1996年5月22日 赤旗 「科学のひろば」
身近な自然も大切に保護の必要性・緊急性を4段階に分類
日本自然保護協会と世界自然保護基金日本委員会がこのほど、『植物群落レッドデータ・ブック』を発行しました。全国から約七千五百件の植物群落をリストアップした、世界でも初めての試みです。 そのねらいなどについて、沼田真・日本自然保護協会会長に聞きました。
日本自然保護協会 沼田真会長に聞く
私たちが植物のレッドデータ・ブックづくりにとりかかったのは八六年でした。当時、IUCN(国際自然保護連合)が六六年に、絶滅の危機にひんしている世界の動植物種をまとめたのをきっかけに、世界各国で同様の作業が進んでいました。
100人以上で全国を調査
私たちは、最初から植物群落のレッドデータ・ブックづくりをめざしていた点で、ほかと違っていました。レッドデータ・ブックとして種をとりあげることは大変重要ですが、その種が生育している群落がまもれなければ、その種を保護できませんし、種として問題がなくても、群落自体大事なものがたくさんあるからです。私たちは、あらゆる植物群落を対象にしましたが、こういうやり方は世界で初めてです。
八九年に発行した植物種のレッドデータ・ブックができるとすぐに植物群落のレッドデータ・ブックづくりにとりかかりました。全国で百人以上の調査員の協力を得て、九〇年から九三年にかけて調査しました。全国各地の植物群落のなかから、保護上重要な植物群落を選びだして、現状がどうなっているか検討し、保護の必要性・緊急性があるものをリストアップした結果、全部で七千四百九十二件にもなりました。これらを保護の必要性・緊急性の程度に応じて、ランク1からランク4まで四段階に分けました。
ランクが高いほど保護が必要なのは当然ですが、ランクが低いから大丈夫とか、リストアップされていないから開発してもいいということではありません。「リストに含まれない群落について」ということわり書きをしているのもそのためで、レッドデータ・ブックを利用するうえでぜひ注意してほしい点です。
かや場減り フジバカマも
スギやブナの原生林が残る屋久島や白神山地は、日本がようやく批准した世界遺産条約に登録されました。原生林など、めったにないものが大切なことはだれにでもわかります。だから、私は、もっと身近な植物群落の重要性を強調しておきたいと思います。
私は長年、かや場を研究してきました。かや場というのはススキの群落のことです。昔はかやぶき屋根や炭だわらをつくるために日本のどこの村にもありましたが、いまはすっかり減りました。そうしたら、かや場で生育していた植物種が激減してしまいました。たとえば、秋の七草の一つのフジバカマは種のレッドデータ・ブックで絶滅危惧(きぐ)種にあげられています。
世界には、身近な自然を大切にしているところがあります。ロンドンでは、市内のあちこちに「ネーチャー・パーク(自然公園)」とか「エコロジー・パーク(生態公園)」と名付けられたところがあるのを見ました。都市の再開発でうまれたはんぱな土地を、自然のままにしておくのです。日本では、都市の中の公園というと、すべてきれいな花など園芸品を植えてしまいます。ロンドンではそういういわゆる「都市公園」でさえ、かつてのロンドンにみられた自然をとりもどそうとする試みが積極的におこなわれているのです。そうした場所では、来た人に植物の名前などを教える人たちがちゃんといます。教える人は、学校の先生たちで学校から許可をもらってボランティアとして来ています。
阿蘇くじゅう国立公園へ冬にいったとき、たいへん不思議な光景を目にしたことがあります。そこは、ネザサを中心とした群落がある草原です。ネザサの葉は、冬の時期、葉の一部が黄色くなるので、草原が一面黄緑色になるはずなんですが、ところどころ緑色のところがあるんです。何かと思ったら、傾斜のゆるやかなところに外国の牧草を植えているというんです。阿蘇くじゅう国立公園のネザサの群落は、世界でもほかにみられない見事なものです。緑にすればいいというものではないんですが、そういう例があちこちでみられます。
保護・管理改善が必要
私たちがあげた群落のなかには、国の法制度によって保護されているものがいくつもあります。ところがそうしたところでも、盗掘などの被害があとをたちません。国立公園にしても、広大な地域をたった一人で管理していたりするのがほとんどです。保護の区分が違うと担当官公庁がばらばらに管理しているのが実態です。このような保護・管理体制を変えていくことが必要でしょう。
私たちは、そうした点も含め、日本の植物群落を保護するにはどうするべきか、提言をまとめました。ぜひ、この植物群落レッドデータ・ブックを日本の植物群落をまもるために役立ててもらいたいと思います。
(写真右:照葉樹林が広範囲に伐採されている奄美大島の森林の現状=原正利さん撮影)
(写真左:ランク4「緊急に対策必要」とされた小笠原諸島兄島の乾生植物群落=小笠原自然環境研究会作製の絵はがきから)保護が必要な群落 7492件リストアップ
なんらかの保護が必要な群落七千四百九十二件リストアップされています。同じ種だけからなる「単一群落」が六千二百九十五件、いくつかの単一群落が集まる「群落複合」が千二百三十三件あります。
保護の必要性や緊急性をランク1の「要注意」、ランク2の「破壊危惧」、ランク3の「対策必要」、ランク4の「緊急に対策必要」まで四段階であらわしています。
保護の必要性、緊急性がもっとも高いランク4には、小笠原諸島兄島の「乾生植物群」のように本土から南へ一千キロメートルも離れた大洋島に成立した群落や、茨城県土浦市の「宍塚(ししつか)大池の水生生物とその周辺の二次林」のような都市近郊林があります。
群落に悪影響をおよぼしている要因については、「人の立ち入り(人の踏みつけ、盗伐、盗掘など)」がもっとも重大としています。そのほか、「農林業開発(伐採、植林化など)」、「自然災害(台風、乾燥化など)」、「道路開発、林道開発など)」、「汚染物質の投棄・排出(ごみ・廃棄物の投棄、生活排水の流入)」などがあげられています。
「わが国における植物群落の保護のためにとるべき対策」を提言としてまとめ、生態系保護の重要性や身近な群落の目録作り、植物群落の保護・管理体制の確立などを訴えています。
B5判で千六百二十一ページ。