アボック社内セミナー(1)
講師ファティマさん C.Marquez Pina-Rodrigues(ブラジル国立農業大学助教授)
「森をつくる喜びを伝えたい」 海岸山脈に緑の回路を!ファティマさんは、大学で生徒を教える傍ら、国営森林研究所の造林部長として活躍し、民間緑化企業のコンサルタントもされている。
今回、NGO基金の一環である、ジャパン ブラジルネットワークの招聘で来日されましたが、若くしてこのように多方面で活躍されている女性は、ブラジルでは珍しくないそうです。「環境問題はただ告発するだけでは解決しない」。「日本の実践家とのネットワークを育てたい」と、日本各地の研究機関を精力的訪問されており、今回、ご講演いただくことになりました。
緑の回廊を作る
リオデジャネイロ州は、ほぼ日本と同じ大きさをもつ州です。ブラジルでは経済的、文化的な面でも、サンパウロについで2番目になります。
私達は、このリオ州の海岸山脈(大西洋岸山脈 Atlantic Forest)を対象として、森を復元するプロジェクトをおこなっています。
ブラジルの自然というとアマゾンのイメージが強く、海岸山脈のことはあまりご存じないかと思います。昔はアマゾンと同格の大森林地帯でしたが、現在までに98%の森林が失われたといわれています。大航海時代、ポルトガル人がここから開拓を始めたことが原因です。原始林はわずかに散在しているだけです。大土地所有者の土地にしか残っていないのが現状です。(写真黒い部分)
ここの奥地は、都市の重要な水源地帯となっています。それにもかかわらず、伐採、それに伴う砂漠化、食料問題を含む社会的問題などが深刻となっています。
私たちは、以前の森林を取り戻すこと、都市の水源地を守ること、これを目標として取り組んでいます。
そのためにはまず、現在残っている散在した森林を、線のように少しずつ結びつけて、緑の回廊を作ろうとしています。回廊といっても、幅が1~5㎞くらいある大規模なものです。
現状をしっかりと見つめる
現在、国道沿いの森林は、煙草の投げ捨てによって断続的に野火がおこり、後退していっています。その後には何も生えてきません。鉄道を通すのに表土は剥がされ、土地の侵食は進みます。自分の牧場を広げようとします。牧柵が足りないので、水源地に生えるわずかに残った森林を切り倒します。その結果、雨が降ると、山の上から土が押し流されて洪水が起きます。そうすると川は埋まって跡形もなくなってしまいます。洪水が水不足をまねくこととなるのです。
まず森林のダメージ、そして川や土地へのダメージ、結果的には洪水、水不足という形で村の人びとへのダメージへとつながっていきます。こうしてみるとエコロジー問題は社会問題と直にむすびついているといえるでしょう。
悪循環は繰り返されていきます。人々はもう気付いているはずなのですが、この現状をしっかりと前から見つめ、判断と実践をしなければならないときです。
動物を選び、樹を選ぶ
私達はただ樹を植えているのではありません。植物の受粉を手伝う野鳥や動物が繁殖できる場を作っています。受粉の手助けとなるような動物を選び、それに合った植物を選んでいます。最近では、コウモリを呼び寄せる樹を植えています。雄雌を混植して果実を実らせ、動物をよぶのです。絶滅に瀕していたサルを保護するための、特別なプロジェクトもあります。彼らが移動し、生息地を広げるためにも、散在する緑をつなぐ回廊を作ることが必要です。したがって、そこには好物の実のなる樹を植えて、猿を誘導するわけです。
自然林に近づけるために
植林の方法としては、1種ではなく、さまざまな種類の樹を密植することで、原始林に近づけるようにしています。いかに育てるかを現在研究中です。
日陰を必要とする「陰樹」を植える際には一緒に、成長がはやく、太陽の光を必要とするギンネムなどの「陽樹」を植えて日陰を提供させます。陰樹が成長すると影ができるため早期緑化木は絶えていくわけですが、結果的にはバランスのとれた森林になります。
私達の仕事は、天然林的な人工林を作る、のではなく、樹木の遷移(サイクル)を進行させて、森林が最終的植生(極相林)にまで回復するのを、手助けしていくことだと考えています。それにはとても長い時間を要しますが、力を合わせてコツコツとやっていくつもりです。
村人を養いながら
プロジェクトの現場で大切なことは、地域社会(コミュニティー)と協力関係をつくることです。
ギンネムはほうきの柄や杭などに加工でき牛の餌にもなります。この木を、小農民の土地を通る回廊に植えることによって、同時に経済的に役に立つものとなります。牛乳の生産量30%アップを目指しています。このように、生活にプラスになる林産物生産ができるサイクルを、うまく活用させることが大切でしょう。養蜂をやっているところもあります。安いコストで、地域住民を養いながら、森林を育てる。これが私たちの目標で、アグリフォレストとしていちばん大事な視点です。
漫画でエコ教育
大学では市の人たちを集めてオリエンテーションをしています。市も法律を作ってプロジェクトを保護してくれます。
市の仕事としては、植林、牧場問題のコンサルタントなどが挙げられます。また、土地を譲ってくれている村人たちに、不利益にならないように、機械を貸したり、技術面の指導や牧場の管理を行い、生産率をアップさせるための活動をしています。
市、大学、村人は三角形関係となって、プロジェクトに関わり、アグリフォレストの推進力になっています。子供たちに対しては漫画を発行し、それを使って緑の大切さを教えています。
保護と活用
私たちがもう一つ行っているのは、絶滅が危惧される種を保護する活動です。
ジャカランダとイペーに関するプロジェクトがあります。これらは社会的に有用であるかどうか、どの地域に残っているのかを調査し、天然林の現場を回って種を取ったり、発見した数少ない種にラベルをつけて、土地所有者に保護の指導をしています。また、コンピュータで生息地、高さ、太さ、樹齢を記録し、管理しています。採取した種は大学に植えて育てており、増やして元の場所に戻すことにしています。今ではプロジェクトで育てた苗木は植林の50%を供給するまでになりました。
とにかく何か活動しよう
ブラジルにはこのほかにも社会林業、企業造林、民族問題とさまざまな問題が交ざり合っています。エコロジー面、そして社会的な面での解決が急がれています。
これらは密接につながっているもので、どちらがおろそかになっても全体のバランスは崩れ、取り替えしのつかない状態になってしまいます。特に原始林は、その安定した状態であるがゆえに、人工的な環境の変化によって滅びやすいのです。一度消えてしまった森林を元にもどすのにはたいへんな時間を必要とします。
本来ならば、自然のバランスが崩れないよう、未然に防がなければいけないのでしょうが、いまはその崩れを元に戻すこと、これが大事です。その基本は、自然の回復力に任せることですが、私たちはそれまでのお手伝いです。人間はそれしかできないということを痛感しています。
生徒たちと一緒になって、森林を少しずつ、でも確実に増やしています。これは私にとってほんとうのよろこびであり、一人でも多くの人たちにそれを知ってほしいと思っています。
日本のみなさんも、私たちのこの活動に触れてくれることを願っています。
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