1996年(平成8年)5月9日 朝日新聞
ブラジルに住んで十年。近年、日本移民の個人史をビデオで記録している。手弁当のひとり仕事で、発表のあてはない。しかし、これは、と思う人が次々と亡くなり、急を要する。
金銭と名誉を追い求めた移民の成功者に、興味はないそんななか、私の「移民外伝」にふさわしい老博物学者に出会った。
静岡県出身の橋本梧郎さん(八三)。旧制中学を卒業後、二十一歳の時に未知の植物に魅かれてブラジルへ渡った。以来、六十年あまりの植物採集のフィールドワークで四十以上の新種植物を発見している。
日本語教師や農事試験場長などのかたわら、アマゾンから半砂漠地帯までブラジルの多様な植物相を広く歩いた。そして各地で庶民が愛用する薬草の豊富さと効用に感銘を受け、分類に取組んでいく。近く刊行するブラジル薬用植物事典は五年がかりの労作で、二千余の薬草を解説した。
収入は、一九五〇年に自ら設立した「博物研究会」の顧問手当とブラジル政府の年金だけで、生活は清貧そのもの。「人類は植物にもっと愛情をもって接しなければ。すべての植物が有用なのだから」と語る。
橋本さんの次の目標は、 十万点以上の標本を収容する博物標本館だ。サンパウロ市西部の約二千平方メートルの土地に居を移し、一昨年から工事を始めたが、最近、資金が底をついた。
「民衆と専門家が一緒に薬用植物を学ぶ標本館で、後進を育てる」。そんな在野の老博物学者の夢は実現の見通しが立っていない。
(岡村 淳さん/記録映像作家 37歳)