第八五話 植物と風のはなし
植物も風を感じている
風はじっとしている植物のかわりとなってうごいてくれる
風と一口にいっても湿った風、乾いた風、冷たい風、暖かい風、南風、北風などいろいろある。そして、それぞれ植物とのかかわりがある。
例えば、初冬の木枯らしは、冷たくて乾いた風で冬の到来を感じさせる。植物も同じで、木枯らしとともに冬支度をはじめ、ケヤキなどの落葉樹の枝先には冬芽ができる。
反対に暖かくて湿った空気の南風は木々の芽をほころばせ、人々の心にロマンを吹き込む。
植物と風とのかかわり合いはいいつくせないほどたくさんあるが、生きていく植物にとって第一に挙げられるのは、種子や花粉の運び役であろう。
マツやカエデの種子は、風のおかげで遠くへ飛散する。結果として種の保存と伝播に重要な役割を果たす。その上、微風でもより遠くへ飛行するようにプロペラ(翼)のついた翅果であることも見逃してはいけない。
このプロペラは、風の揚力(対気速度に上向きに働く流体による力)で自動回転する。だからわずかな風でもかなり遠くまで飛んでいく。
また、熱帯産でウリ科のネオアルソミトラ(ガンドウカズラの仲間)は、自動回転しないで滑空飛行する珍奇な翅果をもつ植物だ。
草本のススキ、タンポポには種子に冠毛がついていて、大空に舞い、落下傘のように浮遊する。
風ふくままに種族がより広範囲にばらまかれ、種の保存につとめている姿がここにある。種子だけではない。花粉はより有効に風を利用している。
風媒花として知られているグループだ。地味で気が付かないだろうが、初夏に咲くイチョウの花粉(雄木)は遥か遠くの雌花に飛んで行き受粉する。距離は5~10㎞にもなるという記録だ。種の保存と遺伝情報の交換に、いかに風が一役かっているかがわかると思う。
花粉症できらわれるスギやブタクサは同じように子孫繁栄のため風を利用していると思って欲しい。
マツの花粉もおびただしい量が空中に散り、風で飛ばされる。アカマツはより巧妙で花粉が有翼、この翼は空気中の水分を吸ってふくらみ、空気抵抗をつけた上でより遠くへ飛ぶというすばらしい機能をもつ。
風によって植物がゆれれば、葉群の内と外とて炭酸ガス、水蒸気、熱の交換が盛んになり、光環境がよくなるので光合成が活発になるというメリットがある。
つまり、植物の生長にとって二次的要因として風が大きな意味をもっているということだ。
今までは、植物主体の風の関係を紹介したが、人とのかかわり合いもある。
山の音ということがよくいわれる。樹林の上を風が走るときに〝樹梢波〟と呼ばれる現象が起こる。このときに音がでる。
昔から目に見えない風は植物を通して音で表されている。松籟というのは松の風の音だ。類似語で松韻、松濤があり、いずれも私の好きなことばだ。眉雪(まゆ毛が雪のように白い)の老僧が時に掃くのを止めて松籟をきく心境は心にしみる。
―― 山里は松の風のみ聞き馴れて 風吹かぬ日は淋しかりけり 蓮月尼 ――
川上幸男 著
B6変型判 / 並製 / 301頁 / 定価1362円(本体1,238+税)/
ISBN4-900358-40-1
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