1984年3月7日 日刊ゲンダイ
「森へ。人はどのようにこの掛け声のような言葉を耳にするだろう。現代生活を送っている者には妙に恐ろしくて響く。森とは他界であり、深層心理であり、動物の胚のような器官なき体の顕(あら)わになるところである。この写真集をさらに見ていくと、写真が動きだして、なにやら此の世ならざる世界を覗き見た気がしてくる」
と作家の中上健次氏が評しているこの写真集は、今世紀初頭のアメリカの写真家ダリウス・キンゼイの作品集である。
巻頭こそ、家族の肖像が載っているが、主人公は「森」そのものなのだ。
直径約四・八メートル、高さ百メートルの杉の大木、さらにうっそうと茂るワシントン州の原生林の山々。そこに描き出されるのは、“美しい自然”などというイメージとはちがう。“森に漂う異様な霊気”中上氏のいう「この世ならざる世界」なのである。
そして中上氏は、樹木とその伐採百景の一連の写真から、写真家の深層心理を分析してみせる。 樹木=男根、それが切り倒されていく光景を執拗に撮りつづけたのは、彼の父から受けたトラウマ(精神の傷)が原因ではなかったか――と。
さらに、キンゼイの写真から伐採の道具が次々と機械化されていったこともわかる。人間が文明を武器に自然に立ち向かい、それを征服、破壊した歴史が目の当たりにできよう。
とにかく、見ていてあきない。中上氏の深層心理分析とまでいかなくても、必ずや、見る者に何かしらを喚起し、イマジネーションの世界に誘う不思議な迫力がある。定価一万七千円も決して高くない。
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