1981年11月27日 週刊朝日
過去、かつて、あの時
「ぼくのイラストレイション的自敍傳」を出した 細谷正之
人間の感情には合理的に説明できないことが少なくない。例えば過去を懐かしむあの感情は全く不思議だ。ふっと、ある日ある時の、あの場所やあの人に会ってみたくなったり、行ってみたくなる。
「私の場合、フランスの田舎に一人でいたある日、中学三年の級友たちの顔が何気なく頭に浮かびまして、それを描き始めたのです。ところがそれで終わらず、半生の間に出会った人の顔が次々浮かんできて夜も眠れない。全部を描かなければ気持ちがすまない感じがして…」
という人がでてくるわけだ。
「自分のために描いたわけなので他人(ひと)が見て面白いかどうか」
と本人は首を傾げるが、楽しいページが展開している。
群衆の前に高く置かれた街頭テレビの画面は、今しも「ひまな氏飛び出す」(確か日真名氏が正しいと思うが)であるし、吉葉山や鏡里、大内山に囲まれた松登の額はシワシワで後退ぎみだ。
また、虫瞰図的な社会ののぞき見も○○(不明)い。
横浜のあるデパートでアルバイトした時の感想は、
――こんな2人の助平さうな女の子の居た男性の身の廻り品やカミソリなど売ってたところに廻された。彼女らは暇なものでいつも客の品くらべをしてゐた。よく見ると多くの女店員がさうだった。
「この本を出したことで登場する人たちから文句はいわれていません。喜んでくれた人が多いようです。ただ、××さんは部下の女に手を出した、とか○○さんに家のカワラを盗られた、という説明は、原稿の時には書いてありましたが、本にするときに消してあります」
シャガールが好きだが「似ている、といわれると、いい気持ちはしない。独自性がないといわれたようで……」
〈類〉
ほそや・まさゆき=一九四三年東京生まれ。専修大経済学部卒。画家・版画家。