1984年4月23日 日本読書新聞
撮られた者と見る者との恐るべき深淵 (野崎 六助氏)
この本はカーティスの写真集『北米インディアン』全二〇巻(一九〇七~三〇)から編集された日本語版である。独自に詩と説話が付加されその部分の翻訳は金関寿夫(『アメリカ・インディアンの詩』の著者として今さら紹介の必要もあるまい)による。巻末の評伝・作品論などの訳出は横須賀孝弘(東大北米原住民文化研究会を名乗って若者向けの雑誌にアメリカ・インディアン特集を組んだこともある)による。日本語版解説にはネイティヴ日本人(?)中上健次が招かれている。別冊付録に、先鋭なアメリカ史学者として知られる清水和久と富田虎男、高名な在日アメリカ人イレーヌ・アイアンクラウド、弥水健一による座談筆記、簡略な年表、文献案内などが付される。
ある人物の評言を引用しておこう。――≪来るべき世代の精神のうちにいつかは形成されるインディアンに関する最も真実な概念は、おそらく彼の偉大な作品から引き出されるであろう≫
これはカーティスの仕事に与えられる、多大な芸術的かつ民族誌的資料価値への賞揚としても先駆的なものだろうと思える。書評子はこの種の讃辞に対してもまた彼の芸術に対してもひとまず判断を保留しておきたい。カーティスの仕事が、帝国主義大統領テディ・ルーズベルトと独占資本家の鑑 J・ピアポント・モルガンの屁護下にあったことも、その達成の質が一枚の静物画から少しも出ていないことも、すでに前記座談会が指摘する事柄なので、あらためて強調はしない。
この本を閉じて思う一つのことは、今まで慢然とながめてきたかもしれないインディアンの肖像写真と自分との距離への反省めいたものだった。肖像写真である故にその撮り手(の歴史的犯罪性)にまで及ばない想像力の活動の仕方への反省めいたものだった。撮られた者と今それを見る者との間には恐るべき深淵がある。興味あってディー・ブラウンの『わが魂を聖地に埋めよ』(草思社刊)を見返えしてみるが、そこに付けられてあったポートレイトの多くは資料の所有者(団体)に帰せられてあり、撮影者の個人名が明記されてある一つがわずかにカーティスの作品(本書三五頁、レッドクラウド)だった。そのように、写真家としての生涯の大部分をネイティヴ・アメリカンの記録に費したカーティスの仕事を、他の「インディアン写真家」の仕事と客観的に比較する材料に欠けることは残念である。
それにしても忘れ得ない戦慄的な一枚の写真がある。ブラウンの本に付された無署名の作品「ビッグ・フットの死」である。『わが魂を聖地に埋めよ』のエピローグを形成するウーンデッド・ニーの虐殺に記述された、殺戮された格好のまま雪の中で凍結した一人の人間の写真である。これをいかなる報道写真と呼ぶべきかしらないが、カーティスの芸術がここから反対の極にあったことは確実だろう。ここからカーティスを静物画の肖像作家と断じ去ってしまっては、全く没歴史的な評価におちいる他ないだろう。
虐殺時代の終末から、彼は、その被写対象に魅せられていったのだと云える。それが彼の写真作品が持たざるをえなかった時代のアクチュアリティであろう。つまりヴァニッシング・レイス(滅亡してゆく民族)を、それへの哀悼において記録にとどめる、という。たぶんそれはユージーン・スミスが水俣病を強制されたカナダ・インディアンを追跡するといったアクチュアリティと同質の条件だと云えるのではないか。しかし絶滅化政策の一方に要求された保存対策が一つの複製技術の領域に発動されたというのがカーティスの場合の与件だった。そのように時代に属した彼の仕事は、当然のように、ヴァニッシング・アメリカンがネイティヴ・アメリカンとして帰還してきた六〇年代末に、滅び去ることなく帰還してくる。そして、今、我々の前にあるわけである。彼の仕事の奥行きがホワイト・アメリカのアーキタイパルな原罪感にまで届いているのなら、それは今日も価値を失わないだろう。
カーティスの作品は、そのように、静謐な図柄のうちに夥しい二律背反の緊張にはりつめた相貌をさらして残されている。 ここで先の賞揚(引用文)が、かの悪名高いBIA(インディアン局)局長による官許のお墨付きであったことを明らかにせねばなるまい。注意深く読むなら、これがあのシェリダン将軍による"The only good Indians I ever saw were dead."の、何十年間の推移を経た後による変奏であることは余りにも明らかなのだ。――良いインディアンは撮られたインディアンだ。この言葉は、カーティスの作品ともども歴史の中のしかるべき位置にピンで貼り付けて置かねばなるまい。およそ、それらのことが、この本が喚起してくる「現代的意味」であろうし、ここで充分なる格闘が読者のほうに投げ返えされてくる者なのである。
(筆者 のざき・ろくすけ氏=評論家)
富田虎男監修、B4変一七六頁・アボック社出版局 2・1刊
写真=本書より(ウルフ〔狼〕―アフサロケ装)
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