第一二話 昆虫のはなし
昆虫と春の黄色
春に黄色い花が多いわけは?
菜の花、サンシュユにレンギョウ、トサミズキ
「季節には菜の花が、青い沖を残して野をいっぱいに染めあげた」(菜の花の沖・司馬遼太郎)
淡路国の満開の菜の花の黄色をうたいあげた名文だ。
啓蟄は冬ごもりの虫たちがはい出るという時期で、生命の躍動、春の息吹を感ずる。咲いているのはナノハナだけではない。庭にはマンサクの黄色が早くから見えているし、黄梅やたんぽぽの黄色も視野に入ってくる。春の山野に黄色が多いのは、蝶や蜂などの昆虫が好むからだという説がある。昆虫の目のスペクトルは、人間の目のそれとは違うとよくいう。昆虫は黄と緑とを区別しにくいが、紫外線の波長を感じとり、この波長に近いものとして黄色い花めざして集まってくるという。そのほかサンシュユ、レンギョウ、トサミズキ、ヒュウガミズキ、ヤマブキと不思議なほどに黄花木は多い。ちなみに黄の色素にはフラボン系とカロチノイド系がある。
受粉の話に出てくる虫媒花も、春の話題の一つ。花には魅惑的な色彩もそうだが、蜜腺があって蔗糖、果糖、ブドウ糖などの甘い蜜をたえず分泌している。その上、春風に乗ってかなり遠くまで芳香を発散している。昆虫たちが見逃すわけがない。虫の体にまとわりついた花粉はめしべの先(柱頭)について受粉するというわけだ。
ところが、花を選ぶ昆虫もある。前述の第一〇話で紹介した北アメリカに自生しているユリ科のユッカ(キミガヨラン)の花の芳香に誘われて飛来するユッカ蛾。
この蛾(♀)が受粉で果たす役割はきわめて典型的なので図を参考にして再度解説してみよう。まずユッカ蛾はおしべのねばねばの花粉を吸吻(吸い口)で玉状に丸めて、めしべの柱頭になすりつける。その後に産卵管を柱頭にさしこんで産卵し、さらにはじめに付けた花粉の玉をアゴの管で中に押しこむ。花粉といっしょに子房に入った卵は孵化して幼虫となり、未熟な種子を食べて成長し、果実の壁に穴をあけて脱出する。食べ残された種子が発芽して時代に引き継ぐわけだ。もし、この蛾がいなかったら、自分の力だけではユッカは絶滅の運命をたどるといっていい。
もっと身近な例としてはミツバチがある。1回に50mgの花蜜を集めるという。そのうちの半分は水として蒸発するが、1ポンドの蜜を集めるためにはなんと働きバチが2万回も往復するという。同じように受粉~受精に励む花の方も大したものだと思う。
イチジクは陰花果で別名無花果ともいう。しかし本当は隠れたところに花があり、その中にもぐりこんで受精の手助けをするのがイチジクコバチ科の蜂だ。
以上、花と昆虫の深い関わりを二、三の例で紹介した。自然界にはまだまだ数えきれないほどの興味ある生の営みがある。
川上幸男 著
B6変型判 / 並製 / 301頁 / 定価1362円(本体1,238+税)/
ISBN4-900358-40-1
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