を付けるためにも、花芽、葉芽の見分け方も知っておいた方が得だ。ごく大ざっぱに、ずんぐり型の肥満の芽は花芽。細身のやせタイプは葉芽と覚えておくといい。例えば、富有ガキの芽で、長さ、幅、腰まわりの合計の長さが10mm以上だと必ず大きい実のなる花芽だと調べた人がいる。
冬芽で不思議と思ったことの二、三を紹介しよう。
その1。ソメイヨシノの長めの枝では、先端に近い上位の方に花芽が付く。ところが短めの枝では中位、下位だ。そして、先端の芽は仮頂芽(本当の枝先の芽ではない芽)で、葉ばかりの枝にしか伸長しない。なぜか? さらに、花芽、葉芽がはっきり別で、同じサクラ属なのにウワミズザクラは共存の混芽(花・葉の芽の混在)なのはどうしてか?
その2。冬芽をとり囲むりん片の役割は、寒さや乾燥からの保護が定説。それでは裸芽といわれているりん片のないオニグルミやガマズミ属のオオカメノキが寒地で平気なのはなぜ? 反対に寒さ知らずの暖地性のクスノキやタブノキにりん片があるのをどう説明するか?
その3。問いかけとは少し違うが、クルミの冬芽の近くの葉痕(昨年の葉が落ちたあと)は、モンキーフェース(サルの顔)に見えて人目を引くが、春の芽吹きを物色してオナガシジミチョウがちゃっかり卵を産みつける。春になると柔らかい新芽を食べながら幼虫が育って蝶になる。
このように、冬芽といってもじっと見つめていると教えられることが多く、まさに「冬の果樹の芽は無限の可能性を秘めている」(ゲーテ)を深くかみしめたいと思う。
川上幸男 著
B6変型判 / 並製 / 301頁 / 定価1362円(本体1,238+税)/
ISBN4-900358-40-1
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