1990年10、11月 暮しの手帖 No.28
ユリノキという木 毛藤勤治
はじめてのユリノキという名前を耳にしたとき、どのような木、あるいは花を想像するであろうか。清楚なユリの花と、木というものがつながらない。木といっても、大きな木なのか小さな木なのか見当がつかず、頭の中で、イメージが大きくなったり小さくなったりして、戸惑いを感じる。
おなじ木にハンテンボクという別名があるが、これまた違う意味で分かりにくい。
「どんな字を書くの?」と言いたくなる。ハンテンは着物の一種、「半纏」と書く。「半纏」の首のところに柄をつけたような特徴ある葉の形から来た名である。
木の大きさは、見上げるような大木になる。新宿御苑のど真中、広い芝生のなかに、三本が、あたかも一本の木のようになって、そびえている。東京・丸の内の中通りの並木も、ユリノキである。しかし、丸の内に二十年、あるいは三十年通った人でも、このユリノキに花が咲くことに気づいている人は少ない。
私が、はじめてユリノキの花に気づいたのは、数年前、横浜の並木道であった。「あぁ、ユリノキにもこんな花が咲くのだ」と、小さな驚きとともに見上げた。
花の形は、ユリの花というよりは、飾りをつけたチューリップに似ている。それ故、もう一つの別名が、チューリップツリーである。その色の地味さ、葉の中に埋もれた、控えめななかにも華やいだ形、だいだい色から黄色、黄色から緑へと変わる微妙な色合い。この花をはじめて知ったときの喜びは、自分だけしか知らない秘密を持ったときのそれに似た嬉しさである。
この花が、人の目につきにくいのは、五月頃、すでに繁っている葉とあまり変らない色で咲いているのと、大木の上のほうに多くの花がつくためであろう。
その後、出張の折りなどに気をつけていると、名古屋でも大阪でも、見ることができた。広島でも、お城近くの鯉城通りに、ユリノキの花が咲く。そして、花に関心のありそうな友人、知人にも、このたのしみをおすそ分けして喜こばれている。
この本の副題が、「魅せられた樹の博物詩」というのが、いかにもユリノキにふさわしい。掲載されているカラー写真は、よくユリノキの花の特徴をとらえて美しい。しかし、この本は、ただ単に花の形の美しさばかりでなく、植物学、林学、薬学の専門家、あるいはナチュラリストが、それぞれの立場で行なったいろいろな考察が、記述されている。
ユリノキは、遠い昔、森林が地球をおおっていた時代は、日本にもフランスにも息づいていたのだが、北米と中国にのみ生き残ったのだそうである。それがまた、まわりまわって日本列島に渡来し、多くの人の手によって発芽し、見事な大きな木に育ったのである。
東京・上野の国立博物館前には、樹高32メートルもあるユリノキの大木がある。この木は、故牧野富太郎博士が昭和十三年に植えられたものだそうである。館員でさえはじめは花の咲かない木と思っていたが、開花に気づいてからは、その奥ゆかしさと美しさに魅せられ、いまでは、この巨木を館員は誰でも誇りにしているという。
ユリノキのふしぎな形態についての「神がユリノキにのみ許したのだと思う」という言葉は印象的だ。巻末には、ユリノキの全国の所在地のリストが載せられている。ぜひ、一人でも多くの人に、ユリノキのファンになってもらいたいと思う。