(掲載年不明)3月号 グリーンエージ
キンゼイの撮った巨樹たち (毛藤圀彦)
もう5年前になりますが、私はユリノキの原生林を探してアメリカのアパラチア山脈を彷徨していました。
大都会では、今ではそんなことがないでしょうが、私が歩いたオハイオ、テネシー、ケンタッキー、ノースカロライナといった地帯にはまだ人種偏見がいろ濃くあって閉口しました。私は原住インディアンに間違われ、同行した写真家の増永大兄は立派な口ひげの風貌ゆえに、のっけからメキシコ人扱いされました。ひどい目にもあい、時に危険な状態もありました。もっとも、こちらはずいぶん汚い格好でしたし、所有関係も不明な森や林をうろついていたのですから、不逞のやからとして銃口をむけられても仕方がなかったかも判りません。
そしてグレートスモーキーの肥沃な山麓でやっと探しあてたユリノキの原生林、これは地球上唯一に生きのこった処女林なのですが、その感動も束の間、なぜか逃げるような気持でニューヨークに帰ってきたことを憶えています。巨大な原生林も原住インディアンも陽気な開拓アメリカ人が時として「不必要なもの」としてジェノサイトしていったあの歴史的な真実を、この時、私はほとんど確信していたと思います。
マンハッタンの書店で偶然にみつけたこの写真集は“衝撃”でした。
ダリウス・キンゼイ写真集の出版を決意したその日から、この作品群は多くの人々の目にふれることになっていきます。編集、翻訳、監修の仲間や先生がた、それから芥川賞作家の中上健二氏をはじめ、多くの著名な人々のそれぞれの心をも強くゆさぶってしまうのです。
その感動を中上氏はこう語ってくれました。この写真集を見ていると何かうごめいてくる。これらの写真全てに、機械、マシーンの欲望とでもいうものがあるんじゃないか。向こうに被写体があって、こっちに暗箱がある、向こうは拡大されて、こちらは縮小されて伐るということが過不足なく行われる、そのパースペクティブを握っている写真家というのはいわゆる小人なんだ……。とにかく対象物がものすごく大きい―。
全世紀末から今世紀初頭に撮影されたこの圧倒的な映像は、今度は日本の歴史と風景と心の中で大きな何かをふくらましてくれそうな気配を感じさせています。
(アボック社社主)
写真家・ダリウス・キンゼイ (1868~1945)
米国ミズリー州に生まれる。ワシントン州シードロ=ウーリ、後にシアトルで写真業を営み、風景、人物をすぐれた構図と完璧な技術で精緻な画像に表現する。1899年のパリ万博に出品を依頼されるなど、風景写真家として評価が高いが、彼の写真家としての独自性は原生林を伐採する木こりたちと巨木の写真に発揮される。それらは、森林伐採、開拓者の生活、森林鉄道の歴史的記録写真として並ぶものはない。4500枚にも及ぶ貴重なコレクションから厳選した写真によって構成された原著は、1975年アメリカで出版されて以来次々と版を重ねているが、今回初めて邦訳出版されることになった。
「森へ―ダリウス・キンゼイ写真集」=D・ボーン&R・ペチェック著/田口孝吉訳/中上健次解説
B4変型判、276頁、写真185点、豪華箱入り造本、発行元・(株)アボック社出版局