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385,000の地名と場所 すぐわかる 植物学者が大地名索引

新日本地名索引 (全三巻)

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1993年12月1日 朝日新聞「にゅうすらうんじ」

なかったから自分で作った 本業の研究に必要

「人の群れない所が好きなんです」と金井弘夫さんは自分を分析する。植物分布や由来を調べる分野も、遺伝子を解析するといった新しい分野に比べて地味で少数派だが、むしろそれが気に入っている。

研究の初めから地図と格闘してきた。

この仕事では、植物標本と、その採集地を対応させることが大事だが、地名が地図で見つからないことも珍しくない。「探し損ないなのか、そもそも地図にない地名なのか」。見つければ見つけたで、「他の場所に同名があるのではないか」との不安が残る。

地名索引さえあれば解決する。しかし、世の中にそんなものは、なかった。それなら自分で作るしかない。七二年、在外研究から科学博物館に赴任した時、索引作りにかかった。

地図から地名を拾い出す仕事は、学生を五、六人雇った。ところが、「干」が「千」になったり、「糠」 が「糖」に化けたり。最後は、すべて自分でチェックしなければならなかった。

ざっと十年。苦労の末にできた索引を出版してくれるところはないかと、五社ほどの大手出版社に持ちこんだが、「売りようがない」と、断られた。

やむなく「懐具合と相談しながら」数年かけて地域別に自費出版。その後、植物標識会社のアボック社が出版を引き受けてくれた。

素人には、「こんなことに力を注いで専門の方は?」という疑問もわくが、 当人は「こういう索引がないと、私の仕事は息切れしてしまう。だれにも作ってもらえないものは、自分でやるしかない」と平然としている。もっとも「同僚らの手前、大っびらにはやりにくかった」とも漏らす。

来春は定年。しかし、コツコツと集め続けた植物標本を分布図にする仕事は続く。地名索引はその強力な助っ人だ。

〔写真:金井弘夫さん〕


全国のほとんどの字(あざ)名まで含んだ約三十八万五千の地名とその位置がたちどころにわかる、という本が登場した。『新日本地名索引』。全三巻、計七千三百余ページ。重ねると厚さは三十センチ近くになる。地域文化の研究者や流通業者から重宝がられているこの本、編者の金井弘夫さん(六二)は、国立科学博物館の植物研究部長。植物学者が、なんでまた、こんな労作に挑んだのか。

(東京科学部・木脇みのり)


10年かけた労作 宅配業にも朗報

金井さんの専門は植物の分布を調べ、分布図を作る仕事。植物標本に記された採取場所を地図で探し、一つひとつ点を打つ――。

仕事とはいえ、楽ではない。地名と位置情報が一目で分かれば、パソコンで簡単に分布図ができると、二十年ほど前にこの仕事に入り込んだ。一九八一年に同じような『索引』を出版、今回は二度目。

今回の『索引』は、五十音順に並べたものと、漢学の学画で並べたものとの二種類からなる。地名の先頭にくる文字だけでなく、例えば三文字の地名なら、三つのどの文字からも引ける。

各地名は、緯度、経度だけでなく、県名・市町村名などもわかるようになっている。川や山、トンネルなども含まれ、電話帳のようにスキー場やサイクリングロード、温泉などを一覧 することもできる。

『索引』は、多くの分野の研究者から歓迎されて る。地名と姓氏の研究家、丹羽基二さん(七四)は「姓の 八割から八・五割は地名から来ていると思われる。しかし、実証するには、姓と地名の分布の相関を示すデータが必要」といい、「私も苦労して約十三万四千件の姓の辞典を作りましたが、そこに今回の『索引』が出た。大きな基礎資料をプレゼントされたようなものです」と喜ぶ。

八一年に出した『索引』は二十万分の一の地図をにしており、地名数は、二万五千分の一の地図によった今回のほぼ三分の一だった。

今回と同様、十年がかりで作ったが、とても売れるとは思わなかったのに、出版してみると、反響は予想以上だった。

方言など地域文化の研究者だけでなく、宅配を扱う流通業界からも注文が飛び込んできた。地図好きを自任していた作家の故松本清張氏も愛用したとか。

新旧『案引』の出版元であるアボック社(本社、神奈川県鎌倉市)毛藤圀彦(もうとう・くにひこ)社長(五〇)は「同じ地名が全国にいくつあるのか、といったことも一目でわかるし、単なる索引としてだけでなく、地名そのものの資料としても、幅広い分野で利用価値があると思う」と話す。

初版は三百三十部、価格は十五万五千円。「個人にはいささか高いが、図書館や研究所だどが買ってくれれば利用価値は高い」と研究者たちは口をそろえる。

  〔写真:10年がかりで完成した『新日本地名索引』〕

漆と萩の付く地名の分布図

<地名分布図>

藤沢や桜丘など、植物の名前がつく地名は全国にたくさんある。そんな地名の全国分布も『新日本地名索引』を使えば簡単にできる。

図は、「漆原」や「萩野川」など地名のどこかに「漆」「萩」の字が入った地名の分布図。実際の植物の分布図と比べれば、相関関係を調べることもできる=アボック社提供

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