「『男庭』と『女庭』~植物談義がしたくなる1,612種類~」
(財団法人都市緑化機構理事長/明治大学農学部教授(農学博士) 輿水肇氏)書評エッセー/『木を選ぶ・野田坂造園樹木事典』
「男庭」と「女庭」 ~植物談義がしたくなる1,612種類~輿水 肇
財団法人都市緑化機構理事長
Professor Dr.Agri.Hajime KOSHIMIZU
教授・博士(農学)
明治大学農学部緑地工学研究室うわさの本がついに出た。
緑化、園芸関係の会合で、数年前から「野田坂氏が本を書いているらしい」「植物の本ということだ」「樹木図鑑だと聞いた」というような話がささやかれていた。実はうわさでなく確固たる証拠があった。
氏の主宰する野田坂緑研究所発行の季刊誌『花林舎ガーデニング便り』の2005年3月号の巻頭頁で、日本の造園樹木の本を書くと宣言されていた。失礼ながらそうたくさんの人々に読まれている便りではなさそうなのだが、よいうわさはじわじわと拡がるのだろう・そろそろかな、まだなのかなと期待する人が増えていった。
役立った小石川植物園の勉強会
野田坂氏は林学出身で、造園を学ぶため東京大学の園芸第二研究室(当時)の大学院生となり、その後助手として研究活動を展開された。
未熟な学生だった私達に、論文の読み方、著者(研究者)の問題意義のとらえ方、結論や考察の妥当性や課題の発見のしかたなどを丁寧に教えて下さった。研究所の道を歩むことになった私は、座学だけではだめだからということで、いろいろな勉強会や野外観察や造園の現場に一緒に出掛けた。なかでも小石川植物園での植物の専門家や実務者との情報交換会は大いに勉強になった。植物に対する多面的な見方、実験や実践に裏打ちされた新たな知見に触発された。
そんな中で野田坂氏は、自身が観察したこと、経験したことを誠実に語り、知らなかったことには真剣に耳を傾け議論を盛り上げていた。その後、小岩井農牧(株)で造園の実務にしばらく関わり1985年に辞した後、緑化のコンサルタント、庭園設計と工事を中心とする今の会社を立ち上げられた。その間、本書の原型ともいえる「樹木アートブックⅠ」という、樹木の魅力、どんな土地で良く育つのかといった内容を中心とした新しいタイプの樹木の本をアボック社から出版された。
それから20余年が経った。常に話題の植物本を世に送り出しているアボック社との組み合わせである。面白くなかろうはずがない。期待して本を手にした。
ふつうなら「だめだこりゃ」
この本の題名は「木を選ぶ・野田坂造園樹木事典」である。「選ぶ」「野田坂」「事典」が書名のキーワードとなっており、そのとおりの構成と内容だ。
ふつうは巻末にある索引が最初にあり、五十音順の和名あるいはアルファベット順の学名から樹木を探すことができる。ここだけで140頁が当てられており、知りたい樹種は見つかるだろうかという安心感と期待感がもてる。
植物図研など引いて、知りたい植物が出ていないことがわかると、「だめだこりゃ」となってもうその本は使いたくなくなる。
その点、1,612種という本書の収載数は頼もしい。 樹木名を探し当てると、数字が頭と後ろに付いており、ここで道は二つに分かれる。
一つは同社が運営するWebサイト“はなせんせ”の検索窓に入力する花ペディア番号で、PCあるいは携帯で該当する樹木の膨大な美しいカラー画像を見ることができる。この情報はいつでも、どこでもというオンデマンドだから、私の場合は、教室や野外で履修生に植物の写真を見せたいときに便利だ。 この頁だけを別版にして持ち歩きたいほどだ。
もう一つは事典番号で、本書の事典編の該当頁へと進むキーになる。
ただ眺めるだけでも楽しい
建築家やエクステリアデザイナーで植物名では樹木を探せない人たちは、適木を選ぶという選択編が次に用意されている。これだけで161頁もあるので、日陰に強い木一覧といった付録のようなものとは違う。樹木の高さ、役割、目立つ特徴、環境、注意が必要などの項目を選択条件に選ぶことができるだけでなく、複数の条件が重なった場合にも選べるようになっている。これなども情報通なら、条件検索できる植物サイトがあるから、それを使った方が早くないか、といわれるだろう。しかし使ってみると、必要な条件を3つでもいれると該当するものがありませんとなり、使えないものが多い。
本書では、四方を髙い建物や壁で覆われた狭い空間で非常に暗い日陰、料亭などの玄関前などで、大きくなった庭木がしっとりとした日陰を落としているような暗い日陰、というような条件に適する樹木を選ぶことができる。
こうした頁はただ眺めているだけでも楽しい。
真骨頂は「科学の目」と「感性の目」
見つかって樹木について、見どころ、特性、性質、使い方、植栽分布(日本のどの地域で使えるか使えないか)などの詳しい情報は事典編が教えてくれる。1620種類、365頁にわたる本書の真骨頂の部分である。記述されている内容は科学の目と感性の目から得た情報だ。目の持ち主は野田坂氏である。
ハナズオウ「…実が着いている時、やや目ざわりなのと、落葉期は枝が少なく淋しいので、園路から少し離れたところに植える方がよい。…」は、造園の設計管理をする人に絶対知っておいてほしい情報だ。またこの本からこうした情報を知っている人に自分が設計した内容を説明するのは怖いだろう。造園技術者は今すぐにでも、この本を読み通すべきだ。
ヤマボウシ「…人知れず山道に一本だけ咲いていたりすると孤独感にさいなまれるような風情がある。…」などは、「そうだよね」と同じような体験をした場所の風景がよみがえってくる。
建築家に人気のシマトネリコ「…南国原産なので寒さには弱いが、冬の季節風がさえぎらえる場所では南関東でも生育できる。日当り~半日陰が適する」は、ただ人気だから使ってみようというのではなく、設計に組むことを考えている人に根拠を与える有益な情報だ。
というように読んでいるうちに、今の仕事に直接関係がなくても、では「あの木についてなんて書いてあるかな」と、知りたくなってくる。
理由は書けないが個人的に好きな木の、ハナカイドウ「…八重桜の関山の花色がこの花に似ている…」いいえ、ハナカイドウの方が化粧が上手くあでやかで妖艶だ。「…日本庭園の主流の美意識とは少しずれたところに位置する」納得するが、同氏がどこかでいっていた「日本庭園は男庭であって女庭ではない」から当然だ。いつかゆっくりと植物談義をしたくなってきた。
造園界では昔から「設計者は植物を知らないから、限られた樹種しか使わない。売れないからよい木だと思っていても生産しない」いいえ、「こんな木を使ってみたいと思っても、生産されていないから設計に組めない」という話が繰り返されてきた。これでは植栽設計に進歩はない。
設計者、生産者の人々は「木を選ぶ・野田坂造園樹木事典」をすぐに活用してほしい。ガーデニングの人は、草花でかでなく樹木にもこんな魅力があるのだということを知ってほしい。