2008年4月1日 日中文化交流 No.742
株式会社アボック社会長
毛藤圀彦
十年前に大病してから中国の奥地には入ってない。それまでは毎年のように出かけていた。珍しい野生植物に逢いにである。できれば花の時期がよい。
峨嵋山などには、出版計画もあって五回ほど入った。屋久島の数倍ほどの小さな山塊だが、ここには日本列島の全部ほどの多様な種が詰まっていて中国植物の宝庫だ。
すぐ、同じ仲間の違う種が出現するから片時も目が離せない。朋友は「うーん、まばたきもできんなー」と悲鳴をあげていた。
世界的なプランツマンのO先生に随行し、幻の植物へラボルス・チベタヌスに逢いにいったのは十八年前のいま時分であった。
ここは、四川省宝興(パウシン)県、標高千八百五十メートルにあるジャイアントパンダの故郷である。
へラボルスとは、今はメジャーな庭植物になっているクリスマスローズの仲間をいう。ヨーロッパを中心に十四種類が知られ、チベタヌスだけがここに離れて分布する。幻の植物とは、自生地不明な植物をいう。
チベタヌスはパンダの発見者として高名な仏人宣教師のアルマン・ダビットが発見した。しかし、生きた植物ではなく、紙に貼られた乾燥標本だけで、およそ百二十年ものあいだ幻であったのだ。
それをO先生は、ダビット神父の日記を手懸かりに探し当て、世界の植物界の度肝をぬいた。
私たちが訪れたのはその三年後のこと。チベタヌスの可隣な花は、神父が布教の拠点にした教会に近い西斜面に静かに咲き競っていた。
何故にこれまで幻であったのか。このチベタヌスのみは落葉性で、しかも日本のカタクリと同じように、花が終わるとさっさと地上から姿を消す「早春植物」だったからである。
<もうとう・くにひこ>
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