世はまさに出版ブームで、毎年、全国でおびただしい出版物が発刊されているが、盛岡出身の毛藤圀彦さん(三八)が主催する神奈川県鎌倉市のアボック社は、単に売らんがための出版ではなく、ユニークな方針と経営で、出版界に異彩を放っている。今春、国土地理院発行の二十万分の一地図に載っているすべての地名をリストした「日本地名索引」を出版、歴史や文化とかかわりの深い地名の生態解明への基礎資料になるとして注目された。
毛藤さんは、盛岡一高から神奈川大貿易学科に進み、卒業後、広告企画会社に入り、広告製作や社内誌、PR誌の編集に従事していた。四十六年独立し、出版社を興し、その傍ら樹木研究会「泉塾」をつくり、植物名表示板を設営する仕事を始め、植物の名前を知るキャンペーンを展開した。日本植物園協会にも加わり、インド、ヒマラヤなど国内外の植物調査に当たっている。
アボック社は持ち込み原稿よりもあまり脚光の浴びない地味な仕事をしている人たちを重視、発掘する。特に植物については、自然保護の観点から出版以後の活動に力点が置かれている。
たとえば既刊の「小笠原植物図譜」の場合は、出版の後、植物をどう守っていくか、東京都に小笠原の植物を集めた植物園を造るよう働きかけたり、環境庁に小笠原の植物の保護策を要請するなどしている。「実際に行ってみて本来の島の植物が、島外から入った植物にとうたされて姿を消しつつある。いまこそ本当の意味での自然保護が必要になっている」と語る。
毛藤さんは、これからの出版の方向として、小笠原諸島の続編として、屋久島、琉球など辺境で植物が独自に残っているところを選び図鑑を作ることと、五十三年訪米したときからの懸案であるウイリアムキンゼイとカーチスの二人の写真集を考えている。苦労が多く、ベストセラーにはなりそうにないテーマばかりだ。「本が売れることにこしたことはないが、いい本が必ずしも売れるとは限らない。オリジナルな本を作る喜びは大きい。本を出して終わりではなく、そこから何かが生まれるような夢を持ちたい」と語っている。
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