第七話 葯のはなし
からくり秘めた〝花粉袋〟
虫が触れると〝噴出〟や〝運動〟をくりかえす
花たちの受粉のからくりはまだまだたくさんあります
植物用語には、難しい字がよくある。葯もその一つ。簡単に「花粉袋」といえば、親しみやすいだろう。種子植物の花粉を入れる器官で、雄ずいの面上につく。被子植物では花糸の先にある左右2個の花粉嚢から成りたっている。花粉の袋であるだけに、葯は雌ずいの柱頭で受粉されるのが大きな役割といってよい。その役割の果たし方は、昆虫や風などの媒介によるものや、花糸の運動によるものなど様々だ。とくに面白い葯のメカニズムを紹介する。
ヒガンバナの雄ずいや雌ずいは花弁などの花被片と同じ色で長く突き出てそりかえる。燃えるように咲く姿は芸術的だ。黄色いショウキランもこの仲間だ。
ヤマユリ、サクユリ、カノコユリなどのユリ類は、葯が丁字形。ところが、古くはユリの仲間だったウバユリは丁字形をしていない。ベゴニアの仲間シュウカイドウ(秋海棠)は、ピンクの花で雌雄同株。雄花が早く咲く。雄ずいは球状に集合して黄色い。後から、黄色の球がない雌花が咲く。真夏の花マツバボタンは雄ずいに昆虫の足が触ると左右前後に揺れ動く。花粉が噴出して雌ずいに付きやすくなる。
スパーマニア・アフリカーナというアフリカ原産の低木はフヨウの形に似た白い小さな花を付けるが、昆虫が花に触れると、刺激で雄ずいと仮雄ずいが次第に曲がって雌ずいに近付き、受粉する。私は、ドイツのボッフム大学植物園で初めて見た。指で触っただけで曲がったことが忘れられない。
シャクヤクは中国などが原産だが、今ではヨーロッパでも一年を通じて切り花として出回っている。改良品種の多い植物だ。
日本でも品種改良が盛んで、江戸時代以来多くの新しい品種が生まれた。「金しべ咲き」は美しい金色の葯が異常に発達して大きくなる。だが、花粉ができない珍しい葯だ。また、「翁咲き」は雄ずいが発達、細長い花弁が美しいが、葯は全くない。別の品種の花粉を持って来て受粉させるしかないということだ。
ヤグルマソウは秋または夏の終わりが種まきシーズン。春になって花が咲いたらチョウやハチが葯に触れることによって、花粉が盛んに噴出する様子をよく見て欲しい。ふだんなにげなく眺めている花たちの器官には、このように興味深いからくりがたくさん隠されている。
川上幸男 著
B6変型判 / 並製 / 301頁 / 定価1362円(本体1,238+税)/
ISBN4-900358-40-1
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